93 ヘルメス・グランテ
――起動した巨大宿痾に、戦姫達が警戒しながら攻撃を仕掛けていく。
リソースを気にしなくていいというのは、随分と戦姫達の戦いに変化が見られるもので、彼女たちは開幕から全力で魔導を叩き込んでいた。
これまでの戦闘では定石とされなかった行動だ。
一瞬にして巨大宿痾が破壊と爆煙に飲み込まれる。しかし、これで倒せるならば誰も苦労はしない。それぞれマナの流れに気をつけながら、絶え間なく攻撃を叩き込んでいく。
手を抜く気など一切ないし、持っての他だ。
しかし、攻撃に気を取られすぎてもダメだ。
とはいえ、
「――全員散開!」
そこを補助するのが指揮官の仕事。だれよりも早く変化を読みとったカンナが指揮を出す。それぞれ、即座に宿痾から距離を取る。
一組の戦姫を除いて。
――いくら回避すると言っても、戦姫の数は多い、だから宿痾が腕を振り回せば、必ずどこかで戦姫に激突する。そうなれば、まちがいなくその戦姫たちはおしまいだろう。
だから。
「やぁあああああああああああ!!」
――ランテが、飛び込んだ。
直後、煙のなかから巨大宿痾の拳が飛び出してくる。
――巨大宿痾はオーソドックスな虫型巨人。通常の主の数倍はあるとんでもないサイズだが、攻撃手段が徒手空拳であることは想像ができる。
その上で、飛び出してきた拳をランテは、
「……やあ!!」
正面から受け止める。
金色の光に守られているとはいえ、正面から受ければランテとてひとたまりもない。いくらケーリュイケイオンが世界最高峰の魔導機といっても、扱うのはミリアではないのだ。
だが、
「く、うう!」
「おちついてランテちゃん、このまま誰もいない方向へ押し流すよ!」
側に、シェードがいる。
シェードとランテ。二人は過去で数ヶ月行動をともにする中で、円環理論が使えるようになっていた。この二人がこちらに残ったのは、そういう意図もある。
「だ、あああああああ!!」
そうして、なんとか二人の舵取りによって誰もいない場所へ拳を受け流したランテ達。
しかし――
――叩きつけられた拳で、地面はなくなった。
数キロメートルにも及ぶ超巨大クレーターが作られたのだ。
拳一発だけで。
もとより戦姫に足場は必要ないが――
――それでも、肝を冷やすには十分な光景だった。
「……怯まないで! 攻撃を続けるの!」
カンナの叫びがこだまする。
戦闘はまだ始まったばかり、恐怖を覚える一撃だったが、まだ戦姫たちの心は――折れていない。
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宇宙は、静かな場所だった。
ミリアは一人、初めて訪れた宇宙空間に思いを馳せる。
転移を使ってここまで来て、後はマナの気配を頼りに虱潰しだ。あまりにも遠かったらもう一度転移することになるが、探知自体はすぐに終わるだろう。
それにしても――
「――マナの侵食がとんでもないことになってますね」
青い星。
地球と言われてイメージするのは青と緑の美しい星だろう。しかし、眼下に移る地球は、あまりにも美しいとは言いようのない場所だった。
変色した海と、枯れ果てた大地。まさしく死んでいるとしか言いようのない光景。
セントラルアテナも小さすぎて、どう変化しているかわからないような状況だ。人の生息できる区域など、ほとんど残されていないのではないかと思ってしまう。
マナというのは恐ろしいエネルギーだ。使用者が望めばこんなことすらできてしまう。逆に、使用者が望めばこれを一瞬で再生することもできるのだろう。
結局何事も、使い手の意志次第ということか。
なんにせよ、ミリアは大きくため息をつきながら探知に集中する。宇宙というのは実にロマンあふれる空間だが、肝心の最も美しく感じるべき故郷の星がこれでは、楽しむものも楽しめない。
何より、ランテたちは今頃死闘を繰り広げているはずだから。
ともあれ――
「――見つけた」
膨大なマナが溢れている空間をミリアは確認した。
ここからなら、転移を使わなくてもすぐにたどり着くだろう、そう考えてメルクリウスを動かす。宇宙空間でも問題なく活動できるのは、やはり魔導機あってのことだ。
いくらミリアだって、生身で放り出されたらただではすまない。
しばらく、ミリアは宇宙空間をぼんやりと眺めながら進んでいく。
思うことは多々あるが、それらを一度頭の中から排除して、今はただ無心に前へ進むことを考えた。
相手はこの世界で初めて魔導を手にした存在。開闢機を始めとした魔導機を生み出せることからもその技術力は知れる。
底の見えない相手だ。ミリアにも、不安は多少なりとも存在した。
その上で――
「……やっぱり、衛星でしたか」
ミリアはそれを見た。
宇宙に漂うそれは、いわゆる衛星と呼ばれる代物で、ミリアも何度か写真等でみたことのあるような、ありふれた形状をしている。
その上で、衛星からは膨大な量のマナが噴出していた。
それはつまり――
「――あの衛星そのものが、魔導機」
そして、
<ああ――>
衛星が変化を見せる。
光に包まれ、その姿を小さくしていく。誰かがそうしているのだろうことは確実で、ミリアからしてみればそれは驚きもなにもない変化だ。
<――ようやく来たのね、ミリア・ローナフ>
「……随分と待たせてしまいましたかね、ヘルメス・グランテ」
光から現れたのは、一人の女性だった。
見覚えはもちろんある。先程までアツミと共にその記憶を追っていた存在――ヘルメス・グランテだ。
<私の揺りかごを揺らしたことを咎めるつもりはないけれど――>
揺りかご。
この衛星そのものが、ヘルメスにとっては一種の休眠装置だったのだろう。ヘルメスは最終的に衛星を打ち上げ、その中に自分の意識をしまった。
彼女もまた操手と同様の存在と言える。
そして、彼女の願いが叶うまで、眠りにつくことを選んだのだ。
<――貴方のしてきた愚行には、少しばかり灸をすえる必要があるかしら>
「愚行……?」
<ええそうよ、他になんと呼べるのかしら? 貴方のしてきたことが、あまりにも不愉快だったのだから。愚行以外のなにものでもないでしょう>
ヘルメスの顔は嘲笑と怒りに歪んでいた。
心の底から、ミリアの行動を愚行と切って捨てている。隠そうともせずに、ミリアを見下ろして、見下している。
<ふざけた態度で私の意志を妨げるだけに飽き足らず、ついには私の前にまで現れて、バカらしいにも程がある>
「いくらなんでも、それは貴方の感情でしかないでしょう」
<何より、マナを消失させる? 無茶も大概にしなさいよ>
ふむ、とミリアは反論をやめる。それまでの言葉と違って、確かにマナを消失させることは無茶も大概だからだ。
<そもそもマナというのはオドを変換させるだけでなく、他のものを変換させても発生する。特に感情は無限にマナを生み出すリソースなんだから、マナをなくそうと思ったら、この世界から感情を消さなければいけないのよ?>
「マナは無限、ですか。たしかにそうですね、実際に今、下では感情を武器に戦姫たちが貴方の肝いりを打倒しようとしているでしょうし」
<ええ、忌々しいことにね>
吐き捨てる様子のヘルメスは、まったくもって性格の悪さを隠そうともしない。それだけミリアを嫌悪し、配慮したくないのか。
どちらにせよ、ミリアはヘルメスにだけは負けられない。
絶対に相容れないからだ。
<考えてもみなさいよ。この世界からマナを取り除くことはできない。だったら誰かが管理しなければ。人はマナというエネルギーを扱いきれない>
「結果として貴方のワガママで人はあそこまで追い詰められ、その種が絶えようとしている。少なくとも、貴方に任せるべきではなかったとおもいますがね」
<あら、私ほどマナを管理するのに相応しい人間はいないわ。だってそうでしょう? 私はマナを一人のためだけに使っているのよ?>
訴えかけるように、ヘルメス。
<シルクに未来を与えるために、他のものは何もいらない! 今はこうして何もかもをめちゃくちゃにしているけれど、シルクが無事なら私は何も気にしない! 世界はあるがままにすればいい!>
「シルクさんが救えれば、世界は元あった形に戻す、と? 一体誰が信用できるんですかそんなこと」
<信用する必要はないの。だって私が上位者なんだから、私以外の人類は、私が与える幸福を享受していればいいのよ。解る?>
「一向にわかりません! わかりたくもない! 結局何かあれば世界をまたぐちゃぐちゃにするということじゃないですか!」
それを、
<――そうよ? そのことになにか問題でもあるの?>
ヘルメスは笑顔で肯定した。
<世界を平和にしたかったら、その時は平和な世界を作ってあげる。世界を混沌に陥れなきゃいけなかったら、私は望んでそれをする。管理してあげるわよ、私の望む通りに!>
「……ヘルメス・グランテ!」
<世界も歴史も、過去も未来も現在も、好きにできるのだから貴方たちは何の不満も抱かなくていいの。私の思うがままに導いてあげるから。ねぇ、貴方だってその方が楽でしょ?>
「そんなわけないです! 未来はわからないからすすめるのです! わかりきった未来なんて価値はない! そこに救いなんてありません!>
――互いに、武器を構える。
ミリアはメルクリウスを、であればヘルメスは――?
<――貴方だって、自分が望まない未来を認めないじゃない>
ヘルメスは手を前に突き出す。そこに、一匹の蛇が巻き付いた。
<未来の価値だなんだといって、結局気に入らないならその未来を貴方は認めない! それの一体どこに価値があるというの?>
突き出した手とは反対の背に、蜂を思わせる翼が生えた。
<だったら、貴方の未来も私が管理してあげる。幸せな未来が欲しいなら、何もしらないまま、私の手の中で踊ったほうが貴方にとってはよっぽど幸せなのよ!>
そしてその手には、三叉の杖が収まった。
<――終焉機ヘルメス。貴方を終わらせる、杖の名前よ>
それこそが、ヘルメスの杖。
第四の杖は、終焉。すなわち過去も、未来も現在も、等しく終わらせてしまう絶望の杖。
それをミリアは――
「――ふざけないでください!」
真っ向から切り捨てる。
「何が幸せ、何が終焉! 未来に終焉はない! 幸せだってあるかどうかもわからない!」
<だったら――>
「だから進みたい! いいですか、私は私の手のひらに収まるくらいの幸せがほしいんじゃない!」
そして、両者は激突する。
「自分でも終わりが見えないくらいの幸せを、自分の手で掴みたいんですよ!!」
互いに譲れない想いを胸に秘め。
観客は誰もいない天蓋の上で、二人だけの死闘を、演じ始める。




