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84 過去も今も未来も越えて

「――無茶、その願いだけは願わなくたって解る。絶対に不可能」


 アルミアは切って捨てた。


「自分に自分を死ねと願っても、受け入れる人間はいない。貴方は知らないかもしれないけど、人が死ねるのは死にたいと思った時だけ」


 ――死にたくても生きろと呪われたアルミアにとって、その願いが受け入れがたいものであることは誰よりも解る。わかるからこそ否定する、マナの消滅はマナに願えない。

 だからミリアの言っていることは不可能なのだ。


「不可能なんてありません。マナは所詮一つの力に過ぎないのです。だったらその力を越えるモノを用意すればいい」


「万能のマナを越える存在を? 時間さえ操ってしまう存在に、どうやって対抗すると? マナにできないことなんて、それこそ――」


 ――アルミアはまくし立てて、しかしそこでふと、止まる。気づいてはいけないことに気づいてしまったと言うふうに。

 ミリアが何を言っているかを、理解してしまったかというように。


 そして、


「それこ、そ……人を蘇らせること……以外……」


 ――ミリアは、つまり。



「それが必要なら、私はそれすらやるでしょうね」



 人の蘇生にすら、躊躇いはない。


「とはいえ、実際にやるかと言えば、だいたいは否です。そもそも、歴史を変えて宿痾の存在をなかったことにしても、それはそれで歴史を変えた側からすれば、人は蘇るでしょう」


 それはそうだ。そしてミリアも、完全に無からの蘇生は考えていない、歴史を変えて全てをなかったことにすることは考えるが、それだけだ。

 逆に言えば、アルミアと同じ考えで、ミリアはマナと対峙するつもりなのだ。

 結局それでは不可能に変わりはないと、アルミアは巻じる。


「……方法は」


「言えません。ここは敵の本拠地ですよ? 探知はしていますが、どこで聞かれているともわからないんです」


「だったら、なおのこと信じられない。方法もわからないのに、信じろというのは無理」


「まぁ、それもそうですが」


 ポリポリと頬を掻きながらミリアは言う。

 確かにそうだ。ミリアは世界を救うというが、アルミアはミリアのことを知っているわけではない。同一存在であるというのに、何から何まで違う自分を、信じられるはずがない。

 と、いうよりも。


「何より私は、私自身がこの世界で誰よりも信じられない」


「…………」


「だって」


 ――シェードを見る。


「多くの人を裏切ってきた。私が貴方と喧嘩しなければ、貴方はあそこで死ななかったかもしれない」


 ――アツミを見る。


「期待も、希望も。世界を救えと貴方は言った。結果がこれだ。私は失敗した」


 ――そして、ランテを見た。



「生きてという願いも、私は嫌だった。――私は、死んでしまいたい」



 なにもない、虚無としか言えない瞳で、三者をみた。

 喪ってきたものに、吐き捨てた。


「だったら――」


 ミリアは、つかつかとアルミアへ歩み寄って。


「信じてください! 貴方を……私を!」


 正面から、向かい合った。


「……無理、貴方が私であるということを信じることも。それができたとしても、自分を信じることも」


「解っているはずです、理解しているはずです、貴方は私です! どうしようもなく、どこまでも!」


 ――そんなはずはない、アルミアは心の底からそう思った。

 目の前にいる存在は誰だ? 彼女はミリア・ローナフだと名乗った。しかしどうだ? 目の前にいるのは、本当に自分自身(ミリア)か?


 信じられない。何より彼女はアホなのだ。あんな――キグルミがどうのこうのという方法でアイリスを攻略してしまうくらい。

 よりにもよって、アイリスを――だ。他でもない、アルミアにとって最大と言ってもいい驚異であり宿敵であるアイリスを一方的に、ケーリュケイオンすら使わずに翻弄してみせた。

 それをミリアと呼べるのか?


 何より――


「何より! ここにたどり着くまでに誰も失わなかった貴方を、私は私と認めたくない! 私にはなにもないのに、全てを持っている貴方を!!」


 ミリアの側にいる人達を、アルミアは喪ってきてしまったのだから。


「……どうして」


「……」


「どうして貴方は、それを手放さずにここまで来れたの……?」


 それが、アルミアの本音だった。

 手放したくなかったものを手放さず、今の自分以上のモノを望む自分に、アルミアは羨望を抱かずにはいられない。自分がそうではなかったから。

 それだけでなく、


 自分以外の全てが、そうではなかったから。


「……私にあるものは、記憶です」


 ぽつりと、ミリアは呟く。


「この世界にかつて存在した当たり前の記憶。当たり前を当たり前として生きる人々の記憶」


 それは例えば、明日に疑いを持たず隣人におはようと挨拶をして、三食の食事をいただきますとともに平らげることに不思議を抱かない。

 生きていくということに終焉がなかった時代の記憶。

 未来は当たり前に続いていき、過去は過去として受け入れて、今を生きる人々の記憶。


「それだけです。それ以外には何もありません」


 ――前世の記憶。この世界がゲームであるという認識。

 そんなものはミリアにとって、自分を形成する一つでしかない。根底から派生した知識の一つでしかない。ミリアは知っている。当たり前に生きるということを知っている。



 この場にいる者のなかで唯一人、ミリアだけが知っている。



 だが、それだけなのだ。

 ミリアの知識も記憶も穴あきで、決してミリアはマナの全てを理解しているわけではない。だが、それでも、それだけでミリアはここに来た。

 決して、一人も失うことはなく。


「だから、始まりは同じなんですよ」


「……始まり」


「ええ、ただしそれは貴方の場合、“アルミア”としての始まりです」


 ――アルミア・ローナフとして。

 ミリア・ローナフとして。


 二人は同じところから始まった。


「私の中にある記憶が伝えます。生きることは当然のことなのだと。生きている限り、それを諦めることは可笑しいことなのだと」


 ――それは、この世界において普通ではない認識で。

 そして、きっとこの世界において、その認識を抱いている人間は一人しかいないのだ。


「――戦姫は、人類を存続させるための最後の希望です。故に、一人を存続させるために命を投げ出します」


 自分の命で百が救えるなら、ためらうことなく命を捧げるのが戦姫だとするのなら。

 一人だけ、この世において一人だけ、それに真っ向から矛盾する存在がいる。


 そう、



「私達だけがそうじゃないんですよ、アルミアさん」



 アルミア・ローナフだ。

 生きてという呪いによって生かされた、彼女だけは命を投げ出せない。他の誰かが投げ出せたとしても、アルミアには祈りがあるから。


「私は私の常識が、命を捨てることを拒む。貴方は、貴方の楔が自決を許さない」


 それは、決定的に異なる過程ではあるけれど。


「結論は同じです。私も貴方も、生きなくちゃいけないんですよ」


 行き着く、果ては一緒だ。


「…………私、は」


 ――果たして、どうしたいのだろう。

 生きてと願われ、生きることを選び、そうしてたどり着いた先に、ミリアがいた。

 自分とは違う、けれども同じだと叫ぶ同一存在を。


 アルミアは、どう受け止めたいのだろう。


「……この世界では」


 ミリアの声が、少しだけ優しげなものになる。


「きっと、多くのものを救えたのだと思います。カンナ先生、ローゼ先生……ミリア隊の皆。ライアさんにクロアさん。……シルクさんはまだ救えていませんが、マナがなくなればきっと、彼女だって普通に生きれるはずで」


「……」


「――アルミアさんだって、そんな世界にいるんですよ?」


 救いがあるとすれば。

 この世界の過去は変わらない。未来だってミリアにとっては確定したものだ。アルミアはこれから、ミリアという存在が自分の大切だった存在を救うところを、間近で見れるのだ。

 それが、アルミア自身の救いになるかは、未来に帰って本人に聞かないとわからないけれど。


「私のお祖母様は、私の自慢のお祖母様なんです」


「……貴方にとってはそうかもしれないけれど、私にとってはそうではない」


 一つだけ。

 ミリアとアルミアには違いがある。

 お祖母様――アルミアの存在そのものだ。


 アルミアは過去を変える前から来た。だから、アルミアの世界にアルミアがいない。本来の世界ではアルミアには母しかいない、母は院の出身で、最初から親はいなかった。

 アルミアは母を拾ったのだ。自分の母となる存在を、因果を捻じ曲げて。


 だから、そこだけは明確に違った。


「でも」


 だからこそ、ミリアは笑った。



「これから同じになるんですよ」



 アルミアが、アルミアお祖母様になることで。


「――無茶」


「その無茶を、マナは肯定しています」


「……ずるい」


「ずるくてもいいんです。何れ敵対するとしても、今はマナを利用してやるんです。私、悪役令嬢なので」


 ――悪役? よくわからないが、ミリアはズルっ子だということは解った。


「……本当に、本当にずるい」


「一つ、アルミアさんは悩んでいますね? ――自分がどうしたいのか」


「…………うん」


 ミリアは、



「生きたいんですよ、アルミアさんも」



 疑いなく、正面から言い切る。

 ――アルミアにとって思ってもない言葉。

 生きろという言葉は呪いだと思い続けてきた彼女にとって。心を停めて生き続けてきたアルミアにとって、それは確かめたこともない言葉だったから。


 ――その時だった。


「わ、わ……身体が透けてる!?」


「……なるほど、これでアタシたちの役割はおしまいってことか」


 変化が起きる。

 ミリア達が消え始めたのだ。


 シルクを助けるためにこの世界に来て。

 成果は得られなかったが、必要な情報を得ることはできた。確かに助けられなかったが、シルクの意識が消えたわけではない。だとしたら、勝負はここからだろう。


 マナを消滅させるという結論を口にして、ミリアはいよいよ最後に臨む。


 その前に、必要なことは全て済ませたということだ。


 情報とアルミア。二つの過去がミリアの前に現れて、そして未来を描いて消えていく。


「――ミリア」


「……なんですか?」


「貴方は本当に、私が助けられなかった人を全て救うの?」


「保証しますよ、私だけではなくマナが」


 その言葉に、アルミアはミリアのふてぶてしさを理解する。自分もそうなのだろうかと、自問自答するが、今はそればかりを考えてはいられない。


「……信じて、いいんだね」


「信じてください。私は貴方なんですから」


「それは……どこまで言っても信じられないかな」


 ――流石に、目の前のミリアを自分と思うのは無理だった。

 だってアルミアは、ここまで饒舌にしゃべれない。


「解った。それじゃあ――」


 でも、一つだけ言えることがある。


 ミリアは消えるのではない、帰るのだ。

 どこに、と言うまでもない。



「――待ってる」



 未来の自分のもとへ、だ。


「あ――」


 ミリアが少しだけ驚いて目を見開く。


「――笑ってるアルミアさんは、やっぱり私の知ってるお祖母様です」


 アルミアが、笑っていたからだ。

 ――そっくりだ、と思った。

 いつも、ミリアに見せてくれたお祖母様の顔だ、と。


 だから、ミリアは仲間たちとともに笑みを返して――



「――行ってきます、お祖母様!」



 過去から、姿を消した。





























「……さて」


 ぽつり、とアルミアは呟く。


「…………どうやって帰ろう」


 ミリアに元いた場所に戻してもらうのをすっかり忘れていた。

 アルミアは頭を抱えるしかないのだった。

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