94 終焉機ヘルメス
<――終焉機は私が作り上げた三機の魔導機を超越し、管理するための杖。貴方のメルクリウスは、ここに来た時点で私が手にしたようなものなのよ>
三叉の杖を振り上げて、ヘルメスは宣言する。
何を? 言うまでもない、自分の絶対的優位性を、だ。
<――命滅機メルクリウス>
その言葉に、ミリアが警戒して腰を落とす。
直後、
<|限界突破《コード:オーバーフロー》>
ミリアの纏うメルクリウスから、奇跡が起きた。
メルクリウスから帯のようなモノが飛び出し、ミリアを拘束する。
「これは……っ!」
<あら、動いても無駄よ、その拘束は概念的なもの。それを私がわかりやすいように視覚的に表現しているだけなのだから>
驚くべきはそちらではないだろう。
ヘルメスはメルクリウスの奇跡を起こせる。所有者がミリアであるにも関わらず、だ。とはいえある意味当然のことではある。ヘルメスはメルクリウスの創造主。いわゆる管理者権限というやつだ。
だからこうなることは何もおかしいことではない。
とはいえ――
「……無駄は、どっちですかね!」
ミリアは、一瞬でその拘束を弾き飛ばしてみせた。
<ふぅん?>
「あくまでこの拘束は代償の奇跡による魔法。であれば別の魔法でかき消すことができる。かき消すための魔法を即座に作って、行使すればいい!」
<――ほんっと、理不尽ねあなた>
叫びながら、ミリアが飛び出してくる。
「それに、どうやら起こせる奇跡にも限りがあるようですね、私に直接死ねと言えないから、あのような拘束を強いたのでしょう。であれば、貴方のその力は完全な無意味です!」
両腕に針を構え、それを突き出す。
――目前のヘルメスへ向けて、
しかし、ヘルメスは直撃する直前にその場からかき消えていた。
<――ふん、こんなものが切り札だとでも? あいにくと、これは私と戦うための最低限の関門でしかないのよ。今の貴方みたいなことができなければ、私と戦う権利すらないということ>
いいながら、ヘルメスは杖を構えていた。
ミリアに向けて突き出している。それはつまり――
<私の本命はこちら>
魔導の行使だ。
<終焉機ヘルメス、限界突破>
直後。
ミリアの身体に変化が起きた。
「がっ」
<“死になさい”。それが今から起きる奇跡の効果よ>
即死。
ミリアは身体に起きた変化に胸を抑える。
息苦しい、意識が遠のく。
そんなことを願われては、そもそも戦いにすらならない。
しかし、
「――まだ、ですよ」
死がミリアに襲いかかるかと思ったその瞬間。ミリアの中からマナが溢れ、ヘルメスの奇跡を打ち消した。
<……チッ>
「同型機との対決は経験がありますし、対策は昔から考えていました。自身への干渉の無効化。原理としてはアイリスの読心無効化が近いです」
――他にも、メルクリウスを装備したアイリスの現実改変も、ミリアは防いでいた。それもこの魔導による効果だ。他人を守ることはできないが、自分だけを守ることはできる。
今回、アツミを置いてきたのはいくつか理由があるが、そのうちひとつが、守れる保証がないから、だった。結果としてそれはこのように正解だった事がわかるわけだが。
<だったら――>
忌々しげにヘルメスは杖を構えて、
<死ぬまで奇跡を起こしてあげる! 限界突破!>
再び奇跡を起こす。
<限界突破! 限界突破! 限界突破ァ!>
一度に、何度も。
「……!!」
ミリアは即座に動き出す。無重力の宇宙空間、そこに突如として凄まじいまでの重力が出現する。さながら小型のブラックホール。ミリアをねじ切り粉砕する、破壊そのものだった。
それをなんとか、駆け抜けながら回避していく。
<限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破限界突破ァァァァアアアアア!!!>
「……なるほどっ、代償なしで奇跡を起こせるということですか、貴方は!」
無限にも思える破壊の群れ。
あっという間にミリアとヘルメスの周囲には重力の歪みが広がっていた。無重力でありながら、ねじれ曲がった重力という矛盾。
触れればミリアとてひとたまりもないのだから、ミリアとしても溜まったものではない。何よりこれではまともに近づけない。
「いえ、そもそも……代償が必要、という機能自体が後付だった? 歴史改変には月光の狩人が必要でしょうが、他はそうではないでしょう」
<あはっ、どうかしらねぇ!!>
――そもそも、ケーリュケイオンを始めとした杖が起こす奇跡に、そもそも代償は必要なかったとしたら。代償を必要とする機能は、月光の狩人を犠牲にするための後付だったとしたら。
そもそも終焉機の奇跡自体が、正しい奇跡の在り方というわけだ。
「とはいえ、だったらこちらとてやることは決まっています」
ミリアは姿勢を落として、金色の光を覆う。ミリアが得意とする防御魔導。通常でも主の攻撃まで防げるそれに、
「|限界突破《コード:オーバーフロー》ッ!」
代償の奇跡を乗せる。
硬度をました障壁を纏って、ミリアは強引にヘルメスの奇跡を突き抜ける。多少のダメージなどお構いなしに、ヘルメスへ突撃をかますのだ。
攻撃の魔導は使用していない。あくまで速度にまかせてヘルメスに突っ込むだけ。
両手の針という得物があるおかげで、これでも十分に殺傷力があるのだ。
<……ふん>
突撃してきたミリアに、ヘルメスは興味を示さない。
最初のように、まるで回避する素振りも見せず――
それを受けた。
――受けた箇所が空白になっていた。
「なっ――」
<私に物理的な破壊は通用しない。当然でしょう? 今の私は、精神体が魔導機を身にまとっているにすぎないのよ?>
直後、ヘルメスの姿はかき消えて、後方にヘルメスが出現していた。
「くっ――」
ミリアは振り向きざまに――
「|限界突破《コード:オーバーフロー》!」
メルクリウスを起動させ、
<|限界突破《コード:トライオーバー》>
ヘルメスも奇跡を起こした。
両者は対消滅――するわけではない。
ヘルメスの起こした奇跡が、ミリアの起こした奇跡を“反射”した。
「なぁ――っ!!」
更に驚愕。
今はなったのは精神体を消失させる奇跡。宿痾操手“兄”に使ったものと同じものだ。
それを反射された場合、ミリアは身体を残して魂が消滅する。
<当たり前の話だけど、終焉機とそれ以外では、終焉機の方が出力は上、だったら直接ぶつかり合えば終焉機の効果が上回る>
――純粋にスペックで上回られると、奇跡ではどうしようもなくなってしまう。
物理攻撃は一切効果がなく、あちらの攻撃は見ての通り最大の防御魔導に奇跡を重ねてなんとかといったところ。
<私としては、そもそも戦いが成立すること自体がおかしいのよ。私は魔導の創造主にして最高の魔導機を持っている。それに単身で張り合うなんて>
「……」
<いえ、むしろ単身でないほうが貴方にとってはまずかったのね。他人に足を引っ張られてしまうから>
だからアツミを置いてきたのだ、とまるで責め立てるようにヘルメスは言う。少なくともアツミを置いてきたことは事実、ミリアに反論はない。
<やはり最初から――絶対者は一人であるべきなのよ!>
そして、再びヘルメスは奇跡を起こした。
その種類は多岐にわたる。物理的なもの、精神的なもの、数多の奇跡が出現する。宇宙空間に天変地異とでも呼ぶべき現象のうねりを作り出し、自分が創造主であると言わんばかりに振る舞う。
そしてそれを、ミリアにぶつけるのだ。
ミリアは、回避もせずにその中へと消えていった。
<ほらね!!>
勝ちを確信してヘルメスは笑う。
この程度なのだ、いくらミリアが天才といっても、ヘルメスに対しては何もかもが足りなさすぎる。知識も、経験も、何より時間も。
やはり、ヘルメスこそが世界の頂点なのだ。
自分こそが、この世界を管理するのに相応しいのだ、そう考えて、ヘルメスは高らかに嗤った。
しかし、
「何が、ほらね! ですか!!」
声は、先程までミリアがいた場所からは聞こえなかった。
<……どこに!>
ミリアのマナは間違いなくあそこにあった。アレが偽物のハズはない。とすれば――
直後。
周囲に無数のマナ。全て、ミリアのものだ。
「ここですよ!」
そう、分身した大量のミリアがそこにいた。
<……子供だましを!>
ヘルメスは多少驚愕しながらも、狼狽えはしない。ミリアがこういった戦術を取ることは知っていたし、なにより対処法も考えてある。
<この分身は本物じゃない。そして、本物に直接奇跡を起こしても効果は起きない! だったら、この場全てに奇跡を起こせばいい!>
そうすれば、耐えた本物だけが残る。
本物に奇跡が通用しないことはやっかいだが、だったらそれを逆手に取ればいいだけだ。
<残念だったわね! |限界突破《コード:トライオーバー》!」
直後。
全てのミリアがかき消えた。
<なっ、どこに――!>
「正解は――」
直後ミリアが、突如としてヘルメスの眼の前に転移してきた。
「どこにもいない、です! |限界突破《コード:オーバーフロー》ォ!」
――ヘルメスに、ミリアの奇跡が突き刺さる。魂の消滅。それを防ぐ手段は、どこにも存在しなかった。
<>
――分身を囮に、ミリアはその場から離脱、分身が消えてミリアの存在がいないことに気づく瞬間の虚を突いての奇襲。
結果としてそれは成功した。
際どい状況だったが、ミリアは勝利したのだ。
「はぁ……はぁ、面倒な人です!」
吐き捨てるミリア。しかし――
<あら、どうして全部終わったかのような反応をしてるのかしら?>
――ヘルメスの声がした。
直後、ヘルメスの姿が再生していく。
「……!!」
<何を驚いているの? 何も不思議なことはないじゃない。確かにマナによる死の蘇生はできない。でも、今の魂の消失は結局ただの魔導でしかない。魔導だったら、それを防ぐ魔導を使えばいいだけじゃない?>
――つまり。魂の消滅を受けた直後に発動する、魔導無効化の魔導。
ミリアのそれと全く同じ原理で、けれどもヘルメスはより高度なことをやってのけたのだ。
<これで解ったかしら? 私は負けない。何故なら物理攻撃も、魂への攻撃も無効化してしまうから! そう、だから私は――>
狂気的なまでに、笑みを浮かべて。
<無敵なのよ!>
ヘルメスは自身の強さを証明した。