89 解きほぐされていく
「行くわよ皆! まずは周囲の宿痾を殲滅する! 主以上の宿痾を現状打破する方法はない、今は生き残りと敵の漸減だけを考えて!」
「はい!」
――カンナ指揮の元、ついに決戦は始まった。
人類を指揮し、最前線で戦うのは間違いなくカンナにしかできない仕事だ。
そして、そんなカンナ達の様子を眺める少女の姿があった。
ランテだ。
「えっと……ランテちゃん、だっけ」
「はい。よろしくおねがいします。ハツキさん」
「よろしく。名前、覚えててくれたんだ」
「お姉ちゃんが教えてくれましたから」
ランテは杖を構えて、ハツキ達ミリア隊の面々と行動を共にしていた。現在ミリア隊はエースであるミリア達三人が不在だ。故にランテはそこに組み込まれる。学生でしかないランテだが、正直なところ実戦経験ならばハツキ達の上を行く。
特に過去に行ってからは円環理論がなくとも通常の宿痾と切った張ったしていたわけだから、実力も折り紙付きだ。
とは言え今回は、付き合いの短い初対面の相手と行動をともにするわけだが。
「私達は後方からの援護が仕事。そこまで心配しなくてもいいね」
「……そう、ですね」
そもそもランテ達は後方での待機が命じられていた。学生はそもそも前線に出ない、というもあるが、ランテにはもう一つ理由がある。
「それにしても……ランテちゃんはすごいね。私達より若いのに、この戦闘で切り札の一人なんでしょ?」
「あ、あはは……が、がんばります」
「敬語が慣れてないなぁ。いつもどおりでいいよ? 私達だってミリア隊の仲間なんだから」
「えっと……」
少し悩んで、
「じゃあ、お言葉に甘えて。――よろしくね、ハツキおねえちゃん」
「おねえちゃ……!」
「あ、え、えっと……わ、私もおねえちゃんって」
「あ、ずるいっす、アタシも読んでほしいっす!」
――この隊。実はお姉ちゃん呼びに飢えていた。
なんて、後方のやり取りもありつつ、戦闘は既に開始されている。
全体の指揮をするカンナの目から見て、今の所それは順調そのものと言えた。全員が生存を重視していることもあるが、宿痾達はあくまで一つの個体になることが最優先目標。
半分以上が戦姫から逃げる選択をする戦場は、非常に優位に運びやすい条件が整っていると言えた。
その上で、逆に言えば優位ではあっても漸減という意味では成果は薄いと言わざるを得ない。敵はどこまで大型になるとも知れない相手。
そうなってくると、倒すことは可能でも戦力になる人材は少なくなると言わざるを得ないだろう。
余裕のあるうちに、余裕のないメンバーは全力を出させる必要がある。
と、色々問題は多いが、とにかく戦闘は進んでいた。
「……早くローゼ達が到着するといいのだけど」
この戦場には今、ローゼがいなかった。他にも優秀な魔導研究者がいない。シェードもまたその一人、優秀な研究者は同時に優秀な戦姫でもあるので、戦力は万全ではないと言えた。
その上で、万全でなくともやらなくてはいけない理由もあるのだ。
それがなければ、そもそも人類はあの巨大宿痾に傷をつけることすらできないのだから。
そう考えた時だった。
マナの気配に変化が起きる。
「……ッ! 総員後退!!」
何故か、
「敵宿痾の中に、宿痾の主が出現を開始、あれにいくら攻撃しても意味はないわ!」
宿痾の主。
人類は今だそれに対してアルテミスシリンダー以外の手札を持たない。
「し、シリンダーを使いますか!?」
「そんなわけないでしょ! 何体も固まってるならともかく、一体一体にシリンダーを使ってたらきりがないわよ!」
感知できた数は、今の所二体。その程度の数でアルテミスシリンダーを使用していたら、間違いなく巨大宿痾が目覚めるより先に尽きる。
「主には手を出さず、倒せる宿痾だけを狙いなさい! 主がこちらの殲滅に出された尖兵だとしたら……一旦退くわよ」
とにかく、今主と対決することはできない。ランテならば戦うことはできるだろうが、二体というのは数の不利だ。周囲でサポートして抑え込んでもいいが、それをやるよりは倒せる相手だけを狙ったほうが効率はいい。
向こうが、そうさせてくれるかはともかくとして。
「主、接近してきます」
「……まぁ、そりゃそうよね!」
だが、主の目的は戦姫の殲滅だったようだ。まったくもって有効極まりない手段。カンナとしては悪態をつくしか無い状況だ。
それでも、今はやるしか無いのだが。
しかし、悪いことだけではなかった。
『全員射線を開けてください!』
少女の声がした。
それがシェードであることを理解できたのは少数だった。それでも、突如として響き渡る通信。それぞれは即座に判断し、言われるがままに道を開ける。
結果、主と“それ”の間にぽっかりと空白が生まれた。主はそれを警戒こそするものの、知識がないために突っ込むしかない。
そこを、
――一筋の閃光が走り、主を貫いた。
一瞬、誰もが何が起きたか理解できなかった。
今の一撃はまちがいなくアルテミスシリンダーではない。実際にみたことなくとも、アルテミスシリンダーとその効果について戦姫は学園で習う。
だから知っている。
そしてそれ故に解る。
これはアルテミスシリンダーではないのだ。
『――名付けるなら、アルテミスバレットってところか。今のは最大までチャージした上での一撃だったから倒せただけだけど』
「ローゼ!」
『おまたせカンナ! 戦姫の皆も待たせてごめん! 今から追加デバイスにアルテミスバレットをインストールするわ!』
直後。
杖に取り付けられていたブースターと名付けられた魔導機に、外部から新たな魔導がインストールされる。このブースターは、魔導機の容量を外付けさせるためのもので、基本的に戦姫は自分にあった魔導を容量ギリギリまで積み込むため、この方式が採用された。
そうしてインストールされた魔導。通称アルテミスバレットの効果は、言うまでもない。
「ああ、これで――」
「――主に対抗する手段を人類は得た!」
周囲から歓声があがる。
そう、これこそは今までミリアとランテにしかできなかった主の装甲を無効化する手段。アルテミスシリンダーという限りある希望しか存在しなかった人類が手にした初めての武器だった。
シェードとローゼ、そして多くの研究者たちが描き続けてきた思いの結集だ。
「油断しないで! このまま主を撃退し、漸減に集中するわよ!」
カンナの声が周囲を一気に落ち着かせ、その上で高揚そのままに敵に対して向かわせる。
人類は、新たなステージでの戦いを始めた。
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「――色々と考えてました」
「何がだ?」
「黒幕がどこにいるか、ですよ」
ミリアとアツミは、シードア島の施設を探索しながら、ぽつりぽつりと会話をしていた。
「少なくとも、あの屋敷には何もなかったな」
意外だったのは、あの屋敷に手がかりがなかったことだ。
少なくとも屋敷を調べてもそれらしいものは何もなく、完全な無駄足だったということ。どうやらあの屋敷は宿痾が出現してから建てられたもののようで、要するにトリスメギストスを保管し、操手が暮らすための場所だったらしい。
本命は――
「――この施設、か」
「何かの研究施設みたいですけどね」
二人は空から、跡地になっている研究施設を見下ろした。
広大な土地に、いろいろな研究施設らしき建物が見て取れる。おそらくは、どれもが重要な施設なのだろうが、一番気になるのは――
「アレ、見てくださいアツミちゃん」
「……ん? なんだ?」
――なにか、発射台のようなものをミリアは指差した。
「この前は空を飛ぶ機会がなかったので気づきませんでしたが、アレに私は見覚えがあります」
「ほんとか? 何だって言うんだよ」
「旧時代の異物――とでもいいましょうか。なんというか、セントラルアテナを見たときに気づくべきでしたね、これは」
「……? もったいぶるなって」
それから、ミリアはアツミを伴ってある場所へと進んでいく。そこは、研究施設でも発射台でもなかった。そこは――
「……ここはなにかの寮か?」
「そうですね、職員寮かと。アツミちゃん」
「んだよ」
「黒幕の居場所がわかりました」
――驚いたように、アツミは目を見開く。
いきなりの発言だったからだ。慌てて読心を起動させてミリアの心を覗き込む。とりあえずミリアが本気で言っていることはわかった。しかしミリアの考えていることはわからなかった。
アツミにはピンと来ない情報だったからだ。
「アツミちゃんの読心は、より本人に近しいものを選ぶべきです。そのうえで、黒幕は確実にこの施設の職員なので、それを当てにします。」
「それで、職員なら誰もがそこにあつまる、職員寮か」
朽ち果てた職員寮に突入する。
中は荒れ果てていたが、すぐにミリア達は目的のものを見つけることができた。
「こういうときに見つけると便利だな――集合写真」
スタッフ一同で撮った写真だ。中にはこの寮にはいなさそうな偉そうな服を着た人物もいるが、まぁ誤差だろう。この中から、黒幕を探り当てる。
とはいえ、それはそれとしてアツミには気になることがある。
「んで、てめぇはこれを見れば解ると言わんばかりに言ってたが、さっぱりわかんねぇんだけど」
「シェードちゃんなら察してくれるとは思うんですけどね――」
二人は、掲げられた大きな集合写真を見上げる。
そこに映っていたのは、
「特に、この服はなんだ? みたこともねぇぞ、こんなもん」
「これは――」
ミリアは、天井。ぽっかりと穴の空いた空を見上げて、そして目を細めた。
「宇宙服、ですよ。アツミさんにはピンとこないと思いますが――黒幕は宇宙にいます」
――ここは、宇宙センターだったのだ。
ロケットを宇宙へ発射する施設。全てはここから始まった。
「宇宙……?」
「とすれば、考えられることは一つ。――マナって、この世界に最初から存在していたじゃないですか。だとしたら、一体どうして発見されたんです?」
「どういうこったよ」
「普通に観測することができたなら、宇宙に人類が進出できる時代まで発見されないのはおかしい。つまり、です」
ピ、と指を空へ突きつけて、
「きっかけがあったんです。マナを観測できるきっかけが。たとえば――」
ミリアは結論を口にした。
「――この星の外から、超高濃度のマナが落ちてきた、とか」
かくして世界の秘密は、解きほぐされていく――




