76 アルミア・ローナフ
「お姉ちゃん! 大変! 大変なの!」
「わぁ、どうしたんですか!」
ランテちゃんがバタバタ駆け込んできました。シェードちゃんがいないのは、どことなくランテちゃんが慌ててるだけなようにも思えます。
いや、なんか悪い予感が。
それはそれとして、記憶を覗いてる最中に声をかけられてびっくりしたのもそれはそれ。ほっぺたをもちもちしながら情報収集です。
「あのにぇ! アルミアしゃんがにぇ! 大変にゃの!」
もちもち。
「……ああ?」
少し遅れて正気に戻ったアツミちゃんが、もちランテちゃんを見て眉をひそめる。
アルミアさんが大変というのは、まぁ無視できない事態だ。そんなにまずいことなのだろうか。もちを外す。ランテちゃんは自分のほっぺたを少しグニグニしてから、訴えかけるように叫ぶ。
「私達がアルミアさんに会いに行ったら、アルミアさん倒れちゃったの!」
「なんでです……?」
ちょっとよく解らなかった。
二人を見ると倒れてしまうって、お祖母様はおっぱいにアレルギーでもあったのだろうか。ソレはいけない、同士として助けに行かないと。
とおもったけど、ランテちゃんの話はそれで終わらなかった。
「それでね」
まだ、続きがあるらしい。
ランテちゃんたちを見て倒れたという時点で、それはもうとんでもないことなのだろう。何が起きてもいいように、私は覚悟を決める。
ごくり。沈黙の中に、唾を飲む音だけが響く。
ランテちゃんの口から紡がれる言葉、それは――
「シェードちゃんが膝枕をして看病してたら、アルミアさん赤ちゃんになっちゃったの!」
「あ、それはなんとなく理解しました」
シェードちゃんだしな。
私とアツミちゃんは顔を合わせて納得した。
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お祖母様は威厳があって、残された人類を実質一人で取りまとめる、それはもうすごい人です。ただ、お祖母様の凄さというのは、計算され尽くしたもので、天性のものではない、とよくお祖母様はおっしゃっていました。
長い人生のなかで、少しずつ磨き上げてきたものなのだ、と。
ただ、すごいのはお祖母様の精神力です。つねに人類の代表として矢面に立ち、誰にとっても相応しい長としてやってきた心の強さは本物で。
だから、シェードちゃんが心の疲れた人を赤ちゃんにすることがあっても、お祖母様がそうなるかは、少し半信半疑なところはありました。
ですが――
「――ママ、ママ」
「あらあら、アルミアちゃんはいい子ですねぇー」
シェードちゃんに抱きついて、慰めてもらっている様子はいっそ衝撃的でありました。
とはいえ――他にも問題は色々あって――
「……ミリアが、二人?」
アツミちゃんがドン引きしながら言う。そのとおり、なんというべきかシェードちゃんに抱きかかえられて慰められているアルミアさんは――私にそっくりだった。
瓜二つ、というほどではないけれど、私を大人にすればこうなるかな、というくらいには似ている。
うちは顔がよく似ている家系だと言われるが、それにしたって若い頃のお祖母様と私は、そんなに似ているのかと驚く他なかった。
とはいえ、
「どうしてそこでこの世の終わりみたいな顔するんですかアツミちゃん!?」
「この世どころか、あらゆる時間軸が一斉に終わるぞ、ミリアが二人とかよぉ……」
「そこまで!?」
絶望に満ちたドン引き顔で私から距離を取るのをやめてください!
さすがの私だってちょっと傷つきますよ!
「もう、ふたりとも静かにしてよ、アルミアちゃんが起きちゃうでしょ?」
「ナチュラルにアルミアちゃん呼び……シェードちゃんってほんとに心が強く成りましたね……」
私の返答に、首をかしげながらアルミアさんの頭を撫でる様子は、母を通り越して菩薩のようだった。救世の光をー。
さて、いつまでもこのままではいられない。とりあえずアルミアさんを元に戻そう。
というわけで、アルミアさんを引き剥がそうと手をかけるのだけど、
「やだ……シェードから離れるの……やだ……!」
「うわ、すごい力でシェードちゃんにしがみついている!? シェードちゃんは嬉しそうにしないでください!」
「だってぇー」
――結局、引き剥がすのに三十分くらいかかりました。
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「――見苦しいところを、見せた」
すまし顔で先程のことを詫びるアルミアさん。
しかし、残念ながら結局シェードちゃんから離れることはなく、シェードちゃんの上に座ってこちらに相対している。
身長は私とほとんど変わらないんだけど、私より大分大人びている雰囲気なので、ギャップがすごい。
先程、部屋に間違えて入ってきてしまった戦姫の子が現実逃避してそのまま意識を喪ってしまったので、まぁご愁傷さまです。
「貴方達が、信頼の置ける戦姫であることを見込んで、頼みがある」
「あ、は、はい!」
勢いよく答えるランテちゃん。アルミアさんの頭を撫でる手が止まらないシェードちゃん。そして、ランテちゃんの返事に割って入るアツミちゃんの三人娘。
「その前に、ちょっといいか?」
「何?」
「アンタはアタシ達を信頼してくれる。それはいい、だが他はどうだ?」
それは、たとえばアルミアさん以外の戦姫。軍人さん。そして彼らが守る難民の方々。そういった、アルミア以外の者はどうか、という話。
軍人さんたちは、難民さんたちは恐怖していた。
無理もない話だとはおもうけれど、同時にどうにかしなきゃいけない話でもある。
それは、私やランテちゃんがやらなくてはならないことか、それともアルミアさんがやることが可能なのか。ランテちゃんはすぐにでも立候補しようとしていたが、一応抑える。
私も私達がそれをやるべきだとは思うけれど、こっちから言い出すことでもない。
そう思った。
「それは――」
だから、アルミアさんの言葉を聞くために私達は耳を傾けるのだけど、一人だけ必要のない人がいた。
「……いや、いい」
アツミちゃんだ。
読心。それがあれば、アルミアさんが答えようとすれば、それで十分なんだろう。
「……そう。じゃあ、お願いする」
何を、とは語らずシェードちゃんからアルミアさんは飛び降りて、私達に背を向けた。名残惜しそうにシェードちゃんの方を眺めつつ。
「もちろん、私の方からも彼らには話をしておく。無理はさせないから、安心して」
そう言って、彼女はこの場から立ち去っていった。
「それで、とりあえず私達で行動を起こす、ってことでいいんですか?」
話の内容からして、アルミアさんも私達も、それぞれで行動を起こすという意味だと私達は受け取る。しかし、アツミちゃんの返事は意外なものだった。
「いや?」
否定。
なぜ?
アツミちゃんは、なんというかとても疲れたような顔をしていた。苦々しいとも、嫌悪とも違う。哀れみとも、悲しみとも取れる、そんな顔だった。
「よくよく考えりゃよぉ」
「……はい」
「アタシは、現代でアルミアさんのことを読心したことは、なかったんだよな」
思い返せば、というべきか。
アツミちゃんとアルミアさんは直接の面識がない。この間本部に行ったときも、お祖母様と話をしたのは私だけだ。
だから、今までアツミちゃんはアルミアさん。そしてアルミアお祖母様の読心をしたことがなかった。
その上でアツミちゃんは言う。
「――こんなん、初めてだよ」
「と、いうと――?」
「心が壊れてるんだ。今のアルミアは、心が“壊れる前”の行動をなぞってるだけの置物だ」
――それは、思ってもみない言葉だった。
アルミアお祖母様が、心を壊してしまっていた?
だって、アルミアお祖母様は確かに苦しんで、苦しんで、悩みながら多くのことを乗り越えてきたのでしょうけれど。
それでもあんなにも、立派に前に進んでいたのに?
「そもそも、普通なら心なんて壊れねぇんだよ。心の壊れた人間がああして普通に行動できるはずがねぇ」
――ベッドの上で寝たきりになるのがせいぜいだとアツミちゃんは言う。
第一、この世界の人間は絶望しているが、それでも感情をアツミちゃんにぶつけている。つまり、普通なら心が壊れるなんてことはないのだ。
重圧があったとしても、責任があったとしても、それでアルミアお祖母様が壊れるとは思えない。
であれば。
「なぁ、ミリア。――あのアルミアって奴は、一体どんな人生を歩んできたんだ?」
――アツミちゃんの疑問に、答えられる人はいなかった。




