転機
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日時を決めて白百合剣士団は私たちの拠点に出稽古に来てくれるという。二人の若い先生は、あーでもないこーでもないと教育内容を吟味するので忙しい。
二人の話し合いの結果、今から相撲修行や柔道の黒帯を目指す訳ではないので、いわゆる『コカシ技』を教えよう、ということになった。
ズバリ足払い、これ一本に技を絞るという。そのためには低く当たる。相撲からはこの一本を提供するそうだ。
そのためにまず、トヨムの当たりを受けてみる。最初は剣士の足で受けてみた。小柄で軽いトヨムの当たりでは、私を動かすことはできない。足払いにくるが、これも効かない。それはそうだ、『当たりに来る、足払いが来る』とわかって踏ん張っているのだ。
「かーーっ! やっぱり旦那には効かないなーー!」
「いや、トヨム。十分有効だぞ。今のは私が足払いを知っていたから踏ん張っていただけだ。もう一丁当たってこい」
立ち合い。私は剣術の体当たりを想定、トヨムは低く胸から当たってきて、下からグイグイ押し上げてくる。その瞬間、足払い。袖も引かれる。私はヒザを着いた。そしてトヨムは馬乗りの体制。
「参った……これがトヨムの足払いの実力だ」
「旦那もホメて伸ばすのが上手いねぇ」
「伸び伸びと、というのは俺の方針だがしかし、本当に効く足払いなのは事実だ。そこはウソじゃない」
今度はセキトリ。この当たりは強烈、剣術の構えを維持するだけでひと苦労。そして構えたまま後ろに押し込まれた。重心を戻そうとしたところで、足を払われ転がされる。外無双とセキトリは言った。大変に上手い。これも私は本気で払われた。
白百合剣士団のみんながこれだけできるようになるかどうか?
それはわからない。しかしダメだダメだと言っていても仕方ない。いや、モノにならなかったとしても落胆することは無いではないか。今日一日ですべてを得ることなんて、最初から無理なのだから。
そのことだけは、二人に言い含めておいた。
そして白百合剣士団、到着。以前のような甲冑姿ではない。真っ白な胸当てに胴、小手に肩当て。そしてロングブーツ。その下はお揃いで学校制服のような姿だ。当然乙女のたしなみスパッツを装備している。
「ただの革防具でもお洒落に見えるんだから、かわいい娘って得だよなーー……」
「ですがトヨムさんも格好よくて素敵ですよ?」
マミさんがのぞき込むように言う。
「え、そうかい?」
トヨムは単純に喜んだ。
私としては彼女たちの可愛らしい剣士姿は目の保養になるので、大変に喜ばしい。そしてこの娘たちが現実では身に付けられない装束を楽しんでいるようで、そうした意味でもまた嬉しくなる。
はて? かく言う私はこのゲームの中で、ゲームをしているというのに楽しんでいるのだろうか? 私の剣術、私の古武道が役に立つかどうか? という点でいくならば、十分に検証はしたはずだ。そしてそれを弟子、門下生たちに伝えてゆく。古武道でこんな楽しみ方もあるんだぜ、を伝えてゆかなくてはならない。それが流派を残してゆく者の努めである。
元来が殺伐としたものだ、古武道などというものは。極端なことを言えば、いかに効率よく人を殺すか?
の集大成でしかない。だから現代社会では存在価値が無くなるのだ。
しかし幸いにして、令和の現代においては、こうしたゲーム世界の中で古武道を楽しめるではないか。一生に一度あるかないかの『イザというとき』のためではなく、野球やサッカーを楽しむかのように古武道を楽しんでもらう。
それこそがこれからの未来で古武道が生き残る道なのではないだろうか?
私にも迷いはある。今までの修行を、師の教えを思い出せば、安易に『これでいいのだ』とは言い切れない。しかしいま私が持っているものは、次の世代。白百合剣士団やトヨムやセキトリ、若者たちのものではないだろうか?
古武道を楽しむ。
ならば私が楽しまなくてどうする。そうしなければ、現実でも衰退したようにこのゲーム世界でも古武道は衰退していくだろう。
トヨムとセキトリが相手のコカシ方を教えている。シャルローネさんとマミさんがくんずほぐれつ。キャーキャー言いながら喜んでいる。
ただ、カエデさんだけが……真面目な性格なんだろうな……歯を食いしばって稽古に取り組んでいた。
「どれ、カエデさん」
一生懸命セキトリの袖を引っ張っていたのを止める。代わりに私がセキトリと組む。
「足はこの位置。セキトリの袖をつかんでブラ下がる」
それだけでセキトリは横倒しになった。
今度はカエデさん。私を相手に組み合う。
「えっと、足がこの位置で先生の袖をつかんで……ブラ下がる……」
私も投げられた。豪快に受け身をとる。
「ワオ♡」
「カエデさんすごいですぅ!」
彼女の仲間も喜んでいる。カエデさん自身はちょっと照れくさそう。
「カエデさん、これはあくまでゲームなんだ。稽古や試合は楽しんでいこう」
実践の時間はお終いだ。これからはどうやって古武道を楽しむか? それを試していこう。若い彼ら、若いお嬢さんたちから、逆に私が学ばされた。
で、結局彼女たちの求めた投げ技はどれほどになったか?
ズバリ言ってしまえば、試合で使うにはまだまだと言ったところ。
「それでもいいじゃないか、君たちはいままで経験したことのない取っ組み合いを経験したんだ」
マミさんには柔道の経験があるから、そうでもないだろうが。
「しかしこれは、あくまで不正者対策のひとつに過ぎない。もっと良い方法があるなら、そちらを吟味するといいよ」
ハイ! ありがとう御座いました! と、彼女らはお辞儀。
私にとっても実に有意義な時間であった。
そしてこの頃から妙に不正者と対戦する機会が増えてきた。
「ね、旦那、セキトリ。今回の対戦相手はブッパらしいぞ?」
「ブッパ? ……あの、必殺技ばかり使う連中か?」
「そうそう、必殺技ゲージってのがあって、普通は簡単に貯まらないんだけど、不正ツールを入れておけばほぼフルゲージなんだってさ」
必殺技……あまり表記はされて来なかったが、何度か経験している。私たちが使うのではない。防具を剥ぎ取られ、ほぼ素肌同然の敵が一発逆転を狙って放ってくるものだ。簡単に言うならば、スイッチを入れると自動的に発生するコンビネーションとでも言おうか? 実況動画では、初手を食らうとなかなか抜け出すのが難しいコンビネーション、と解説があった。
もちろん私は初手を外す。トヨムもセキトリも、キッチリと初手を外して対応していた。もちろん一度必殺技を打てば、ゲージが貯まるまで次の必殺技はおあずけ。故に『ここぞ!』というときに放つのが上手のやり方である。
しかし初手で必殺技を放ち、その後の展開を有利に運ぶという用い方もある。そこのセンスはプレイヤー次第というところだ。
で、このブッパ君たち。
「必殺技に頼るのは、通常の攻防が下手な奴なんだってさ、こりゃ負けらんねーぞ!」
と、トヨムは評価する。しかし面倒くさい相手には変わらない。油断は禁物だ。
「だけどさ、旦那。旦那なら必殺技コマンド入れなくても、同じ技ができるんじゃないの?」
「ん?」
その発想は無かった。もし可能な技があれば、ゲージをまったく消費することなく必殺技が打てることになる。
「なんとなくそれらしい技って無いの?」
「しかし必殺技を使うときは派手な演出が入ったりするだろ? それ無くして必殺技たりえんぞ?」
「いやいやリュウ先生、必殺技を越えた超必殺技なんてのはどうじゃ?」
「どんな存在よ、私は……」
と口では言っていても、心ひそかに決めていることはあった。
抜刀からの四連撃。迅雷とかいう必殺技があるのだが、私からすれば「抜刀からは一撃必殺だろ?」と疑問しか湧かないナゾ技であった。しかしこれをあくまでもゲームとして楽しもうとする今の私ならば、「小手を上下から打つ顎に旋風を加えた四連撃で、防具破壊ポイントとキルポイントをいただいてみるか」などという遊び心が芽生えていた。
「しかし私ひとりがナンチャッテ必殺技を使っても面白くない。二人もこの際なにか試してみたらどうだ?」
「そうだね……」
トヨムはやけに腕を撫していた。よく見ると、ヒジとヒザにサポーターが巻かれている。そして靴も、いつもの安全靴ではない。リングシューズだろうか?
それはセキトリも同じである。いつもの甲冑ではなく、手には指無しの革手袋。平服にサポーター、リングシューズ。
「なにをする気だ? 君たちは……」
またもや実験的な三人制、シックスメン・タッグマッチ。両陣営リングインである。