77 それぞれにできること。
お祖母様の心は――まるで時間が止まっているかのように動かないという。
そんな人が、どうしてあのように行動できるのだろう。そしてどうすれば、そんな状態になっても行動できるようになるのだろう。
わからないことだらけだ。人の心というものに、きっとこの世の誰よりも詳しいアツミちゃんでさえ、あんな人は初めて見たと言う。
それはつまり、お祖母様――アルミアさんは私達が想像もできないような事態に陥って、そして、今に至っているというわけだ。
「――始まりの戦姫として、ロクでもねぇことをしてきたのか、されてきたのか知らねぇがな。アレは普通じゃねぇよ」
「そもそも、私達ってお祖母様の来歴を何も知らないんですよね。そこは本人が語ってないし、歴史に記してもいないですから」
今の私達には、想像することしかできない問題。
お祖母様が悩んできたこと、迷ってきたこと。色々なことが私達にはわからないことだらけで、そもそもそれを知ろうとすることは正しいことだろうか。
余計なこと、お祖母様の望んでいないことではないのか。
お祖母様はこの世界で誰よりも上に、そして前に立つ人で。私はそんなお祖母様を助けたいと思うけれど、お祖母様にとって私は、どれだけ希望や救いになろうとも、孫なのだ。
隣に立つ人間ではない。
「お祖母様の救いになれるのは、今しかないと私は思います。ここしかなくって、だからこそ私はおばあさまにできることをしたい」
けれど、この時代、今の私達ならソレができる。
今の私にとって、アルミアさんは少し年上の同年代の少女で。アルミアさんにとって私は、どこから来たのかわからない少し年下の戦姫なのだから。
「それはいいけどよ、だったらどうするんだよ」
しかし、問題もあった。
アツミちゃんは否定係だ。どれだけ方法が一つしかなかったとしても、一度否定して相手に冷静になるよう促してくる。私にすらそうなのだから、アツミちゃんはもはや皮肉屋の域を通り越して、否定屋としか言いようのない存在だ。
ありがたいことだけれども。
「この世界は地獄だ。アタシ達の頃もそう違うもんじゃねぇが、ここはその中でも最底辺だ。未来も居場所も、食すらない」
そう考えると、お祖母様はよくあそこまで人類を纏めあげたものだ。
切り捨てなくてはいけないものは山程あって、結果としてあれほどの人類としての規模になってしまったけれど。
そもそも、ああして生き残ることは宿痾がそう望んでいたからだとしても。
衣食住が整って、娯楽だって失われないように努力が為されている。明日に希望があるかはわからないが、明日に不安はない。生きていくことだけならできる世界。
私達の時代、人類の生きる世界はそうなっていた。
そこまで持ち直したのだ。
「――それは、人が諦めなかったからだろ」
「……アツミちゃんには、それが手にとるように解るんですね」
人が諦めなかったから。
とても、とてもシンプルな答えだ。
そして、アツミちゃんにはそれが解るのだ。心が読めるから。この世界の人々が諦めていないことを知っているから。絶望しても、明日に不安しかなくっても。
生きたいと、生きていたいと彼らが思っているから。
「逆に言えば」
だが、
「こんなクソみてぇな世界でも、人の心は壊れねぇ」
持ち直しても、追い詰められていても、人類は足掻くことをやめなかった。やめた人から死んでいったとも言うが、それでも死ぬよりは生きることを彼らは選んだ。
だから彼らの心は生きている。生きているからここまで来た。
「生きていなければ、どこかで死んでいるはずってことですか」
「まるで宿痾に選別でもされているかのようにな」
そうやって肩をすくめる。
まぁ、それはそうなんだろうけれども、ともかくそれだとアルミアさんが今も生きているのは可笑しいってことか。
「一つだけ、思いつく可能性はありますよ」
「……なんだ?」
私に見に覚えはないけれど、私の中にある記憶には、そういうパターンってやつはたまにある。
呪い。
そう呼ばれるような、それは言葉だ。
「死にゆく人に“生きて”と願われたら、生きなくちゃいけないでしょ」
言葉という呪いによって生かされている。
それがアルミアさんの今だとすれば、私はなんとなく納得できると思うのだ。
「……なるほど、ね」
アツミちゃんが頷いて、私は続ける。
「相手は、そんな呪いに縛られていて、そしてそんな呪いに縋らなくては行けないほどに最悪を経験し続けてきた人です。そんな人に、私達ができることは少ない」
「この時代にどれだけいれるかも解らねぇしな」
「だから、“一度”で変えます。一度の劇的な経験で、それまでの全てを押し流すほどの経験で」
私はアツミちゃんの方をみて、言った。
「この世界を救いましょう。救う方法を見つけるんです。アルミアさんに、明日という希望を伝えるために」
こうして、方針は決まった。
私達にできることは限られている。ならば――
――さて、今ここにいるのは私とアツミちゃんだけだ。
ランテちゃんとシェードちゃんは外に出ている。やりたいことがある、ということで。何がやりたいというのか、少し疑問に思ったけれど。
私達が方針を決めた直後、外から歓声が聞こえてきた。
――どうやらその疑問は、結果という形で氷解することになりそうだ。
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――それは、花畑だった。
周囲には、人だかり。中心にはランテちゃんとシェードちゃん。
私達は人だかりを空を飛んで回避して、二人の元へと降り立つ。私とアツミちゃんの出現に周囲は驚くが、私達は気にせず二人に問いかけた。
「何をしているんです?」
「大地の浄化だよ!」
ランテちゃんは嬉しそうに言う。
浄化。つまり土地から宿痾のマナを取り除いたということか。
――この世界は大地が死んでいる。
私達の時代でも、私達の生存圏以外の場所は、基本的に人が住める場所ではない。戦姫はそんな場所でもサバイバルをする必要が時にはあるが、それができるのは戦姫にマナがあるからだ。
逆に、この世界の大地が死んだのもマナによる影響だ。
宿痾もまた、マナを扱うのである。宿痾の撒き散らしたマナは、まるで世界を書き換えるかのように大地を汚染し、人々の生きれる場所を奪った。
それを浄化するのは、セントラルアテナという非常に巨大な魔導機あってのことだ。
私もやろうと思えばできるけれど――逆に言うと、この世界でそれができるのは私とセントラルアテナだけだった。
つい、先程までは。
「完成したんですか!」
驚いた私がシェードちゃんを見る。
この魔導を作ったのはシェードちゃんだ。いつのまにか人類屈指の魔導研究者となって、ローゼ先生とも激論を交わせるようになっていたシェードちゃんであるけれど、その天才性がついに一つの結果になったというべきだろう。
この世界で特別な存在にしかできなかった――と自分で言うのはあれだけど、流石に今更私を特別扱いしないわけには行かないと思う――ことを、シェードちゃんは誰でもできるようにしている。
結果として、魔導を行使したのはランテちゃんだ。きっと、アツミちゃんでもできるだろう。
ただ――
「――すげぇな。周りの連中が完全にこの光景に惹き込まれてる」
アツミちゃんがポツリと零す。
言われて見渡せば、周りの人達は明らかにランテちゃんへ希望をいだいている。
「言葉ってすごいんだよ。丁寧に、真心を込めて伝えれば、絶対に相手に届くんだ! 思ったとおりだった。人って、皆で手を取り合って前にすすめるんだよ!」
「……まぁ、前に進むしかないって状況になればな」
ランテちゃんの特性は、希望。
今に絶望した人々が、明日に、未来に希望を抱くことができるようになる力。ランテちゃんはそれを実行しただけなんだ。
アツミちゃんが苦笑するのも無理はない。なんというか、一種の宗教のような光景で、それができるのはランテちゃんが心の底から希望を信じているからなんだけど。
――でも、きっとランテちゃんは今が一番すごいと私は思う。
この子の未来を汚さないためにも、私は頑張らなきゃ。
「ま、ランテを象徴にできりゃ、ここでの問題は大分片付くだろうし、いいんじゃねぇか」
問題。
食糧問題と私達の異物問題。どちらもランテちゃんを中心に動けば解決するだろう、っていうのはまぁ、そうかもしれない。
っと、今はそれどころではないのだった。
シェードちゃんの方を見る。すごい魔法を完成させて、自信満々ぁと思いきや、そうでもなかった。
「私としては、これは一つの集大成ではあるんだけど、完成じゃないんだけどね」
「まだ、上があるんですか?」
「うん。この浄化って、ミリアちゃんやセントラルアテナがやるような、マナによる浄化じゃないんだよね」
マナで汚染されたなら、別のマナを注いで上書きすればいい。セントラルアテナはそういう理屈で大地を浄化した。
私も同じようにすれば大地を浄化できる。
だが、これは違うとシェードちゃんは言った。
「私の場合は、除染。マナを全て拭い去って、そこに新しいマナを注がせないようにしたの。これのすごいところは、マナがないのにマナで動いてるってところなんだよ」
ふむ……?
よくわからなかった。ちょっと説明を受けて、なんとなく解ったような気になるけどやっぱりわからない。それはそれとして、これはなにかに使えるかも知れない。
後で時間を設けて説明してもらうことにした。
「それじゃあ皆さん、ちょっといいですか?」
とりあえず、まずやるべきことは一つ。
「アルミアさんに、希望を持ってもらいたいんです。協力してもらえませんか?」
――目下の問題。
心の死んでしまったお祖母様。アルミアさんに関わる、ある一つの提案を私は口にした。




