87 結末は一度だけ。
――アツミには、もう既に決着が見えているんだろうな、とアイリスはふと思った。
今回、アイリスはアツミによる読心を対策していない。必要なかったからだ。
アイリスはミリアとのタイマンを望んだ。それに向こうは答える義理などないけれど、これまでの付き合いから挑めば乗ってくるだろうことはアイリスには解っていた。
その上で、アツミには覚悟をぶつける。これで決着をつけるのだと、これが最後なのだと。
その覚悟でアツミを引かせた。
策略といえばその通りだが、こうしなくてはならないという思いは本物だ。でなければアツミは引いてくれない。
決着をつける。
ある意味、アイリスにとってはケジメのようなものだ。
アイリスは人類とはことなり、アイリスにとって人類は敵対する異種族。遠慮などしたこともない。けれど、これから世界を救うために、アイリスでは資格が足りない。
じゃあ救えないからせめてミリアに看取ってもらおうかというとそうではない。アイリスの思考は至って単純だ。
ミリアをねじ伏せ、因縁や資格など関係なくゴリ押しで世界を救う。
それこそが、アイリスの出したたった一つの自分に世界を救わせる条件だった。
――許せないのだ、多くのことが。
シルクに押し付けられた理不尽や、お父様、お母様。
そして――ミリア。
我が物顔で世界を救うとほざく小娘が。
自分より後に現れて、不条理にも自分の上を征く最強が。
越えなくてはならない。
越えなくてはアイリスはアイリスでいられない。
災厄であり、最悪であり、最強である。
それこそがアイリスの在り方。アイリスが持つ絶対のアイデンティティ。
死んでも譲ることはない、アイリスだけの矜持だった。
――そのために、ミリアを倒す。
わかりきっていた。お互いの実力は完全に拮抗している。すくなくとも、ケーリュケイオンの使えないミリアは、自分と完全に対等なのだ。
だから、均衡を崩すには、大きな大きな一手が必要になる――お互いに。
そう、だからこの戦いは――
一撃でケリがつく。
そういう戦いだった。
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数奇なものだ。
アツミはアイリスの心境を読み取って、最初に感じたのはそういった想いだった。
過去でアツミはアイリスの思考を読み取った。
その思考は、人類に対する無関心。本当に人類のことなどなんとも思っていなかったのだ。何故ならアイリスは人類ではないから。
生まれた時から宿痾操手として調整された個体。
であれば、人とアイリスは完全に違う存在だ。それを彼女は心底から理解していたのだろう。無理もない、アイリスはそれくらいのことができるくらい精神的にも強かった。
――強すぎた。
力に酔うことも、人を見下すことも、驕り高ぶることも、彼女の強さとプライドが許さなかった。自分は強くあらねばならず、そのためには慢心など一切できないのだから。
なぜ?
強さしかアイリスにはないからだ。
そんなアイリスが初めて出会った理不尽。キグルミを着たまま現れて自分を翻弄し、今度は一方的に策を弄して倒そうとして退けられた。
ミリア・ローナフ。
そいつがいなければ、アイリスの意識は変わらなかっただろうに。
変化、アイリスはミリアという存在で変えられていた。
絶対に有り得なかった変化が、起きてしまった。
結果、アイリスは本気で世界を救うつもりだ。シルクを助けるためなら、それくらいやってのけて見せると本気で思っている。
そのために最大の障害である、自分を越える存在であるミリアを倒す。
――罪な存在だ、ミリアは。
何もかもに変化を強要する。彼女の前では人は変わらずにはいられない。たとえ望まずとも、良い方向に。
それは例えばアイリスであり、シルクだった。ミリアの母、クルミも思い返せばそうか。
どちらにせよ――両者の心を覗けるアツミには、既に結果が見えていた。
お互いに手は一つ。
アイリスのそれは、最初の戦闘で見せなかった本気の現実改変。それもこれは、本当に一度きりの大技。これを凌がれたらもはやアイリスに勝ちの目は存在しない。
限界突破は、捧げた代償によって効果が変わる。これまでアイリスは宿痾や宿痾の主を代償としてきたが、アイリスの捧げられる代償には、他にもう一つものが存在する。
命やメルクリウス――ではもちろんない。それを捨ててしまったらアイリスは世界を救えなくなる。
けれども一つだけ、アイリスならば喪っても問題ないものがある。
しかも幸いなことに、それを喪ってもまた手に入れる方法が目の前にあるのだ。アイリスが勝利してしまえば、むしろアイリスはそれを喪っても更に強くなる。
それは、つまり――
――アイリスの身体だ。
操手は身体を喪っても精神だけで生存できる。であれば身体を代償に限界突破を行い、その後に別の身体を手にすれば問題ない。
手に入れる身体、それはつまり――
ミリアの身体。
最強にして不条理の戦姫の肉体は、もちろんスペックは最高峰。アイリスの今を越えるに足るものであることは疑いようはない。
アイリスにとって、黒幕は今の自分で勝利できるかもわからない存在だろう。けれど、それでも、ミリアの身体さえあれば、話は違う。
それこそがアイリスの最大の一手。
であれば、ミリアは――?
その時だった。
<命滅機メルクリウス!>
宣言。
アツミは両者から距離を取っていたが、そこで一気に加速する。奇跡の内容からして巻き込まれることはないが、万が一もある。
そんな中、アイリスは勝ちを確信し、メルクリウスをミリアに突きつけた。
<|限界突破《コード:オーバーフロー》ッッ!!>
かくして、攻防は始まった。
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アイリスの使った魔導は単純。
ミリアに永続して追尾し、非常に高い破壊力を誇る光線。ミリアに直撃すれば、ミリアの意識だけを確実に奪う。
選択肢は無数にあった。
けれどもそのなかで、アイリスは考えうる限りもっともシンプルなものを選んだ。ミリアの強みは、何をするかわからないという点だ。
だから、少しでも選択肢を奪うため、こちらも余計なことは詰め込まないことにした。
それが正解であると信じて――
「……!」
一撃は、ミリアに突き刺さる。
光線がミリアを覆い、その姿を隠す。
ここまでは想定通り、ミリアはここからどのような手を撃つ? 高速で回避して当たる前にこちらを倒す? それとも正面から打ち合いに持ち込む?
どちらであろうとかまわない。
<このまま、押し切る……!>
そう構えた矢先――アイリスは違和感を感じた。
光線の軌道が変化しない。
逃げたのならネジ曲がってミリアを追うし、反撃にでたなら手応えがあるはずだ。そのどちらもがない。だから、それはつまり。
「ぬ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ミリアが選んだ手段は、
「再生機ケーリュケイオン!」
――ゴリ押しだ。
「|限界突破《コード:オーバードーズ》!!」
ミリアは今、
――金色の光に包まれて、光線の中を進んでいた。
<なっ――ケーリュケイオン! 遠隔操作か! でもどこに!? アツミだって持ってなかったでしょ!>
「どこでもかまわないでしょう。貴方には関係ないですよ、アイリス!」
それはそうなのだろう。
現状、アイリスに関係があるのはミリアが限界突破を使えるということだけ。これ以上手札に変化はない。どこにケーリュケイオンがあろうと、ミリアは限界突破を使えるのだから。
それにアイリスだってこの状況を考えていなかったわけではない。
考えた上で、勝てると踏んだから挑んでいるのだ。
理由は――
<……|限界突破《コード:オーバーフロー》!>
追加の限界突破だ。
アイリスには変わらず宿痾がある。それを随時投入し、エネルギーの出力を上げることができる。アイリスにしかできない手。
それが、
「――|限界突破《コード:オーバードーズ》!」
<なっ――!>
ミリアも同じ手を取ってくるとなれば、話は別だが。
「まだまだ行きますよ……! |限界突破《コード:オーバードーズ》!」
<くっ……! |限界突破《コード:オーバーフロー》!!>
打ち合う。
互いに奇跡を起こしあい、世界を改変しあって進んでいく。
限界が限界を越えて、さらに次の限界へと突き進んでいく。
無限にお互いの限界を超え合う中で、両者は少しずつ距離をつめていく。
――なぜだ? なぜミリアはこうまでして進んでくる?
非効率、ということはない。アイリスに勝つためにリソースを投入してくるのは自然なことだ。
その上でわからないのは、ミリアが打ち合いでも高速戦闘でもなく、攻撃を防いで進むことを選んだか。その選択肢は、考えられる中でも一番少ない可能性だったはずだ。
「――アイリス!!」
ミリアが叫ぶ。
アイリスの直ぐ側まで、彼女は迫っていた。
――負ける。
脳裏にそれがよぎるが、かまわずアイリスは宿痾を代償に捧げ続ける。手を止めたらその瞬間に決着がつくとわかっているから。
それでもなお、負けるという可能性がちらつくのが今のアイリスというだけのこと。
「私は、貴方のことは決して嫌いではないですよ!」
<それが……何っ!>
一気に複数の宿痾を代償にする。
「ですが、決着をつけなければならないとも思っています。貴方が自分の最強を証明するためにそうしているように!」
<だったら、ミリアちゃんは何だって言うのさ!>
宿痾の主の種を取り出す。
「私は――!」
それでも、ミリアは止まらない。
アイリスは残された全ての宿痾を取り出し。
<|限界突破《コード:オーバーフロー》ォォ!!!>
解き放った。
「私は! 貴方という限界を越えたい!」
<――ッ!>
ミリアは、目前に迫っていた。
「私にとって、貴方は初めて出会った限界だった! 初めて越えたいと思った相手だった! だから!!」
――ああ、それは。
<そんなの、私だって同じだよ!>
「だったら!!」
ミリアが、光線を抜ける。
――そうだ、アイリスの手元で光線を抜ければ、光線はミリアに追いつけない、簡単な話じゃないか。実行難易度という最大の目的を除けば。
でも、ミリアはやった。
やってのけた。
それはつまり、彼女は限界を越えたということなんだろう。
<――ミリアアアアア!>
もはや武器は両手の針しか無い。
それを構えて、アイリスは突き出す。
例え無意味だと思っても。
「アイリスッッッッッ!!」
――無駄にはしたくなかったから。
ミリアは自身を覆う金色の光を拳に収束させて。
「私の、勝ちです!!」
――――アイリスに、叩きつけた。




