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51 ミリアと、ランテのむかしばなし

 幼い頃、こうやって川に溺れたことがある。

 その頃は、私もまだまだ未熟で、今のようにいろんなことができるわけではなく、その一つがお母さまを困らせてしまうことだったりもした。


 私のやっていることが、お母さまを困らせてしまう。というよりも、私に対してお母さまが意固地になって、困ったままになってしまっていることが問題だった。

 残念ながら、私は器用ではない。お母さまが私を立派に育てることへ責任を感じて、私を上手く褒められないことはわかっていた。かといって、私みたいな悪い子にお母さまを笑顔にできるような方法は上手く思いつかなくて。


 叱られるようなことをして、叱ってもらうことで、お母さまが少しでもその責任から逃れられれば、ということを考えていたと思う。

 アルミアお祖母様は、私ならば決定的に間違えることはないと言って、私達がうまくいくまで、もしくはどうしようもなく間違えてしまうまで、見守るつもりだったらしい。

 周りの人達は、お祖母様が声をかけない中で、私達個人の問題に割って入ることは不可能で、私達は長い間、お互いの間に壁を作ってしまっていた。


 そんな壁を打ち破ったのが、私が川に溺れた先で出会ったランテちゃんだったのだ。

 そもそも私が川に溺れたのは、お母さまとのことに悩んで、川で一人色々と考えていたときのこと。ふと足を滑らせて、そのままどんぶらこどんぶらこされた場所が、ランテちゃんの故郷だったというわけ。


 私を助けてくれたランテちゃんは、そのまま私を家まで案内してくれた。

 服がびしょ濡れで。下手をすると風邪を引いてしまうからだった。ランテちゃんは家族が居ない。孤児、というやつらしい。ただ、不思議なことに親がなくなったわけではなく、ある時故郷の集落に、彼女が眠る籠が置かれていたのだとか。


 今の時代、親のわからない孤児というのは非常に稀だ。そもそも人口が極端に少ないために、その総数を管理できないということがない。だから、調べれば必ずランテちゃんの親はわかるはずだったのだ。

 しかし、残念ながらそれは解らなかったという。わかったのは、ランテちゃんにはオドがあり、いつか彼女は戦姫になるのだという事実だけ。


 それから、集落の人々はランテちゃんを村の一員として育てたという。戦姫を虐げたとあれば、集落全体が糾弾される上、この時代に、誰かを見捨てて生きれるほど人類に余裕はない。

 加えてランテちゃんは成長してからよく働いた。自分が拾われた子だということをきちんと理解し、その恩を返すためにいろいろなことを手伝ったのだ。


 びしょ濡れになった私の手を引いて、自宅へ向かう間、多くの人に声をかけられるランテちゃんを、私はよく覚えている。


 そうして、服を乾かしながら、話をした。


「ローナフって、あのおっきい森にある屋敷の? すっごい、お嬢様だ!」


「お嬢様、って言われると何だか変な感じですけど、そうですよ。ミリア・ローナフ、それが私の名前です」


「よろしくね、ミリアおねえちゃん! ランテのことは、ランテでいいよ」


 はい、ランテさんとうなずいて、――今にして思えば、少し他人行儀だ――私はランテちゃんの入れてくれた紅茶を呑む。


「これ……魔導機栽培のものではない……?」


「あ、よくわかったね! えへへ、そうなんだ。私が育てた茶葉を使ってるの」


「自然栽培はムラがでますから、なんとなく分かりますよ」


 ――ランテちゃんは村で受け入れられていたけれど、そんなランテちゃんの趣味を、周りは理解してはいなかった。

 花の栽培。この場合は紅茶の茶葉だけど、それを自分で作って楽しむこと。

 割と趣味としては一般的だし、周りもそれを止めることはなかったのだけど、常々言っているランテの言葉には、なんというか猜疑的な反応がほとんどだったらしい。


「私が花畑を作りたいって言うとね、無茶だよって言われちゃうの」


「まぁ……普通に考えれば効率的じゃないですしね」


 自然を再生したい。それは、言ってしまえば宿痾を殲滅し、人類の生存圏と文化を取り戻したいということと同義だ。――無茶だ、と多くの人は思ってしまうくらい、一人の抱く夢としては荒唐無稽なものだった。

 誰だって、明日を諦めたわけではない。希望を捨てたいわけではない。


 だが、希望をいだいて明日を願えるほど、人類に余裕というものは存在しなかったのだ。


「……私が戦姫になって、世界を救えば、みんなは喜んでくれるかな?」


 それが、ランテちゃんの悩みだった。

 そして同時に、


「……私も」


 私もその時、悩んでいたのだ。


「誰もが認める戦姫になれば、お母さまは私を褒めてくれるのでしょうか」


「……お母さんと、喧嘩してるの?」


「そうですね、きっとこれは……喧嘩、なんだと思います」


 私はお母さまが嫌いではないし、お母さまだって本気で私を嫌っているわけではない。私の行動に頭を痛めているし、現実と理想の違いに悩んでもいるけれど、お母さまは私を好きでいてくれるはずだ。

 でなければ、私にあれだけ構おうとなんてしないだろうから。


 なのであれは、すっごく子供っぽい言葉ではあるけれど、喧嘩――でしかないのだろう。お祖母様が口を出さないのも、それが理由だ。


「……ごめんね。ちょっとだけ羨ましい、って思っちゃった」


「そういうのは普通なことですよ」


 ランテちゃんは、母を知らない。だから私の思いはランテちゃんにとっては機会すらないことなのだ。それを責めることはできないし、私もこれ以上あけっぴろげにすることではないな、と思った。


「そうだ。ランテさん、一つ提案があるんです」


 ――そして、ふと思いついた。

 ランテちゃんは自然を取り戻したいという。だったら、ちょうどいい場所があるではないか、私はその頃にはケーリュケイオンを再起動させてしまっていて、これ以上あの場所の再生には関われない状態だった。

 使用人の人たちは管理こそ頑張ってしてくれるけれど、再生までは本腰をいれる余裕がない。


 誰か、私以外にあの場所を管理して、保存に尽力してくれる人がいれば、あの場所はもっと素敵になるのではないか。そして、ランテちゃんはその素質をみたしていると、その時私は思ったのだ。


「提案? なになに?」


「私の家の周りにある森を知っていますよね?」


「うん、遠くからでもよく見えるもん。すごいよね、あんな青い木々、初めて見た」


 命があるというのは、ああいうことだと感心したとランテはいう。

 そりゃそうだ、私が一から再生し、育ててきたあの森は、生命があって、声がする。命の息吹、生命賛歌。そういったものを、私はあそこに込めてきたつもりだ。


「――その森を、ランテちゃんが管理してみませんか?」


「……………………へ?」


 ランテちゃんはクビをだいたい四十五度かしげて、それはもうすごい勢いでかしげて疑問符を浮かべた。

 色々と言いたいことはありそうだけど、私としては言いたいことは唯一つ。


「ランテちゃんなら、きっとできると思うんですよ」


「……なっ、なにが?」


「――自然を取り戻すこと、です」


「そ、それって……」


 戦姫として、人を救う。未来を取り戻す。そのことは間違いなく誉れあることであり、ランテちゃんにとっても望むべくもないことなのだろう。

 だから、できると思った。

 未来を夢見て、花畑を作りたい、そう思うランテちゃんになら、きっと。


 もちろん、私だって愛の力があれば世界は救えると、心の底から思っているけれど。


 ランテちゃんだって、できると思ったのだ。


「だから、ランテちゃん、私と一緒に――」


 そこまで言って。

 けれど――そこで話は打ち切られた。

 私達は同時に外を見る。窓の向こうに、何かを感じたからだ。


 ――私は、わかる。魔法を常に使っていて、探知だって簡単なものならいつも周りに走らせているから、なにか変なものを感じ取ればそれで気がつく。

 でも、ランテちゃんはそもそも、杖を持っていないし、その頃は杖無でもない。


 だから、その時は気が付かなかったけど、ここでランテちゃんがそれに気がつくのは、おかしな話だったのだ。


 空を見上げて、同時に呟く。



「――宿痾」



 人類の天敵。

 最悪にして災厄が、ランテちゃんの故郷へ迫りつつあった。



 <>



 ――ふと、目を覚ます。

 身体はびしょ濡れで、パーカーが重い。服ではなく水着を着ていたから、動きにくいということはないけれど、それでも自分が、誰かに引き上げられたのだということくらいはわかる。


 空は晴天、絶好の水着日和。


 なんだけど、皆を心配させてしまったかな、と思いつつ起き上がる。


 助けてくれたのは、またあのときのように、ランテちゃんだろうか。それともシェードちゃん? いや、そもそもあの場には三人が全員いたんだから、きっと全員だ。

 私が起きるのを、待っていてくれたに違いない。


 そう思いながら周囲をみわたす。


 ――三人の姿は、どこにもなかった。


 代わりに、少女が一人そこにいた。


「あ、起きた」


 どこかで聞いたことのある声。

 ただ、その声に違和感がある。はたしてどこで聞いたのだろう。

 そもそも――彼女は、誰だ?


 ――私と同じワンピース姿の小柄な少女、ただし水着ではないし、色も黒だ。私とちょうど背丈もスタイルも同じ感じで、子供という印象が拭えない。

 長い金髪と、海色の瞳。吸い込まれるような妖艶さを備えた彼女を、私は果たして知っているだろうか。


「あな、たは――?」


 問いかける。

 ぶんぶんと頭を振って意識を覚醒させて、ついでに魔法でパーカーも乾かす。引き上げてくれたみたいだけど、この子はそこまで気を使ってくれたわけではないようだから。


 というよりも――


「あはは、わかんない? じゃあ、こうした方がいいかな」


 ――少女は、こちらを観察することに徹しているように思える。

 そして、彼女は――



<はじめまして>



 聞き慣れた、宿痾の声でそう言った。


「――な!」


 まさか、こんなところで?

 いやそれでも、そうやって宿痾の声で言われれば、すぐに気がつく。彼女は間違いない――



<私、アイリス。やっと会えたね――会いたかったよ、ミリアお姉ちゃん>



 ――あの時。

 ランテちゃんと初めて出会った時。

 私はランテちゃんに、ミリアおねえちゃんと呼ばれた。


 それと同じように。


 ――宿痾操手、アイリスは、私のことをおねえちゃんと呼んで。


 こちらを覗き込むようにしながら、クスクスと笑っていた。

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