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オッサン二人の秘密の稽古

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「のう、リュウさんや?」

「どうした、士郎さん?」



 いつもの茶房『葵』、いつもの相席。私たちはオッサン二人でツラを突き合わせていた。もちろんタンコブやら青アザで、大変に仕上がった男前。そして当然のようにあのジジイ、緑柳先生の手による男前であった。のであるが、これはお話の上での演出なので、ゲーム世界でタンコブや青アザが残るのかよ?

などとツッコんではいけない。



「今日もまた、しこたま殴られて言わされた俺たちだけどよ」

「おう、目一杯にやられたな」

「ジジイの手、気づいたか?」

「おう、士郎さん。あんたもかい?」

「俺たちぁ曲がりなりにも免許皆伝。それでも苦もなくやられるにゃあなんか秘密があると思ってよ」

「見たんだな? ジジイの太刀筋……」



 士郎さんは茶を一服。私も茶を一服。舌を湿らせたところで語りだす。



「あのじじいの小手打ちだが、頑固ジジイらしくいつも同じ場所から同じコースを辿って飛んで来やがる」

「おう、それ! それよ、私も気づいたのは」

「しかもその筋は見切りがしにくいコースと来たもんだ」

「そうだ、まったく見えない。どの打ちもきっと私たちの目を誤魔化すように、刀身を消して飛んで来やがる」



「それが俺たちに足りないものよ」

「見切りさせない太刀筋か……のう、士郎さんや? そこまでこだわって太刀を振ってたかい?」

「というと?」

「なにがなんでもこのコースじゃなきゃいけねぇ。なんとしてもこのコースで太刀を飛ばすにゃ訳があるってよ?」

「そうなる前に先代に死なれた」

「私もさ、秘伝極意の類は古文書や師匠の日記を漁ったが、ついぞ出ては来なかったんだ」

「それが一の太刀か……」



 一の太刀。剣豪塚原卜伝によるただひとつの打ち。磨いて磨いて、極めて極めた太刀は、ただ一刀により敵を屠るという一太刀。私なども極意を手に入れた気になっていたが、それでもまだ足りていなかった練磨。どうしても足りない、あとひと足。



「そうなるとまずは柄頭の向き、切っ先の向きよな」

「おう、というかむしろ柄頭で狙った方がいいんじゃないのか?」

「柄頭で狙う場所、刀身を消すには……」

「目、だろう。……そうすりゃ相手からは刀身は見えなくなる」

「そこが分かってどうする?」



 私は茶を一口。士郎さんも茶を一口。剣士は剣に酔う、故に口にするのが茶であっても充分に酔うことができた。



「稽古するべや。この太刀の秘訣がわかったら、自分たちでも稽古できるべ」

「だな、小手打ちはどうする? 柄頭で狙うのは振りかぶった太刀や脇構えの打ちだ。小手打ち、霞の構えなんぞは切っ先を向けている。太刀筋がモロ見えのはずだぞ?」

「同じさ。切っ先で相手を狙っていれば、刀身が見えなくなる。そうすりゃ好き放題さ」


「まるでいろは打ちだな」

「あぁ、基本も基本に帰る。誰かが言ってたな。稽古とは基本への無限回帰だってよ」

「簡単に言ってくれるねぇ……」



 そうなると、いつまでも茶などすすってはいられない。



「どれ、一丁手合わせすっかい」

「そうだな、小僧小娘たちはログアウトしてる頃だろうからな」



 場所は鬼組の拠点、その鍛錬場である。

 若者たちはすでにログアウトした後。……と思いきや、誰かがいる。そう、この闇を透かし見るようにして、誰かが私たちをジッと見ていた。



「オッサン二人の逢引きを覗き見るなんざ、趣味が悪いぞ」



 士郎さんが言った。すると闇の中からヌルリと忍者が現れた。



「いや、達人二人でどんな稽古をするもんだか? と思ってさ。見ない方がいいかい?」

「構わないさ。やるのは基本的な素振りのチェックだからな」

「基本の素振り? こりゃまた不良中年二人が殊勝なことだね」

「基本が熟成したものが極意さ。だからいつまでも練る。何年経っても練る。今でも練る」



 なるほど、と言って忍者は見学の位置で正座。そして気配を消す。

 私は木刀、士郎さんも木刀。中段に構える士郎さんに対し、私は上段。



「リュウさん、切っ先をもう少し倒して……刃が見えている……そう、その角度。それで刃が消えた」

「では行くぞ」

「待った、力みすぎかな? 筋肉のひとつひとつが、行くぞ行くぞって教えてくれてる」



 構えを解いて、一度深呼吸。下手になったかな? 自分の基本の足りなさを実感する。



「では」



 火の位、上段の構えである。火の位でありながら、水のように正体なく構えた。

 今度はいつ、どこから来るのか分からなくなった、と士郎さんが言う。逆に士郎さんの方が気迫を前面に押し出して来た。なるほど、分かりやすい。分かりやすいからこそ、これはプレッシャーをかけるときに使える。


 そして私もまた、士郎さんに同じ指摘を返す。士郎さんも構えを解いて深呼吸。もう一度構えを取ると、今度は水の形無きがごとし。

 リラックス、それが剣には重要な要素とは知っていたが、いつの間にか忘れてしまうのだろう。そして力を入れないというのであれば、あの老人、柳沢先生である。筋力を失い速度を失い、二十四時間脱力ができているようなもの。その状態で何年も剣を振り続けているのだ。極意も極意を掴んでいよう。



 あの鋭さというのは、筋力も速度も失い何もかも無くすまで剣を磨き続けた者だけに、神さまが与えた御褒美プレゼントなのかもしれない。

 この日の私たちの稽古は、構えを取ることで終わった。そして脱力である。たったそれだけかよ?

と思われるだろうが、何もしなければ収穫はゼロ。そして今夜の私たちは大きな実りを得ていた。



「ホクホクなところ申し訳ないが、両先生。いよいよ噂の飛び道具が実装されるらしいぞ?」

「なんでぇ、色気も味気も無い飛び道具かよ?」

「で、どんな道具を与えてくれるんだ、運営は?」

「選考予約の抽選で当たったんだが、これさ」



 忍者は尖った鉄の棒を見せてくれた。ボールペンほどの長さに中指ほどの太さ。



「……棒手裏剣か?」

「そ、棒手裏剣。簡単には当たらない、当たっても刺さらない。とっても不便な棒手裏剣だ。それを、こう……」



 忍者刀の鍔に、柄側から刺して握り込む。これで手裏剣を手にしているとは分からなくなった。



「で、この棒手裏剣。効果はどんなもんなんだ?」

「二本目を打つのに三分間のインターバルが必要。そして有効なのはクリティカル判定のみ。クリティカルで命中したら、敵は二秒間動けなくなる」

「それだけ?」

「それだけ」


「不便な上に大してありがた味が無ぇなー」

「棒手裏剣なんぞお手の物って側から言わせてもらえば、コイツを使いこなす側は戦況を大きく変えるぞ」

「確かに、陸奥屋一党レベルがコイツをばっちり使いこなせば、かなりの戦力になろう。しかし一般プレイヤーはどうだ?」

「手裏剣ツールを入れて不正に走る」

「意味無いだろ、それ?」


「不正ツールを入れても効果の低い手裏剣に愛想を尽かすか? 不正ツールを入れて手裏剣を使いこなすか?」

「俺は圧倒的に前者が多いと思う」

「いやいや士郎さん、有効だと分かれば真似をしたくなるのがゲーマーさ。私は後者に一票だ」



 その不正ツールがどのようなものになるか? 手裏剣を連続で打てるツールだろうか? それとも確実にクリティカルを入れられるツールになるのか?

ちょっと楽しみなところではある。

 そうなると対処法だ。



「忍者、そいつを打ってお手本を見せてくれ」

「あぁ、いいよ」



 忍者は無造作にカカシへ向けて棒手裏剣を打った。ドン!

という音がする。物凄い衝撃だ。おそらく生身の人間に打ったならば肋骨まで破壊されているだろう。それほどまでに恐ろしい破壊力である。

 私は劇画『サスケ』や『カムイ外伝』でしか手裏剣を知らない。そこに出てくる手裏剣はプスプスと体に刺さり、苦もなく命を奪っていた。故に私は、手裏剣には毒を塗る必要がある、と感じていたのだが。



「士郎さん、こりゃ手裏剣に毒なんぞ必要無いな」

「俺もそう思った。で、ジーニアス士郎はさらに別なことを考えたぞ? 忍者、棒手裏剣で刺すんじゃなくて、ケツの方を当ててみてくれ」



 士郎さんの言葉に、もう何をしたいかがわかった。

 しかし忍者は不思議顔。手裏剣を逆さまに持ってカカシに打った。当然手裏剣は鎧にもカカシにも刺さらず。しかしカカシは消滅した。ゲーム内浸透勁と同じ現象である。鎧の内部がカカシに当たることにより、擬似的な投げ技効果が発生したのだ。



「どうだ? こうすりゃ手裏剣でキルが取れるぞ?」

「敵が同じことを仕掛けてきたらどうする? 私たちの考えることなど、他のものも考えるぞ?」

「避けるしかないだろ?」

「その先に味方がいたら?」


「もちゃもちゃゴチャゴチャのおしくらまんじゅうは、もう出来ないってことだな。ソーシャルディスタンスを心掛けることだ」

「よし、ついでだ。士郎さん、忍者に手裏剣の手解きを受けようぜ!」

「アンタも好き者だなぁ」



 お互いさまよ、と私は笑ってやった。


次回は番外編、二十九日の公開です。

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