73 時をかけるミリア
時空転移、実のところケーくんが未来を司ると聞いたときから、なんとなく考えていたことではある。
過去に戻って歴史を変えたら、世界はこんなことになる前に、なかったことにしてしまったらどうなるだろうって。
それと同時に、私はいつか過去へ行くことになるんじゃないか、とも心のどこかで思っていたんだ。
アツミちゃんならそれを読み取れただろうか、いつものように擬音まみれで、アツミちゃんでも読み取れなかっただろうか。
もしも読み取れていたのなら、すこしだけ今の私の気持ちはアツミちゃんにだって解るはず。
私が過去に行ったのではないかという根拠は二つある。一つは言うまでもなくアイリスだ。私が知らないのにアイリスは私のことを知っている。
知った上で策を弄してきた。あのとき、一方的に不利だったのは私で、アイリスはそれを利用して正面から私を倒すつもりだったんだ。
そしてアイリスはそのことを、時空転移のその瞬間に肯定した。案の定、とでも言うべきなんだろうけれど、こうして私は時間を越えることと相成ったわけで。
もう一つは――お祖母様のこと。
お祖母様は私のことをよくわかってくださっている。私を大切にしてくれるし、私のやりたいことに色々と便宜を図ってくれた。
最初からそうなることを見越しているかのように。
今にして思えば、これも私が未来からやってくることを知っていたからなのかもしれない。過去で私は、若い頃のお祖母様と出会うのだろうか。
そこでお祖母様と仲良くなって、私にとっては過去の、お祖母様にとっては未来の私をお祖母様に託す。そんな出来事が起こるのだろうか。
わからない。だってどれだけ過去に行くと言っても、私にとっては未来なのだ。何が起こるかわからない。わからないからこそ、やるしかない。
たとえそれで、世界を救うことができなかったとしても。
それを否定するために。
――そうだ。私はこれから過去へと時間をすすめる。
だけどその時、懸念があった。
私は過去を変えられないんじゃないか?
お祖母様とアイリスは私を知っていた。知っていたからこそ、私は私の知っている過去へと飛ぶのだ。それなのに、私の世界には宿痾もアイリスも、トリスメギストスだってのこっている。
それはどういうことだ? どうして私は何も変えられていない?
わからない、ただ、一つだけ。
思うことがあるのだ。
この時空転移は既定路線だった。
過去へと転移することも、私がそこで、何も成すことができないことも、何もかも。
最初から、誰かの手のひらの上で、決められているのではないか――と、そう思わずにはいられなかったのだ。
<>
転移した先は、地獄だった。
宿痾。
宿痾――宿痾の群れ。
群体――レギオンと呼ばれるそれを遥かに上回るのではないかという膨大な宿痾の群れ。主がいないことだけは幸いだが、いくらなんでもこれを排除しきるのは容易ではない。
私だって、何分かかるか。
「ここ……は……」
頭を抱えながら、ぼんやりと当たりを見渡すランテちゃん。見れば、シェードちゃんとアツミちゃんも起きがって周囲を確認していた。
三人とも、まだ意識がはっきりとしていないみたい。私は最初からシャキーンとしてたけど、何か違いでもあるんだろうか。
「……いや何してんだてめぇ」
「シャキーンとしています」
シャキーン。背伸びをすると身長が三センチ伸びます。私の奥の手です。
「いいからさっさと説明しろや!」
ああーっ! シャキーンを上から掴まれて防がれました。
しくしく。
悲しみを胸に私は宿痾を見下ろしながら、つぶやきます。
「皆さん、ここが過去の世界である、というのはさっきの会話から把握できてます?」
「なんとかー」
シェードちゃんがぽややーんと返す。
私は頷くと、
「ここは、宿痾が出現して少し経ってからの時間軸みたいですね。今の時代、あそこまで大量の宿痾が人類を襲うことはないはずです」
「なるほど……あれ? それって私達の時代の宿痾は手加減してるの!?」
「そりゃあ、そもそも月光の狩人を見つけて確保すんのが宿痾の最終目的なんだから、そうだろ」
驚く月光の狩人ことランテちゃん。
宿痾の目的は人類をギリギリまで追い詰めて、効率よく特異を出現させ、その中から月光の狩人としての特異を持つ存在を生み出すことだ、というのが最近の私達(おばあさま含む)の見解。
まぁそこら辺は置いておいて、私達は現在、丘の上から私達に背を向けて戦っている宿痾を見下ろす立場に居た。
これがどういうことかというと。
「宿痾が戦っている……人類と?」
「多分、この頃は軍隊だと思います。銃と大砲でバカスカやってた時代でしょうね」
「戦姫はもういるのかな」
シェードちゃんが、いいながらなにかのアイテム――多分双眼鏡だ――で宿痾の群れを観察している。見たこと無いアイテムだけど、自作じゃないだろうかあれ。
「見た感じ、宿痾がたまに吹っ飛んでる。宿痾の装甲を抜けるのはマナを纏った武器と魔導だけのはずだ。つまり、戦姫はいるってことだな」
「それでこの規模となると……もしかしたら会えるかもしれません」
「会える……?」
ニィっと笑みを浮かべて。
「アルミアお祖母様ですよ。始まりの戦姫である以上、お祖母様はこの頃、宿痾と戦っているはずです」
私は勢いよく飛び出した。
「っておい、待てよ!」
慌てて三人もそれを追いかけて、私達は宿痾の背後を突く形になる。
「宿痾は私達に気付いてません。一気に殲滅してしまいましょう! 円環理論をお忘れなく!」
「はーい!」
元気の良いシェードちゃんの言葉に、私達は二組に分かれて、宿痾の殲滅に映るのだった。
<>
――宿痾の大群と言っても、その中に主の姿はない。
私達が戦う場合、厄介なのは宿痾の主の方だ。具体的に言うと、1万の宿痾よりも十の主の方がよっぽど厄介である。そりゃあケーくんでズンドコすればサクッと殺れるにしても、ケーくんなしで考えた場合の話。
有効打は私とランテちゃんしか持ってない。相手は図体がでかいくせにやたらすばしっこい。
小型は円環理論による無尽蔵なマナでゴリ押しすれば、案外サクサク処理できるのだ。小型ではゴールデンボール……ごほん、金の玉シールドを突破できないので安全面にも配慮しています。
主を討伐する場合は、大人数でひきつけて対処手段――アルテミスシリンダーだったり、ランテちゃんだったりをぶつける方が、効率としては楽。
というのを、下から呆然と、一瞬で宿痾の波に消しゴムをかけていく私達を眺める数千人単位の軍人さんたちを見ながら思う。
「ねぇねぇ、あの人達、どういう人? 戦姫の制服に似てる服を着てるけど」
「あれは、多分軍人さんだねぇ。昔の人類において、戦いを職業にしてた人たち。多分、宿痾とはあの人達が戦ってたんだと思う」
ランテちゃんの問に、知識を紐解きながらシェードちゃんが答える。
アツミちゃんが、軍人さんたちを眺めながら顔をしかめていた。読心で情報を集めているんだろう。
「……恐怖。宿痾にたいするものだけじゃねぇな、アタシ達に対しても恐怖してる」
「ってことは彼らは戦姫を知っているんですね。もしも知らなかったら困惑のほうが早いでしょう」
「いや、困惑も多いぞ。考えてもみれば、円環理論は時代を変えるレベルの新技術だ。これがなかったら、少なくともてめぇ以外にこの大群を殲滅することはできねぇよ」
つまり、円環理論のない時代の戦姫に、この数の宿痾殲滅は難しいらしい。
「…………」
「……ランテちゃん?」
「……なんか、私も怖くなっちゃって」
私と青白い光で結ばれて、あちこちで月光の狩人として宿痾をふっ飛ばしているランテちゃんが、どこか浮かない顔だった。
はて、なにか困ったことでもあっただろうか。
ランテちゃんは立派にやっている。戦闘の推移も順調だ。このままいけば、何の問題もなくこの場を片付けることができるだろう。ローゼ先生には頭が上がらない。
それはそれとして、ランテちゃんは別のことを気にしているようだ。
一体なんだろう。問いかけてみると――
「私、戦姫じゃないからさ。考えてみれば、ちゃんと戦うのってこれで二回目だから」
…………
……
あっ。
「……おいミリア? そもそも当然のような顔してランテを連れてきてるけどよぉ、ランテは実戦での訓練とかしたのかよ」
「…………ど、動物相手への格闘術なら、この場の誰よりも優れていますよ!」
「判断にこまる評価点を上げるんじゃねぇ!」
あわわ、あまりにランテちゃんのセンスが良すぎて、ランテちゃんが素人さんだということを忘れていました。まぁ、それを言ったらこの場にいるのは、私を含めて戦姫になって半年くらいしか立っていない学生の集まりなのだけど。
スペックによるゴリ押しでなんとか成っている面は否めない。私達に付いてこれるランテちゃんのセンスも含めて。
「……ただね?」
「うん」
シェードちゃんが相槌を打つ。こういうときはシェードちゃんが強い。
「誰かと一緒なら、頑張れるなって思うの」
「ソレだけで、こうして戦場に出られるなら、ランテちゃんはとってもすごいって私は思うな?」
「えへへ……ありがと、シェードおねえちゃん」
はうっ、となって胸を抑えてシェードちゃんが落下しそうになっていました。アツミちゃんが引っ張り上げてぷらーんとなります。
おっきな胸もぷらーん……って何を考えているんですか!?
――少し空気が弛緩していた。
ただ、それでどうこうというわけではない。主が出現すれば解るし、アイリスが出てくる可能性は常に気をつけている。まぁアイリス以外の操手はなんかそんなの居たな、というレベルだけど。
それでもまぁ、忘れたわけではない。
だから、ここで私達が驚くとしたら、それは思ってもみない形での戦況の変化。
この場合は――
「……っ!? マナ反応!」
「え!? こっち狙ってる!?」
「狙ってません!!」
――増援だ。
地上から放たれた魔法が、私達がいない一帯を、綺麗サッパリ吹き飛ばした。
「やっぱりいたんだ、戦姫の人」
シェードちゃんはのんきにぽつり。
とはいえこれは、なんというか。
「……ミリアの杖が勝手に飛ぶ場所を選んだ以上、ここに飛ばされたことには意味がある。と思ってはいたが……そういうことか」
「アツミおねえちゃん?」
読心。それによって、“彼女”が誰かをなんとなく把握したのだろうアツミちゃんは、視線を地面の軍人さんたちが集中している場所に向ける。
つまり、そこが大事な場所なんだとひと目で解るから。
その時だった。
『――貴方達、何者』
声がした。
『戦姫なら、私が知らないはずはない。なのに貴方達はここにいる。名前を、教えて』
「……貴方は」
ああ、なんというか。
懐かしい声だ。
――聞き馴染みのある、けれども若々しい少女の声。私はその声を知っている。とてもとても大切な、私の家族。
『私は――』
――きっと、それは運命だったんだろう。
『アルミア・ローナフ。始まりの戦姫と、そう呼ばれている」
時空を転移したその先で、私はアルミアお祖母様と、邂逅を果たした。
運命は、定められた道を、進んでいる。




