74 時を超えた邂逅
『私は――アルミア・ローナフ。始まりの戦姫と、そう呼ばれている。……貴方達は?』
アルミアお祖母様――この時代のお祖母様をお祖母様と呼ぶのは可笑しいので、ここではアルミアさんと呼ぶことにします――は、どこか警戒した声音で私達に問いかけてきた。
それはそうだ。この世界ではアルミアさんが初めての戦姫。残りの戦姫は全てアルミアさんが導いたもの、戦姫の顔は全員知っているだろう。
そこに突如としてあらわれた、得体のしれない戦姫が四名。
可笑しいと思うまでもなく、異常事態だ。
宿痾を討伐しているために問答無用で攻撃したりはしてこないようだけど、間違いなく私達が変なことを言えば、標的にされる。
さすがにそれは困る。
私達はこの時代の人間ではないから、最悪どこかの国の軍隊に敵視されても、困るということはあっても詰みはない。しかし、相手はアルミアさん。この時代においても、私達の時代においても戦姫のトップに立つ存在。下手に敵対すると、この時代での活動に支障をきたすし、最悪未来も変わってしまう。
まぁ、未来は変わらないのではないか疑惑はあるが、それはそれ。
敵対してしまうと、下手に宿痾と戦っている場所へ介入できないのだ。できるだけ慎重に、ここはコミュ力おばけのアツミちゃんに交渉を任せることにした。
「あー、アタシはアツミ。訳あってこの戦場に介入することになった戦姫だ。多分、知らないと思うが」
『……アツミ』
その名前を聞いて、アルミアさんは黙りこくる。
通信を一度切ってしまったので、向こうの様子は探れないが、何かあっただろうか。
やがて、再び通信が入ると、抑揚のない声で、アルミアさんは問いかけてくる。
『存在するはずのない戦姫の名前。私が知らないことを含めて、貴方達は異質であり、異変。貴方達は四人だけ?』
「そうだ。アタシ達は四人でここに来た。どこから来たかは……多分、言っても信じてもらえないと思うが」
『……いえ、想像はできる。貴方達は――』
アツミちゃんは難しい顔をしている。アレは……読心ができないのだろうか。距離が遠いから無理もないだろうけれど――いや、アツミちゃんは下にいる軍人さん達の心を読心できていたな。
精度が上がっている、ということなのだろうけれど。
つまり、アルミアさんの場合は……?
『――この時代の人間ではない』
「えっ?」
なんと、驚くべきことにアルミアさんは私達の存在がどこから来たのか、看破してしまった。驚いたランテちゃんの声が響いて、私達は顔を見合わせる。
『…………他の人たちの名前を、聞かせて欲しい』
そこに、ぽつりとアルミアさんから一言。
アツミちゃんが頷いて、私から口を開く。
「ミリア・ローナフです。貴方と同じ名字であることから察してもらえるかもしれませんが、貴方の孫に当たります」
『…………』
返事はない。続きを促しているようだ。続いて、ランテちゃんが口を開く。
「ランテです」
『…………ラン、テ』
ぽつり、とアルミアさんがランテちゃんの名を呼んだ。
それにアツミちゃんがどこか難しい顔をする。読心で、きっとその心の内を理解しているのだろうけれど、であればどうしてあんなに難しい顔をするんだろう。
アツミちゃんは無愛想だけど、ああいう眉をひそめるような表情はなかなか浮かべない。
『…………ランテ、ランテ……』
何度も、何度もアルミアさんはその名前を零している。
私がアツミちゃんに視線を向けると、アツミちゃんは神妙な面持ちで首を横に振った。今は話せない、ということだろう。一体何を読み取ったのかな。
で、残る一人は、シェードちゃんだ。
「シェードだよ。よろしくね、アルミアさん」
その時、
ごつん、というすごい音が通信の向こうからした。
『……っ!! っ!!! っ!!!!!』
「ちょ、だ、大丈夫ですか!? 今明らかになにか落としましたよね!? 落とした後それが足にあたって悶絶する気配がしてるんですが大丈夫ですか!?」
『だ、だいじょ……っ――――!!! いった……!!』
「大丈夫じゃない――!」
一体急にどうしたというのか、いや本当に何が起こったのかこっちからは解らなすぎて、シェードちゃんの名前に反応したんだろうけれど、驚くならやっぱりランテちゃんのほうじゃないだろうか。
ランテちゃんにも驚いてたかもしれないけれど、シェードちゃんの場合はそもそも意識すらしてなかったかのような。慮外から飛んできたかのような驚きだった。
『だ、大丈夫、大丈夫だから……っ! あ、貴方達は四人だけ……?』
「そうですね。カンナ先生やローゼ先生はこれてませんし、四人だけです』
『…………………………そう』
今度は何を飲み込んだのだろう。なんかさっきから、アルミアさんの色々なものがオーバーヒートしているような気がしてならない。
とはいえ、どうもアルミアさん個人の問題みたいなので、ここは努めてスルーだ。踏み込むには信頼度が足りない。飴ちゃん食べる?
『……とにかく、貴方達は問題なさそう。周りはこちらで説得するから、降りてきてもらえる?』
「りょーかい。全員それでいいな?」
アツミちゃんが最後に纏めて私達から了承を得て交渉を終える。
向こうの警戒が、さっきのごとって音で随分削がれているように見えるが、気の所為だろうか。いや、アルミアさんは私達がどこから来たかも把握しているわけだし、そこまで不思議ではないかな?
ともかく、私は通信が終わると、ゆっくり地上へ向けて降下を始めるのだった。
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戦陣、と呼ぶべきだろうか。軍人さん達の野営地はそれはひどいものだった。まず、そもそもこの野営地はどこかから逃げてきた難民もいるらしく、人が非常に多い。
その半数がどこかしらを怪我していて、残りの半数も疲れからか明らかにフラフラしている。
というよりも――
「……ほとんど限界じゃないですか、これ」
「つーかよ……」
暗い顔をするランテちゃんと、それを庇うように慰めるシェードちゃん。そのとなりで、私達はヒソヒソと声を潜めて周囲を眺めながら言葉を交わしている。
「本来ならここは、さっきの戦いで壊滅してなきゃいけなかったんだよ。でなけりゃ、食料が持たねぇんだ」
「……負けることで間引きをしながら、撤退を続けているって感じですかね。気に入らないです」
「アタシに言われてもな……」
アツミちゃんは、つまらなそうに頭をかいてから、あちこちを見る。
読心は――切っているだろう。しなくても解るが、私達は歓迎されていない。
この時代、人類は少しでも生き残るために、一箇所に集まろうとしていたらしい。今のセントラルアテナがある場所を目的地に、各地から生き残った人類が一人でも送り届けようと奮闘していたとか。
その過程で当然ながら食料やそのた補給は底を尽きる。その時、宿痾に殺されることで人が減り、なんとか少なくなった食料でも生きていけるようになったのだと、どこかの資料を読んで私達は知っていた。
だから、私達のしたことは彼らにとっては余計なことだったのだ。いくら、それが最善だとしても。私達は見捨てられないという理由で、ここに関わるべきではなかったのだと。
そう、読心でアツミちゃんは読み取ってしまったんだろう。
「やっぱり……見てられないよ! おねえちゃん!」
「はいはい、なんですかランテちゃん!」
「過去から戻るまで、猶予とかはあるんだよね!?」
「というか、まだ戻れるか解らないんですよ。ケーくんがどういう形で私達を過去に飛ばしたのかわかりませんし」
詳しく調べれば解るかもしれないが、まずもって詳しく調べる時間がない。それに、調べたいことは他にももう一つあるのだ。
ポケットに収まったボタンを手で弄くりながら、私はランテちゃんの話を聞く。
「私、ここの人たちの助けになりたい! せめて、セントラルアテナにたどり着くまで!」
「ふむ……」
「私も賛成かなぁ、ランテちゃんを一人にしたくないっていうのもあるけど、できることはやりたいよ」
シェードちゃんも賛成してきた。
別に反対する理由はないけれど、そういうことなら、こうするべきではないだろうか。
「じゃあ、ランテちゃんとシェードちゃんはアルミアさんとお話して、ここにいる人たちになにか食べれるものを作ってあげてください。私とアツミちゃんは、私達の用事を済ませますから」
「……! うん!」
「ありがと、ミリアちゃん」
ぱぁ、と顔を輝かせる二人。
天真爛漫、まっすぐで希望を忘れないランテちゃんと、母性の塊なシェードちゃんは、こういう場所では適格だろう。私は変なことを言ってしまうかも知れないし、アツミちゃんは口が悪い。
まぁ、別に配慮できないわけではないんですけどね? ね?
「何こっち見てんだよ」
「いえ、早く私達も役割を果たしましょう、と」
ジトっと視線を返してくるアツミちゃんにえへへと笑いながら、私はランテちゃんたちと別れて先に進む。アルミアさんには、ここで待機していてくださいという場所を指定されているのだ。
ハズレの方にある、簡単に組み立てられたテントである。案内してくれたのはアルミアさんではなく、私達より少し年上くらいの戦姫さんでした。
アルミアさんは、なんか大変らしい。
「――確かめるべきことは、二つ」
「ケーくんのことと、アイリスのことですね」
二人きりになって、一応防音もしつつ、私達は話をする。
「ケーくんは私が空いているときにやっておくとして――アイリスの記憶については、アツミちゃんお願いできますか?」
「……ああ、あんまやりたくねぇけどな」
アイリスは性格が悪いから、アツミちゃんは苦手っぽい。でも多分大丈夫だろう。
「アイリスのことですから、必要な情報しかここには無いと思いますよ。そういう小細工くらいしてくれるはずです」
「逆にこっちとしてはありがたい話だ」
余計な思考まで読みたくないのだろう、アツミちゃんにしては随分と弱気な発言だ。それだけ、この場所での読心が堪えたのだろうか。
「……ごめんなさい、後少しだけお願いします」
「謝罪はいらねぇよ――アタシが、やりたいと思ったことだからな」
そうつぶやいて、
アツミちゃんは読心を起動した。