49 ミリアと、森を堪能する仲間たち
ランテに案内されて、ミリアたちは森の中を散策していた。先日、クルミ製の夕飯を楽しんで、今日は森の中を歩いてみようという趣旨だ。
ミリアは既にこの森を知り尽くしているが、そもそもシェードとアツミは自然豊かな森という存在を知ったのが初めてだ。
死の大地と奇妙な生物たちというなんとも言えない初陣実習の森と比べれば、あちこちに生物を感じられるこの森はあまりにも違う。
今日は全員で森を堪能するべく、ランテの案内でミリア大森林を歩いていた。
「あそこは森を拓いて作った畑だよ。季節に合わせていろいろなものを作ってるの。今だとそろそろスイカが取れるかな?」
「拓いたって……わざわざ?」
「ミリア開拓団とかやりたくって……」
よくわからないことをミリアは言う。まぁ雰囲気を楽しみたかったのだろうと思いつつ、使用人が手入れしているのに挨拶しながら畑を見る。
畑、というものをアツミはそもそも初めて知った。昔はそれで野菜を栽培していたというが、今は魔導で工場が製造しているし、そのほうが効率は間違いなくいい。
味だって、きちんとすべてを管理され、最高の栄養になるように栽培されている魔導工場の方が上……のはずなのだが。
「これなんか食べごろですね!」
そう言ってミリアがとってきたのは、きゅうりだった。
というか、きゅうりという名前だそうだ。シェードが解説してくれた。
「そのまま食べれますよ」
「え? 大丈夫なのか?」
外で野ざらしになっているのに大丈夫なのだろうか、とアツミの常識では思ってしまう。そもそも、野菜なんてどれも同じではないのか?
きゅうりなんてなおさら、ほとんど水じゃないか、と思って食べるのだが――
「……おいしい」
「うん!」
ミリアから受け取った野菜は、想像以上に美味しかった。実際に比較してみれば工場製とそれはそう変わらないのかも知れないが、この時だけは、間違いなく自然栽培のきゅうりのほうがアツミには思えてしまうのだ。
「料理って、食べる時の気持ちが大事だから。こうやって自分たちで丹精込めて作ったものって、それが周りにも伝わってくれるんだ」
「それは……まぁ」
嬉しそうに語るランテの言葉は、なんというかあやふやだが疑いようのない自信というか、確信を感じた。そうやって、これを作ったランテたちの努力を思いながら食べると、味気ないきゅうりもより一層美味しく感じるものだ。
「これをつけましょう! お味噌!!」
「どこから持ち出した?」
少しの間いなくなっていたミリアが、味噌を持ってきた。流石に調味料はこの時代にものこっているので、そこにはアツミも疑問を覚えない。
「あ、うちお味噌も作ってるんですよ! 結構複雑な工程だったから、書物を参考に試行錯誤したんですけど」
「おいひー!!」
もぐもぐしながら頬を膨らませて走り回るミリアに興味をそそられて、きゅうりをそれにつけて食べる。口の中に、なんとも言えないしょっぱい味とそれを程よくなじませるきゅうりの味気が広がった。
「うん……うまいな、これ」
「でしょう! 漬物とかもありますから、いっぱい食べましょうね、きゅうり!」
「いや別にきゅうりにこだわる必要はなくないか?」
ただ、漬物というのは食べたことがないので、アツミは興味を引かれた。
「他にも、スイカが食べごろですから、後で頂いちゃいましょう。すっごく美味しいんですよ」
「食べたことないなぁ」
ワクワクするシェードにつられて、アツミも浮かれてしまう。スイカ、というのはどういう食材なのだろう。自動決済とかできそうだ。
なんて話をしながらミリア大森林の幸を堪能していると。
「あ、ミリアお嬢様。お久しぶりです。ランテちゃんもおはよう」
恰幅のいいおばさんが声をかけてくれた。ローナフ邸の使用人らしい。
「おはようございますおばさん。何かありましたか?」
「おっはようございます!」
元気よく挨拶するミリアに笑顔でおはようと返してから、使用人はランテと話を始めた。どうやら畑の手入れに関することでわからないことがあるらしい。
少し待っていてほしいとランテが言ってその場を離れると、ランテは遠くで魔導を使いながらなにやら作業を初めた。
「この大森林の管理は使用人の皆さんもやってくださって、大分慣れているのですが、魔導に頼る部分やまだまだ慣れていない部分が多くって、ああやって管理者のランテちゃんが直接面倒をみないと行けない時があるんです」
「ここにいる戦姫は、常駐してる連中を除くとランテとクルミさんだけだもんな」
常駐している研究者畑の戦姫達は、魔導機のメンテナンスはできるが、農作業に関しては素人らしい。休日に手伝いと称して使用人の手伝いをしているらしいが、どちらかというと手伝いのお礼にもらえる野菜をもらうことのほうがメインだそうだ。
なんというか、観光で農業体験をしてるみたいな。と言われても、シェードやアツミにはピンとこないが。
「山菜採りとかは、戦姫さんたちも一線級なんですけどねぇ」
なんて話をしていると、ランテが戻ってきた。
「次はどこにいくの?」
「そうだなぁ、明日は川で遊びたいと思ってるんだけど、先にちょっと行ってみよっか」
川遊び。
学園にはプールがあり、そこで水泳をして汗を流すなんて習慣がアルテミスにはあるが、自然の中にある川で遊ぶなんてことは経験したことがない。
長期休暇でも、プールで遊ぶくらいがせいぜいだ。
「そういえば、水着って持ってきてないよね」
「うちにいっぱいありますよ」
「何であるんだ」
思い出したように言うシェードに答えるミリア。何故かと言えば、まぁ作ったからなのだが。
「幼い頃、魔導の練習で制作したんですよ。いろんなコスプレ衣装もあります!」
「こすぷれ……?」
「いらっしゃいませご主人さまーーー!」
相変わらずミリアはよくわからない。
アツミはミリアの叫びを無視して先に進むことにした。ランテの案内に従って森を進む。
「川自体は、もとからローナフ邸の直ぐ側にあったんだよ。水質は汚染されてて使い物にならなかったですけど、ここだけはおねえちゃんが復元じゃなくて本当に再生させた場所なの」
「へー」
生態系をいじればそれは結局復元じゃないか? とは言わないアツミをよそに、えへんと胸を張る女性陣最弱のプロポーションの持ち主。
隣では何もしていないのにランテの胸が揺れていた。
アツミも大きいわけではないので、少しだけランテが羨ましいのは秘密だ。
「この川の先に、ランテちゃんの故郷があったりします」
「そうなの?」
「うん、そろそろ顔を出さなきゃかなぁ」
学園に入学する前には一度帰るよ、とランテは言う。
「ランテちゃんって、どうしてローナフ家の養女になったの?」
「一番大きいのは、森の管理がしたいから……かなぁ? 私、故郷ではお花を育ててたんだ」
「お花かぁ」
――この世界の娯楽は少ない。ボール一つでできるサッカーなんかは男女問わず人気だが、他にも花の苗と栄養のある土、そして鉢があればできる花の栽培も、そこそこ人気のある娯楽の一つだ。
「いつかはそれをね、大きな花畑にしたかったの。自然いっぱいの場所を駆け回って、疲れたら寝て。そんな一日がおくれたらな、って漠然と思ってた」
「可愛い夢だね」
えへへ、と照れるランテを、シェードは微笑ましそうに眺めていた。この世界の人々は余裕がないが、こういった夢を抱いて明日に希望を抱く人もいる。
ランテは強い子だ。真っ直ぐな笑顔を見ていると、アツミもそう思う。
「それでね、川の水を綺麗にしたら、それを使ってお花を育てられるんじゃないかって思ってたんだ」
「……結構具体的だな?」
「他にも、土の栄養って肥料っていうのを使って育むんだって本で読んだの。その時は、それしか解らなかったけど……」
「割としっかりした知識とビジョンを持っていらっしゃる……!」
強い上に賢い子だった。
天真爛漫だけど、結構真面目だ。ミリアのようなアホではない。なお、ミリアはちょうちょを追いかけて飛び出して、偶然くぼみのように開いていた地面の穴に吸い込まれて消えていった。
「あああああああああ!!」
「おねえちゃーん!?」
「いつものことだろ」
慌ててそれを救出しつつ、
「それでね、よく川を見に行ってたんだけど……ふとある時、お姉ちゃんが流れてきたの」
「なるほど……ん?」
「どんぶらこーどんぶらこーって、桃みたいな器に載って……」
「まったまった、何で溺れたてめぇおい」
救出されたミリアを、アツミはガクガクと揺さぶった。泥だらけだったので一部泥が飛んでくる。
「足を……滑らせました!!」
「そういえば昨日、クルミお母さまから、数日ミリアちゃんがいなくなったって聞いたんだけど……」
「それですね!」
「てめぇはなんでいちいち自慢げなんだ……あとどうして滑らせて溺れたのに変な器に載せられてるんだ」
「美味しそうだったよ」
ランテの感想はずれていた。
それはそれとして、川から流れてきたミリアを救助したのが、ランテとミリアの出会いだったそうだ。ちなみに器はミリアが無意識に作り上げたものらしい。
無意識で魔導が使えるという、実は人類的におかしい事実から目をそらしつつ、詳しくランテの話を聞く。
「それでまぁ、色々あったんだけど……」
「とりあえず何があったかだけ結果を教えてくれ……」
間違いなく長くなると悟ったアツミは、結果だけを求めた。過程は少しずつ聞いていけばいいだろう。まだ長期休暇はいっぱいあるのだから。
「えーっと、色々あって、主を討伐したんだよね」
「主か……なんか、今聞くと、なんだ主かってなるのは、アタシがおかしくなってんだよな?」
アツミは自分の常識が正しいのか、もはやわからなくなっていた。
「それと――」
「……それと?」
ランテはんー、と口元に人差し指を当てて考えて――
「今考えると、多分あれって宿痾操手だったんだよね……」
「――――ん?」
アツミは首を傾げた。
ランテが宿痾操手について知っている……のは、ローナフ家で世話になっているのだからおかしくないはずなのだが、それはそれ。
問題はもっと別にある。
「あーそういえば、すっかり忘れてましたが、言われてみれば宿痾操手っぽいですね!」
「おい」
「はい?」
「……詳しく全部聞かせろ、な?」
――流石にこれをスルーすると後々ひどいことになる。
アツミは確信とともにミリアの頭をがっしり掴んだ。
「ぶるすこふぁー!」
「何の鳴き声だよ!?」