81 私になにか言わなきゃいけないことあるよね?
――ミリアちゃん、私になにか言わなきゃいけないことあるよね?
「めっちゃスッキリしました!」
ころす。
「落ち着け! 今のお前はただの記憶だろうが!」
はぁ……はぁ……あのとき、私がどれだけ混乱したと思ってるの? あれからどれだけ私が貴方のことを探したと思ってるの? 十年だよ、十年! 貴方が未来から来たって結論を出すのにそれだけかかったの! 私の十年を返してよ!
「いいじゃねぇか年取らねぇんだし、そもそも調べにくくしたのはてめぇらが人の住む都市とかを破壊したからだろ」
ぐぎぎ……!
「それで、知っての通りアイリスは無力化しました。貴方の本拠地を教えてほしいのですが」
言わなければ、もうちょっとまともな無力化方法にしてくれると思ったのになぁ……!
まぁいいや、じゃあミリアちゃん、シードアって島、知ってる?
「シー……なんですか?」
あれ、知らないんだ。
私達の本拠地がある島だよ、セントラルアテナからは飛んで数時間くらいかかるかな?
「あ、それなら私知ってるよ、昔本で読んだの」
じゃあ、貴方が詳しい場所については教えてね。それと、この記憶は見終わったら破棄してよね。本体の私に触ったんだから必要ないでしょ?
「完全には読み取れなかったがな。キッチリ読み取り始めたところでガードしやがって」
ふん、それくらい私なら当然だよ。
「まぁ、それくらい当然なアイリスでも、きぐるみ四人衆には敗れるわけですが」
うるさい! これ以上私に当時のことを思い出させるな! ああもう、記憶の中だとダイレクトに記憶が思い出されるんだよ! いくら本体に関係なくたって、記憶の中の私は死にたくなるんだ!!
「そ、その……ごめんなさい……?」
ランテに謝られてもなぁ……!
「むぅ……こっちだって謝りたいわけじゃないよ!」
「ふたりとも相変わらず仲悪いですね……」
ミリアちゃんまで行くと理解できなくなるから許容できるけど、ランテみたいな頭お花畑私嫌いだよ! 私に勝てないくせに、偉そうなのもムカつく!
「……お花畑じゃないよ。解ってるもん、私一人じゃ世界を救うことなんて無理だってことくらい」
じゃあ、貴方はこれからどうするつもりなの。
「決まってるよ――」
「ええ、決まってます」
「……だな」
「えへへ」
……ふん。
「私達で、世界を救うんですよ」
…………勝手にすれば。
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移動にはケーくんの力を借りた。飛行して数時間なら、最悪アイリスに追いつかれてしまうかもしれないので、ここはさくっと奇跡で移動だ。
私と、ランテちゃんと、アツミちゃんと、シェードちゃん。それぞれを指定して奇跡で転移である。
――たどり着いた場所は、静かな廃墟だった。自分たち以外にそこには誰もいない。というよりも、かつてあったはずの“なにか”が消え失せて、その痕跡だけが残されたような場所だった。
直感的に、宿痾の襲撃によるものとは違うことを察する。理由は単純。
「……破壊痕がねぇな、ここは」
「自分の住処を破壊しない、ってことなのかな……」
アツミちゃんとシェードちゃんがあちこちを調査しながら言う。
ランテちゃんは周囲を警戒している感じだ。私も警戒は怠っていないけど、集中して警戒するのはランテちゃん……らしい。
「……この時代は、まだ他の宿痾操手がいるかもしれないんだよね」
「まぁいるでしょうけど、アイリスでなければ対応策はあるので大丈夫ですよ」
いるとわかっていれば、正直なところ私以外のメンバーも、今なら普通に倒すことのできる相手でもある。突出して厄介なアイリスとトリスメギストスを除けば、他は烏合の衆と言える。
それはそれとして、ランテちゃんが警戒してくれるなら、私は準備に集中すればいいだろう。
「とりあえず、時間がないのでここの調査は今度にしましょう」
なぜなら私達は既にこの場所を知っているからだ。アイリスたちは未来で本拠地を移しているかもしれないが、アイリスたちにとってここが重要な場所であることに変わりはない。
アイリスが隠蔽していても、こちらにはアツミちゃんがいるので、痕跡から記憶を引き出せばいいだろう。むしろアイリスなら無駄だと思って何の手もつけていないかもしれない。
なので、宿痾操手が全員生きていてトリスメギストスも存在する過去よりも、操手が全滅して、トリスメギストスも代償に消費した未来のほうが明らかに調査がしやすいのであった。
「ですから、やるべきことは一つです」
「トリスメギストスの無力化、だね」
「正確にはここにいるらしい、シルクの無力化もあるがな」
私達の存在はシルクさんに知られてはならない。そのため、こっそりシルクさんを無力化しなくてはいけないわけだが、そちらについては問題ない。
「シルクさんについては、肉体を眠らせることで対処します。宿痾操手は特殊な存在ですが、その肉体はあくまで人間を素体にしてるんですよ」
「アイリスちゃんは無理じゃないかなぁ?」
「まぁ無理でしょうけど、アイリス以外はいけるでしょう」
そういうわけで、アイリスはともかく、他の操手に関しては問題はない。アイリスはさっき宿痾に沈めた。となればやはり問題はトリスメギストスの方だ。
「どう? 行けそう? ミリアちゃん」
「むむむーん、もうちょっとお待ちをー」
現在私は対トリスメギストスの対処を準備中。
方法はいくらかあるが、中でも取る方法は最も単純なもの、でかまわないがそのためにはまずトリスメギストスの場所を探す必要がある。
なので、私はマナの探知を全力してるのだ。
ついでにシルクさんの場所を見つけられればバンバンジーである。対処まであと数分、他の皆はそれぞれの役割をお願いします。
「……しかしよ、シードア島ってのはどういう場所なんだ?」
「えっと、私も本で地図に名前があるのを読んだだけなんだけど」
調査を続けながら、シェードちゃんとアツミちゃんが話をしている。
「知ってそうな人に聞いたら、ここは昔他にはない特別なことをする場所だったんだって。島全体がそれのための場所で……実験島みたいな感じ、だったのかな?」
「何の実験をしてたんだかねぇ。本に乗ってないあたり、他所に言えないことだったのか?」
「そういうわけでもないとおもいますよー」
疑問に答えるべく口を開く。
シードア島については聞いたことがないけれど、似たような地名しか残っていない場所はいくらか知っている。
「そういう世界のあちこちに名前しか残ってない場所はいっぱいありますよ」
「じゃあシードア島が特別な場所じゃない……ってことなのかな」
「シードア島の他に、同じようなことをしていた場所はあるはずです。にしても、ここはなんというか、覚えがあるんですよね、なんででしょう」
シードア島。前世でも言ったことはないはずで、この世界でなんて以ての外だ。だから、今目の前にある光景が何とデジャヴュしているのかがわからない。
だけど、なんというかこう、こういう場所は普遍的に特定の呼び方をしたはずなんだ。
それは何かしらの特徴的な何かを扱っていて……
「そういえばさ、お姉ちゃん」
「なんです?」
「……あれ」
ランテちゃんが、ふと指差す。
それは、何かしらの塔のようだった。既に壊されて、足元に残骸が転がっているのみだが、多分塔だ。何故なら――
「……セントラルアテナに似てない?」
「そうですね……」
ランテちゃんの言う通り、私達の知っている塔に似ていたからだ。
なぜだろう、と思うがすぐに答えは出そうにない。ついでに言えば、
「……っと、サーチ終わりました」
場所を確認して、私は大きく息を吐く。
トリスメギストスはこちらに気づいた様子はない。気付かれないよう最新の注意を払ってはいたけど、大丈夫なら一安心だ。
そして、ケーくんを構え直して、
「行きますよ……|限界突破《コード:オーバードーズ》!」
直後、再び奇跡を起こす。
過去に来て二度目の奇跡。
「大丈夫……?」
「心配すんな、トリスメギストスに直接使ったわけじゃない。変化を起こしたのはトリスメギストスの周囲だ」
アツミちゃんが私の心を読んで代弁してくれる。
つまり、トリスメギストスの周りに結界のようなものを作るのだ。周囲を感知する機能に誤作動を起こす結界。今トリスメギストスは、私が設定した認識を忠実に読み取っているだろう。
監視カメラでダミー映像を流すようなもの、だろうか。
ついでにシルクさんも眠らせてしまえば、後はシルクさんのもとへ向かうだけだ。
ただ、その前に――一つ、やらなくてはならないことがある。
「やった、これで先にすすめる」
「……んや?」
「まだだよ、ランテちゃん」
「――え?」
先に進もうとして、アツミちゃんたちに止められるランテちゃん。
「さて―ー」
私は、ふとある場所を振り向いた。
サーチをしたということは、この島にいる存在を全て把握するというわけで。
宿痾に汚染された大地で生息する生物はさておいて、他に存在するのは私達四人と、トリスメギストスにシルクさん。他の操手はいない。
そして、
「――でてきてくださいますか?」
もうひとり。
「……」
「アルミアさん」
アルミア・ローナフ。
――始まりの戦姫が、そこにいた。
「……どうして!?」
「えーっと」
困惑するランテちゃんに、シェードちゃんが何かを説明しようと言葉を選んでいると、現れたアルミアさんはずんずんと近づいて、私の“杖”に手を添えた。
「どうして貴方がそれを、握っているの」
「……ケーくんは私の杖ですよ、アルミアさん」
「この杖を、使ってはいけない」
アルミアさんの様子は必死そのものだった。しかし、必死とはいっても怒っているとか、そういうわけではなく、純粋にこちらを心配して血相を変えているのだ。
「この杖は、貴方から大事なものを奪う。だから――」
「落ち着いてください、アルミアさん」
私はそれを正面から押し止める。アルミアさんは焦っていた。一度落ち着いてもらわないとキチンと話もできそうにない。
とりあえず、彼女を落ち着かせる時間を作るためにも、別のことに意識を向けないと。
――そうだ。
「アルミアさん、アルミアさんはどうしてここに?」
「……突然、魔導に巻き込まれた。マナの流れからして、ケーリュケイオンの奇跡だと判断した」
「つまり、私達の転移に巻き込まれた、と」
「……え、まって? おねえちゃんアルミアさんを巻き込んだの!? まずいよね!?」
ランテちゃんの言葉に、私は首を振る。
「巻き込んでいませんよ。私が転移させたのは私と、ランテちゃん、アツミちゃん、シェードちゃんの四人です」
「――チゲぇだろ。それは正確じゃねぇ」
と、そこで察しがいいというか私の心を読めるために物理的に既に理屈を把握しているアツミちゃんが待ったをかけた。
シェードちゃんも理解しているみたいだけど、シェードちゃんはこういう会話にはあまり入ってこない。
「アタシ達三人と、“ミリア・ローナフ”をてめぇは転移させたんだろうが」
「――――え?」
そう。
ミリア・ローナフならば誰でもいいのだ、この転移は。
「……ケーリュケイオンの奇跡は時折大雑把になる。宿痾操手を消滅させる奇跡を使った場合、その奇跡が別の操手を消滅させることもあった」
――実際にアイリスにやられたのか。
内心乾いた笑みを浮かべながら、やっぱりアイリスはろくでもないなと思う。とはいえ、それはアルミアさんも状況を把握したというわけだ。
であれば、後は本人に名乗ってもらおう。
アルミアさん――アルミアお祖母様。
否、アルミア・ローナフの正体を。
「…………改めて、名乗らせてもらう」
――アルミアさんは、一度目を伏せた。
先程まで、アルミアさんの顔には、なんというか“使命”とでもいうべき仮面が張り付いていた。心を壊しても、前に進まなくてはいけなくなった彼女には必要なものだったろう。
アルミア・ローナフという仮面は。
しかし、その名前を名乗る際に、この仮面は使えない。
だから、
「私は、ミリア・ローナフ。貴方達とは違う世界の未来から来た、もうひとりのあなた」
そうやってゆっくりと見開いた彼女の瞳は、深淵だった。
漆黒に染まった、絶望に満ちた光のない眼。
終わってしまった――私とは違うもうひとりの私が、そこにいた。




