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90 グランテ

「――ようやく完成しましたね、ローゼ先生」


「そうね、長かったけれど、これでようやく人類は反撃を開始できる」


 ローゼとシェード。

 対宿痾装甲魔導、アルテミスバレットを完成させた両名は、感慨深げに戦場を見ていた。今、戦場では最初に出現した二体の主のうち、片方が連携によって完封されつつある。流石に凄まじい数の戦姫に対し、一体ではあまりにも部が悪すぎた。


「グランテの使命を、ようやく果たせたと思うと私も一安心ね」


「お疲れさまです。ほんと、大変でしたね」


「私としては、貴方が付いてこれるのが驚きでしょうがないけれどね」


 ミリアの影響で突如として現れた天才。それがシェードであり、周囲の認識だ。彼女の天才性は疑いようはないが、再現性があるとも思えない。


「そういえば、少し疑問だったのですけど」


「うん? 何かしら」


「すいません、雑談になってしまうんですが……グランテって姓は、どうして現代まで残ったんでしょう」


 ふむ、とローゼは腕組みをする。

 戦況を確認し、少しならば問題ないだろうと考えた。

 ――そもそもシェードがグランテが気になったのは、アルミアと過去で出会ったからだ。この世界で唯一姓を名乗ることを赦された二つの一族。

 片方は解る。ローナフは始まりの戦姫だし、今も理事長として頂点に立っている。けれど、グランテに関して聞いたことは一度もない。


「授業だと、ちょうどそれをやる前に過去に言っちゃったのよね、貴方達」


「ああ、そういう」


 シェードは色々と本を読んで知識を吸収することが好きだが、主にその興味は宿痾出現前の文化について偏っているので、知らないのも無理はない。


「グランテっていうのは、私のお祖母様が魔導機を生み出すっていう功績を遺したから存在しているの」


「……なるほど」


 アルミア達は過去からやってきて始まりの戦姫となったが、そうなる以前――アルミアの過去改変以前より、戦姫は存在していたらしい。

 本来の歴史であれば、もしかしたらローゼのお祖母様が、始まりの戦姫だったのかもしれない。


「……まぁ、既に亡くなってしまったけれど、お祖母様は私達に宿題を遺した。主の討伐っていう、人類最大の悲願を、ね」


「それでグランテの使命……ですか」


 なんとなく納得した。

 ローゼは魔導開発の天才だが、何よりそれは生まれた時から魔導を生み出すことを使命としていたからだ。シェードのように突然発生した天才ではなく、望まれた天才ということか。


「……そういえば、姓を名乗ることはなくなっても、かつて姓はあった家っていうのはそこそこあるんですよね」


「ええ、そうね」


「私の家系は、ハルーアっていう姓があったらしいんですけど――」


 少しだけシェードは考えて、



「私の家の人が昔、グランテに嫁いだことがあるって、聞いたことがあるんです」



 なぜ、今更そんなことを思い出したか。

 シェードは自分でも首を傾げながら、戦況の変化を見守るのだった。



 <>



「んで、集合写真から記憶をたどってたどり着いたのが――」


「ここ、ですね」


 ミリアとアツミは、二人でとある職員の部屋にやってきていた。

 名前のプレートを眺める。そのに書かれていたのは、



 『ヘルメス・グランテ』



 という名前。

 グランテだ、偶然か必然か、この宇宙センターの職員として、グランテ姓の男女が勤めていることが解った。二人は夫婦で、子供がいる。

 ミリア達が夫婦ふたりのウチ、妻であるヘルメスを選んだのは、ヘルメスが集合写真で娘を抱いていたからだ。


 つまり、ここには少なくとも母と娘、二人分の記憶がある。少なくとも集合写真からそう読み取ったから、二人はここに来た。

 そして、


「……扉を開けましょう」


「だな」


 二人は中へと足を踏み入れる。

 中は整然と整頓され、朽ちてはいるものの、主が几帳面だったことが伺える。ベッドが二つ、子供のものと大人のもの。ここで娘も暮らしていたのだろう、ということが伺える。


 中でも目を引いたのが、子供のベッドの側に置かれていた、写真立てと一体の人形。


「この写真から、記憶を読み取れそうだな」


「こっちの人形は……」


 ミリアがまじまじと人形を眺める。

 どうしてか、既視感を覚えたからだ。


「……アイリスに似ていませんか?」


 金髪でエプロンドレスを着た人形。そもそもアイリスがエプロンドレス姿だというのもあるが、それぞれのパーツに共通点を感じる。

 無視するには多すぎる共通点だ。


「もともと、あの写真からここが怪しいってのは読み取れたんだ。だとすれば、こいつがアイリスに似てるのはむしろ自然なことだろ――なにせ」


 写真立てを、アツミは無造作に持ち上げる。

 記憶を読み取るためというのが本命だが、それ以外にも単純な理由が一つ。



「――この子供、シルクに似てる」



 この部屋が始まりであることを、ミリアに教えるという意味でも、それは意味のあることだった。



 <>



『――ルク、シルク。どこへ行くの、シルク』


 声がする。

 アツミ達は読心を使って、写真の中に潜っていった。ミリアと二人、深層へと潜る少女たち。最初に気がついた時、そこは広い広いシードア島の自然豊かな区域だった。

 今は荒廃しているが。


『あのね、あのねお母様! あっちに何かが落ちるのを、昨日見たの!』


『……? ごめんなさいシルク、お母様それを知らないわ。どんなものだったの?』


 ――シルク。

 確かに母はそういった。母は間違いなくヘルメスだろう。顔が一致して、一気に情報が二人に流れ込んでくる。


「シルク、か。……やっぱこいつが」


「というかアツミちゃん、なにか感じませんか?」


「……なにか?」


 ここは記憶の中だ。

 記憶の中で何かを感じることなど不可能ではないか。ミリアの記憶ならともかく、こんな普通の家族の記憶など――


 否、この場に普通ではないものがあるのではないか?

 シルクは今、母に昨日自分が見たという何かを教えながら、一点に向かって急いでいる。落ちたとシルクは言った、つまり空から降ってきたということか。


 ここは仮にも宇宙センターだ。それを観測できないというのはおかしな話、母も訝しみながらシルクを追いかけているといったところ。

 二人は私服だから、今日は休みなのだろう、娘のワガママに付き合うのはそれが原因か。


『ぱあーって、とってもきれいだったの。それでね、そこから何かを感じたわ。ぽかぽかする、ふしぎななにかだった』


『きれいで、ポカポカする……』


 母の様子は半信半疑そのもので、本気でシルクの言うことを信じていないように見える。それでもこうして付き合っているのは、そもそも付き合うことが母にとっての目的で、シルクを外に出せれば何でも問題ないということだろうか。


「……なんか、このシルクさんもおとなしそうですね」


「こんな場所で、友人の一人もいなかったんじゃねぇか? 引っ込み思案にもなるだろそりゃ」


 これは記憶の再生故に、アツミだってこの幼いシルクの意志を汲み取ることはできない。だが、幼いシルクは見るからに内向的で、手には写真の横にある人形が抱えられている。


『こっち、こっち!』


 そんな少女がこれだけ溌剌に動き回っている事自体、母にとっては喜ばしいことなのだろう。それは文句も言わずに付き合うというものだ。


 やがて、少女と母は森の深いところまでやってきた。道を逸れたわけではないが、決して人が通りかかるような場所ではない。

 文明崩壊前に関わらず舗装がされていないのは、ここに人が寄り付かない証明と言えた。


 そこにあったのは……



『――水晶?』



『あったー!』


 訝しむ母を他所に、シルクが喜んで飛び出す。慌ててその後を追う母は、それでも訝しむ顔を歪めたままだ。


『どうしてこんなものがここに? 空から? 隕石なら観測できないのは可笑しいし、なにより――』


 ――パタパタと奔るシルクの足元は、真っ平ら。

 つまり、クレーターがない。

 無いのは当然だ。



『どうしてこれは浮いているの?』



 水晶は浮いていた。

 怪しく光る、透明な水晶。

 それが一体何であるか、ヘルメスには察しようがないだろう。


 ――ミリア達は違ったが。


「……おいおい、これはどういうことだ」


「どういうこともなにも、これが答えということでしょう」


 二人は水晶からあるものを感じ取っていたのだ。

 本来、記憶からそれを読み取ることはありえない。記憶は記録。単なる情報にすぎない。だというのにそれからは確かに感じ取れるものがある。


 戦姫である二人なら、嫌というほど感じ取ってきた、気配。


 すなわち――



「――この水晶から放たれるマナ。すなわちこれこそが、この世界にマナを生み出した原因と言えます」



 ミリア達は、この世界のマナというエネルギー、その根幹に触れようとしていた。

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