師範代稽古
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さて、ミニイベントというものは小規模だからしてミニイベントという。今宵一夜限りの辻斬り祭りは無事終了。私は今回一度も顔を合わせることの無かった士郎さんを茶房へ呼び出す。
「なにやらエライのが加盟したらしいな、リュウさん?」
「おうよ、士郎さん。シナビた年寄でしかないんだがな、これがもう気配トラよ、虎!」
「あんたが虎って言うんだ、相当なジジイなんだろうな?」
「あんたンとこのボンがやられたんだぜ、抜くことすらできずに」
「リュウさん、まえにも言ったがウチは娘一人……」
「あぁ、まえに聞いたぜ。だからも一度言ってやる。お前さんとこの倅だよ、キョウちゃん♡ のことだ!」
「あれが、抜くこともなくやられたのか?」
「おうよ」
「…………チッ」
「舌打ちすんなやし」
ここで士郎さん、茶を一口。私もグビリと一口。
「ボンクラとはいえ、キョウヤもそれなりには使う。それが一瞬か?」
「ああ、斬られたことすら分かってないんじゃないのか?」
「ふむ……それは相当な腕前だな」
「だから正直、私でも危ない」
「ということは、俺でも危ない、か……」
ともに同等の腕前。むしろ老人相手に相性が悪い方が生き残る、とでも言おうか? それくらいしか表現のしようが無い。
「なあ、リュウさんや。お前さんは自分の師匠にコテンパンにされた記憶があるか?」
「昨日のことのように思い出せる……」
「俺もだよ。そしてあの地獄みたいな日々が幕をあげるんだぜ?」
「うおっ、そりゃまたキビシーな」
キビシーなとは言いつつ、青春の日々がよみがえる。まだ自分が何者でもなかった時代。無双流剣士としても中途半端、公務員としても若造の下っ端。何をやってもダメしか出ない。しかしそれでも、まだまだ無限の未来があった。個人和田龍兵としての自信など無くとも、時間だけはある。俺は、まだ若い!
と胸を張っていたあの頃。学生時代の同期が出世したり結婚をしたりして、それを横目に「俺はダメな男だ……」などとうなだれても、翌日にはなんの俺は! と顔を上げることができた。
あの時代に戻り、またひと暴れである。青春というものは、何度でもよみがえる。それは年齢などという数字的なものではない。人の心の血潮の熱さなのだ。情熱を忘れるな。年齢という数字こそ忘れよ。
俺はまだまだ、強くなれるのだから。
人間にカンストなどという概念は存在しない。あるのは情熱という原動力だけだ。
「おう、リュウさん。たぎっとるのう……」
「そういう士郎さんだって、目がギラついとるぞ」
「剣士だからな」
「俺もさ」
ということで後日、稽古会という名目で呼び出された陸奥屋一党兵法指南所。その床板張りの鍛錬場には、予想外の人数が集まっていた。それもそのはず。
「このたびはお招きに預かり、まことにありがとうございます」
チーム『まほろば』の剣士、白銀輝夜が頭を下げてきた。そう、陸奥屋一党のみならず、チーム『情熱的嵐』『迷走戦隊マヨウンジャー』といった面々が顔を揃えていたのである。その他にも、『まほろば』で集めた人数がゴチャゴチャと。
ふむ、これはどういうことか……? 頭の上に『?』を並べていると、士郎さんが太鼓を鳴らした。各小隊にわかれて、全員整列する。
陸奥屋一党総裁、鬼将軍。そしてまほろばのトップである天宮緋影が入場。上座に座る。そして筆頭師範の柳沢先生。プレイヤーネームは緑柳。これも神棚を背に座した。進行役の美人秘書、御剣かなめさんが「総裁からのお言葉です」と述べた。一同その言葉に耳を傾ける。
「昨今の王国の刃における不正者の横行は、まことに憂慮すべき問題と私たちは考える。特に最近現れた天才プログラマーを名乗るクソガ……小童などはその代表と言えよう。しかるにこの小童、同志結社『嗚呼!!花のトヨム小隊』の報告によれば、数を増やして挑んできたという。つまり、不正の味は蜜の味ということで、自称天才プログラマートニーの勢力はますます拡大するであろう。これに対抗するため、私たち陸奥屋一党は『まほろば』と肩を組み、勢力を拡大、同時に実力を養う方針を決定した。大願成就の暁まで、我々はともに研鑽し不正者をうちのめさんと欲するところである。今日は存分に汗を流し、互いに高め合っていただきたい」
なるほど、トニー少年の不正プログラムに対する策ということだ。それならばこの人数も納得できる。とは言うものの、たった一人のクソガキの悪戯がこんな大事を招いている。それこそ運営に特定され、威力業務妨害などで訴えられかねない事案ではないかと私は危惧する。それを阻止するためには、我々の手でトニー小僧にストップをかけることだ。
もちろん私個人は、あのクソガキが逮捕されようが起訴されようが知ったことではない。しかしクソガキがおイタをしたならば、大人が叱ってやらなくてはならないではないか。私たちは大人である。自分たちの遊びの場所は自分たちで維持しなくてはならない。こうした行為をかつては自治厨などと揶揄したものだが、その自治厨すら見えない昨今、ネットゲームは無法地帯であるとも聞く。
さて、稽古会である。指導員が士郎さんから発表された。
指導員 御門芙蓉 チーム『まほろば』
比良坂瑠璃
白銀輝夜
三条葵
アキラ 『迷走戦隊マヨウンジャー』
ダイン 『情熱の嵐』
キョウ 『鬼組』
ユキ 『鬼組』
忍者 『鬼組』
トヨム 『トヨム小隊』
シャルローネ 『トヨム小隊』
師範代 士郎 『鬼組』
リュウ 『トヨム小隊』
御剣かなめ 『本店』
師範 緑柳
立会人 鬼将軍 天宮緋影
という面々である。まずは指導員がズラリと並んで、一人一人かかってゆく。私たち師範代はその様子を見て回り、「あれが良い」「ここは直せ」と指導してまわる。それが済んだら二人一組となっての打ち合いだ。受けた指導を活かすようにと、みんな汗を流している。もちろん私たちもその中に混ざった。それからいま一度、指導員を並べての掛かり稽古。
そして私、士郎さん、かなめさんが並んだ。指導員たちが一人一人私たちにかかってくる。それに対してまたもや「あれが良い」「ここは直せ」と指導する。その間、一般兵たちは見取り稽古である。これを終えて指導員同士の撃ち合い。たっぷりと汗を流す時間だ。そして私たちに一人一人掛かってくる仕上げの稽古。
「さてリュウさんや」
「ホイ、士郎さん?」
「実に充実した稽古会でしたなぁ」
「左様、しからばそろそろお開きとしましょうか?」
「なにをトボケておるか、悪ガキども」
ゲーム世界とはいえ、信じられないほど老人の腕が伸びてきて私たちの襟を掴む。
「お主らがどれだけデキるのか、儂にもチト見せてみれ」
老人は大変に嫌らしい顔で笑っていた。
ちなみに師範代稽古、かなめさんは見取りの位置にあった。そーかそーか爺さん。俺たちの腕前を見たいと、そういうんだな? 手加減しないからな、後悔するなよ!
などと、ジャッキー・チェン演じる若者が「これから老師にコテンパンにされますよ」、というような前振りを心の中で演じて。
いざ、師範代稽古! ドテポキぐしゃ〜〜っ!
木刀での撃ち合いではない。軽く止められ軽く投げられて、ゴロンゴロンと転がされる。
「なんじゃなんじゃ、イマドキの剣士は受け身も取れんのかい?」
投げ技足払い関節や急所をキメられては、好き放題にオモチャにされてしまった。なんでジジイがこんなに強いんだ。そんな風にも思うだろうが、それが剣術。それが古武道というものなのだ。剣道でもそうである。五段の若先生が七段のジイちゃん先生に滅多打ちにされる、などということが当たり前のように起きるのである。
読者諸兄は実力三段という言葉を聞いたことがあるだろうか?
これは柔道や空手道でよく言われることである。武道の実力は三段まで、四段以上は名誉段でしかないという意味だ。そんな言われ方をしている武道界ではあるが、剣道は違う。誤解を恐れずに言うならば、三段までは「もらえる段位」なのだ。本当の稽古は四段から、あるいは偉い先生になると範師八段から稽古が始まるとか宣う方もいらっしゃる。
腕力があれば良いというものではない。スピードがあれば良いというものでもない。精妙なる剣の操作、それこそがモノを言うのが剣の世界なのである。
しかもこのジジイ、剣で得た身体操作の妙を柔にまで持ち込んでくれている。
「ヒョッヒョッヒョッ……お主らはもう終いかの?」
「ヘッ、満腹にゃ程遠いな」
「俺も大食らいな性質でな、まだドンブリ飯三杯はいけるぜ」
「ほいたら次は太刀を馳走するわいな」
ということで、小手と言わず胴と言わず、肩の三角筋に上腕部と、好き放題に打たれまくった。
……見えん。ジジイの太刀筋が。一体どんな妙技を使ってやがるのか。
若い指導員たちに稽古をつけていたときには、名札でもつけているかのように見えていた太刀筋が、めをつぶったかのように見えなくなってしまっている。
「当たり前じゃろボンクラども、これからそこを打ちますよ。なんぞと誰が教えるもんかよ」
「こうなりゃリュウさん、二人掛かりでやっちまおうぜ!」
「おう、合わせろよ士郎さん!」
イチニのサンで別々の場所へ打ちかかったのだが、老人は私たちの太刀筋を見切ったか、一歩後退しただけでどちらもかわし、手痛く打ちのめしてくださった。
大の字で息も絶え絶え。そこまで痛めつけられて、ようやく師範代稽古が終了した。