69 世界が破滅を望んでる。
攻め手がさらに増えたことで、私達は一気に主を追い詰めていた。既に両腕を吹き飛ばし、その破片を相手にしながら、足の攻略にかかるところだ。
ランテちゃんの青白い光、主を殺す特効魔法は、トリートメントがどうだとか、メイクアップがどうだとか、ケーくんがどうだとか、そんなことは関係なしに主をザクザク切り裂いていく。
主を殺すという一点において、この場において最強はランテちゃんだ。
逆に私は、ケーくんの相性不利もあって、サポート的な動きが多い。飛んでくる破片をきっちり処理するだけでも重要な役割だが、他の二人と比べると見劣りするかもしれない。
とはいえ、そんなことも言っていられないのだが。
<……ねぇミリアちゃん、気付いてる?>
「いいから手を動かしてよっ」
<あいつ、動きが鈍ってる。腕を飛ばしたんだから当然かもしれないけど、破片の再生まで鈍ってない?>
アイリスとランテちゃんはそれはもう相性最悪で、お互いが口を開くともう片方から罵倒が飛んでくる。今回はランテちゃんだったけど、逆もあった。
なんというか、博愛主義で自分を犠牲にしてでも誰かを救いたいランテちゃんと、自己中心的でワガママ、自分さえ良ければそれでいいアイリスって、本当に水と油だ。
奪う側と、奪われる側。もしかしたら、アイリスとランテちゃんが正面から激突したら、本来ならアイリスの口八丁でランテちゃんは転がされるのかもしれない。
でも、この世界だとなんか誰がこうしたのかしらないけれど、ランテちゃんはアイリスにたいして口が悪い。ううむ、どうしてこうなったんだろう……
と、アツミちゃんに心を読まれたら怒られそうなことを考えつつ、意識はアイリスの言葉へと向ける。動きが鈍っている――というのは、私もランテちゃんも感じていることだ。
ただ、そこにどういう意図があるか、私達には想像を巡らせることしかできないので、今は目の前のことに集中しろ、とランテちゃんはいいたいのだろう。
「じゃあ聞きますけど、アイリスにもアレがどういう特性を持っているかはわからないんですね?」
考えるのは私の役目だ。この中で私が一番手が空いている。
<わからないよ、私と宿痾は、私のほうが上下関係は上だけど、お父様と私は対等だから、お父様はお父様独自の考えで動くの>
「トリスメギストスって、自律思考ができるんですかね。メルクリウスとケーくんにはないのに」
<一応あるよ。メルクリウスもケーリュケイオンも、奇跡を起こすときに自分で願いを解釈して実行するから>
「ふむ……」
つまりそれは、ケーくんやメルクリにとって都合の悪い奇跡はおきないということだろうか。いや、そんなことはどうでもいい、トリスメギストスのことだ。
<あいつに、今のシンプルな攻撃能力以外が無いとは思わないよ。ただ、それがなにかっていうのは推測するしかないけど>
「そうですね……」
――推測する余地はなくはない。
シルクさんは、人類に恭順しようとしたときにこいつにとらわれるよう仕組まれていた。それは当然ながらシルクさんの恭順を否定するという意志によって作られた罠であり、同じような意図がこの主の機構にも存在していることは想像に難くない。
「そういえば、宿痾操手は死んでも意識が残るんですよね?」
<……それくらいなら話してもいいか。そうだね、死ぬと意識はお父様の中に復元される。その後、マナを有する肉体に憑依することで、活動できるようになるよ>
まぁ、そんなところだろうと思っていたけれど。だからアイリスも話したんだろう。そしてそうなってくると、一つ解決策が浮かぶ。
誰でも考えつく、非常にシンプルな解決策だ。
「……おねえちゃんっ! ダメだよ、シルクちゃんの肉体をふっ飛ばしちゃうのは!」
<私も反対。せっかく私が守ってきたお姉ちゃんのボディをこんなところで失いたくないし、何より安易すぎる!>
「ですよね」
感情的にも、道理としても、シルクさんの身体をふっ飛ばして、意識だけサルベージする方法は取りたくない。まず、そんな安易な方法でシルクさんが救えるとは思わないし、そもそもこの仕掛はシルクさんが復元されるお父様本体――トリスメギストスが行ったものなのだから、どう考えても罠だ。
「となると――」
そこまで考えて、しかし私は一度それを打ち切る。
そんな場合ではなかったのだ。
――遠くから気配が二つ、高速で迫っていた。
「……っ! ふたりとも、破片を吹っ飛ばせるだけふっ飛ばしてください!」
「えっ!?」
<急に……どうしたの!?>
いいながら、アイリスが特大のマナ弾を破片にぶつけて道を作る。私も火力重視で砲撃をおこなって、最後に遅れてランテちゃんが青い光の刃で辺り一帯を薙ぎ払った。
私は、後方、迫る“それ”に視線を向けて――
「心強い――援軍ですよ!」
超高速で飛んでくる金の玉が、宿痾の主の身体へ突き刺さるのを見送った。
<……っ! あの卑猥な球体!>
「卑猥とはなんですか卑猥とは!!」
だから金の玉じゃないっていってるでしょ!? いや、金の玉って言った!? 私金の玉って言った!?
ともかく、アレは言うまでもなく、アツミちゃんとシェードちゃんだ。そして、彼女たちはこの場において救世主となりうる存在であり、そしてその条件は既に達成された。
「っしゃあ、記憶読み取ったぞ!」
「た、退避! 退避だよアツミちゃん!」
二人の元気な声が聞こえてくる。
そう、読心。アツミちゃんのそれは、非常に便利な情報収集能力でもある。記憶を読み取って、アツミちゃんはそれを皆に伝えてくれるはずだ。
「二人を守ってください!」
「わ、わかった!」
三人がかりで、アツミちゃんたちに迫る破片をふっ飛ばしながら、彼女たちが戻ってくるのを待つ。あの黄金球体は私の魔法じゃないから、どこかで限界があるかもしれないのだ。あまり無茶はさせられない。
福音を、逃すことだけはあってはならないんだ。
「しかし、これは――」
「よく来てくれましたね、ふたりとも!」
「うん、待たせてごめんねミリアちゃん!」
唸るアツミちゃんが不穏ではあるけれど、二人が無事に合流してくれたことを嬉しく思う。この場に必要なのは戦力ではなく、信頼できる情報だ。
アイリスは知らないと言っているけれど、隠していることはあるはずで、そうなるとこうしてアツミちゃんから直接話を聞いたほうがいいに決まってる。
とはいえ、再会を喜ぶのはつかの間のことだった。
「……まずいっ、全員一度退避しろぉ!!」
アツミちゃんが叫ぶ。そういうことなら、私とアイリスには手段がある。
<っ! |限界突破《コード:オーバーフロー》!>
「|限界突破《コード:オーバードーズ》!!」
強制転移。
アイリスは自分で転移できるだろうからやらなかったけど、私達は同時に距離を取った。直後。
主は発光を始めた。
赤黒い、見ているだけで不吉さを覚える光。ランテちゃんのそれと対照的な、血染めの閃光が、辺りに広がり始めていた。
<チッ……くそオヤジ!!>
アイリスの語彙が遂に死んだ。シンプルすぎる罵倒とともに、アイリスはなにかの種のようなものを手のひらに出現させる。アレは……宿痾の主? 多分、それを生み出すための種って感じの代物だ。
前に私と戦ったときにも使おうとしていたけど、つまり主を奇跡の代償にすることで奇跡の効果をより強いものにしているのかもしれない。
<|限界突破《コード;オーバーフロー》ッ!>
叫び、直後メルクリウスから放たれた光が、赤黒い光を押し止める。
三角コーンのような結界に閉じ込められた光は、血しぶきが舞うかのように結界の中でうごめいていて、みていて気持ちのいい光景とは言えなかった。
「……あんなんじゃ数分も持たねぇぞ」
<わかってる! 説明してよ、記憶を覗いたんでしょ!?>
アツミの忠告に、アイリスはがなり立てる。ここに来て、随分ととさかに来ているようだ。気持ちはわかる。
「――アレは砲台だ。化け物見てぇな威力の砲撃を、自分を木っ端微塵にしてでもぶっ放すためのな」
「砲台……何を狙ってるの?」
ランテちゃんの言葉に、アツミちゃんは無言で地面を指差して。
「この世界そのもの、だよ」
組み上がっていく砲台を、照準を下へ向けた主に目を向けた。
「……こっからぶち抜いて、世界の反対側まで届くくらいの威力、ってことですか」
<星が木っ端微塵になるね>
ランテちゃんと、シェードちゃんの顔が蒼白になった。特にランテちゃんは、それはもうすごい顔をしている。
「ど、どうにかならないの!?」
「少なくとも、アイツはそんな方法想定してねぇよ。一度砲台にし始めたら、シルクは永遠に砲台にされつづける。よしんばアレをふっ飛ばしたとしても、だ」
――シルクちゃんの意志をトリスメギストスに送ることは、むしろ最悪の手段と言っていいんだろう。私の手が届かないところで、シルクちゃんは誰にも邪魔されず砲台に改造される。
そんなの、
「……そんなのないよ! シルクちゃんが何をしたの!? そんなことされるなんて、理不尽すぎるよ!」
<…………そもそもで言えば、お父様はおねえちゃんを生かす理由がないんだよ。お姉ちゃんは試作品。完成された私さえいれば、それでいい>
「ふざけてる!」
<わかってるよそんなの!! 私だって、アレがお兄ちゃんたちならどうなったって構わない! でも、お姉ちゃんを使い潰すのは許さない!>
互いに怒りをむき出しにしながら、その怒りを互いにぶつけることはなく、並んで砲台――それを作り上げようとするトリスメギストスを睨んでいる。
「……ミリアちゃん」
ふと、シェードちゃんが呼びかけてきた。
シェードちゃんは目で語っている。なんとかできないか。
もちろん、私はその方法を考えている。
ただ――
「……一つだけ、問題があります」
「問題?」
それは、とてもとてもシンプルな問題だった。
――そして、その時更に変化が起きる。
“――して”
声が、した。
「――シルクちゃん?」
<……お姉ちゃん?>
ランテちゃんとアイリスが即座に気が付き、その横でアツミちゃんが無言で額に手を当てていた。
そう、声の主はシルクさんだった。どこからか聞こえてくる声。そして、きっと彼女は口にするだろう、私が現状をどうにかするための、最大の問題を。
“私を、殺して”
――シルクさんに助かる意志がない。
それこそが、私が彼女を救うにあたっての、一番の問題点だったのだ。




