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55 ミリア、ライバルと激突する。

 ――これまでのミリアの戦いに、格上や同格の相手は存在しなかった。

 しかしそれは、あくまでミリアが強かったからだ。相手の強さに関係なく、ミリアが強かったから格下しか存在しなかっただけのこと。

 ケーリュケイオンという切り札こそあるものの、ミリアの強さには、強いという以外の理由がない。


 絶対性が保証される強さではないのだ。


 であれば、アイリスはどうか。開幕、アイリスとミリアは同時に光の玉を打ち出し、ぶつけ合いながら距離を取る。結果としてそれは、ミリアの光の玉がアイリスの光の玉に打ち勝つという結果に終わった。

 もちろん、打ち勝つころには光の玉の射線にアイリスはいないのだが。


 初手は単純な力比べ、アイリスが意図して手を抜いているのでなければ、出力はミリアの方が上だ。そしてアイリスの顔にそれを意外と思う表情はない。

 意図して手加減したか、最初からこうなることがわかっていたか。どちらもありうる表情だった。


「さっすがお姉ちゃん、つよいつよい!」


「遊んでいるわけではないのですがね!」


 だが、あえてミリアはこの状況で、アイリスと自身の実力差は、明確に自分のほうが上だと判断した。理由はいくつかあるが、一番の理由はそもそもこの戦い、アイリスの側から仕掛けてきたことだからだ。

 つまりアイリスには何かしらの狙いがあり、それは実力を隠すような小細工ではなく、もっとわかりやすいものである、と判断したからだ。


 問題は――


「――そういえばミリアちゃんは、宿痾操手がそれぞれ固有の能力を持ってることは、当然把握してるよね」


 ――その手段がミリアには対処のしようがない場合、だ。


「……つまり、どういうことですか?」


「んふふ、こういうことだよ」


 アイリスは手をかざす。彼女の手から放たれるのは、攻撃手段――ではない。

 キィン、と甲高い耳障りな音。

 直後――



 ミリアはがくんと、身体から力が抜けていくのを感じた。



「なっ――」


「――私の能力は唯一つ。あまりにも限定的だけど、人類を殲滅するのに尤も有効な能力」


 直後、声は目の前からした。

 すかさずミリアは直感に従って右に飛ぶ。そして、



 ミリアのいた一帯は完全に消し飛んでいた。



 おそらくは、最大出力。左からの横薙ぎ一閃。少しでも避ける方向を間違えていれば死んでいた。このくらいなら魔導機を使ったミリアであればなんてことはないが。


「ケーリュケイオンの機能停止。人類が私に対抗する唯一の手段を無効化する。その能力と、このスペック。これほど対人類殲滅に向いている能力はないでしょう?」


 しかし、今のミリアは杖が使えない。先程の攻防でそれがミリアには理解できてしまった。


 杖が使えないミリアは、人類の最高峰。カンナと同程度の実力しか存在しない。

 ああつまり人類は、このくらいの実力で――アイリスという怪物と相対してきたのだ。


「もちろん、お姉ちゃんがこれに対抗できないとは思わない。けど、今すぐにはムリだよね?」


「……っ!」


 アイリスは、その上で油断をしない。

 見抜いている、ケーリュケイオンが使えないという状態でも、まだミリアにできることがあるということを。そしてそれに、多少の時間が必要だということも。


「だから、その対抗策が実る前に、死なないでよね? ああでも――」


 一閃により吹き飛んだ砂塵で、一瞬アイリスの姿は消えていた。

 どこからか飛び出してくることもミリアは考えていたが、アイリスは動いていない。動く必要がなかったから、ではない。動けなかったから、


 一瞬。足を止める必要があったから。


「私の一刺しは、それより前に全部のケリをつけちゃうかもしれないけどね」



 ――武装を身にまとったアイリスが、そこにいた。



 金髪の流れるような髪には、黒のメッシュが流星のように流れる。

 頭部に二つの黒いデバイスを装着し、両手には白銀の針を備える。足にも黒の機械的なブーツが装着され、そして腰のあたりに、金色と漆黒のブースターと呼ぶべきデバイスが浮遊していた。


 すなわち、それは――女王蜂。

 ここにはべる宿痾は、さながら女王を支える働き蜂か。


「んふふ、カワイイでしょ。肉体を失っちゃったお兄ちゃん達には使えない、私専用のデバイス」


 そしてふわりと浮き上がり、その力を開放する瞬間。アイリスの身体に碧色の光が放たれる。



「――命滅機(デストラクションズ)・メルクリウス」



 ――死。

 ふと、ミリアの脳裏にその一文字が浮かぶ。

 アイリスは、強い。これまで相対してきた誰よりも、明白なまでに。


 その上で、一切合切の慢心を捨てて、宿痾操手――アイリスは、ミリアへ向けて突貫した!



 <>



 突然の爆音に、ランテ達は慌ててその音の方へと向かって急いでいた。


「これ、川の流れた先から聞こえてるよね!?」


「うん……多分、おねえちゃんだ!」


 シェードの言葉をランテが肯定する。

 三人は空を飛んで、一気にその場所へと向かっている。しかし、それでも間に合うだろうか、数分で到着できるとしても、戦闘においてその数分はあまりにも長い。


「……だめだ! 読心が通用しない範囲がある。誰がそうしたかわかんねぇが、読心の存在を知ってなきゃピンポイントに対策はできねぇ……きっと、アイリスだ!」


「おねえちゃん……大丈夫かな」


 三人の不安は、実際あたっていた。ミリアは現在ケーリュケイオンの機能を奪われ、魔導機なしで戦っている。とはいえ――


「そもそも、だ。アタシたちがアイツのところまで行って、何ができる? この音、アイリスってのは相当だぞ」


「だとしても、だよ。私達はミリアちゃんの仲間なんだから、なにかできることを探すんだ。さっき、そう決めたでしょ?」


「……まぁ、そうだけどよ」


 アツミの弱音を、シェードは端的に切って捨てる。

 行ってお荷物になりましたは最悪だが、だからといってお荷物を嫌ってすべてをミリアに委ねたのでは、人類はミリアがいればそれでいいという結論にたどり着いてしまう。


 それは誰よりも、ミリアが一番望むところではない。


「できることはあると思う。おねえちゃんが頑張らないといけない相手ってことは、お姉ちゃんに“考える”余裕はないはずなんだ」


「……アイツは感覚派だからな、余裕がなくなれば思考を切って感覚に委ねるか。そうすると見落としが生まれるかもしれない」


「そうだよ、だから頑張ろう、アツミちゃん!」


 だから、三人が取りうるもっとも単純な方法は、ミリアのブレインとなることだ。ミリアに余裕がないのなら、自分たちがミリアの余裕となればいい。


「そういえば、アイリスって子はアツミちゃんから見て、どんな感じだった?」


「あぁ? わかるかそんなもん。通信で会話しただけって感じだぞ、こちとら。ミリアがわかる以上のことがアタシにわかるかよ」


 読心もできなかったしな、とぼやく。

 ともかく、現状では何も情報がない、ということだけが分かり、三人は速度を上げる。といっても、これ以上はほとんど気合で、違いなんてまったくわからないのだが。


 結果として、三人は爆音轟く戦場へとたどり着いた。

 ――つまるところ、間に合ったというわけだ。ミリアがアイリスに敗れるより早く。逆もまたありえないということだが、三人は知らないがケーリュケイオンの使えないミリアに、アイリスを討伐することは不可能だ。


 逆に。


 アイリスの攻め手から、どうやってミリアは身を守った?

 普通に逃げ回るだけでは何れ限界が来る。かと言って、今のミリアに取れる手段は少ない。答えは、とてもとても単純なものだった。


 三人がミリアの元へたどり着いた時、彼女は――



「――ああもう! ちょこまかと逃げないでよ!」


「ぴょい! ぴょいぴょい! ぴょいー!!」



 地面に無数の穴を開け、そこを駆け回ることで、アイリスにもぐらたたきを強要させていた。



 <>



 アイリスの攻撃手段は単純だ。針を使っての近接戦闘、ブースターである腰のデバイスを使用しての高速移動、そしてごくごく単純なマナを弾丸にしての砲撃。

 もう一つ、切り札といえるものが存在するが、それはそもそも弱者一人を追い詰めることには向いていない。

 なので、シンプルな破壊でミリアをすり潰そうとしたのだが、ミリアは地面へと潜った。


 足には令嬢ドリルを装備して、縦横無尽に地面と地上を駆け回っている。

 地面への逃走は非常に有効な手段だった。地面をまるごと吹き飛ばしても、そこにミリアがいる保証はない。自身も地面をくり抜いて追いかけたとしても、ミリアが少し彫り方を工夫するだけで、ミリアが進んだ痕跡は潰れてなくなってしまう。

 故に、アイリスは地面から飛び出してくるミリアを、狙い撃ちする以外に手段がなくなっていた。


 地面をまるごと吹き飛ばすのには一瞬でも予備動作があり、ミリアはこれを容易に察知する。

 だから、ミリアはここまで逃げ切ることができた。そしてランテ達三人がたどり着いた時――


「待ってました!」


 即座に三人とアイリスの間に割って入る。

 アイリスに三人を狙う余裕はなかった。ミリアが最初からわかっていたかのように間に入ったからだ。実際、このタイミングで三人がやってくることを、ミリアは信じていたのだろう。

 完全に息を合わせる形となったことで、状況は一気に動く。


 ミリアの状況を察したのはシェードだった。アイリスがミリアが盾として間に入ったことで、ランテ達ごとミリアを吹き飛ばそうとマナの弾丸を飛ばしたとしても。


「ミリアちゃん!」


 それより先に、シェードがあるものをミリアへと受け渡した。


「さんくーです!」


 ――杖だ。

 魔導機、ケーリュケイオンではない、シェードが普段使っている、一般的なもの。そしてそれ故に、アイリスの能力に引っかからない。


「――チッ」


 舌打ちをしながらも、アイリスは弾丸を放ち、


「甘い!」



 ――ミリアがそれを切り払った。



 ケーリュケイオンは魔導機としても最高峰の杖だ。故に、ミリアは限界突破なしでも、明確にケーリュケイオンのバフを受けて強くなっている。

 だが、もちろん通常の杖でもミリアは戦える。若干出力は落ちてしまうが――それでもアイリスと真っ向から打ち合うことは可能だ。


 今の切り払った手応えからして、出力はほぼ同等。つまり互角である。


「あくまで機能停止できるのはケーリュケイオンのみ。本当に限定的すぎる能力ですね、アイリス」


「ふふ、それでも普通なら十分なんだよ? ミリアちゃんが可笑しいだけじゃん」


「……そうだな」


「味方に同意された!?」


 アツミがポツリとうなずいたことで、ミリアがそちらへ視線を向ける。すぐに集中し直せとアツミが檄を飛ばし、その間にアイリスは動かなかったが。

 まぁ、下手に切り込めば反撃を食らうのだから当然である。


「ともかく、これで互角です。貴方の狙い通り、正面からやり合うとしようじゃないですか!」


「いいね、私を熱中させてよ、ミリアちゃん!」


 ――ここまで、おそらくアイリスの狙いはすべて的中した。杖を握る前に殲滅できるのが理想だろうが――そうでなくとも、きっとアイリスは構わないだろう。

 だから、


「――めちゃめちゃに穢してあげる、ミリアちゃん!」


「その口、一回閉じてもらいましょうか、アイリス!」


 両者は、構うことなく全力で、遠慮することなく全開で。


 互いのすべてを、ぶつけ合う!

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