92 命滅と再生
「――結局、シルクを代償にしたっていうなら、アタシ達の知ってるシルクはなんなんだ?」
「代償になったのは、シルクさんの魂だけということでしょう。アツミちゃんだってシルクさんの記憶を読んだけど、これは読めなかったでしょう? あのシルクさんは、先程のシルクさんとは別人なんですよ」
「……ってぇことはなんだ? 操手が魂だけで存在するのは、そうなるように作ったんじゃなくて、シルクの身体に突っ込むためにそうなっただけってことかよ」
――因果が逆だった、というべきか。
シルクは魂だけを犠牲にした後、そこにマナで作られた魂を押し込められたのだ。
「んだよそりゃ、まるでシルクが人形みてぇじゃねぇか!」
「手段と目的が逆転しているといいますか。ヘルメス女史にとっては、結果さえよければそれでいいのでしょう」
世界の犠牲さえも、最終的に娘を救えればそれでいい、ということか。
「本当にそう思ってるかも解らねぇがな、こいつはもともとマナで世界を管理しようとしてた。世界が自分の思い通りにできれば、それで何でもいいんじゃねぇのか」
「かもしれませんがね。どちらにせよヘルメス女史こそが全ての黒幕であり――倒すべき最後の敵です」
こうしてはっきりした。
黒幕――ヘルメス・グランテの目的。
世界に何をしたのか。マナはどうして発見されたのか、その全てが。
「……ありがとうございますアツミちゃん、ここまで付き合ってくれて」
「まさか、こんな理由で世界がぐちゃぐちゃにされたとは思わなかったけどな」
「まぁ、気持ちは解らなくもないですよ」
――アツミの役割はここまでだ。
ここをアツミと調査すれば、世界に何が起こったか解るだろう、そのためにアツミをここに連れてきた。他にも色々と理由はあるが、とにかくアツミの最大の役割はこれでおしまいだ。
ぺこり、とミリアはお辞儀をしてから、ヘルメスのことを言及する。
「大切なものを救うためならば、世界よりもそちらの方を優先する――私だって、同じような立場なんですから」
「……たまたま世界を救うことでそれが達成できただけ、ってか?」
「そういうことです」
「――違うだろ、んなわけねぇ」
アツミは強く、それを否定した。
「救うためなら何でもする、確かにてめぇもヘルメスもそうかもしれねぇ。けどてめぇはマナを消そうとしていて、アイツはマナを利用しようとしてる」
「つまり?」
「マナってのは何でもできるが、アタシたちの想像できることしかできねぇ! だからアイツはアイツの思った通りのことしかできねぇが、てめぇは想像を軽く越えてくるだろ!」
少しだけ、熱くなってしまった。
――ヘルメスは狂っている。アツミは生まれてはじめて心を読みたくないと思った。それくらいヘルメスはおかしいのだ。理解したくない。
そんな存在と、理解できないミリアは違うだろう。
アツミはそう否定した。否定したかった。だからつまりきっと、
「……アツミちゃん、大丈夫ですよ」
狼狽していたのは、自分のほうだ。
ミリアを慮るつもりで、自分の不安を口にしていたのだ。即座にミリアはそれを見透かした。アツミは、そこでうろたえて少しだけ後ずさる。
「私は負けません。相手がどれだけとんでもない存在だろうと、私が勝ってマナを終わらせます」
「そうはいうけどな……」
「それともアツミちゃんは、これから私が何をするか、想像がつかないんですか?」
「いやそりゃつかないだろ」
「ひどい……」
――言葉を交わしあって、やがて二人は落ち着いた笑みを浮かべる。
静かにお互いに笑みを向けて、同時に拳を向けると、
コツン。二人はそれを軽くぶつけあった。
「――それで、ここからどうするんだ?」
「もちろん、宇宙へ行きますよ?」
二人はそのまま外に出て、遠く、空に浮かぶであろう敵を見つめる。
「おそらく、衛星かなにかで宇宙を漂っているんでしょうね、黒幕は」
「……ヘルメスは暇なのか? あと衛星ってなんだよ」
「さぁ」
ミリアは説明が面倒だったので二つ纏めて切り捨てつつ、少しアツミから距離を取る。本来ならここで、アツミはミリアがそもそも、どうやって宇宙に行く気なのかを気にするべきなのだろう。
読心で読み取れば解るとして、そもそも読み取らない理由がない。
とはいえ、
今更ミリアが何をするかなど、心を読まなくてもある程度察しはつくのだが。
「それじゃ行きますよ――」
ミリアは、“それ”を手にしながらつぶやいた。
「命滅機メルクリウス、|限界突破《コード;オーバーフロー》」
メルクリウス。
アイリスが使っていた魔導機を、ミリアは再起動したのだ。
「――よし、どんなもんですか?」
空中をくるくると回転しながら、変化した自分の姿を確かめるミリア。女王蜂をモチーフとした武装だが、ミリアが装着するとその色合いが反転する。
黒を基調とした軍服に、黄色の武装。なんというかそれは――
「パチモンくさいな」
「アナザーカラーって行ってください! 決して2Pカラーではないです、決して!」
ぽつりと零したアツミを否定する。
確かに2Pカラーに見えなくもないが、ミリアにマッチしていないわけではなく、ミリアの言う通りアナザーカラーという表現が一番しっくり来る。
「それじゃ――」
ミリアはゆっくりと浮き上がり、アツミから離れていく。
二人は互いに軽く手をふると、
「負けんなよ」
「勝ってきます」
そう言葉を交わして、別れた。
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――ミリアはメルクリウスを身にまとった。
それはアイリスとの決戦があることを見越して、ケーリュケイオンを持ち込まなかったことが一つの理由である。結果、最初のアイリス戦のように遠隔から奇跡を起こす形になったが、どちらにせよ宇宙へはメルクリウスを使う予定だったのだ。
もう一つの理由として、メルクリウスをヘルメスが必要としているからだ。ヘルメスの勝利条件は月光の狩人をメルクリウスの代償にすること。
だからこの二つは絶対に必要になる。なので、そのままにしたらヘルメスが何かしらの方法で回収してくるだろう。
ならば最初からミリアが所持した状態で持っていくのが一番危険が少ない。
むしろ自分の杖にしてしまえば、ミリアを倒さなければ奪えなくなるので一石二鳥だ。
というわけでメルクリウスをアイリスからパクることになったわけだが、それはそれとして、もう一つ気にするべきことがある。
――ケーリュケイオンはどこへ行った?
ヘルメスにとってケーリュケイオンはもはや必要のない代物故に、気にすることはないだろうが、ミリアはケーリュケイオンを置いてきたのだ。
では、今は一体だれが握っている――?
答えはとても、とても単純。
――本来の持ち主へと、返還されたのだ。
「――巨大宿痾、活動を開始しました!」
戦場。
そこは戦姫と宿痾の決戦が行われている戦場だ。今も無数の戦姫が宿痾を切り飛ばしながら、行動を始めた巨大宿痾に意識を向けている。
警戒だ。相手はこの戦いの最終目的、これまでひたすら吸収される宿痾を吹き飛ばしてきたが、それでも巨大であることに変わりはない。
緊張感が一気に高まるそこで、一人の少女が行動を開始していた。
「――おまたせカンナ、こっからはフルスロットルで行くわよ」
「またせすぎよ、でも間に合ったのね?」
「まさか戦場でも最終調整することになるとは思わなかったけどね」
少女の前で、カンナとローゼ、二人の戦姫が言葉を交わしている。二人が視線を向けているのは一機のバイク型魔導機。本部での戦いで使用したそれを更に強化したもの。
否、それだけではない。
「皆、聞いたわね! ここからはツーマンセルを基本として、この魔導機を使うわ!」
本部で使用したタイプの魔導機は、強化されたカンナ、ローゼ専用機の後ろで、無数に配置され待機している。
――先程から、ローゼとシェードは戦場を観察しながら話をしていたが、二人はこれをギリギリまで調整していたのだ。
バイク型魔導機の最大の特徴は、円環理論に特化しているということ。
ここからは、マナの枯渇を戦姫達は気にしなくて済むようになる。それは大きな変化である。
巨大宿痾の活動直前まで調整されたそれは、ぶっつけ本番であることを加味しても大きな戦力になるだろう。
戦姫達がそれを喜ぶ中――
「――それじゃ、私達も行こうか、ランテちゃん」
「……うん!」
ランテは、自身が手にした杖をぎゅっと握りながら、シェードの隣に並んだ。
ランテの手にしている杖には――見覚えのある蛇が巻き付いていた。
――学園戦姫アルテミス。
そのグランドルートにおける大決戦、その相手は今ランテたちが相対している巨大宿痾だ。奇しくも原作と同じ決戦に挑むランテ達。
変化はいくつかある。
まず、アイリスがこの場にいないということ。ゲームにおいてアイリスと最初で最後の共闘がこの決戦だ。しかし、アイリスはミリアと直接対決するためにこの場にいない。
加えて、ゲームと比べて生き残っている戦姫の数が圧倒的に多い。一山いくらといってしまえばそのとおりだが、主の装甲を傷つけることができ、リソースも潤沢とあれば、決して無視できない戦力だ。
もっと言えば、生き残ったモノがあまりにも多い。カンナはもちろんとして、ローゼもゲームではこの決戦に参加できる状況ではなかった。
ましてやここで隣にいるのがシェードというのは、一体だれが想像しただろう。
それほどの変化をもたらしながら、それでも最後はケーリュケイオンを握ったランテがこの場に立った。切り札として、月光の狩人として、全ての因縁にケリをつけるために。
「――再生機ケーリュイケイオン。……戦姫ランテ、行きます!」
それは、ゲームにおいて何度もランテが口にした戦闘口上。
この世界において、初めて口にされるそれと共に、最後の戦いは始まった。




