社交上手
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前回のエピソードではいかにも手裏剣が効果を発揮するかのようなタイトルでありながら、実際にはそれほど効果を見せつけていなかったことにお詫びを申し上げ、今回の個人戦でもっとも棒手裏剣を活用したトヨムの試合をこれから紹介したいと思う。
まずトヨム。黒帯の真っ白な柔道着に青いレギンス。真っ赤な布製バスケットシューズにスーパールーズソックスというトンチキな出で立ち。しかしソックスの中にはすね当て、膝にはニーパット、柔道着の下にもエルボーパットを仕込み、打撃戦の意思充分である。さらには指無しの黒い革手袋、ナックル部分には薄いクッションを入れ、なによりも棒手裏剣を握っている。
それでは投げ技は使えないんじゃないのか?
と訊いたが、「パンチが効くからいいんじゃないかな?」と、あまり深くは考えていない様子。いかにも柔道殺法を駆使しそうなスタイルでありながら、「それってどうよ?」と訊きたくなることを平然と言う。
そして相手はと言えば、騎士のような甲冑に諸手で取る諸刃の直剣。つまり打って突いて受けてと、自由度の高い武器である。しかもこの得物を選択するということは、デキる相手と見た方が良い。考え方が熟成したプレイヤーならば槍を選択する。突き一本に攻撃を絞って、その練度を上げるためだ。技術に不足がある者はメイスを選ぶ。突くだけでなく打つということができるので、攻撃の幅が広がる。どちらも長得物だ。その中から剣を選ぶのだから、腕に覚えあり、と見るのが普通である。
ゴング!
間合いを詰めるトヨムが、ピタリと足を止めた。剣士は中段に構えている。しかし切っ先が鶺鴒の尾のように震えている。剣道か?
いや、構えが少し違う。腰が低いのだ。
「トヨム、突き技に気をつけろ!」
おそらくは北辰一刀流ではないか。剣豪千葉周作の創始した流派であり、突き技に定評がある。
さらにはご存知の方もいようが、北辰一刀流には剣道のような竹刀による自由な打ち合いの稽古も存在している。では北辰一刀流の何が警戒の対象となるのか?
北辰一刀流ではまず居合の稽古から始まる。そこで刀の使い方、斬り方をよく覚え、それから組太刀……木刀による型稽古に入る。そこでは北辰一刀流の技を覚える。それが一定以上の技量に達して、初めて面小手をつけるのである。
つまりこのゲームでのクリティカルをいれる地力を身につけていて、なおかつ竹刀稽古で自由攻防の稽古も積んでいる。なかなかに厄介な流派と言うことができる。もしかすると剣道三倍段の法則通り、トヨムはなにもできずに瞬殺されるかもしれない。
そのトヨムが、剣士を中心に反時計回りにステップ。剣士の左へ非へと回り込む。上半身は脱力、両腕をダラリと垂らしたノーガード戦法である。悪くない。あの難敵を相手にガードなど意味が無い。それならばいつ如何様にでも拳を繰り出せる、脱力ノーガードの方が戦法としては正しい。
周囲を旋回するばかりで、距離を詰めていかないトヨム。対する剣士は、ジリ……と間を詰めてくる。トヨムは後退せず、同じサークルを描くようにサイドへ、サイドへ。そっと右手の手裏剣を持ち替えていた。剣士はジリジリと間を詰めてくる、もう必殺の間合いに捕らえられてしまう。それでもトヨムの描くサークルは乱れない。
ここ! と決めたか、剣士の突き! トヨムは急反転、サークルの進行方向を突然変更した。
剣士の右側へとステップを変えたのだ。そして竹刀の下をくぐる。その瞬間に右手の手裏剣を打った。それが剣士の腹へと刺さる。剣士、急制動。
手裏剣効果で動けない剣士に、もう一本の手裏剣を握った左でボディにダブルが入る。
鎧を破壊するクリティカル。それに勝利を決めたスピードブローだ。拳を固める役割は手裏剣にまかせてある。トヨムは軽く握った拳をスピードまかせに打ち込むことができたのだ。
お見事と讃えたくなるような、素晴らしい一本勝ちであった。しかも難敵を相手にしての勝利である。
「いや、相手が視界の悪い甲冑を着けてたからさ。あれが旦那みたいに防具無しとか兜無しだったら、あんなに上手くはいかないよ」
しかし甲冑と得物を得た相手、しかも上手を相手に一本勝ちだ。これは誇っても良いかと思う。
それにしても、個人戦ではあるがしかし、思いのほか不正者が少ないことに気づく。いや、プレイヤーイコール不正者と考える私の方がスレてきたのであろうか?
さて、最後にカエデさんの登場なのだが、あいては乳切木という武器を手にしている。乳切木とは何ぞや?
と不思議に思われる方もいよう。西洋では別な呼び方をするのであろうが、私の知識の中ではあれは乳切木であり、荒木流拳法などにその技術があったはずだ。では乳切木、どのような武器か?
四尺ほどの長棒に鎖分銅をつけたものである。
それ以上でもそれ以下でもない。しかしこの乳切木、長棒の一撃を受けたとしても、分銅が旋回して頭部を襲ってくれるのだから、中々に厄介な代物である。独立した武術、戦闘技術としては成立しなかったと聞くが、逆に言えばそれ故に対処方法が完成していないというのもまた事実。
「カエデさん、あの鎖分銅には気をつけろ。得物を絡め取ったり、棒の一撃を受け止めたら頭を狙われたりと、散々な武器だ」
「ん〜〜……イヤラシイ武器なんですね? 古流にもあるんですか、あの武器?」
「ある。私の知る範囲でだが、あれは実在する」
「まあ、気をつけますね」
そう言ってカエデさんは試合場に立った。もはやみんなが忘れかけている、あのウルト〇マンのようなポーズでだ。試合開始の銅鑼が鳴り、両者中央へ。
まずは乳切木の甲冑武者が分銅を縦回転させ、カエデさんを牽制。対するカエデさんは楯に隠れ機をうかがっている。さてこの手は上か下か?
私は下と見る。乳切木の棒部分で楯の上辺を打たれれば、分銅が頭を直撃するからである。
事実、敵はカエデさんの楯を打ってきた。しかしカエデさんは一歩後退。棒での一撃を許さず、分銅を楯で防いだ。分銅が死んだ。そのまま楯で棒を押さえる。もう、乳切木に恐れるところは無い。ここで私はカエデさんに合格点を与えたい。ポイント欲しさにクリティカルを狙うのではなく、一気に必殺技の「雲龍剣」を用いたからだ。
あっという間に敵は撤退。時間一杯ではない。見せ場らしい見せ場も無い。分銅を殺してからはほぼ一方的な試合内容であった。しかしこれこそが真剣勝負。ただのひと太刀、それで勝負が決するというものだ。
メンバーたちは個人戦を重ね、武将チャレンジを繰り返し豪傑格へのランクアップを目指した。私もときに武将チャレンジに参加、ノーキル、ノークリティカルでのクリアを目指した。
「今回のチャレンジステージはクリアの景品が虹色のプルプル玉だったけど、クリア回数で景品が変わるものなのかい?」
「ん〜〜……回数というよりも、ガチャを引く感覚かもしれないかな? アタイは前回同様、ちゃんこ鍋だったから」
それにしてもこの虹色のプルプル玉。何に使うものなのか? ちゃんこ鍋は確か複数個集めると回復ポーションと交換できたはずだ。
「アイテムとの交換レートには全然乗っていないから、数を集めてなにかと交換するものではなさそうですねぇ」
と言うのはシャルローネさん。しかしカエデさんが意見を述べる。
「あくまでも忍者の見解ですが」
忍者とは、陸奥屋一党、鬼組の忍者のことだ。
「もしかしたら運営もまだ使い方を決めかねているんじゃないか? と」
「まさか、いくらなんでも運営サイドなんだ。アイテムを提供する場合は、なにに使えてどのような効果があるか? を最初に決めておくものだろう」
「リュウ先生、家庭用コンシューマーならばその通りなんですが、こちらはネットゲーム。登録者数が伸びなければ三ヶ月でサービスを終了するものです。となると、空き枠のようなものをひとつふたつ用意しておいて、更新のときに使うとも考えられます」
「それもまた、忍者の意見?」
「はい、案外変な意見ですよね」
まあ、いきあたりばったりな人生を送っていそうな、実に忍者らしい意見だ。
しかしいま現在あまり使い道のなさそうな、虹色のプルプル玉。とりあえず保管だけはしておこう。しかしあの忍者と言葉を交わすとは、カエデさんも社交上手なことである。
社交上手ということならば、ある日の合同稽古のこと。すでに緑柳老人からヤキを入れられることのなくなった私と士郎さん。余裕を持って稽古を終えるようになったのだが、カエデさんが早くも様々なチームのメンバーたちと語らっているのを見かけた。
どうやら情報交換会のようなもので、各チームの作戦立案に関係する者同士での交流会のようなものらしかった。その輪の中に、忍者もいた。例の覆面忍者装束、こうしてみると、忍者だというのにまったく忍んでいないのがよくわかる。というか本当は出たがりなんじゃないのか、この忍者?
「あ、リュウ先生!」
カエデさんが私に気づいてお辞儀をする。それに合わせてみんな私に向き直り、頭を下げてくれた。
「いや、構わずに、そのままそのまま」
片手を上げて鷹揚に応える。まさか一介の公務員に過ぎない私が、このように大物風を吹かせる日が来ようとは。
「おぉ、この方がチャレンジステージ満点のリュウ先生か……」
「夏のイベントでは激戦区にばかりあって、一度も撤退していないという猛者中の猛者だぜ」
「緑柳師範がお見えになって、また猛者振りが上がったんじゃないのか?」
「まあ、まだ独身だけどな」
誰だ、最後の一言は? いや、訊くまでもないだろう、そんなことを言えるのは忍者しかいない。事実、忍者はそっぽを向いて私と目を合わせようとはしない。
若者たちは、すでに忍者から一歩離れている。
「ヘイ、忍者」
「を!? どうしたんだいロンリーマン?」
「鍛錬場が空いているんだけど、君は私に一本稽古をつけてもらいたいのかな?」
私が言うと周りが色めき立った。
「おい、忍者と猛者の激突かよ!?」
「いま年末じゃないよな! いいのか、こんなゴールデンカードを観戦しちまって!」
「おいおい、もうログアウトしてる奴もいるじゃねーか!」
「呼べ呼べ! 寝てるとこ叩き起こせ!」
これが各チームの参謀格である。本当ならば叱らなければならないだろうが、こう盛り上がられては諌めようもない。