85 そして最後の戦いへ
――ローゼとカンナ。魔導学園アルテミスにおいて教鞭をとっていた二人ではあるが、その日は本部に呼び出されていた。
呼び出したのは他でもない、セントラルアテナのトップであるアルミア・ローナフ。
何事か、という思いもあったが、大凡の内容について、二人は当たりをつけていた。
「それで、ミリアさんたちがいなくなってからもうどれくらいたったのかしら?」
「一月は軽く経ってる。その間に私達がやったことはと言えば……シェードちゃんの宿題解決か」
ミリアたちが行方不明になった。
中央都市郊外で出現した超巨大宿痾の主。それと対峙するという報告をアツミから本部は受け、その直後に主とともにミリア達の存在は消失した。
死んだのではないか、というのは即座に否定された。
「しかし、過去か……まぁミリアちゃんなら、って気もするけど」
「やっぱりミリアさんがナンバーワンなのよね……へへ……」
「興奮するのやめて」
――そもそもミリアが死ぬわけ無いだろう、という意見もあったが決定的なのはアルミアの宣言だ。ミリアがいなくなった時点で、アルミアは自身の過去を明かした。
かつて、時間を転移してきたミリアに救われたことがある、と。
当時の記録――写真がのこっていたこともあって、それを疑うものはいなかった。
何故かランテが崇拝されていたが。
「あの写真に映ってた崇拝されていた子が、ミリアちゃんの妹ちゃんで、月光の狩人なのよね?」
「みたい。長期休暇で一緒に行動するようになって、巨大宿痾退治にも同行してたとか」
「……戦姫じゃないのよね?」
「杖無ではあるそうだけど」
才能の塊。ミリアとその仲間二人について来れるランテという少女は、間違いなくあっち側だろう、と文書でしかやり取りをしたことのない二人は思うのだった。
「で、それからは準備期間に入ったわけだけど――」
「ようやく、か」
そこからのアルミアの指示は待機だった。
ミリア達が目の前で未来に帰還することを知っているアルミアだから、ミリアの生存を心配する理由はない。だからこそ、ミリアが帰還するまでの間に、人類は準備をすすめることにした。
反撃宣言から、そろそろ半年が経とうとしている。
――それまでの間、人類はいくつもの準備を進めてきた。
この数ヶ月で、一気に人々を中央都市に集め、防備を固めつつ戦姫を集中させ決戦に備えてきた。カンナに関しては集められた戦姫に対する教導という役目があった。
まさか前線を退いて一年足らずで人類最後にして最大の決戦に引っ張られるとは思わなかったが、まぁ今更だ。これまで、さんざんミリアにいろいろなものを揺さぶられてきたのだから。
ミリアとその仲間たち。
多くの前提をひっくり返し、奇跡を起こしてきた彼女たちに報いたい。
そのために、もう一度杖を握ることに躊躇いはなかった。
「……戦いに疲れて、後ろに下がったあの頃が嘘みたい。私、入学式でミリアさんの挨拶を何を言っているんだと思って聞いてたのよ?」
「ははは、しょうがないわよ。私だって、すごいと思ったけど、無茶だとも思ったし」
――思い返せば、あの場にミリアを立たせたのは結果としてローゼだ。ローゼがミリアの天才性を理解できなければ、ミリアは一介の生徒として扱われていただろう。
結果としてシェードやアツミという存在との出会いに恵まれていたか。
今となってはたらればの話だが。
「アツミちゃんもシェードちゃんも、本当にすごいわ。聞けば円環理論でマナの供給があったとは言え、巨大主戦で、ミリアちゃんたちに付いていったそうじゃない」
天才と言われたランテや、規格外のミリアのそばに建てる程に、彼女たちは急速に成長した。アツミの読心は常に頼りになるし、シェードだって目立たないけれどあの中ではやっていることが一番異常な存在だ。
「半年で魔導を構築できるようになったどころか、私でも舌を巻くほどの魔導を創造できるシェードちゃんは、ミリアちゃんに負けないくらいの規格外よ!」
「……成長できなければ、それも解らなかったのかもしれないのよね」
シェードには特に異質とも言える才能が宿った。けれどそれは発見し、磨かなければ露出しなかったものである。
――幸運、としか言いようがないのだろう。
少なくとも、ミリアがミリアでなければ、初陣実習でシェードは死んでいたはずなのだから。
「結果、“あれ”の魔導も完成段階に至った。私の悲願、シェードちゃんが残した宿題。答え合わせはもうすぐ、よ」
「……よかったわね、ホント」
ローゼにも、並々ならぬ思いがあった。
カンナが現役に疲れて一線を退いたように、ローゼは目的のために教鞭を取り、研究に集中した。どうしても生み出したかった一つの魔導。
ミリアの存在と、シェードという天才によって急速に花開きつつあったそれを、ローゼはもうすぐ手にすることができるのだ。
そのために――
「――ローゼ・グランテ、ただいま到着しました!」
「同じくカンナ、ただいま到着しました!」
二人はついに、アルミアの前に立った。
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「――よく来てくれました」
ついに、ついにこの時が来た。
アルミアは先程、マナの流れを検知した。それは特徴的なマナの流れであり、アルミアにとっては絶対に忘れられない魔導によって生み出された流れだ。
「まもなく、ミリアさんたちが帰還します」
時空転移。
あの時、ケーリュケイオンの起こした奇跡によって、未来へと消えたミリア。その時と同じ反応をアルミアは感じ取ったのだ。
あれからいろいろなことがあった。
足が使えなくなって戦線を退き、人々を纏めることに集中した。少しでも誰かを生き延びさせるために、ミリアに繋ぐために命を燃やした。
ようやく、全ての願いが報われるのだ。
未来を保つために消えていった戦姫達も、アルミアは全て覚えている。
犠牲、とは思わない。礎とはいいたくない。
取り戻すのだ、置いてきてしまった過去すらも、この手に。
「それに合わせて、私達はこの世界の宿痾を“殲滅”することに決定しました」
「……殲滅」
「それは、大きく出ましたね」
――勝利条件はミリアが握っている。
しかし、最終的にミリアは全てを巻き戻してやり直すとしても、その間に誰かを失う可能性はある。それがミリアの足を引っ張ることだけはあってはならない。
何より、
「勝算もあります」
「……と、いうと?」
「これを見てください」
映し出されたのは、一つの映像だった。
それは――
「……宿痾たちが一つになろうとしている?」
「そうです。どのような現象かは不明ですが、このことから宿痾は数ではなく、圧倒的な個で攻めるつもりであることが伺えます」
何より、
「――加えて、宿痾を生み出す魔導機が消滅しました。ここに集う宿痾が宿痾の最終戦力なのです」
「ど、どうやって?」
「ミリアさんがケーリュケイオンのおやつにしました」
そっかぁ、という空気が二人の間に流れる。
更に言えばもう一つ。宿痾操手も残るは一人だけだ。
「宿痾操手アイリス。巨大宿痾戦で確認されてから消息は不明ですが、現時点でこちらへの襲撃がないのであればその驚異は薄いと考えるのが妥当です」
もちろん、警戒を怠ることはしないが、今の人類にとって宿痾討伐の優先度は、通常も主も、アイリスだって変わらない。全員が等しく警戒対象だ。
だから、
「――あれを叩き、宿痾との因縁にケリをつけます」
「ですが先生。あの個の戦力もそうですが、宿痾が数の利を捨てる理由がわかりません」
人類にも勝機のある戦いだ。
けれど、そもそもどうして勝機が存在する? 宿痾が本気で人類を殲滅する気がないからだろう。これまでだってそうだったが、宿痾は人類を管理する目的があるらしい。
今回も、その一環なのか?
「それは――」
アルミアが、答えようと口を開いた。
その時だった。
「――あちらの目的が、人類の殲滅じゃないから、ですよ」
その声は、誰が聞いてもハッキリと解るものだった。
間違いなくそれは、言うまでもなく――一人の戦姫のものだった。
「――帰ってきましたか」
マナの流れが変化して、その場に四人の人影が現れる。
「ケーリュケイオンもイキな真似してくれるじねぇか。移動しなくて済むのは楽で助かる」
「あはは……そこはミリアちゃんの介入もあるんじゃない?」
「……た、只今戻りました!!」
――懐かしい声だ。
知らない少女の声もある。
だが、間違いなく彼女たちこそが、ミリアの仲間たちだ。
「……おかえりなさい」
「ええ、ただいま帰りました」
二人は目を合わせた。
一人はしわくちゃのお婆さんになってしまったけれど、それでも。
あの時と変わらずに、
「――ミリアさん」
「アルミアお祖母様」
笑顔で。
そして、
「――宿痾と、その創造主の目的は人類の中から月光の狩人を生み出すことです」
「月光の狩人――というのは特定の特異を有する人間を指しますね。今であれば、ランテさん」
アルミアが補足する。
――そもそも特異とは、どうして生まれるのかという話。
「人類の生きたいという意志こそが、特異を生み出す原因なんですよ」
特異とは、生存を臨む人類に与えられた新たな器官だ。進化のための変異と言っても良い。だからこそ、絶望的な状況で、前を向いて生きたいと願う人類にこそ特異は発言する。
そう、今も絶望的な状況に追い込まれて、それでもなおセントラルアテナを中心に生活する、今の人類のような。
「宿痾は、意図して前向きに生きる人間を、潔癖で、正直で、そして覚悟に満ちた人間を選んで残した。そうすることで特異が生まれやすくなるから」
「――全て、この時のため、だったんだよね」
ランテの言葉に、その場にいる全員が頷く。
宿痾は人類を選別した。己の目的のために。
結果、この時が来た。月光の狩人は現れ、宿痾はそれを手にするべく絶対的な個を生み出そうとしている。
「そして、我々が準備をしてきたのもこのためです」
アルミアが全員を見た。
かつてが今に追いついて。
ミリアたちも準備を終えた。そうして、アルミアはミリアに促す。その場にいる全員に、ミリアの意志を伝えるために。
「――私もまた、ここまでたどり着きました」
過去がそう決めたから。
マナが歴史を選んだから。
「此処から先は、誰も知らない決められた未来です。ですが、その未来を私は踏み越えて見せましょう」
シェードに、アツミに、ランテに。
「こうして、私と一緒にここまで付き合ってくださった皆様と、私が救いたいと思う全ての人たちのために!」
カンナに、ローゼに、アルミアに。
「世界を救うために!」
ミリアは、宣言した。
「――これが、最後の戦いです! 後少しだけ、私に力を貸してください」
否はなかった。
「私はミリアちゃんの友達になってから、ずっとミリアちゃんと一緒にいるって決めたんだよ」
「てめぇには返せねぇほどの借りがある。それを返すまで、止まれるわけねぇだろ。……何より、友達、だしな」
親友達は、それぞれ既に覚悟を決めていた。
「正直、もう何がなんだかってくらい状況が動きまくってるけど、貴方の言葉は私を変えてくれたから」
「ローゼともう一度手をとりあえたのは、貴方のおかげよミリアちゃん。愛してるわ」
教師達は、困惑と共にミリアという存在をもう一度受け止めた。
「おねえちゃん! 私は月光の狩人としてだけじゃない、ランテとしておねえちゃんを救ってみせるよ」
「――この光景を見せてくれただけでも、貴方には感謝しかないのです。自由に進みなさい。貴方の思うがままに」
家族達は、ミリアの背を一人の人間として押した。
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かくして、ここに人類の意志は一つになる。
アルミアが準備して、ミリアが強引にまとめた明日への渇望でもって。
――それを、阻むモノがいた。
宿痾たちは一つになろうとしていた。
それは、ある目的を持っての行動でもあるが、同時にある事実が彼らをそうしていたのだ。
彼らが集まるその場所に、彼らの核とも言えるものがある。
本能とも言える感覚で、宿痾達はその核を自分のものとしようとしたのだ。
組み上がり続ける巨大宿痾。
これまでのどんな宿痾よりも強大なそれの中央に、彼女はいた。
<――――>
紫髪の少女、シルク。
操手の試作型にして、トリスメギストスによって宿痾の核となるべく改造された少女の魂は、今、宿痾を束ねて眠りについていた。
ふと、その唇が動く。
短く、まるで反射のように震わせて紡がれた言葉は、果たして――
――杖すらなくなった操手の拠点に、一人の少女がいた。
何をするでもなく、空を眺めて時間をつぶす少女は、どこか悲しげに、けれども納得したように何かを待っていた。
<……やっぱり、過去でお姉ちゃんを救うことはできなかった>
――アイリスだ。
最強の操手が、今はただ一人、誰かを待っている。
<変えるとしたら、未来しかない。それができるのはミリアちゃんだけで――けど、私はそれを譲りたくない>
待っている者が誰かなど、語るまでもないだろう。
<……私は、私の未来を掴むんだ。そのためには>
――アイリスは、ミリアを待っていた。
<貴方を倒して、私が貴方の代わりになってやる。ミリアちゃん>
全ての因縁にケリをつけるその瞬間を。
そして、
――――そして。
それは、見下ろしていた。
全てを、宿痾を、アイリスを、ミリアを。
そして、――嗤っていた。
ああ、そうだ。
好きにしろ。
最後に勝つのは、未来を手にするのは自分だ。
――ああ、これで全てが終わる。
ミリアも、アイリスも、人類も、宿痾も。
全て私が、手のひらで弄んであげよう。
そのために、今は踊っておくれ、愚かな戦姫と、出来損ないの娘たち――――




