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59 ミリア、再会を誓う。

 ――確かにアイリスは倒さなければいけない敵だけど、アイリスを倒せばすべてが終わるのだろうか。

 少なくとも、アイリスの他にもうひとり宿痾操手がいる。宿痾だって全てが消えるわけではない。アイリスはそもそも宿痾操手が人から改造されたと言っていた。

 じゃあ、アイリスを改造した存在がいるのではないか?


 だとしたら、ここでアイリスを倒すことは正解なのか?

 アイリスは何かを隠しているが、その何かを言葉や作戦で引き出せないか? もしもアイリスより更に恐ろしい存在がいたとして、ソレに対してアイリスは何か利用できるのではないか?


 何より、アイリスの意志を、私は本当に理解していると言えるのか?


 思うのだ。もしもアイリスが、本当にアイリスの姉だけのために世界を独占しようとする場合、アイリス以外の宿痾と、それを作り出す黒幕は邪魔になるのではないか。

 今回、アイリスは私を正面から戦わせるよう仕向けることで、対等の戦いに持ち込んだ。

 あの言葉は、全て私を挑発するためのでまかせだったかもしれないのだ。でも、それは違うと思う。いくらなんでも、でまかせで主義主張を振りかざせばどこかでボロが出る。

 私だって、正面からの対決に乗ったりはしないだろう。


 アイリスは狡猾だ。でも、狡猾であるために全力なんだ。決して気まぐれではなく、さりとて愚かでもなく、まっすぐにこちらを打倒するためにあらゆる手段を使ってきた。

 だからアイリスは強いんだ。それなのに、その強さに嘘が混じってしまったアイリスに、私はまけないと思う。


 もっと端的に言うと、今回こうして対決し、お互いに信条と手の内をぶつけ合ったわけだけど、私はまだアイリスが底を見せていないと思う。

 嫌な予感がするのだ、ここでアイリスを消滅させてはいけない。そんな予感が。


 だから私は、その予感に従うことにした。


 ――私がケーくんを使えた理由。

 単純だ、アイリスのケーくん機能停止には、射程が存在する。もしもどこからでも機能を停止できるなら、最初からそうしてしまえばいいのだ。なのにそれをしないということは、限界があるということで。

 だったら、ケーくんを誰かにその射程から持ち出して貰えばいいんだ。


 今回は、ランテちゃんが持ち出した。


 あの時実はランテちゃんは最初から戦場にいなかった。アツミちゃんとシェードちゃんが光の玉にのって接近してきた時点で、すでに私からケーくんを受け取って戦場を離れていた。

 目くらましと爆発は、そもそもランテちゃんの存在を隠蔽するため。私の攻撃を通すことなんておまけに過ぎない。


 そしてケーくんを遠くに運んで、私は遠隔パルスの技術を使った。遠くに杖があっても、それを起動できる技術。杖を遠くに持っていって、遠くから魔法を使うなんてこともできる。

 こうして、私は完全にアイリスの意識の外からケーリュケイオンを使うことができた。


 だからアイリス――これで、この戦いはおしまいだ。



 <>



「――っ!! こ、れ!」


 変化は、即座に訪れた。

 アイリスの姿が、薄れて消えていく。


「やってくれたね、ミリアちゃん……!」


「すいませんねアイリス、貴方には、貴方のいる場所に帰ってもらいますよ!」


 私のケーリュケイオンが間に合って、アイリスが改変を行使する前に、アイリスをこの場から吹き飛ばすことができた。アイリスは苦々しげに顔を歪めながら、私に叫ぶ。


「後悔するよ、ここで私を消さなかったこと!」


「消そうとしても、何かしら手は打っているかもしれませんし……それに、私は消した方が後悔すると思いました。ましてや――」


「……ましてや?」


 アイリスの身体は殆ど消えている。これ以上の会話は難しいだろう。だから私は端的に、


「――私達はまだ、本音をぶつけ合ったわけではありません。アイリス、貴方の本音を私は聞きたい」


「…………ばっかじゃないの?」


 そうして最後に、


「それこそ、後悔するよ。私はアイリスだ、それはなにも変わらない。だから――」


「いえ、それはわかってます。ですから――」


 お互いに、正面から視線をぶつけ合って、



「次は、勝ちます」


「今度は、負けないよ」



 そう言葉にしあって、それからアイリスは消失した。


「――終わった?」


「ええ、終わりましたよ」


「……アタシら、あいつを撃退したんだよな?」


「はい。代償の奇跡を、アイリスを本拠地へ帰すために使いました」


 三人で視線を合わせて、大きく息を吐く。しばらく、そこから会話はなかった。これまでの敵で、アイリスは一番強かった。それは、間違いない。


「……お、読心が復活した。っておい、復活した途端にやかましくなるんじゃねぇ!」


 にゃーにゃー!


「あはは、それだけ嬉しいってことだよ。なんとか勝てた……? 勝てた、でいいんだよね?」


「一応こっちが引き分けに持ち込んだので、実質勝ちってことにしておきましょう」


 アイリスはまだ倒していない。生きているし、また襲ってくるだろう。それでも次はきちんと勝つと決めたから。何より、アイリスのことを、知らなくてはいけないと思えたから。


「よし……それじゃあ皆さん。ランテちゃんを迎えに行くとしましょう!」


「だな」


「うん!」


 そうして、三人は意気揚々とランテちゃんの元へ向かった。遠隔パルスをむーんむん、ケーくんを追いかければ自然とランテちゃんのもとへたどり着きます。


 ――この時、私達は想像するべきだったのです。

 一人で逃げたランテちゃん。ケーリュケイオンが起動し、ランテちゃんは戦闘の終了を悟ったと思います。そうした時、油断は生まれる。

 その油断は、何を引き起こすのか。


 ランテちゃんを一人で逃してしまったその意味を、私達はよく考えるべきだった。


 それは、すなわち――



「みんな待ってたよ!」



 ランテちゃんは水着から着替えてました。



「裏切り者!」


 ぺちぃ、とランテちゃんのそれはもうすごい存在感のあるそれをはたきます。


「んひぃ!? なんで!?」


 困惑するランテちゃん。混乱している私達。


「ランテちゃんだけずるくないですか!?」


「私達水着で戦い抜いたんだよ!?」


「おうこらぁ!」


「ひぃ!?」


 ――こうして、八つ当たりが始まってしまった私達。

 その後三人纏めてお母さまに怒られることになるのですが、あとになって見れば楽しい思い出だったと、私達は回想することになるのでした。



 <>



 ふざけんな。

 そう思った。

 自分の本拠地、あの口うるさい兄弟がいなくなって、ようやく姉と二人きりになった愛の巣で、アイリスは下唇をかみながら苛立ちを紛らわせていた。


「何が私のことを知りたいだ。甘っちょろいんだよミリアちゃんは! あそこでさっぱり消したほうが絶対楽だったのに!」


 消えたいと思っていたわけではない。

 どころか、アイリスはミリアの言う通り、自分がケーリュケイオンによって消失されそうになった時に使える切り札があった。それを使っていれば、あの戦いはアイリスの勝ちだった。

 だから実質、アイリスは引き分けという形で負けたのだ。


 一人で戦ったがゆえに、間違いなく自分の責任で。


<……結局勝てなかった>


 はぁ、と大きくため息を付きながらアイリスは頭を押さえる。

 完敗、といっていいのではないだろうか。少しでも手札を引き出せればと思っていたが、ミリアはあの時とそう変わらなかったし、逆にこっちは完全に手札を晒してしまった。


<まぁでも、あの時のことも、もう終わったことだから、今更気にしてもしょうがないか>


 ぼやきながらアイリスはあるき出す。

 ぽつり、と。


<――変えたかったなぁ、未来>


 そんな言葉が、誰にともなく消えていって。

 ――直後。



<お姉ちゃんどこーーーーーっ!>



 そう叫びながら、本拠地にいるはずの姉を探し回ることになった。


 アイリスは狡猾だ。先程の戦闘でも、彼女の行動はそのほとんどが打算に満ちていた。唯一そうではなかったもの、それが姉への愛。

 アイリスの信条の根幹とも言える部分は、間違いなくアイリスの本音だった。でなければミリアを騙せ無いのだから当然だ。


 だから、負けて帰ったアイリスは“姉”に慰めてほしかった。

 なのに姉がどこにもいない。


 少しだけ、嫌な予感がした。

 見つからないなら、探せばいい。方法が一つある。

 聞き出せばいいのだ。

 誰に?


<……行くしか無いか>



 “お父様”のところへ――だ。



 正直あまり近寄りたくはない、宿痾の主、総大将は自分なのだ。自分こそがすべての黒幕であり、宿痾を操り頂点に君臨する王でなければならない。

 だが、そんな自分を生み出した存在がいる。


 端的に言うと、アイリスは反抗期だった。


 もちろん、アイリスが“父”を嫌う理由はそれだけではないが。


 ともかく、アイリスたち宿痾操手には父がいる。その役割は単純。宿痾の製造だ。父が宿痾を、そして宿痾の主を生み出し、それを操手が操作する。

 特に主の製造には父の許可がいって、おいそれと主を戦場に持ち出すことはできない。


 といっても、ここ最近は兄弟が人類に対してちょっかいをかけていたので、十かそこらが持ち出されていたわけだが。


<戻ったよ、お父様>


 そして、アイリスは父が“保管”されている部屋へとたどり着く。

 ここは兄弟は気にせず利用していたが、アイリスは近寄りたくないと思っていた場所だ。あれらは欠陥品故に気付いていないが、ここに眠る存在――つまり、父はアイリスですら厄介だと思う劇物である。


<いや、こう呼んだほうがいいかな>


 そういいながら、アイリスは手にしていたメルクリウスをくるくると弄ぶ。展開するとメルクリウスは蜂型の武装デバイスになるが、展開していないときの姿は“杖”だ。

 ケーリュケイオンと同型なのだから、当然といえば当然だが。


 そして、“それ”もまた、杖だった。


 そう、アイリス達の父とはすなわち――



開闢機(イグニッションズ)・トリスメギストス」



 再生機ケーリュケイオン。

 命滅機メルクリウス。

 そして第三の杖。トリスメギストス。


 それこそが、この世界に変革をもたらした原初の杖。

 宿痾の根源であり、魔導の根源。


<さ、教えてお父様。お姉ちゃんはどこ? まさか、いらないから捨てたなんて言わないよね?>


 ――この世界にはびこる、“宿痾”そのものと言えた。


<もしそうなら――>


 そうして、アイリスは杖へと手をのばす。この杖から“情報”を読み取るために――
























<……お姉ちゃんが外に遊びに行きたいっていうから許可した? え? 何いってんの?>


 そして、事態は動き出す。

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