行き場の無い不幸な男
ということで新連載です。どうぞご贔屓に。
焼き鳥を炙る音、そして旨そうな煙と香り。
高校時代からの友人、伊藤とともに久しぶりに飲む。もちろん入店に際しては体温を計測されて許可をもらう。そしてカウンター席は透明なアクリル板で仕切られ、客は席をひとつ飛ばしで腰掛けていた。
私と伊藤はテーブル席をリクエスト、店員はそれに応じてくれた。もちろんテーブル席もアクリル板で仕切られている。そんな御時世だが私たちは気にしない。大いに食らい大いに飲み、大いに人生を楽しむのだ。先鋒としてビールの飲み放題を注文、そして焼き鳥の盛り合わせを六人前。私も伊藤も大食なのだ。
申し遅れた、私の名は和田龍兵。齢四十の公務員である。そして柳心無双流兵法の免許皆伝で道場主。まあ、いわゆる古武道の先生である。自宅を改造した道場には門下生が四人ほどいるが、これが多くもならず少なくもならず。新人が入れば誰かが辞めるといった具合で、熟練者が育たないという現状。まあ、ヘッポコ道場主とでも笑っていただきたい。
「なあ龍兵、お前まだ続けてんのか? あの古武道?」
「あぁ、指導しても指導しても、みんな辞めてっちまうからな。俺が続けないと後が無い」
「そんなに辞めていくのか? 稽古が厳しいんじゃないのか?」
「それは無い、そしてある。だが稽古が厳しいと言って辞めるヤツはいないはずだ。辞める直前まで、みんな面白がって稽古してるからな」
「じゃあ、なんで辞めていくんだろうな?」
なんだか今日の伊藤はしつこい。悪い言い方をすれば、伊藤には関係の無い話だ。
「お弟子さんたちが辞めていくとき、理由を聞いてるか?」
「いや、ただまた稽古したくなったらいつでも来い、とは言ってる」
「俺が思うにはな、龍兵。古武道ってのは金メダルや表彰状と無縁だからじゃないのか?」
「そりゃそうだ。古武道で立ち合うは木刀か真剣だ。竹刀での競技は存在しない」
塩の焼き鳥を頬張って、伊藤は続ける。
「そこよ、それ。今現在の世の中では、どれだけ腕を上げてもそれを披露する場が無い。人からほめられたり、チヤホヤされることもない。修行者には目標が無いんじゃないのか?」
「技を極めるという目標がある、そして稽古というものはそこからまた始まるのだ」
「ンなこと胸張って言えるのは古流バカ一代のお前だけだ。実際お前、剣の技を極めてどうするのよ?」
「古流バカとは失礼な!」
「そこに食いつくな、質問に答えろ。技を極めたところで、それがお前の幸せにつながるか? 以前言ってたよな? 無双流はいかに効率よく人体を破壊し、命を奪うか? それを極めた技術だって。そんな技術を身につけて、令和の御世でなにするのよ?」
「……慎みを覚えよ」
「だからみんな辞めていくんだろ? 汗かいて努力して、その果てに我慢をしろだなんて、理不尽にもほどがある」
「……………………」
反論できない。確かに伊藤の言う通りだ。
「だがな、龍兵。世の中捨てたもんじゃないぞ?」
「ここまで私をブッておいて、話を切り替えるんかい?」
「まあ怒るな、このアプリだよ。VRMMOネットゲーム、『王国の刃』さ」
聞いたことはある。なにやらこれまでのヴァーチャルリアリティゲームとは一線を画すほどの臨場感だとか。
「このゲーム世界でお前の腕前を披露してやれ。そうすりゃ古武道ブームもまた再燃するぞ?」
「売名と宣伝かよ?」
「そうは言っても動画サイトでは、インチキくさい格闘技だかなんだかを俳優が実演してヒット数を伸ばしてるだろ? 俳優が演じる虚構がまかり通って、本物が消えてゆくのをお前は座して受け入れるのか? 無双流はまだこれから何百年も続くかもしれないんだぞ?」
正直言うと、あまり気が進まない。我が流派の技を遊びで振るうということには抵抗がある。しかしまあ、伊藤の言うことだ。少しは気にしておくことにする。
日常から逃避するかのごとく、男は食い男は飲む。そして一人ぼっちの帰り道をたどり、また日常に帰ってゆくのだ。そして今夜は、伊藤の言葉がやけに耳に残った。
「ヴァーチャルゲーム……か……」
誰にともなく呟いてみる。そしてそれしか古武道を利用する手段が無いこともわかっている。
スマホを取り出してみた。動画サイトに接続してみる。仮想空間の彩りは、酔眼にはいささか刺激が強すぎたが、暗闇の中トボトボと歩きながら動画を再生してみる。いわゆる実況動画というヤツだ。
うp主……つまり動画の解説者は、再三再四このゲームは臨場感がこれまでのゲームとは一線を画す、ということを繰り返していた。とにかく『本当にその場に自分がいて、実際に闘っているような感覚だ』と訴えるのだ。
案外悪くないのかもしれない。私の考えが微妙に進路を変えたのは、西洋の甲冑を着込んだ大男たちの破壊的な突進を見てからだった。撲殺用の長柄武器、甲冑を身にまとった大男たち。戦闘はまずお互いの体当たりから始まる。
その光景を見た瞬間、柳生心眼流、八極拳、相撲という単語が浮かんだ。大男たちのド突き合いは、確かに大味すぎるきらいはある。
しかし戦場格闘技、戦場武術、小具足などと呼ばれる甲冑武術というものは、こういうものなのだろうという納得はできた。わずか三分間、たった一本の動画を視聴しただけで、私の心はきまった。
ヴァーチャルリアリティゲーム、その機材一式。お買い上げありがとうございますだ! ちなみに一式お値段、どれほどまでかと検索をかけてみると、「驚きの十万円! 十万円で御提供させていただきます!」などとテレビ通販のような売り言葉が聞こえてきそうだった。
しかし独身公務員。給料は安いがボーナスぁ高い。そして私はギャンブルもしなければ着道楽の趣味も無い。そしておねーちゃんに貢ぐようなことも無い、古武道くらいしか趣味の無い男だった。……たしかに、一振り百五十万の真剣は所持している。してはいるけれどローンは無い。まあ、住宅ローンはまだ十年ほど残ってはいるが、それでも貯蓄は裕福な部類である。
ゲーム機本体、あると便利なオプション、さらには接続の方法。入念な下調べをした上で、明日の帰り道どの店舗で購入をするかまで決めて、メモ書きを残してからその日は就寝した。
翌日、仕事を済ませて退庁。天候も調べた通りに夕焼け空。
私は愛車のスーパーカブ50を走らせて、家電量販店へおもむく。あらかじめ下見をしていたかのように、迷うことなくオプションを揃え、本体セットと共に購入。少なからずはやる心をおさえながら、荷台にくくりつけたゲーム機本体をきにしつつ安全運転に努める。
帰宅してからの私の作業は、それこそほれぼれするほど手際がよかった。本体を電源に接続。そしてスマホと直結。スマホ画面を利用して初期設定、それからアプリを落とし込む。
もちろんお目当てのゲーム『王国の刃』である。
画面にはヘッドセットとゴーグルを装着してください。とあった。素直に指示に従う。
すると目の前には、中世欧州風の城がそびえ立っていた。
「バーチャルゲーム『王国の刃』へ、よーこそー♪」
脳天まで貫かれるようなアニメ声が私を襲った。振り向くとリアリティーの概念がまったく存在しないような、立体的アニメキャラがそこに立っていた。少女である、中世欧州を意識してかメイド服である。そしてゲーム世界を台無しにしかねない危険な存在は、キンキラ声で続けるのであった。
「おや? プレイヤーさん、このゲームは初めてですね? 私はこの世界の案内人、チュートリアル担当のチユです! 以後お見知りおきを♪」
ものすごく頭に響く声だったので、ボリュームを下げさせていただいた。
「おや? ボリュームを下げましたね、プレイヤーさん。いいんですか? チユの説明、聞き逃しちゃいますよ?」
「一向にかまわん」
そのキンキラ声に付き合っていたら、私の脳がどうにかなってしまう。とまでは言わない。
「ではまず、プレイヤーさんの設定を行います!」
ということで、プレイヤーネーム『リュウ』と登録、成人しているかどうか?
しているのならば身分証明書のスキャンなどが求められた。さらにパスワード、そして「あなたの分身であるアバターをデザインしてください」と来たのだ。
なるほど、これは全プレイヤーに対する挑戦状だな? と私は心得た。ここでどのようなデザインをするかで、プレイヤーのセンスが決まるというものなのだろう。
まず体格が大中小とある。大は肉弾戦タイプ、動画で見たあの相撲取りのような戦法を得意とし、なかなか死なない不死身スタイルらしい。中型はテクニシャンタイプ。あらゆる武器を使いこなせるオールラウンダーだが決定打に欠けるものらしい。別名特徴無し。これは下調べで知っていた。小柄な体格はスピードスター、あるいはトリックマスターとも言えるか。スピードが信条で場を引っ掻き回すことがある、厄介な存在。しかし死にやすい。
その三つのタイプからチョイスするのだが、私は自分の体型に近い中型アバターを選択した。これは昨夜から決めていたことであり、やはり古流の技術を活かしやすい体型だと踏んでいたからだ。
「さすがお客さん、お目が高い♪」
さすがも何もチユちゃん。私と君とは今日が初対面だ。
「プレイヤーさんのなかなかには自分じゃ適正の無いアバターを選びたがる方がいらっしゃるんですよね〜〜。リアルで小柄なのに大型アバターを選んだり、ファットマンお兄さんが小柄なアバターを選んだり……」
「そういうチョイスをしたらどうなるんだ?」
体格に合ったアバターを選んだ私には関係の無い話だが、ちょっと訊いてみる。
「大型のアバターをリアル小柄な方が選ぶと、大型アバターのスピードを存分に発揮できます。ですが大型アバターが売りのパワーは、スペック通りにしか発揮できません。逆もまた同じようにリアル大柄な方が小柄アバターを選ぶと小柄アバターのパワーを最大限活かせますが、小柄アバターが売りのスピードを活かしきれません」
「それはそれで面白いんじゃないのか?」
「ハイ♪ 見た目とのギャップが楽しいのですが、その楽しさを探求する前にインしなくなる方が多いんですよね……」
「このゲームでは自分にできることしかできないと聞いているが、リアル大柄なプレイヤーがリアル速力を鍛えて小柄アバターを使えば、無敵になれはしないのかい?」
「しますよ? ですがゲームでそこまで努力しよう、というプレイヤーは少ないんです……」
まあ、そりゃそうだろう。そこまでゲームに入れ込むものか……。と思ったが、私ならどうだろう?
と考える。少なくとも私は、令和日本でまったく使い道の無い古武道をここまで研鑽してしまったのだから……。
「まあ、私の愚痴は置いといて!」
チュートリアルの女王チユちゃんは明るく微笑む。
「お客さん、いよいよ自分キャラのデザインですよ?」
そうだ! ここで自分をどのようにデザインするか!? そこでセンスを問われるのである!
アバターのデザイン。つまりこの世界での自分デザイン。要するに顔を決定するのである。
あまりにイケメンなデザインは、好みではない。プレイヤーの中にはイケメンデザインをしてゲーム内女の子を口説く者もいるようだが、私にそのような軽薄な真似はできない。
より日本人らしく、こんな中世ヨーロッパ風な世界だからこそ日本古武道ここにあり! を示すデザインをしたい。
ということで、輪郭は厳つい顔立ちではなく卵型、もしくは楕円形。髪型は当然サムライを強調する総髪。額は広く抜きん出て、まゆは男性らしく一文字。眉間を狭く、目は糸目。日本人の思慮深さをイメージ、鼻は勇ましい鷲鼻などではなくスッキリ醤油味で。しかし口元は大きくこれまた一文字に引き締めて……。
「お〜〜……」
どうだ、チユちゃんも感嘆の声をあげていよう。……しかし、それにしてもだ。この顔はどうもどこかで見たことがあるような?
私の疑問にチユちゃんが答えを出す。
「これはまた、見事な坂本龍馬さんですねぇ……」
おぉ、道理でみたことがある顔だと思った。ではデザインついでに少しだけ頬骨も出しておこう。……うん、ますますもって龍馬さんだ。
「お客さん、どうします? この顔で行きますか?」
「もはや後戻りもできまい」
「では、これで登録っと。つぎは服装と装備になりますが、こちらから選んでください」
衣服の項目、武器装備の項目があるが、まずは身だしなみから。うむうむ、よしよし。黒縮緬の和服があれば、仙台平の袴もある。まずはこれを装備だ。そこに白鉢巻と白襷もあるじゃないか。よーし、うむうむ、よーし。足元は草鞋履きだが脱げたりしないように厳しく拵えて、袴のすそは紐というか短い帯でまとめておこう。
「あの……革の防具や安物ですが兜もありますよ……?」
チユちゃんは心配してくれるが、「無用」と断る。
「ではせめて鎖の着込みくらいは装備しては?」
「それも無用。あれも重たいので行動が制限される」
実況動画で拝見したところでは、どのプレイヤーもこれでもか! というほどの重武装であった。そのせいか攻撃は単調で動きも鈍く、まともな戦闘ができていなかった。それは小柄アバターを利用している者にも言えることであった。キルを取られる、撤退させられることに罪悪感でもあるのか? と訊きたくなるような有様だったのだ。まあ、このゲームはキルの奪い合いなので、そう感じるのも仕方ないと言えば仕方ないことだ。
ということで武器を選択。……ある。私のおメガネに叶った逸品が。メイスだ戦斧だ諸刃の剣だと並んでいる初級武器の中に、赤樫の木刀が存在した。
「……これを所望する」
「えええええっ!? みんな槍とか剣とか持ってるのに、ぼぼぼ木刀ですか!?」
「左様」
読者諸兄も驚いておられようが、実はこの木刀という武器。なかなかどうして使い手がある。
イチに真剣実刀に比べて、はるかに軽いのだ。宮本武蔵の巌流島の決闘でも、武蔵は櫂を削った木刀を使用している。もっともあれは重たい櫂が水を含んでさらに重たくなっているのであまり参考にはならない。 ただしそれでも、佐々木小次郎の「物干し竿」よりは軽かったかもしれない。
そして第二に、これは現実世界での話なのだが刃こぼれしないという利点がある。日本刀が刃こぼれしてしまえば、もうただの撲殺武器でしかない。しかも重たいとなれば、木刀を使った方が断然有利である。
そしてチユちゃんは、サイドアームを勧めてくれた。初回からそんなことは無いだろうが、バトルにおいて武器を損じることもあるそうで、「もうひとつの武器」の携行が認められているそうだ。
迷うことなく、赤樫の木刀をもう一振り。チユちゃんは頭を抱えていた。
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