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62 ランテとシルクの珍道中

「もう、アツミおねえちゃんなんて知らない!」


「あ、あそこには悪魔がいたわ……」


 シルクの手を離さないように握り、ぷんすこしながら街を征くランテと、それに連れられて進むシルク。二人は喧騒の中を、かき分けるように進んでいく。

 二人の少女の間に会話はない。お互いに、何を口にするべきか、踏み込むべきか否か、いろいろなものを決めあぐねている。


 そもそも、自分たちはどこへ向かっているのだろう。中央都市に初めてやってきたランテとシルク。そもそもシルクに至っては人の住む集落にやってくることすら初めての箱入り娘だ。

 間違いなく迷っているが、最悪街のハズレから空を飛んでしまえばいい、とランテはどこ吹く風で考えている。シルクはそもそも、誰かと合流する必要はないのだから、迷っているなら迷っているで構わない。


 それで、少し前に行き倒れていたシルクのことを、彼女はとっくの昔に忘れていたが。


「……ねぇ」


 先にしびれを切らしたのは、シルクだった。無言に我慢ができなくなったというよりも、無言であることの焦りから口を開いたようで、その顔には不安が滲んでいる。

 とはいえ、それは彼女がランテの後ろにいるからだろう。


 正面から向き合えば――もしくは、


「……」


「ねぇってば!」


「うひゃ! あ、ご、ごめん。何?」


 ――振り向かれたらどうか。

 ランテは何やら考え事をしていたようで、一度声をかけただけでは反応がなかった。そこにもう一度呼びかけると驚いて反応を見せたわけだが。


「あ、いや、えっと……」


 改めて視線を向けられると、シルクは言葉に詰まる。

 それが、シルクの弱さなのだということに、嫌気を感じつつ。

 ――人付き合いは苦手に決まっている。シルクはそもそも人との交流がなく、あったとしても、暴力や恫喝が飛んでくるような環境で、味方と言えるのも、恐ろしい超越者で、自分に対してどんな感情を抱いているかもわからない異常者。


 だから、シルクはそこから何も言えなくなってしまった。

 人混みが波を作る中で、ランテとシルクだけが立ち止まる。そのことも、シルクを攻め立てているようで、彼女は思わず見を竦ませた。


「……ごめんなさい」


 口をついて出たのは、謝罪の言葉。

 いつもそうだ。何か言葉に詰まったら、すぐに謝罪が口をつく。それが逆に、兄弟を怒らせてしまうとわかっていながら。

 シルクは、弱かったのだ。


「なんで謝るの?」


 ああ、シルクが謝ると、兄弟はいつもなぜ謝るのかと詰め寄ってくる。今回も同じだ。自分のようなダメな存在が、声を掛ける方が間違いだったのだ。

 ――耐えるべきだった。

 あのなんとも言えない無言の時間が、今となってはシルクにとっては救いだ。


 ――その、はずだった。


 ランテが続けて、言葉を紡ぐその時までは。



「大丈夫だよ、緊張してても。私はシルクおねえちゃんの味方なんだから」



 そうやって、シルクに笑顔を向けるその時までは。

 ――呆ける。

 そんな言葉、かけられたこともなかった。兄弟がいなくなり、アイリスと二人きりになることへ耐えきれず逃げ出したシルクは、逃げ出した先で行き倒れ、変な生物にドラムの前に座らされる。そして、大歓声で泣きそうになりながらドラムを叩いた。

 結果、変な怪生物の仲間に捕獲され、拷問されそうになったのだからたまらない。


 恐怖体験の後に待っていたのは、見かけで言えば自分より二つか三つほど幼い少女の、無邪気な笑顔だった。こんな笑顔、自分に向けられたことはない。


「え、う……」


 ――そして、そんな笑顔を向けられてもなにも言えない自分にほとほと嫌気がさす。どうして自分はこうなのか。この少女のようにまっすぐ前を向くことができないのか。

 もしも自分が、彼女と親交を持てれば、自分を変えることができるだろうか。


「だいじょぶ、だいじょぶ! 私達もう友達だよ? 遠慮なんてイラないって!」


「あ――」


 ――ああ、ずるい。

 この子はシルクの心を掴む方法を知っている。意識せずともシルクが惹き込まれてしまうような魅力を持っている。


 ずるい、ずるい、羨ましい。

 でも、そんな彼女がシルクには愛おしく思えて仕方がない。


「……私でも、いいの?」


「なんで?」


「だって、操手よ? 貴方の敵よ?」


「それはアイリスちゃんたちでしょ? 貴方は違うよ!」


 握った手はそのままに、二人は互いに見つめ合う。

 シルクは、何度も視線をそらしてしまいそうになった。でも、耐えた。耐えることが、今の彼女にできる、最後にして最大の努力なんだから。


「それに、貴方の故郷を襲おうとしたわ。下手したら、貴方の大切な人を……」


「でも、死んでない。確かに死んじゃったら、きっと私は貴方を許せないけど、そうはならなかったんだから」


「……!」


 今日は、シルクの人生で初めておきたことばかりだ。

 あの謎の珍怪生物に襲撃されたこともそうだ。人に直接詰め寄られたこともそうだ。そして、友人ができて、そしてーー


 ――そして、許された。


 ごめんなさい、ごめんなさい、と。謝ることしかできなかったシルクの人生で、初めてそれが赦された。謝ることが救いになることなんて無い。

 許しこそが救いなのだと、この時初めて理解した。


 理解すれば、はやかった。


「じゃ、じゃあ……その代わりといっては何だけど」


 許しのためには、行動が必要だ。

 例えばこの場合――すでにランテはシルクを許すと言ったけれど、それはそれとして――代替が必要なのだ。


 悲しませたら、悲しませた以上の喜びを、怒らせたなら、怒らせた以上の楽しみを。

 それがなされて初めて、許しは救いに昇華する。


 そのために、


「――私と、一緒に遊んでくれないかしら」


 口をついてでたその言葉は、ランテの顔を満面の笑みで輝かせた。



 <>



 それから、二人はいろいろなところを巡った。

 シルクの服は、戦姫の軍服を模したもの。流石に遊ぶには適さないと、おとなしい色合いのワンピースにカーディガンという装いに変えて、街へと繰り出した。


 すでに昼食は終えているが、甘いものは別腹というように、デザートには手を付けていない。だから、美味しいジェラードを二人は買って、互いに味を交換したりしながら、舌鼓をうった。

 穏やかな時間、長い長いシルクの生で、ここまで周囲を気にしない時間があっただろうか。


 わからない。

 しかし少なくとも、間違いなく今日は楽しい一日だった。


 そして、二人は本屋へと来ていた。

 本屋と言っても、基本的に今の人類に通貨はない、なので本は必要なものを持ってって、いらなければ帰すという、どちらかというと図書館のような場所になっていた。

 今日、ランテがそこへやってきたのは、読んだことのない本を調達するためだ。


「――とうもろこしっていう野菜を栽培してるんだけどね?」


「うん、それで?」


「いやぁ、なかなか上手く行かなくって。ミリアお姉ちゃんがやるとなんかとうもろこしが動き出しそうで」


「あいつ何なのよ」


 軽口をたたきつつ、二人は目当ての本を探す。本は分類こそされているものの、表紙、背表紙等々には題名しか書かれていない。

 基本的に本というのは文化を残すためのものとして今は運用されているのだから当然だ。たとえばそれが創作物なら読書を趣味にする者が手に取ることもあるが、ランテが求めるような、いわゆる“資料”という奴は、誰にも興味が持たれないために、本当に簡素なタイトルしかつけられていない。


「んー、お手上げ!」


 ランテは自然を管理する知識がある。だが、その知識は本人の努力によって磨かれたもので、誰かから教わったものではない。もっと言えば、頭の中にもととなるイメージがあるわけではないのだ。

 ミリアという先達はいるものの、彼女の頭の中はアツミすらためらう劇物。

 それをランテがどうにかできるとは、とてもではないが思えなかった。


「ん、これじゃない?」


「えっ!?」


 そこで、ふとシルクが本を手にとって、ペラペラと中身をめくる。そして、おおよその内容を確認するとランテに手渡してきた。


「うん、これよ。とうもろこしの栽培について、色々と書かれてる」


「ほんと!? どうやって見つけたの!?」


「え? いや、そもそも――」


 シルクは、何気ないようで言う。


「――私って、この世界が滅びる前から生きてるのよ? まだ文明があった頃の記憶もあるし、だいたいタイトルでイメージがつくわ」


「……すごいっ!」


「…………え?」


 思ってもないことを言われたと、シルクは目を丸くする。

 本当にびっくりしたと、何度か目を瞬かせ、ランテはそんなシルクの手を握り、


「シルクちゃん! すごいことだよそれは!」


「そ、そう……? いや、そもそも、まずもって文明を奪ったのは……」


 と、いいかけてやめる。

 ランテは区別しているのだ、世界を滅ぼす大敵宿痾と、シルクという一人の少女を。だったらそれを自分が否定するのは失礼ではないか?

 そう感じたのだ。


 そして、そう実感すると。


「……あは」


 なんだか、おかしくなって笑ってしまう。

 どうしたのかとクビを傾げるランテに、シルクは少しだけ溢れてくる涙を拭う。


 だって、仕方がないのだ。



「私、誰かにすごいって言われるの、初めてよ」



 こんな気持ち、初めてだ。

 これがどんなものかは知っている。嬉しいという気持ち、嬉しいから頑張れるのだという気持ち。シルクはきっと浮かれている。ランテに手を引かれて、ここまでやってきた。

 そしてランテに認められたのだ。


 そのことが、どうしようもなく好ましい。


 ランテもそれを感じ取ったのか、優しく慈しむように、シルクへ呼びかける。


「嬉しいを重ねるって、とっても大事なことだと私は思うよ。嬉しいと悲しいだと、悲しい気持ちになっちゃった人が、嬉しい人を嫌いになっちゃう」


「……」


「同じ感情を重ね合わせるから、人って分かり合うことができるんだ。私は、色んな人に、嬉しいと楽しいを重ねてもらいたい」


 ――かつて、花畑を作りたいと願った少女がいる。

 少女の願いの本質は、すべての人々の幸せ。


 幸せは、嬉しい気持ち、楽しい気持ちから湧いてくるのだと、ランテは知っている。


「好きって気持ちを一つにして、楽しいと嬉しいを作るんだ。そうすると、好きと好きはもっともっと大きくなっていくの」


「……そう、かもね」


「だから私――」


 笑み。

 幸福、ランテはそれを周囲に振りまいた。

 そしてそれは――



「――貴方の好きが好きだよ。シルクおねえちゃん」



 ――やがて、ランテとシルクを繋ぐのだ。


「……私も、好きになりたいわ。ランテ」


 おそるおそる、口にしたシルクの言葉に、ランテはとてもうれしそうに笑ってから、本へと視線を落とす。シルクが見つけてくれたもの。

 ――本屋でみつけたこれは、宝物と変わらない。


 その宝物を愛おしそうになでてから、ランテはページを開く――――


















「やっとみつけましたよ!」



 その時運悪く、その場に転移かなにかで飛んできた、ミリアの顔が重なって、本からミリアが飛び出してきたように見えた。

 ――本屋に、少女たちの悲鳴が響き渡った。

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