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7 狂気のマッド変態変質者

「違うんだ、聞いてくれ」


 荒れた大地の上に正座させられて、足にはミリアがもちこんだ巨大バッグに押しつぶされつつ、縄で拘束された変態教師、ローゼ・グランテは弁明のために口を開く。


「おい、すげぇな……横から見るとバッグと変態の間に隙間があるぜ……」


「押しつぶされてる……」


 脇で、院出身の粗暴なクラスメイトたちがローゼとバッグのある関係について感嘆する中、ミリアを庇うようにクラスメイトたちが立ち、怯えるミリアを支えている。

 そして、かばんの正面にシェードが立って、魔女裁判の舞台は整った。


「弁明をどうぞ」


「純粋な科学的知見よ、やましい気持ちは一切ない! そもそも!」


「そもそも?」


「やましい気持ちがあったら隠れてやる!」


「はい、もっと重くしたほうがいいみたいですね」


「があああああああああああ!!!」


 明らかにヤバそうな声と、ミシミシというヤバそうな音、若干院出身の子たちが引いているが、構わずシェードたちは続ける。

 ローゼが言うには、こうだ。


「ミリアちゃんは天才なの、彼女は人には説明出来ない方法で魔導を起動させる。ときにはいともたやすく、二つも、三つも! 今だって私にこのクソでかいかばんを上手く乗せつつ、重くすることだってしているわ!」


「説明できないとはなんですか! できますよ! 三味線の糸が切れちゃったからユミの弦で代用するようなものです! シャミユミ!」


「ミリアちゃんは少し静かにしててねー」


「あむー」


 ミリアが持ち込んでいたお菓子を、クラスメイトが口に放り込む。

 それを聞いて、ククク……とローゼは更に笑みを浮かべる。


「いまのは……ふふふ、遠隔パルスの技術かな? 魔動機というのは、それを扱う戦姫にだけ解る信号みたいなものがあるんだけど、その信号を察知した状態で魔導機を起動させると遠隔でも魔導を使えるんだ」


「多分そうです! むむむん!」


 ピピピ、と何やらミリアは遠くへ信号を送っていた。


「こういう技術は、普通魔導に触れてこなかった人間にはピンとこないものだろう。今この場で、魔導機の信号を感じてみろ、というのは難しい話だろう?」


「えっと……」


 思わず、その場にいたミリアを除くクラスメイト全員が、魔導機を“出現”させて意識を傾ける。だが、成功したものは誰もいないようだった。

 ミリアは変わらずむんむん唸っている。


「とまぁこのように、ミリアちゃんは他人ができないことをさも当然のようにできてしまう才能がある。けどね、それはまだ“底”じゃない。そうよね、ミリアちゃん」


「ふえ?」


 むんむん唸るのをやめたミリアが、ローゼの言葉に反応する。

 それから少し考えている間に、ローゼは更に続けた。


「ミリアちゃんには、未だ途方も無い可能性が秘められている。その可能性は、いつか世界を救ってしまうほどのものかもしれない! そう、だから!」


「いやいや、私だってなんでもできるわけじゃないですよ」


 それを、顔を上げたミリアは否定する。もちろん誰も信じるものはいなかった。


「一度に三つも四つも同じことはできないですし、料理とかだって、皆に手伝ってもらいながらやります。昨日は楽しかったです!」


「そっかぁ」


 そういう話ではない、と誰もが思った。

 けれども誰も、指摘するものはいなかった。


「でもそうやって、できるようになることって楽しいでしょう? 私はね、私ができることを一つずつ増やしていけば、いずれ世界は救えると思ってる。ミリアちゃんもそうすれば、いつかこの世界の希望に成れると思うの」


「な、なるほど……」


「そのために、ミリアちゃんの身体検査は必要不可欠、身体のすみからすみまで把握して、貴方の可能性を探るの、これは世界のために必要なことで、貴方にとっても必要なことなの、だからお洋服を脱ぎ脱ぎしましょうね」


「はい!」


「なんでそうなるの!?」


 シェードは思わず叫んでいた。


「え、でもシェードちゃんたちのためって……」


「方便だよぉ!!」


 服に手をかけていたミリアを必死に押し留めながら、シェードたちはローゼに伸し掛かったバッグに、更に力を込めるべく、出現させた魔動機を起動させるのだった――



 <>



 こうして初陣実習は他のクラスとは比べ物にならないほどにぎやかに始まった。

 本来のこの実習は、戦場の空気を知るためのもので、厳かに、緊張感を持って臨むのが当然であり、これからも死地を行くからこそ、第一歩を踏みしめるためのものだ。

 それが――


「おい、取れたぞ」


「あ、じゃあそっちでシェードちゃんたちが洗って土を落としてるので、土を落としてない方に置いてください。それが終わったら、あっちの設営に行ってください。流石にそろそろ先生一人は不憫ですから」


「あいよ」


「シェードちゃん! これまだ、まだ生きてる!!」


「うわっ、貴重な山荘ミミズですよ、土に返しましょう。無害な生き物を見れると、遠足に来たって感じがしますね」


 ――ミリアの言う通り、完全に遠足と化していた。


 ミリアがバッグから取り出した機材は一瞬にして、キャンプ場を作り上げ、今はミリア主導のもと、夕飯の準備をしていた。

 院出身の、ミリアに対してあまり好意的ではない生徒たちも協力的なのは、昼食があまりにも美味しかったのと、キャンプの指揮をしているミリアの言っていることはそのほとんどが理解できるものなので、彼女たちもそこまで反発なく従っていた。


 というより、彼女たちはミリアが理解できることを言っているのを初めて聞いた。


「ミリアちゃーん! これ難しいわよぉ!! どうなってるの!?」


「豊富な知的探究心のもと、研究に研究を重ねてください! あ、皆さんは聞いてくれていいですからね!」


 遠く、ミリアが用意したテントを設営しているローゼ。他のメンバーは一応テントに関しては講義を受けているので、問題はない。

 ローゼは単純に研究以外ができない人間というだけだ。

 そして、そんな人間にミリアのような言動をすると、


「あはっ、あはは! それいいわね! うわぁ興奮してきた! この金属棒とかすごく立派!!」


 という風になる。

 即座に粗暴なクラスメイトたちに囲まれてボコられていた。


「ミリアちゃん、こっちは準備できたよー……何作ってるの?」


「カレーです。キャンプと言えば、カレー以外にありえません!!」


 カレー。

 シェードは本で読んだことがある。確か固形だったり粉末だったりのカレーの素を投入すると、美味しいカレーが作れるのだとか。

 しかし、今ミリアの目の前にあるのは――


「……全部草だよね?」


「はい、これから調合します」


「ちょうごう」


 ミリアの考えることはよくわからない、シェードは諦めて別のことに意識を向けた。


「むむむー」


「……大丈夫?」


 ミリアは遠足に来てから、時折こうして唸っている。なにかを悩んでいるのか、よくわからないが別につらそうというわけではない。

 難しそうな顔はしているが。


「あ、問題はないですよ、あったらお話しします!」


「そっか……ミリアちゃんは素直だね」


「はい、何でも聞いてください!」


「バストサイズ!!」


「てめぇは黙ってろクソ教師ィ!!」


 遠くから聞こえてきた声と、その直後に響く罵声。すぐ後に何かを殴打するような音が聞こえてきた。やりすぎは行けない、とシェードは思いつつも止めることはしない。

 なお、ミリアはとても暗い顔をした。


 流石に、ここでミリアが何を考えているのかは読めるシェードであり、そして自分は持つ側の人間であることから何も言わないべきだと、その場を離れるのだった。



 <>



「ごちそうさま!」


 ――結局、よくわからない草から調合したミリアのカレーは美味しかった。

 というか人類非生存地帯にある食材で美味しいモノを作れることに、ローゼは思わず感動を覚えた。

 この辺りの食材で、一番美味しいものと言えば木の根っこが挙げられるだろう、というくらいに、自然にある食材は不味い。


「魔導ってすごいね、私達でもこうやって美味しいものを作れるんだから」


「まぁ、普段だったら使える容量の関係上、こういう魔導は切り捨てざるを得ないんだけどね。この部隊だったら、一人くらいそういうの専門のポジションを用意してもいいかもしれないよ」


 シェードが自分の魔導機を見ながら、ぽつりと零す。

 この世界の魔導は魔導機にインストールされたものを、戦姫がオドを魔導機のマナ変換装置でマナに変換して使用する仕組みだ。魔導機に込められる魔導の容量は限られているので、大体は全ての容量を戦闘用にする。

 ミリアは、魔導機を使わずに全ての工程をこなしていたが。


 とはいえ――


「普段は使ってるけど、今回は使わなかったね」


「アタシたちの魔導をアテにしてるって思うことにしたほうが建設的だろ」


 既にテントの中に引っ込んで、寝息を立てているこの部隊の隊長に、シェードと院出身メンバーのまとめ役である少女は、互いに苦笑しながら思いを馳せる。


「……アツミはすごいね」


「あ?」


 ――そして、ポツリとシェードは零す。


「私、ミリアちゃんなら、何でもしてくれるって思ってる」


 そういえば――こうやって誰かに自分の本音を話すのは、初めてのことだ。

 シェードは少しだけ、アツミの顔色をうかがいながら、考える。自分にとって、ミリアとは一体何なのだろう。


「それで?」


「……だから、自分はミリアちゃんが頑張るのを、見てるだけでいいかなって、思っちゃう」


「…………」


「それだけ違うんだもん、ミリアちゃんは特別で、アタシたちは――」


「なぁ」


 ずいっと、少女――アツミは顔を近づけてシェードに問いかける。


「まだるっこしいんだよ、てめぇ一体何が言いてえんだ? ハッキリしろ」


「……ごめん」


 そう言って、シェードは沈黙する。仏頂面のアツミの顔が、更にへの字に歪むのを目の前にしながら必死にシェードは頭を巡らせ、言葉をひねり出す。


「私とミリアちゃんは“トモダチ”なんだって。ねぇアツミ、トモダチって何?」


「知るかよ、第一その質問は二回目だ、アタシは無駄な時間が嫌いだ、ここで話を切り上げたいなら素直にそういえ」


「…………ごめん」


 うつむくシェードに、ガリガリと頭をかきながら、アツミは大きく、とても大きくこれみよがしにため息を吐いた。シェードはびくっとして、そんなアツミから距離を取りながら、更にアツミは面倒くさそうな顔をする。

 けれども、アツミは視線を逸らさなかった。だからシェードもそらせなかった。


「いいか? てめぇが何に悩んでんだか知らねぇが、それはどっちの問題だ? てめぇか? ミリアか? そこをハッキリしねぇと、アタシはそもそも何も言えねぇんだよ」


「……私」


 ――怒らせてしまった。

 いつも、こうだ。

 あのときも、言わなければいいことを、言ってしまった。



『――貴方にはわからないとおもうわ、この気持ち』



 リフレイン。

 記憶がシェードの脳裏に襲いかかってくる。


 アツミは、はぁ、ともう一度大きく息を吐いて――


「――まずよぉ、アタシとてめぇも随分とちげぇだろ」


「……そう、だね」


「てめぇは第一、あいつに関わるって時点でアタシたちとはチゲぇ。その意味が解るか?」


「…………」


「それにミリアとてめぇが違って何だってんだよ。そもそも――それ、ミリアに言ったか?」


「…………いってない、よ」


 ふん、と鼻を鳴らしてシェードから顔を離したアツミは立ち上がり、背を向けた。


「じゃあ、それはミリアに話せよ。でなきゃアタシに話す意味はねぇ」


「でも……」


「知るか、てめぇの胸に聞いてみろ。てめぇの気持ちはなんですか、ってな」


 そう言って、アツミはテントへと入っていった。

 一人になった食事のテーブル、持ち込んだカンテラの明かりを最小限にして、シェードは周りを見渡す。もう、起きている人はいないだろうか。


「……私の、気持ち」


 ――ミリアと出会って、自分は彼女になんと思っただろう。

 答えは、とてもではないが出そうになかった。


「……一人になろう」


 相談できる相手がいないなら、自分で答えを探すしか無い。

 それにシェードは、アツミに拒絶されたことで、この場にいたくない、という気持ちも浮かんでいた。


「夜警に行ってきます」


 念の為、寝ているだろうけれどローゼにはそう伝え、シェードはこの場を離れるのだった。



 <>



 夜、一人外に出る行為は危険だが、シェードが言う通り、他のメンバーがゆっくりと休むためにも、夜警――火の番というのはどうしても必要になる。

 そのためシェードの行動は、特段おかしな行動ではなかった。


 万が一、宿痾に出くわしたら――


 その場合は、シェードだって自分を囮に宿痾の群れを野営地から離すだけの覚悟はある。激しい戦闘をしながらその場を離れれば、誰だって異常に気がつく。

 仲間を犠牲に他の皆は助かるのだ。


 だから、ここでシェードが宿痾の群れと出会っても、シェードに後悔はない。

 むしろ仲間を――ミリアを守れるのだから、本人としても幸運な結末だと言えるだろう。


 しかし――シェードが想定していなかった事態は、二つ。


 一つは、今ミリアたちがいる場所に迫りつつある宿痾の群れ、そこには戦姫がどうあっても勝利することの出来ない相手、主とも言える存在が混じっていること、


 そして――



「――シェードちゃん?」



 どういう絡繰りか、ミリアがシェードのことを、察知したこと。

 この、二つだった。

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