80 アイリス攻略戦その2
アイリスを取り囲む四体のきぐるみ。
それぞれ、いぬ、うさぎ、ねこ、スベスベマンジュウガニの四体だ。
<ちょっとまって!?>
「カニーっ!」
スベスベマンジュウガニのきぐるみが、凄まじい速度で迫ってくる。突っ込みたいところがいくらでもあるキグルミが、率先して突っ込んでくるとはこれいかに。
アイリスは慌てて手をかざして、それを受け止める。自分には無敵の装甲がある。これを突破できる人類はいないのだ。
目の前のそれを人類と認めることは甚だ遺憾だが、人形なのだから人類と表現する他にない。
<まずなんで一つだけ変な動物にした!? あとなんで顔だけカニなの!? した普通に二足歩行じゃん! カニ要素顔にしかないよ! これじゃカニじゃなくてカオだよ!!>
「カニカニーっ!」
驚くべきことに、カニの速度はアイリスを後退させるに至った。ダメージはないが、恐ろしいまでのパワーで抜け出せない。そうだ、装甲は突破できなくても力づくに自分を押さえつけることは可能なのだ。
アイリスよりも高い出力があれば。
<……っ! ふっざけんな!>
ふざけているのは顔だけにしろと思いながら、アイリスは武装を展開する。命滅機メルクリウス。こんなところで使うとはカケラも思っていなかったが、使わなければ押し返せないのだから仕方がない。
それにこいつらは明らかにイレギュラーだ。
人類にこんなふざけた連中がいるはずがない、人類にあれだけの宿痾を一瞬で撃破できる戦力がいるはずはない。
こいつらはきぐるみだが、もはや気狂身とでも表現すべき怪人だ。
であれば、油断などしていられない。遠慮なんてもってのほかである。
<……っ! 命滅機メルクリウス! |限界突破《コード:オーバーフロー》ッ!>
小型宿痾を叩き潰して現在を改変する。いくら狂人の集まりとは言え、これで改変できないものはないはずだ。しかし――
――消滅を願ったはずの現在改変は、スベスベマンジュウガニからいい感じの香りを出させるにとどまった。
っていうかちょっとカニが焼けていた。
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「――私の対策は、メルクリウスの限界突破対策だよー」
そういって、シェードはごそごそと何やら衣服を取り出した。それらは普通の戦姫としての制服と変わらないように見えるが、“普通”でないことは誰の目から見ても明らかだった。
服がマナを有しているからだ。
「これ自体が一種の魔導機になってるんだけど、特性はマナの干渉拒否。つまり魔導を弾くの」
「それでメルクリウスの限界突破による改変を防ごうってことか」
メルクリウスの限界突破は厄介だ。
というより、どの杖も、限界突破による改変は非常に厄介である。
存在を作り変えるトリスメギストス、存在を塗り替えるメルクリウス、そして存在を捻じ曲げるケーリュケイオン。
どれをとっても、対策なしでは一方的にやられて、戦いにならない。
これまでもミリアの魔導――金の玉バリア等――であれば防ぐことができたが、それは防ぐことに魔導を使う必要があるということで、効率が悪い。
「この服を着てれば、その必要もないってことですね! うんうん、いいじゃないですか!」
「……あ、そうだ。この衣服って別のものにできたりしない? 顔を隠したほうがいいかなって思うんだけど」
ランテが思いつきで零す。
アイリスに顔をしられたくないのだ。アイリスはミリアの顔は知っていたが、他を知っていると言ったことはない。というか、しらないのではないだろうか。
だって知っていたら間違いなく干渉してくる。何かしら手を打って、都合よく使おうとしてくるはずだ。
ソレがないということは、しられていないということで、つまり自分たちはアイリスとの戦いで顔を晒していないということになる。
「できるよー」
そして、シェードは何気なくその思いつきに答えた。まるで想定していたかのように。
――そうして生み出されたのが4つのキグルミだった。アツミはたいそう反対したが、結局他の三人の賛成で押し切られ、かくして四人はきぐるみを着てアイリスと戦うことになる。
「……んで、他に対策は?」
ひと悶着の後、きぐるみに意識を向けたくないアツミが問う。
答えたのはランテだった。
「はいはーい! 私はね――」
――結果、アツミの顔は更に歪むことになるのだが、それはまた別の話。
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――スベスベマンジュウガニに限界突破を使うたび、カニは美味しく焼き上がり始めた。他のキグルミは、なんか色が変わったり、少しずつ大きくなったりしている。
異常だ。
いや、異常で済ませていいのか?
考えたくない、なので異常だ。
<……っくそ、ふざけないでよ! アンタ達さっきから何!?>
「カニー!」
「ぴょん!」
「にゃー!」
「……わ、わん」
<鳴き声を統一してよぉ!! あとわんこちゃんだけ恥ずかしがらないで!! 冷静になるから!!>
とりあえず、どうやらこのきぐるみが何やら限界突破を吸収しているということは解った。結果、何やらカニが焼き上がったり、犬が大きくなったりしているが、それが何を意味するのかはアイリスには不明だ。
これよりも更におかしなことがおきるのか、はたまたただ美味しくなるだけなのか。
どちらにせよ、ろくなことにはならない以上、限界突破は使えない。
――手を封じられたわけだ。まるで、最初から図られているかのように。
相手はこちらの手を把握している?
疑念が浮かぶ。
けれども、それより先に状況が動いた。
限界突破を使いながら、両手の針を使ってアイリスは先程から四体のきぐるみをそれぞれ攻撃している。すばしっこく動き回り、時には何やら金色の卑猥な光に包まれ、身を守るきぐるみ。
明らかに連携が手慣れており、何かしらの意図を持って動いているのは丸わかりだ。
――まずい、と思う。
しかし、ソレより先に、アイリスはあることに気がついてしまったのだ。
――あの犬、さっきより更に大きくなってないか?
<……ま、さか>
吸収した結果、きぐるみが変化しているのだと思った。実際、吸収と変化に相関性はあるのだろう。しかし、それ以外の意図もあったとしたら?
つまり。
<あの犬のキグルミだけは、大きくなることの方が目的か!!>
気づいたときには、しかし。
――既にきぐるみは戦場を覆うほど巨大になっていた。
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「んじゃ、限界突破を受けたときに変化を起こす仕掛けをしてアイリスを騙すとして、だ」
ランテの策を受けて、アツミはぽつりと語る。
「アイリスが何も知らない状態でアタシたちと戦う機会なんて今回しかねぇ。だったら、アタシはここでアイリスに触れて置きたい」
「記憶を読み取りたい、ってことですね」
アツミは頷く。
「んで、方法としては直接触れることと、魔導機が触れること、この2パターンが考えられるんだけどよ」
読心は魔導なので、魔導機が触れることでも発動できる。であれば、そのどちらかをアツミがぶつけることが最善なのだが、アツミは少し黙った。
「どうしたんです?」
「一応、考えがあるんだが……できればやりたくない」
苦い顔をして、アツミは頭を掻いた。要するに他の者の意見を聞きたいということだろう。
「えーっと、えーっと」
うんうん唸るランテ。ミリアは何を考えているのかわからない顔で、人差し指を口元に当てながら天井をも上げていた。
「……ねぇアツミちゃん?」
「…………」
シェードが、問いかけてくる。アツミはそれに答えなかった。
「知ってる? あのきぐるみも魔導機なんだよ?」
「…………そうだな」
「……あ、そっか! あのキグルミを大きくすればいいんだ!」
「それがやりたくねぇからてめぇらに聞いたんだろ!?」
アツミ、吠える。
――しかし、それ以外に有効な方法は思いつかず、結局アツミのきぐるみはどんどん大きくなることと相成った。
そして――
「結局、一番の問題は如何にアイリスを拘束するかです」
「拘束? 倒しちゃダメなの?」
「ダメに決まってんだろ、倒したらトリスメギストスの中に行くじゃねぇか」
アイリス本体に対する対策へと話は移る。
別に、今の状況ならミリアはアイリスを倒すことは不可能じゃない。戦力的にも、情報アドバンテージ的にも、負ける理由はないのだ。
消滅させることができないだけで。
「アイリスを完全に消すにはケーくんしかないんです。でも、ケーくんは使えば流石にバレます。そうなればアイリスの力でケーくんが使えなくなります」
「杖を遠くに置いておくっていうのは?」
シェードちゃんの問いかけ。
最もだけど、難しいだろうとミリアは言う。というのも、
「私はケーくんで操手を消すとき、特定の操手を消すように願ってるわけじゃないんです。だからアイリスならきっと、とっさに“兄”か“弟”をメルクリで出現させて囮にして、逃げますよ」
そうなれば作戦は失敗だ。
あくまでミリア達は、アイリスを止めることしかできないのだ。
「私達の勝利条件は、アイリスを止めて、アイリスに人類を攻撃させる意味を無くさせることです」
具体的には、セントラルアテナにまで逃げ込ませてしまえば、アイリスは深追いをしないだろう。目の前のことに対する対症療法のようにはなるが、人類を最低限存続させたいアイリスに、セントラルアテナを攻撃する理由は薄い。
「なので、方法はとても単純」
ミリアはにっと笑って――
「宿痾を使えばいいんです」
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――巨大化した犬のきぐるみがアイリスに触れ、アイリスは即座にきぐるみへ針を突き刺す。
結果、キグルミが弾け飛んだ。予想はできていたが、状況を動かすためにはこれしか無い。たとえ相手の狙い通りだろうと、盤面が混沌とするこの一瞬で、ひっくり返す。
そう、覚悟を決めたそのときに。
――チン、とレンジが鳴った音がした。
<――え>
即座に考えられる可能性は一つだった。
こんがりと美味しく焼き上げられて、いい香りのしているキグルミが一つだけある。――スベスベマンジュウガニだ。
そう、変化が本命だったのは犬だけではない。
スベスベマンジュウガニも、また本命だった。
直後、スベスベマンジュウガニが爆発し、視界を覆う!
爆煙に包まれては、さしものアイリスとて視界を奪われる。とすれば、状況に対応するにはマナによる探知と直感以外に方法はない。
アイリスはどちらにも自信があった。
それでも、
マナを使わず。
アイリスの直感を上回る選択を取られたら、アイリスに対処する方法はない。
結果。
一人の少女が、上空からアイリスへ向けて落ちてきて、アイリスの手を掴んだ。
「つか、まえましたよ! アイリス!!」
<なっ――なに、貴方……っ!>
幼い少女だった。自分と同じくらいの背丈の少女。
それが、不敵な笑みを浮かべて自分の手にしがみついてくる。なぜ、どうして? 何を考えている?
「――覚えておいてくださいよ、私は、ミリア・ローナフ!」
少女は名乗った。
知らない名前だ。けれども、絶対に忘れられない名前になるとアイリスは理解した。
――直感が告げている。詰んでいる、と。
しかし、それでも。
<――バカだね、むざむざときぐるみを捨てるなんてさ!>
直感が告げている。きぐるみと言うと緊張感が削がれると。
うるさい!
<命滅機メルクリウス! |限界突破《コード:オーバーフロー》!>
――やぶれかぶれと言ってもいい現実改変。
しかし、何も起こらなかった。直感が告げる通りに――
<……っ!>
「じゃあ、そういうわけですから――」
――ミリアが、一度に吹っ飛ばせる宿痾の数は数百がせいぜいだ。
数千の宿痾を吹き飛ばすとき、ミリアはそれに一分の時間を要する。初陣実習のときにそれは証明している。だから、それよりも若干スペックが劣るアイリスでは、
「――宿痾に埋もれて、立ち往生してください!!」
数万という宿痾を吹き飛ばすには、それよりも更に時間がかかるのだ。
「皆さん!」
「ぴょん!」
「にゃん!」
「……」
<…………最後なんか言ってよ!!>
――アイリスは、明らかに一人だけ何も言わないきぐるみ(破壊済み)に叫びながら、
弾け飛んだがきぐるみの生地を利用して作り、ランテ達が作った網にかかった数万の宿痾に埋もれて、地面に叩きつけられた。




