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52 ミリアと、ランテ

「んふふ、びっくりしたぁ?」


「びっくりしたというか……そもそもなんなんですかあなた、急に」


 驚いたで話が終わらないことに驚いているといってもいい。

 突如として現れた宿痾操手の親玉。アイリスと名乗るその少女を、私はそもそも何も知らない。知っていたからといって今、何か行動を起こすと言うわけではないけれど、それにしたってこの登場は急なんて話じゃない。


 まさか長期休暇中に来るなんて。


「というか、そうして人の声で話していると、普通に人にしか見えませんね」


「まあ、そりゃそうだよ。人を素体にしてるんだもん」


「急に新情報をたたきこまないでください!」


 いや、それを知ったところでどうにもならないのが実情だけれど、敵の元が人間だからって、やることは変わらない。

 そもそも宿痾にだって意思はあるんだから。


 ともあれ、アイリスには会話の意図があるようだ。戦闘態勢は取らず、座り込んだコチラと視線を合わせてくる。


「それにしても……こうして直接顔を合わせるのは5年ぶりくらいになるのかなあ?」


「……5年?」


 私は、アイリスなんて知らない。あった覚えなんてこれっぽっちもない。だというのにアイリスは私を知っているという。

 つまり、向こうは一方的にこっちを知っているのだ。

 5年前、だいたいその頃に何があったか、私は少し考えてすぐに行き着いた。


「……ランテちゃんの故郷を襲った宿痾と、それを操ってた宿痾操手!」


「残念。ちょっと違うかな?」


 しかし返答は不正解。

 だが、ミリアの記憶に他に5年前宿痾と接触した覚えはない。まさか人類の中に溶け込んでいたのか、とも考える。

 ありえない話ではない。操手は肉体を乗り換える。つまり、今のアイリスはかつてのアイリスと異なる可能性がある。それならば納得がいく。

 が、視線を向けたアイリスは首を横に振った。


「あの時倒した宿痾操手、手応えがなかったでしょ。あれ、私が回収したんだよ」


「それは……いや、だからなんだっていうんですか。そもそもそれに何の意味が!?」


 当時、私は宿痾操手の存在をしらなかった。だから、主と同じように倒そうとしたし、実際に撃破した。けれど、だからといってそこに意味はないとも私は考えている。

 肉体の死がイコール存在の死ではない宿痾操手にとって、肉体がふっとばされることに何の意味があるのか、だから、気にしたこともなかったのだ。


「私達は人間を素体にしてるっていったでしょ? 肉体を変える必要があるのは、最初の素体を失ったらだよ。つまり、一回死ぬまでは肉体を変える必要ないの」


「どうしてまた、そんな」


「最初に素体にした身体以外は、腐るから」


 ……黙る。

 あのイケメンたちが、他人の肉体を乗っ取るのにはそういう理由があったのか。いや、理由があったというだけで別にそれを許せるとかそういうことはないけれど。

 少しだけ、あいつらが自分と同じ、思考して苦悩する存在であることをしって、脅威度が下がった、ってところか。


「まぁ――」


 ただ、


「――そんなことに陥る欠陥品に、そもそも命なんてイラないと思うけどね?」


 その分、目の前の少女。

 アイリスに対する異質感は、私の中で更に強くなっていた。



 <>



「おねえちゃんと、宿痾を追い返したときの話?」


 川に沿って、ランテ達はミリアを追いかけていた。すごい勢いで下っていくミリアの載った器(ミリア製)に、早々に追いつくことは諦め、どこかでミリアが引っかかっていることを祈ながら、先へ進んでいる。


 川は滝になっているところもあったり、道と呼べる場所がないのを強引に進んだりと、案外険しい。その最中、雑談という意味も兼ねてアツミとシェードが改めてランテに問いかけたのだ。


「うーん、話すことは全部話したと思うけどなぁ」


 一応、アツミたちは件の宿痾襲撃の件をランテとミリアから聞いている。おおよその詳細はわかったが、せっかくこうして、同じ状況なのだからと、話を聞こうとしているのだ。


「個人的な主観で、思ったことって何かある?」


「こないだ聞いた時は、あくまで具体的に何が起きたか、しか聞かなかったからな」


 そうやって聞かないと、ミリアの頭の可笑しい説明が混じってくるからだ。真面目な条件を指定すれば、基本的にミリアは真面目に答えてくれるので、気をつけないといけない。


「私の主観……おねえちゃんがかっこよかったってこととか……?」


「それは知ってる」


「かっこいいよねー」


 この場にミリアはいないので、アツミは素直だった。


「そういえば、ランテちゃんって宿痾が来るかどうか察知できるんだよね?」


「あー、うん。私の特異が原因だって、おねえちゃん言ってたよ」


 ――特異。

 制御できない特殊な魔導。しかし、ランテは院に入ったわけではないという。これまでも何度か聞いてきたが、はて、どういうことだろう。


「私の特異って、特定の状況じゃないと効果を発揮しないんだよ」


「なんだその特定って、普通よっぽど特定すぎる状況じゃないと、どこかで暴発するだろ」


 ――同じ特異持ちとして、アツミはよく知っている。

 そりゃあ特定状況下でしか効果を発揮しない特異は存在するけれど、日常生活を送っていて、そんな状況が訪れないことはない。

 だから、アツミはありえないと切って捨てるのだが――



「――宿痾の主に絶対に勝利できる特異。ただし使うと数年寿命持ってかれる」



「そりゃ発揮しねぇわ」


 即座に手のひらを返した。



 <>



 ――宿痾が襲撃してくる。中央都市から離れた場所にある集落では、決してありえないことではない。対策としては集落を一つに集める。戦姫を常駐させるなど、色々なことが考えられるが、ランテの集落はそのどちらもができていなかった。


 宿痾が襲撃した時の一番簡単な対処法は地下に逃げることだ。

 地中を嫌う宿痾に、地下の防空壕は有効で、規模が小さければ無事に隠れきることは容易である。


 しかし、今回の襲撃はそれではすまなかった。

 敵の数は群体級。百はいるのではないかという多種多様な宿痾が上空を覆い、太陽を隠した。


 それだけで、今回の襲撃から集落が逃げ切れるかは運に身を任せるほかにない。例えば一人でも地下に逃げ込むところを見られれば、そこを宿痾たちは集中的に攻撃するし、そうでなくとも地上波まるごと焼き尽くされる。

 中には煙が地下に入り込み、窒息して全滅なんてことも起こりうるのだ。


 そして、今回はそもそも天運に身を任せることすら許されなかった。


 ――宿痾たちの中央に、主。


 これはただの宿痾の襲撃ではない。宿痾災害(アポカリプス)だ。

 こうなれば、きちんとした指揮官の存在する宿痾たちによって、地下は根こそぎ破壊され、命なんてものは残らない。偶然でもなんでもよいから戦姫がこの場に通りすがって、本部に逃げ帰ってくれなければ、この場に生きたという痕跡すら、宿痾は遺すことを許さないのだ。


 だが、今回は更に事情が違った。

 この場にいるのは宿痾と、その主。そしてそれに今から狩り尽くされる人間。――だけではない。


 ミリア・ローナフが、後に人類の希望となる存在が、そこにいた。


「――っく、ぬおー!!」


 ミリアはすでに魔導を行使できるし、戦姫としては一線級以上の力を有している。ケーリュケイオンの再起動にも成功し、この時点でも、十分に世界の希望たりうる存在だった。

 しかし、これが初陣だった。


 力を研鑽する時間はあっても、それを敵にぶつける機会がなかった。理由は様々――ミリアが凝り性で、実力が完成してからでなければ力を試したがらなかった等――だが、ことここにいたって、ミリアはそれを後悔していた。

 もう少し、戦いに慣れておくべきだった。


 如何にミリアが天才といえど、初めての戦場で完璧に戦闘をコントロールできるわけがない。今は自分の身を守るのを第一にしながら、なんとか宿痾たちを撃破している最中だった。


「だ、やー!」


 杖を振り抜き、宿痾の一体を殲滅する。

 現在のところミリアは一撃もダメージを受けては居ない。すべて躱し、弾いて、そして防いでいる。たいして宿痾はミリアが魔導を直撃させれば落とすことができるが、躱されもするし、掠っただけでは倒すことができない。

 時間をかければ殲滅は可能だろう、しかし、時間をかければかけるほど、現状の余裕がないミリアにとって、それは不利になる。


 何より、宿痾たちがランテの集落を襲えば、そこでミリアの敗北が決まる。

 そして、ミリアは宿痾の主をこの時点では討伐したことがない。主は巨大な虫型怪人。はたして勝てるのか? そう思ってしまうほどの威容を有していた。


 戦闘は紙一重のまま続く。現状はミリアが有利といっていいだろう、攻撃を受けているわけでもなく、殲滅は遅々としてはいるが順調だ。

 だが、それがいつまで続くかもわからないし、ミリアもまた変化を待っていた。


「ミリアおねえちゃん!」


 その時を待つために、極限まで強化していたミリアの耳に、ランテの叫びが響く。成功した。そう思いながら即座にそちらへ足を向けるミリアに、宿痾の追撃が迫る。

 なんとかそれを回避しながらランテのもとにミリアは滑り込み、ランテを抱えるとまた飛び上がった。


「終わりましたか!」


「うん、みんな地下に逃げられたよ!」


 ランテに、ミリアは住人たちの避難を任せていた。

 ミリアのしたことは単純だ、宿痾の存在を知らせて、ランテ主導で住人たちを地下に避難させた。被害なくこれができるだけで、その後の生存率は大幅に違う。

 問題は住人たちが指示を聞いてくれるかというところだが、ローナフの名前と魔導機が、ミリアを戦姫として彼らに認識させた。

 結果としてスムーズに進んだ避難に、ミリアは安堵しつつも気を取り直す。


 ランテ一人を抱えても、戦闘に支障は特にない。抱えて戦うだけなら、別にこれまでと何も違いはないのだ。ただし、


「う、うううう! 気持ち悪いよおねえちゃん!!」


 ランテの三半規管は別とする。

 他人の高速移動というのはそれだけで酔う。こんな高速で動き回ったことはないだろうランテは、更に倍率ドン。彼女の胃が現状も中身を保っているだけ、幸運と言えるだろう。


「すいません、しばらく耐えてください!」


 ミリアに言えることはそれだけだった。

 とにかく宿痾を殲滅し、追い返さなくてはならない。


 そのために――


「あい、つを――」


 ミリアは、宿痾の主を目指していた。


「倒すまで……!」


 飛び上がり、宿痾の雲を抜けて、巨大宿痾――主の目の前に飛び出す。

 ――主に通常の魔導が通用しないことくらい、この当時のミリアだって知っている。そのための魔導についても色々と考えてきた。

 だが、それが通用するかはぶっつけ本番で、通用しなければ、この場は詰む。


 もちろん、ケーリュケイオンによる奇跡は存在するが、それは最後の手段だ。人は、奇跡だけに頼って生きていく必要はない。

 その上で、覚悟をミリアが決めたところで。


「――う」


 ふと、



「ああああああああああああああっ!!」



 ――ランテが、光を帯びて絶叫した。

 それこそが、特異の発動。生まれて一度としてランテが起動したことのない、寿命を削る特異が姿を表す、その瞬間だった。


 それは同時に――ランテという物語の主人公を、舞台の上に引きずりあげる、望まぬ奇跡の姿でもあった。

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