手裏剣
ブックマーク登録ならびにポイント投票まことにありがとうございます。作者ますますの励みとさせていただきます。
手裏剣。
正直に打ち明けるならば、私は手裏剣という武器を使ったことがない。使ったことがないというか、稽古したことが無い。ということで専門家をお呼びした。
「陸奥屋一党鬼組からお呼びしました、忍者先生です!」
いつもの忍者装束、いつもの頭巾に覆面。涼しげな目元と無造作に結わえた長い黒髪以外、なにも見せてくれない忍者である。
「マミのおっぱいひと揉み権と引き換えに教授する。私が手裏剣講師の忍者だ」
いきなり酷い挨拶である。さすがにマミさんが訪ねた。
「あのー……マミさんおっぱい揉まれちゃうんですかー?」
「あぁ、約束だからな。リュウ先生との」
ちょっと待て、お前が勝手に言ってるだけだろそれ!?
「勝手にそんな約束したんですかー、リュウ先生ー? 酷いですねー……」
「いや、それは忍者が勝手に!」
「リュウ先生、マミの胸をなんだと思っているんですか?」
「カ、カエデさんまで……!!」
「なー忍者ー? マミのかわりにアタイのおっぱいじゃダメかー?」
「トヨム、お前牛丼食うなら、並と大盛りと貧弱盛り、どっちを選ぶ?」
「絶対メガ盛り!」
「まあ、そういうこった……」
「旦那ーーっ! この大しておっぱいサイズに差が無い、えぐれ胸忍者がアタイのおっぱい馬鹿にしたーーっ!」
「リュウ先生? お言葉ですが講師の選抜に問題があったのでは……?」
言わないでくれ、シャルローネさん。いまこの瞬間、誰よりも私がそこを疑っているんだ。
「というかマミさんを生贄に講師を頼むようなことはしていない。それは忍者が勝手に言っていることなので、私はそのような約束など一言もしていない」
「……チッ、もう少しでマミのエキサイトおっぱいをロハで揉めたものを」
「のう、リュウ先生や。講師の選考、本当に間違えたかもしれんのう……」
「代わりにかなめさん呼ぼうか?」
「やめた方がいいぞ、リュウ先生……」
珍しく忍者がシリアスな雰囲気を出している。ほんとうは然るべき表情をしているのだろうが、覆面をしているのでまったく分からない。
「リュウ先生、それにみんな。実を言えば私が幼少の頃の忍術の師匠はかなめ姉ぇでな……」
思いもよらず、忍者の昔語りが始まった。
「手裏剣が刺さらなければ竹刀でシバかれ、柔術や骨法術は手加減無し、平気でヤバい技使ってきやがる。剣術に至っては何回死線を越えそうになったかわからんくらいだったんだぞ……」
「竹刀でブタれるくらいなら、優しいモンじゃないの?」
うっかりカエデさんが口をはさむ。すると忍者はどこからか竹刀を取り出して、カエデさんにおいでおいでをする。
「カエデ、小手を出せ」
「ホイ、その竹刀でブツのかな、忍者?」
ペシッとかパーン! という擬音を期待しているのだろう、カエデさんは無造作に腕まくり。小手を差し出した。
ズシ……。
カエデさんの目が真ん丸く見開かれた。そして口も「Oh……」を発音するように丸く開かれる。
小田原カエデ城、落城。
「なんだカエデ、たかだか竹刀の小手打ちで。だらしないなぁ……」
芸人トヨム、堂々の入場。この展開はトヨムも死ぬことが確定である。それなのに首を突っ込んでくる辺り、トヨムの芸人たる由縁か……。
ズン……。
別に力一杯振り下ろしている訳ではない。片手でポン打ちしているだけだ。しかしそれでも……。
駆逐艦トヨム……轟沈……!
「あー……あのね、二人とも。竹刀って言っても古流剣術では、自分たちでハンドメイドしたりするんだよねー……」
訳知り顔のシャルローネさんが、落城轟沈した二人に言う。
「で、ハンドメイドした竹刀は別名『道場破り竹刀』なんて言って、そだねー……兇器竹刀に仕上げてるのが普通なんだー……」
無双流では他流竹刀と呼んでいる。竹の節をくり抜いて、そのなかに目一杯銅線を仕込んでおく。これで打てば、防具の無い場所はすべて急所となる。ということで、道場破りや不埒者を相手にするときのための竹刀を、忍者は持ち出していたのだ。
「こんな竹刀で年端もいかない私を、容赦なくシバきまくる鬼女なんだぞ。かなめ姉ぇは……」
そんな鬼に教えを請うか? 乳ひと揉みで教えを請うか? どっちにする? と、忍者はあくまでマミさんの胸を狙っているようだ。
「よし、みんな。忍者の不当な要求をかなめさんに報告。しかもウチのメンバーを二人も打ち据えてくれたんだ。そのことによって私たちの意思を翻させようとしている。これは強要罪に値すると思う」
「やーやー待て待てリュウ先生。二人の沈没は合意の上でのことだ。私に罪はないはずだぞ?」
「しかし君は合意に達していないマミさんにセクハラを企て、あまつさえこの私を陥れようとしている。これはかなめさんへの報告に充分値する出来事じゃないのかな?」
「この際かなめ姉ぇのことは話の外に置いておこう、話がこじれる」
「この際かなめさんにケジメを取ってもらおう。話が早い」
「リュウ先生、鬼女を見たいのか?」
「忍者、大人を本気にさせるなよ?」
しばし沈黙。そして忍者は頭を下げた。
「申し訳ありませんでした、みなさん。どうぞこの愚才の手裏剣、身につけてください」
「よろしい、このことは不問に付そう。みんなもそれでいいね?」
話は収まった。ようやく手裏剣の話に移る。
「根本的に棒手裏剣の打ち方には二種類あって、ウチでは直打と転打と呼んでいる」
切っ先がそのまま標的に向かうのを直打、手裏剣が回転して刺さるのを転打とした。
「この違いはウチでは距離の問題としている。近距離投擲は直打、長距離投擲は転打でおしえている」
なるほど、手から離れたそのままの姿を保つ打ちが近距離投擲の直打。遠い間合いならば手裏剣を回転させる。それが転打ということか。逆に言えば近距離でわざわざ手裏剣を回転させる意味が無いということだ。
「で、忍びでもない、競技者のみんなに教えるのは直打だ。できるだけ近い距離、間合いで一気に打つ。これしか使えないだろう」
「ふふん♪ 忍者、じつは私がもうメンバーたちに、そのことは提案してるんだ♪」
「おう、カエデ。おっぱい小さい割には賢いな」
「ねぇ忍者? それって貧乳の自分をアホだと言ってるのと同じだよ?」
「いつ私が自分を賢いと言った? むしろ忍びのヒエラルキーなんてヘドロレベルだぞ? だったら好きに生きさせてもらうさ」
「……その結果がコレかぁ……」
カエデさんに蔑まれても、決して肩を落とさない。むしろのびのびと棒手裏剣を放ち、カカシに突き立てた。
「直打だと間合いは一足一刀、もしくはそれから半歩離れた距離がベストかな? つまり『これから剣で打ち合うぞ!』と見せかけて手裏剣を打つ。いわば奇襲、あるいは騙し技になるかな?」
「やっぱり遠間からシュッシュッ! なんていう漫画みたいな技は使えない?」
「カエデ、漫画は漫画だ。手裏剣は手から離れる武器だ。そんなの距離さえあれば、メジャーリーグの大投手の球だってよけられる」
忍者は棒手裏剣を打った。転打である。放たれた棒手裏剣はフワリとコースを変えて、となりのカカシに刺さった。刺さって落ちる。
「とまあ、こんな具合に変化球も打てるが、しかし威力が弱い。これを実際に使うとなると、刃に毒を塗っておく必要があるな」
私たちは、思わず「お〜〜!」と感嘆の声を上げてしまった。
「ついでに言っておくと、長距離の投擲、転打が使えないみたいなことを言ったが、これはあくまでみんなに近間の直打に専念してもらうためだ。転打だってこうすれば使える」
セキトリが呼び出される。その後ろに立つ忍者。セキトリの背後からパッと姿を現し、手裏剣を打つ。そしてセキトリの背後に隠れる。
「ただ、『王国の刃ルール』では、手裏剣はそんなに簡単には打てないことになっている。やっぱり近間でここ一番! というときに打つのが正解だろうな」
「う〜〜ん……いまひとつ使い勝手の悪い武器だな……」
「だけど覚えておけ、トヨム。案外こいつがこれから先の試合展開を左右するかもしれないぞ?」
「まあ、確かにね。アタイ丸腰だし」
練習は、指先がカカシに触れるくらいの距離から始まった。
間合いなどこの交錯距離の延長線上でしかない、と忍者は言う。その通りだと、私も思った。この距離で手裏剣を刺せない者は、一足一刀の間合いでも手裏剣を刺せない。とにかく命中させる、そして刺すこと。これが最初の目標となった。




