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63 シルク、人を知る。

「いやはや、初めて使う機会が生まれましたが、タイミングさえ噛み合えば便利ですね、転移魔法」


「びびびびび、びっくりしたよ!?」


「させるつもりでしたから!」


 こんにちわ、ミリアです!

 ああああポコポコしないでくださいランテちゃんーーーー、いやポコポコするのはいいんですが、一部が当たります! その距離感はだめですふにふにー!!


「ごめんなさいでしたー!」


 危うくランテちゃんにガチ恋しそうになる感じの距離感で色々なところが当たる感じのマーベラススペースが色即是空だったのですが、私が謝ると落ち着いてくれました。


 さて、今他に客はいないとはいえ、ここは店の中なので静かにしましょう。ちなみにさっきからシルクさんは言葉を発していませんが大丈夫ですか……?

 つんつん。


「……し、死んでる……」


「シルクちゃーん!?」


 びっくりしすぎて心臓が飛び出てしまった様子。ミリアびっくりびっくりミリア。慌ててランテちゃんと一緒に蘇生すると、案外簡単に生き返りました。

 ははぁん、この人私と同じタイプの存在。


「死ぬかと思ったわよ!!」


「ごめんなさい」


 まぁ死んでも肉体を失うだけなんですが、とは言わない程度の倫理観が私にもあった。


「そもそも、それどうやったのよ。転移魔導なんて聞いたこともないけど」


「そういえばそうだよ。転移ってすごい難しいんだよね?」


「よくぞ聞いてくださいました」


 むむん、と私は先生っぽくポーズを取った。おおー、とランテちゃんが乗ってくれる。けど、シルクはこれっぽっちもダメでした。押してダメなら引いてみろー。


「この理論はいうなればベーゴマの上にベーゴマを射出して乗せる曲芸のような……」


「絶対に解らせる気のない説明はやめなさいよ!」


「えへへ」


「褒めてない!!」


 よし。

 シルクは打てば響くと言った感じで、しかもアツミちゃんほど辛辣じゃない程よいツッコミをしてくれます。とりあえず人の正気を疑うのはどうかと思うんですよ。


 さて、からかい上手のミリアちゃんはこのくらいにして、ミリアは真面目な話をするのだ。


「魔法ってのは言ってしまえば積み木のようなものなので、複雑な造形物を作ろうとすると、作る難易度も積み上げる難易度も変わります」


「うん」


「ですが、単純な造形物なら作る難易度だけを上げればいいんです。つまり極端に条件を絞ると、その条件内であれば魔法は万能の手段になります」


 宿痾の主の装甲を突破する魔法がいい例なのだけど、あの魔法は本当に主の装甲を突破するためだけに創られていて、それ以外の効果は有さない。

 正確に言うと、そのまま主に風穴を開ける威力も持ち合わせているけれど、これは別の魔法だ。ハンバーガーみたいに複数の魔法がサンドイッチされている感じ。


 今回の場合もそれの応用。


「私はこの転移魔法を、“円環理論が使える相手”が“何かしらを開こうとしている”瞬間にだけ使える魔法として作りました!」


「限定的すぎるじゃない!?」


「まず相手が何かを開こうとしてるってわからないとダメだよね……?」


 とはいえ、今回はきちんと宛があったのだ。具体的に言うと、ランテちゃんが本を見に行くと言っていたので、いつか本屋に言って本を入手するということがわかっていた。

 後はもはや鬼電のごとく魔法を連打しまくればそのうち使える。完璧な理論である。


「絶対ろくでもない方法でやってるじゃない!」


 ぺしぃ、シルクのツッコミはやさしみを感じました……


「まぁまぁ。それより案内したいところがあるんですよ。シルク、貴方もせっかくだから見ていきませんか?」


「私も……? どこに連れて行こうっていうのよ!」


 話を切り替える。

 転移魔法の話をしている暇はないのだ。私はそもそも、彼女たちをあそこに誘うためにここへ来たのだから。ニヤッと笑って私はその名を告げる。


「それはもちろん――」


「……なんか聞きたくなくなってきたわ」


「戦姫たちの模擬試合をやってるスタジアムですよ!」


「私を嬲り者にするつもり!?」


「流石に穿ち過ぎです!!」


 今はそういう話をするつもりはないんだってば、と説得する。

 なんというかこの人、被害妄想がすごいというか、何か起こると常に自分が悪いと思っているみたいな思考をする時がある。

 ううむ、環境とはこうも人を歪めてしまうものなのか……


 まぁ、その辺りランテちゃんはケアが巧いので、大丈夫でしょう!


 と、私達はスタジアムへ向かうのでした――



 <>



 一応アツミちゃんたちにも連絡しようかと思いったけど、ランテちゃんが怒っていたので今回は一旦距離を置くことに、シルクがアツミの名を出す度にびくってするのも悪いところはあります。

 さて、今回模擬試合を行うアスミル隊には先に連絡してあるので、一度顔を見せて、それから観戦です。


 アスミル隊にはなんか三人まとめて可愛がられました。

 というかあの隊は一部の戦闘力が著しく貧しい人たちが多いので、ランテちゃんの弩級戦艦がそれはもう崇め奉られていました。ああー、ありがたやありがたや……まぁ、数年崇めてますが一行に恩恵はないので、ランテちゃんはひどい乳神さまなんですが!


「うう、なんか居づらかったわ」


 対して、どうにもげっそりしているのがシルクです。人に慣れていない上に、可愛がられることにも慣れていない。きっとずっと裏を勘ぐってしまっていたのだろうから、そりゃ疲れるだろう。


「でも、少しずつ慣れて行かなきゃだよ?」


「そうですよ、アイリスの元を離れた以上、貴方も人の中で生きていかなきゃいけないでしょう?」


 とはいえ、それを慮ってもいられない。この世界は民度はいいけれど、働かざる者食うべからずという原則が大前提だ。


「人の中で……」


「そうそう、シルクちゃんは自由に生きていいんだと思うよ? 言われなきゃ宿痾操手だってわからないし」


「……でも、それを気にしないのなんて、貴方くらいでしょランテ」


 私も気にしないのだけど、多分私はそもそもそういう土俵の勘定に入っていないので何も言わない。ミリアはスルーができる賢い女。


「んー、でもそれは当たり前のことじゃない?」


「当たり前……まぁ、そうだけど」


「だったらなおのこと、当たり前から逃げちゃダメだよ。当たり前から逃げると、周りから人がいなくなっちゃうよ?」


 今、この世界の人類は悪意というものが極端に少ない。人類は滅亡の瀬戸際にあり、ランテちゃんの言うことは一つの真理だ。つまり、義務に正面からぶつかれば、それを認めてくれる人の割合は相対的に多いということ。

 感情的に否定する人は当然いるだろうけど、それを飲み込んだ上で、真摯なシルクを認めてくれる人だっているはずなのだ。


 少なくとも、シルクは誰も殺していないのだから。


「私はそれを応援するよ! シルクちゃんと友達になれてよかったって、思ってるもん!」


「……変な子ね、アンタ」


「変なおねえちゃんを見て育ちましたから」


「いきなりこっちに飛んできましたね!?」


 変とはなんだとぷんすこしつつ、現在私達は観客席に座っている。ゲスト席もあって、そこからなら大迫力の模擬試合を観戦できるのだけど、今回はシルクの人慣れの意味もあって、ここに座った。

 あと、個人的にはやっぱりこういうのは一体感を楽しむのがいいと思う。


「……私は、おねえちゃん失格だけどね。結局、アイリスから逃げてきちゃった」


「いや、だとしてもアイリスは人類の敵です、人類の中にいるのだったら、結局逃げられませんよ」


「真面目に返さないでよ!」


 いいながらシルクは頭を抱えた。それだけアイリスが怖いのだろう。でも、それにしてはアイリスの姉ということに関しては自負を抱いているようにも思えるけれど。


 まぁ、シルクの感情はよくわからない。人と違うということは、それだけ理解が難しいということ。私も覚えがあります。……あれ? 私人扱いされていない?


「って、そろそろ始まるよ、おねえちゃん、シルクちゃん!」


「あ、はいはいー」


 見ればアスミル隊の皆さんが入場してきていた。こっちに気がついたのか手を振ってくれている。歓声が上がるけど、あれ私達にやってくれてるんですよむふふん。

 と、なんか厄介な感じのお客さん面をしつつ、試合の開始を見守ります。


 ドキドキ。

 この緊張感がたまりません。


「……な、何かしら、試合が始まってすらいないのに、何か呑まれかけている自分がいるわ」


「わ、私もだよ……」


「ふたりとも、これが熱狂というやつですよ、身を委ねるのです。うおー! いけー! アスミル隊の皆さんー!」


 私が音頭を取ると、ランテちゃんたちも勢いよく手を上げて叫びはじめました。

 うおーうおーうおー! と、叫んでいるうちに試合開始です。


 試合は終始一進一退という形で進みますが、やがて少しずつアスミル隊有利に変わっていきます。


「うわっ、そこよ! 負けるな! いけー!!」


「あ、危ない! ……せ、セーフ!」


 楽しんでいるシルクとランテちゃんを横目に、私は考えます。

 ――この光景は、どうしてか私には眩しいものに見えてならないのです。


 時折、この感覚は色々な人に覚えます。優しく接してくれるお母さま、私の親友でいてくれるシェードちゃんにアツミちゃん。一人も欠けていないミリア隊。なんかスカートを覗こうとしてくるカンナ先生とローゼ先生。

 そんな光景を目にする度に、私はどうしてか、嬉しさと感慨深さ、それからすこしの悲しさを覚えずにはいられないのです。


 原因は、きっと前世の記憶というやつなのでしょう。この世界に生まれ落ちてはや十数年。そもそも持っていた記憶が歯抜けだったせいで、今の自分は前世の自分とは違うものだという認識が強くなっています。

 そもそも前世とは性別からして違いますからね、今の自分とイコールでは結びにくいところは多いのでした。

 そんな中で、時折かすめる、デジャヴュのようなこの記憶。

 私はこの世界のことを、きっとほとんど覚えていないんだと思います。でもそれは、ただ思い出すことができないというだけで、ココロの中にはこびりついているんじゃないでしょうか。


 宿痾操手の“弟”が私の記憶を読み取って、私が最後に自分を犠牲にして世界を救うと読み取ったように。私の中にはそんな記憶があって、けれども私は掘り起こせないでいる。

 ――アツミちゃんに頼んでも、きっと難しいのではないでしょうか。二人の人間の記憶が混ざりあった私の世界は、それはもう混沌に満ちているはずだから。


 しかし、そんな記憶の中で、どうしても一つだけ。


 今、この光景だけは、どうしても私の心を掴んで離さないもので。

 それはきっと、もしもの話。この世界はどうしようもないほど残酷で、あっというまに多くの命を軽々しく刈り取ってしまう。

 それでも、命が軽いということは、救うという行為も決して軽いとは言わないけれど、不可能とは言えなくて。


 でも、これだけは。


 ランテちゃんとシルクが隣り合って笑い合う。


 この光景だけは――どうしても、不可能に彩られていると思えてならないのです。


 ああ、なぜでしょう――



 ――この光景が、ずっと続けばいいと願うだけなのに。どうして、世界は、私は、それを叶うことのない願いだと、思ってしまうのでしょうか。



 そう、思わずにはいられないのでした。

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