若者たちの試練
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さて、無双流を代表する技のひとつ、竜巻き落しであるが体系づけるならば以前披露した巻き落としなどもこの技の中に入る。いや、むしろこれこそが基本と言えるだろう。なにしろ巻いておとすのだ。これを八方いかなる角度からの斬撃に対しても対応するのが竜巻き落しなのである。
そして何故この技が彼らには有効なのか?
キルを一発で取れなくんば、敵を無力化すべし、というところだろう。竜巻き落しは敵の得物をすっ飛ばす、と申し上げたと思う。敵の手の内から得物を引き剥がして遠くへ放り投げるのである。そしてそれは一瞬の出来事だ。つまり無手の敵を大量生産することが可能ということ。六人の若者たちが先陣を切って敵を無力化しながら突き進む。なんとも頼もしい若者たちではないか、となる。
ではまず、基本中の基本。若者たちには得意の得物ではなく木刀を持たせる。なんだかんだで日本武術は剣が基本であり極意なのだ。そして中段に構えさせた。私はその木刀を叩き落とした。
「まずは下の下から始めよう。敵の太刀を上から下まで、上から下までしっかりと撃ち落とす。そのとき敵の太刀の切っ先が」
ここからはゆっくりと実演。
「水平より下に向いたら……手の内を決めてビン! と振り抜く」
ドス……と音を立てて、爆炎くんの木刀が地面に突き刺さった。
「だけどいま現在の目標は、あくまで上から下まで、上から下までしっかり撃ち落とすことだから。小さくまとまらないように、いいね!?」
ハイ、先生! という返事が清々しい。情熱の嵐メンバーは二人一組となって、攻めと受けに別れた。
「一回一回攻守を入れ替えるのも面倒だ。十本交代でいこう。リーダー、号令をかけて」
稽古場のはるか彼方では、チーム『まほろば』が陸奥屋槍組と六人制の模擬戦をしている。今回の稽古場は十二人制のコートを設定しているので、空きスペースがあるのだ。
木刀が当たるカツーンカツーンという、乾いた音が響き渡る。しかし、竜巻き落しには本当はカツーンという音はご法度なのである。しかし、今はこれで良い。まずはしっかりと下まで打ち下ろす。それを身につけることである。
それにしても……。
手の内や打ち込みが元からできていたという謎のチーム。やはり覚えも早い。早々に下まで打ち下ろす斬り下ろすができてしまった。私はヤメの号令をかけて、メンバーを集める。
「みんな大変に覚えがよくて驚くばかりだ。しかし困難はこれから。今度は……」
私の相手はリーダーヒナ雄くん。中段に構えた彼の木刀の切っ先に、私の木刀の鍔元をあてがう。
「この距離で打ち込んで」
私は木刀をゆっくり振り下ろす。まっすぐ正中線をなぞるように斬り下ろすと、ヒナ雄くんの木刀は押し退けられるようにして切っ先をずらしていった。
物打ちがヒナ雄くんの鍔元に当たる直前で、私は手の内を効かせる。
グン……という擬音が似合うだろう。ヒナ雄くんの太刀は見えない手に押しつぶされたように、切っ先を地面に突き刺した。「Oh……」とでも言いたげな顔と口だ。それはそうだろう、「見えない手」と述べたが、この技は本当にそういう感触がするのだ。見えない手は見えていないのにその大きさが知れて、なおかつ強力な筋力をしてるのだ。構えただけの太刀など、抗えるはずもない。
「いま、何があったんですか?」
「私の太刀の厚みで君の太刀を押し退け、その上で巻き落としたのさ」
巻き落としたという表現は正しくない。私は太刀を捻ったりしてヒナ雄くんの太刀にからめていない。しかしヒナ雄くんの太刀は、確実に巻き込まれていた、私の太刀が斬り落とす威力に。その証拠に、彼の太刀は地面へ切っ先から突き刺さっているではないか。
まずは、これが竜巻き落しの基本。
しかしこれをやらせると、誰もが太刀をカツーンと鳴らしてしまうのだ。だがこれが、これから先を見据えた稽古なのである。基本であるというだけあって、これができなくては次に進めない。進んだとしても、モノにはならない。立てない赤ん坊に歩けというのが無理なように、この技はできるようになっておかなければならないのだ。
カツーン……カツーン……。
乾いた音が連続する。二人一組、交代しながら打ちと受けを務めているが、誰の顔にも苛立ちが見える。
「力を入れればいいってものじゃないよ。もっと丁寧に、もっと柔らかく」
言えば言うほどかれは成功から遠のく。力みによって物打ちの勢いが止まってしまうのだ。とはいえ手の内と物打ちで斬るという部分は何故かできている彼らだ。基本の斬り落とし技を覚えるのもそれほど時間はかからないであろう。
なにしろこの基本だけでも、本来ならば身につけるのに一年二年とかかる技なのだから。
すぐそばで六人の男女が模擬戦のように打ち合いをしていた。しかし打ち込みがよくない。あれでは取れるクリティカルも逃してしまうだろう。思い切りや「ここぞ!」と攻め込むセンスはあるのだが、いかんせん基本がなっていない。
「あ〜〜君たち、打ち合いもいいけど基本の素振りから初めてみようか」
おそらくは持ち前の度胸や勢いでクリティカルを重ねてきたのだろう。それだけの自信にみちあふれている。しかし、今のままでは一撃キルにはつながらない。
「え〜と、君たちは夏イベントから参加してるんだよね?」
「ハイ! ジョージ・ワンレッツとジャスティスな仲間たちです!」
熱い、そして暑い眼差しだ。見開かれた眼差し、男らしく一文字の眉。そして濃厚な顔立ち。まるで昭和を代表するヒーローのような若者だ。他にも男性アイドルのようなイケメンにすっきりしょうゆ味のイケメン。というか、ジョージ青年だけが昭和ヒーローの暑苦しい顔だった。しかし共にある女性陣はお嬢さま顔やら格好いい女性ロックバンド、可愛らしいアイドル顔と、そのギャップが大変にユーモラスと言える。
「それでリュウ先生! どのように素振りすればいいですか!!」
燃える正義の魂、ジョージ青年は熱く熱く訊いてきた。
「うむ、太極拳のようにゆっくりと。得物が通るコースを思い描いてそのラインを正確に通しながら振る! もちろん小指をきかせて! 物打ちから!」
ついつい私の語尾にも「!」マークが付いてしまう。この熱さがジャスティス・マジック。誰も彼も正義へ掻き立てる、ヒーローの熱さなのだ。
しかし彼らは熱く、そして若すぎた。
「もっとゆっくりだ、ジョージ! そして正確に! 物打ちが利いてないぞ! ……モニカ、ハギワラ、ユリー、君たちはいいぞ!」
教わったことを素直に正確に。こうした部分で一枚上手をいくのは、いつも女性である。そしてこうした精密な鍛錬には、いつも男子は臍を噛む。なかなか上手にことをなせないジョージたちは、歯ぎしりをしている。だが、それでいい。感情を、速度を、腕力を捨てて初めて得られる強さがある。剣とはそういうものだ。怒りや憎しみを捨てて、身体能力の優位も捨てて、ただ一途に剣を振らなければ上達はしない。
なにもかも捨てて最後に残った腰間の大小、それのみを頼みとして男は生きてゆくのだ。たどる道には風雨もあろう、極寒の日もあるはずだ。しかし打ちつける雨や雪が男の顔を洗い、暑さ寒さが男の顔を磨くのだ。そのようにして少年は若者になり、若者もまた、男になってゆく。そして一端の男となったなと気づいて振り返れば、そこには歩んできた長い道が続いていて、行く先は残り短くなっているものである。
どこまでもゆかねばならぬ。それが男というものだ。そして男というものは、最後には一人。いつも一人なのである。日一日が常に「赤城の山も今宵限り」。つねに背中を向けて歩き続けてゆかねばならぬ。それを寂しい人生だなどと、笑わば笑え。指をさせ。フラフラとあちこちに顔を出してヒモか何かのように生きていては、笑って死ねる人生などは送れやしないだろう。
その点ジョージ青年は命を燃やして生きている。
見どころがある。これこそが男子の生き様といえるのではないか。一度や二度、現実に打ちのめされるのがなんだ! 男ならば笑え! 笑って立ち上がるのだ!
上手くいかない、だから人生は楽しいのだろう! ジョージ青年とジャスティスな仲間たちは、いま迷いと苦しみの道を歩き始めたのだ。