教伝の前に……
私たちの技術がツールだ不正だと言われるのは面白くない。そのように思う者が多数いては、せっかくの芽が多数派に踏み潰されることになる。ならば、実力行使だ。私も士郎さんも個人戦に出場することにした。これならば無駄にポイントを稼いでしまうこともないはずだ。
ということで、試合開始前に士郎さんは宣言。
「今回の相手からは、胴しか取らん!」
私たちは任意の部位のみ攻撃し、そこだけ防具を破壊する。決してキルは取らない。これならば攻防を重ねることができるので、私たちの実力をアピールしやすい。そして任意の部位を攻撃するのに、一撃でことを済ませればそれもまたアピールである。そしてポイントは無駄に稼がない。
そして晒し掲示板におけるスレッドの宣伝にもなる。
ということで士郎さん。まずは右手に木刀を提げて、居合腰に構えている。構えているとはいえ、事実上のノーガード戦法だ。
敵は中型アバター、剣を両手にふた振り。中国武術であろうか? あまり対戦したことのない種の武術となる。
「気をつけるに越したことは無いぞ、士郎さん!」
観客席からアドバイスをおくる。
「そうだな、奴さん『やるぅ〜〜♪』というほどではないが、だからこそ変なのを貰うわけにはいかん」
冷静だ、よく見ている。そしておそらくは、その慧眼ですでに敵の弱点を見抜いているはずだ。
「リュウさんや、やはり鎧ってのは考えられたものなんだな」
いわゆる念話無線で話しかけてくる。そして私の見立ても、士郎さんと同じであった。
「あぁ、せっかくの中国武術が鎧の動きにくさで泣いている」
全身を覆った西洋甲冑。諸手の剣士は動きをかなり制限されている。ざっくりとした意見だが、和風中華風問わず、こちらでの甲冑文化は胴、兜、肩当て、垂れくらいのものでありあそこまで全身隙間なく覆い隠したものではない。潔さと同時に機動性を考えられたものなのである。
ということで適材適所という四文字熟語を活かせない敵プレイヤーは、士郎さんにやすやすと胴の防具を献上。その後は丁々発止の演出も豪快に、見て楽しめる攻防を展開。試合動画を再生する視聴者を飽きさせない演出で判定勝ち。なかなかの使い手であるという印象を与える闘いぶりで判定勝利を納めた。
続けて連続出場、士郎さんの相手は槍であった。中華風ではない。ごく普通に槍である。これに対して士郎さんは、またまた宣言した。
「今度は面だけをとる!」
槍が相手ならば小手あたりが楽であろうに、わざわざ面倒くさい兜を狙うというのだ。
それを察したか、観客席から拍手が湧いた。思わず往年の『web拍手』を思い出してしまう。
さて立ち合い端から見ていると、槍と剣でははるかに間合いが違う。しかも相手は手槍などの中兵器ではない。長槍(この場合2メートル程度)の堂々とした得物である。勝負にならない、と思うのが普通のところであるが、私の心の中は『ま、士郎さんだし』としか思っていなかった。
そしてヒナ雄くんたちに伝授している「竜巻き落し」であるが、このひと技があるだけで槍対策は十分なのだ。正直に申し上げるならば、無双流にとって槍というのはなかなかに美味しい相手、とも言える。
しかして士郎さん、まずは切っ先同士を合わせた態勢。この時点でまず勝っていた。いかに槍が足掻こうとも、士郎さんの切っ先はピタリ。敵の正中線を奪っていて手放さない。そのまま槍が突きを繰り出したところで、穂先は士郎さんから大きく逸れてしまうだろう。
だが、足掻くように突き!
槍を繰り出してくるが先に申し上げた通り、穂先は虚しく空を突くのみ。木刀の厚み膨らみを利用して、穂先を逸しているのだ。適材適所は後退、穂先をそらされたまま、というか正中線を奪われているままなので、士郎さんが前進してくると後退を余儀なくされるのだ。
敵プレイヤーの拳が士郎さんの腹に触れる! という距離まで詰めておいて、士郎さんは後退。
もう一度仕切り直す。
これは舐めプではない。士郎さんが実力の差を見せつけているのだ。おそらくはこの一戦が記録されて、それを再生し視聴する視聴者たちに。
ということで、断然有利な槍を相手に切っ先を合わせるところから。と思っているとすでに正中線を捕らえていた。敵にまわすと本当に厄介でしかない男である。今度は切っ先相撲とでも言おうか、正中線の奪い合いが始まる。
しかし手の内をキメた草薙士郎から、正中線を奪えるものではない。ジェネラルシップ……すなわち支配権は依然として士郎さんのまま。
のはずだが、相手プレイヤーが正中線を奪った! 切っ先相撲で槍プレイヤーが勝ったのだ!
と、思うじゃん?
これは士郎さんの誘いだ。敵に正中線を与えて動くのを誘っているのだ。事実、士郎さんの胴はガラ空きである。だがここが脳内だけでしか戦ったことのないイメージファイターの悲しさ。美味しそうなカマボコを発見したフナのように、パクッと食いついてしまったのだ。つまり、士郎さんの胴を狙ったのである。
瞬時に正中線を奪い返す士郎さん。そこから切っ先で相手のツラを狙ったまま木刀を振りかぶり、豪快無双の一撃で兜を砕いた。見事なクリティカルヒット。相手プレイヤーの兜は派手に吹き飛んだ。そして士郎さんは素早く後退。ついに相手は必殺技の連打連撃を繰り出してきたのである。士郎さんは間合いの外、嵐のような必殺技が止むのを待っている。
そして必殺技が終了すると、士郎さんは軽く木刀を振るった。
ビタン!
相手プレイヤーは槍を落としてしまった。これは無双流の得意技『竜巻き落し』の正面からの打ち込みである。いつの間に盗んだものやら。というか士郎さん、その技使ったらアンタ今日から私の弟子だぜwww。
ちなみに私の至らぬ知識によると、いわゆる剣道では竹刀を撃ち落とすと一本勝ちと判定されるそうだが、ここは王国の刃。敵に得物を撃ち落とされても即敗北、とはならないようだ。隙丸出しで相手プレイヤーは槍を拾う。そしてそれを待っている士郎さん。
防具を破壊した訳ではないので、ポイントにはならないのだが、私や士郎さんのような「チームメイトの成長を待っている者」にとってはポイントレスの方がありがたい。この一戦、兜を打ち砕いたポイントだけで済ませることができる。
ということで、士郎さんはその後二度三度と槍を撃ち落とした。時間稼ぎである。そしてタイムアウトのポイントアウト。士郎さんの勝利となった。
そして士郎さん三戦目、今度はメイスが相手である。メイスは誰でも扱える人気の得物。主に初心者、あるいは腕に覚え無し、というプレイヤーが使う。もう一言付け加えるならば、昇格したてで周囲のプレイヤーがみな格上、という場合にも用いられたりするようだ。
さてこのプレイヤーは腕に覚えはいかがなものか?
…………む? なにやら自信ありげな雰囲気なのだが……。右から左への振り抜きに思い切りの良さがある。
「……士郎さん、ありゃ野球だな」
「なるほど、道理でみたことのあるスイングだと思ったよ。しかし野球のスイングだけで豪傑格まで上がって来てるんだ、身体能力はなかなかのものなんだろうな……」
「彼の拠り所はそれなんだろうね。筋力と脊髄反射能力だけ」
「そう、そこに技はあるかもしれないが術は無い」
「筋力の差という壁にブチ当たったとき、彼はどうするんだろう?」
「俺たちも同じさ、今や武術の精髄は欧米諸国の特殊部隊、SWATなどの武装警察に持って行かれている。武術の生存価値なんてのは、治安の行き届いた我が国には無いのさ」
「士郎さん、それは武を極めるよりも大切なことだ。法治国家として熟成していることを喜ぼうじゃないか」
「リュウさんは大人だな、俺はどうにもガキでいけねぇ。自分の腕っぷしのためには、法律や治安なんぞと夢想することがある」
「あんた妻子持ちだろ?くそれはイカン思想じゃないのか?」
「それがジレンマになっている」
「王国の刃で発散しなさい。暴力シーンの多いゲームや創作物、格闘スポーツはそのためにある」
「やっちょろうやっちょろう」
士郎さんは笑って言った。この歩く核弾頭が暴力衝動のままに生きれば、日本警察の総力をもってしても止められるかどうか? 場合によっては私が駆り出されて、相打ちという展開になるかもしれないので、できるだけ穏便に済ませるよう仕向ける。
そしていよいよ、筋力VS武術である。




