68 開闢機トリスメギストス
――突如シルク“さん”に起こった変化。それはシルクさんの身体を包むように、鳥かごのような機械的な鋼の“外装”が現れるというものでした。
私はアツミちゃんからの通信を受けると同時、私、シルクさん、そしてランテちゃんの三人を対象に、ケーくんを抜き放って突きつける。
「再生機ケーリュケイオン! |限界突破《コード:オーバードーズ》!!」
直後、私達の姿は、街から遠く離れた更地へと転移する。周囲に人がいないこともケーくんの奇跡の中に含まれている。ここなら存分に戦える、という場所だ。
「な、えっ、ここどこ!? シ、シルクちゃん!?」
「下がってランテちゃん!」
慌てるランテちゃんの前に出て、杖を突きつけながら油断なく変化していくシルクさんを見る。
<あ、ああああ! ああああああああああああああ!!>
シルクさんの胸元から溢れ出る、宿痾の外殻と同じ材質のそれは、軽く解析した程度でも、“無限再生”という特性を持つことが解る厄介な代物で、今の状態のシルクさんに攻撃を仕掛けることは、逆に危険だということを私は察した。
「で、でもシルクちゃんが!」
「巻き込まれたら、ランテちゃんだって危ないですよ、下がります!」
ランテちゃんは手をのばす。シルクちゃんは、苦しみながらもこちらを見ていて、ランテちゃんに助けを求めている。しかし、二人の手は互いに伸ばされながら、掠めることすらできず、
シルクさんは宿痾の外殻に呑まれて、消えていった。
「……ッ、アツミちゃん、これは!?」
『そもそもシルクの存在事態が罠だったんだよ! そいつは特定の条件で暴走するように仕組まれてたんだ! 本人も知らないところでな!』
みるみるうちに、外殻は巨大な宿痾へ、宿痾の主へと変質していく。いや、正確に言うとこのサイズの宿痾は主しかいないので、推定主だというだけなのだけど。
「どういうこと!? どうして解るのアツミおねえちゃん!」
『ミリアの夢だ! ミリアの記憶の中には、ミリアが忘れちまったこの世界の記録がのこってる!』
「マジですか!?」
『てめぇが驚いてどうすんだよ!』
――いや、確かに原作知識ってやつは凄まじくボロボロで、そもそもこの世界の主人公が誰かもわかっていない私だけど、それはそれとしてそれをアツミちゃんが看破したことに驚きを隠せない。
ううむ、それにしても主人公はどこにいるんだろう。
「――シルクちゃんを助けたいの。どうすればいいの!?」
そして、ランテちゃんがすごく主人公みたいなことを言っている。成長しましたね……とか言っている場合じゃないのだけど。
『……すまん、そこまでは解らなかった。ミリアの記憶は、ミリアが忘れちまってるせいで、解読が必要なんだよ』
「おねえちゃん!」
「ごめんなさい!」
――本当に申し訳ないのだけど。私は現状に覚えがない。シルクさんが特殊だというのに違和感はないのだけど、だからといってそれがどういうことなのか、思い出そうとしてもモヤが掛かったように思い出せないのだ。
それをアツミちゃんたちが引き上げてくれただけ、とてもありがたいことなのだ。
『一応アタシらもそっちに向かってる。場所はアタシが解るから心配すんな! ただ、そっちについても戦力になるかはわかんねぇから、期待すんなよ!』
「来てくれるだけで心強いですよ! 他の人には!?」
『いちおー本部にも伝えてあるが、結構遠くに飛んだだろ、今から出撃して、そうたどり着けるかっつぅと……』
「伝えてくれるだけで以下省略!」
話をしている間に、気がつけばシルクさんを包み込んだ宿痾の主は、すでにその体をほぼ完成させて、私達の前に鎮座している。動き出すのは時間の問題だろう。
すこしアツミちゃんと言葉を交わして現状を把握する。
シルクさんは、誰かの許可でここまで来たと言った。これを仕組んだのはその“誰か”だ。そして、その誰かというのは、どうもシルクさんが私達に恭順したときにこの仕掛が発動するように仕組んだらしい。
人の心がない――というのは、比喩でもなんでもなく文字通り、この仕掛には存在しないのだろう。
少なくとも、アイリスが使うような人間的な策とは真逆の、合理性にだけ拘った不条理な仕掛けと言えた。
「ランテちゃん、円環理論の話は覚えてますよね?」
「え、う、うん……!」
「とりあえずそれをお願いします!」
マナの供給。
正面から主とやり合うなら、それがあるのと無いのとでは、随分とやりやすさが違ってくる。今回、不幸中の幸いだったのは私とランテちゃんがコンビだったことだ。
私と三人なら、誰でも円環理論を使えるけど、ランテちゃんはシェードちゃんやアツミちゃんとの円環理論は難しい。この三人はあってまだ数日しか経っていないのだから。
知らない感情が多すぎる。なので、ランテちゃんは私とのコンビじゃないと円環理論が使えないのだ。
ともかく。だとしても目の前の主をどうにかできるかは、やってみないとわからないのだけど。
「お、おねえちゃん! 動くよ!?」
その時、主が動きを見せて、ランテちゃんが叫ぶ。私は気を引き締めると、
「とりあえず、やれるだけやってみます!」
ランテちゃんを抱えて、勢いよく飛び出した。
<>
「んっきいいいいいいいいいいい!!」
叫びながら、最高速度で主の後方へと回り込む。そこから魔法をいくつか起動させて、主に叩きつける。炎、氷、水、雷、色々な現象に、主の装甲貫通を付与してある。
対する主は、それを正面から受け止めた。
一瞬にして背面に振り向いたのだ。主は凄まじい巨体だ。それが、私達に負けない速度で拳を放つ。最小限の動きでそれを躱しつつ、主を見るが――
「だめだよ、効いてない!」
「むっきいいいいいいいいいいい!!」
今度は起こって叫びつつ、距離を取る。
通常の魔法が効かないのは当然かもしれない、しかし装甲貫通の属性が付与されている魔法すら効いていないのか、はたまたそれを耐えるだけの防御力を有するのか――
アルテミスシリンダーがこいつにぶっ放されて、いっさい傷がついていない光景を幻視した。いかにもありそうな絶望的事実である。
ただ、今回はそもそも威力を抑えている。装甲貫通に効果があるか、及び複数の属性をぶつけることで、何かしら違いがあるかを見たかっただけ。
懸念があるのだ。
「どうしようおねえちゃん、このまま主を傷つけて、シルクちゃん大丈夫かな!?」
「分かりませんが、どっちにしろ普通の攻撃じゃ通用しないから、まずこいつに通用する威力を見極めます!」
まさか無敵なんてことはないはずだ。
――この形態に至る直前、シルクさんは<開闢機>という名を口にした。
アイリスのメルクリウスや、私のケーくんの同型機なら、ケーくんで突破できないということはないはずだ。
「らあああ!」
大きく飛び上がり、主の上を取る。
主は素早いが、私のほうが最高速はもっと早い。ただ、巨体すぎるためにすぐに追いつかれてしまうが、巨体の下から上へ駆け上がるだけなら問題はない。
――見下ろして、主を観察する。主はオーソドックスな蟲型巨人といった感じ。初陣実習で戦ったあれと同タイプだ。そして、こういうタイプには当然ながら、あるものが備わっている。
そしてそれは、人間には存在しない。すなわち、
「――触覚!」
昆虫特有の器官。頭の上に垂れ下がった独特な角にも思えるそれを、私は刃を生み出したケーくんで切り払う。威力は全力。これが通用しないと、流石に私も通常の手段ではお手上げになってしまう。
しかし、その心配は無用だった。スパッと触覚が切り裂かれたのだ。
ただし、直後に再生したが。
「……防御力が高い上に再生力まで高い!」
反撃の拳を避けると、私は一気に距離を取る。追いかけてくるかもしれないが、それでも数秒の空白は作れる。そこで考えを纏めるのだ。
ここまでの展開から、スペックが知れる。相手は純粋なステータスで戦うタイプだ。とにかく早い、そして硬い。傷つけてもすぐ回復するし、高速で殴れば威力は言うまでもない。
小手先なんてものは存在しない、パワーオブパワーなストロングスタイル。
スタンダードな宿痾だった。
「再生するなら、傷つけても問題はなさそうですね」
「やりすぎちゃダメだよ!?」
「心配するのこっちなんですか?」
ともあれ、まだ試していないことがあるので、即座に反撃には打って出ない。というより、これこそが本命だ。何が、などと問われるまでもない。
「――再生機ケーリュケイオン!」
代償の奇跡!
本日二回目となるそれは、しかしこれこそは私の切り札と言ってもいいド本命。これを試さないで、そもそも対処したなんて口が裂けても言えない方法だ。
ランテちゃんを見る。祈るように、ケーくんを見ていた。
「|限界突破《コード:オーバードーズ》!」
直後、ケーくんからマナが溢れ――手応えがあった。
「……っ!」
主をマナが包む。私の起こした奇跡は、主からのシルクさんの解放。非常にシンプルかつ、間違えようのないソレに対し、手応えがあった。
――“拒絶”という手応えが。
マナが霧散する。弾け飛んだ、と言ってもいい。
「そんなっ!?」
「通用しないか……!」
開闢機を名乗るケーくんの同類が相手だ。可能性として考えなかったわけではない。というよりも、可能性としては高いと思っていた。
ケーくんとアイリスのメルクリウスが同時に効果を発揮すると、ケーくんの効果が優先される。であれば、開闢機――トリスメギストスとケーくんなら、トリスメギストスの方が効果を優先されるのではないか、と。
しかし、そうなると困ったことに成った。
安易な奇跡は使えない。こちらの攻撃は通用するものの即座に再生してしまう。そんな状況で、こいつを押し留めた後にシルクさんを救出する方法を考えないといけないのだ。
ただ、やらないわけにはいかない。
「おねえちゃん……っ!」
「わかってます。シルクさんはランテちゃんの友人で、そして私とも仲良くなってくれるかも知れない人を――」
……そして何より、
「――ああして、幸せになろうとする人を、私だって助けたい!」
“これから”シルクさんは幸せになるのだ。操手という人生に囚われた存在から、当たり前の少女へと。それを、邪魔するというのなら。
私は、それを救わないと行けない。
だって、気に入らないから。
「だから――」
――その時だった。
私が、二の句を告げるよりも早く。
<ふざけないでよ>
怒りに満ちた声が、“操手の声”が、辺りに響いた。
<――命滅機メルクリウス! |限界突破《コード:オーバーフロー》!>
――そして、主のどてっぱらに、風穴が空いた。
「――あなたは」
<――ふざけないでよ、ミリアちゃん>
驚くべき存在が、私の隣に立っていた。
――金髪の童女。
絵本から飛び出てきたかのような、女王蜂の如き苛烈なる覇者の少女。
<お姉ちゃんを救うのは私。アイリスなの。――私から、お姉ちゃんの幸せを奪わないでよ、ミリアちゃん>
――宿痾操手“アイリス”が、完全武装でそこにいた。




