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48 ミリアと、ローナフ家の人々。

 ローナフ家の人々は、その多くがミリアに毒されているらしい。

 クマととっくみあいができるようになった――あの時、ランテは魔導機を握っていなかったから、つまりランテは杖無(ディスワン)だ――ランテに始まり、使用人たちも軒並みがたくましく、またミリアに振り回されることに慣れている。


 流石にミリア側に行ってしまった人材はそう多くないようだが、なんというか使用人としての練度がすごい、アツミがお手洗いを探していたら声をかけてもいないのにいきなり現れて案内してくれたと言う。


 他にもミリア大森林に常駐している戦姫も、非常に練度が高い。シェードは本部での戦いを多少ながら知っているが、ここにいる戦姫は本部にいる誰よりも練度が高かった。

 流石にカンナには及ばないし、ローゼにも若干劣るだろうが。


 そして何より、誰もがこのミリア大森林のことになると早口になる。おそらく誰よりも詳しいのはランテなのだろうけど、他のものもそれに負けないくらいの努力をしてこの森林を維持しているのだ。


 それにしても――と思う。


 この森はなんというか、ミリアらしくないな……という想いが少しだけシェードにはあった。何故かは上手く言語化できないのだけど――なので、シェードは聞いてみることにしたのだ。

 具体的には、ミリアのことをよく知っているであろう、彼女の母親に。


「――ミリアさんの森林が、ミリアさんらしくない?」


「はい。えっと、なんて言ったらいいかわからないんですけど、ミリアちゃんならもうちょっとこう、アツミちゃんが怒る感じになるんじゃないかと思うんですけど」


 ランテとクルミは、二人で夕飯の準備をしていた。

 当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、ローナフ家では夕飯は魔導機ではなく自分たちで用意するものらしい。

 何でも使用人たちの寮には食堂があって、そこで当番制で食事を作っていたりもするのだとか。時折お邪魔して食べさせてもらうが絶品だ、とクルミは語る。


 今度行ってみよう、というかミリアならそのうち行くだろうと思うシェードであった。


「んー、それはあの森にミリアさんみたいな生き物がいないからじゃないかしら」


「ミリアちゃんみたいな……?」


 大型犬になったミリアが、森を駆け回る姿を幻視した。あの小さい体に首輪はちょっとエッチだと思う。


「そう、あそこに生息しているのは、あくまで本にある昔の生物、植物だけなのよ?」


「……ああ」


 明らかに何かが可笑しい生物を、ミリアなら生み出そうと思えば生み出せるのだろう。しかしそれをすると、ミリアは自然を自分の手でいじっていることになってしまう。

 だからあくまで、再生だけに留める。復元というほうが形容として近いくらいには、無から生み出しているにしても、あくまで目的は再生なのだということを忘れないために。


「私も最初は何を生み出すか、戦々恐々としていたけれど、結果としてこうやって、今の形に落ち着いているわけね」


「なるほど……そういえば、お母さまって昔はミリアちゃんに振り回されてたんですよね?」


 戦々恐々というからには、母はミリアが何をするか、それを心配する立場なのだろう。シェードはなんだかんだ初陣実習の件もあってか慣れてしまったが、似たようなことを経験したアツミは未だに慣れていない。

 ランテは逆にかなり順応しているから、やはり個人差というのは大きい。


「そうね……恥ずかしい話なのだけど、昔の私はとても気負ってたのよ。ローナフ家の娘として、私はお母さまほど結果を出せなかったから」


 アルミア・ローナフ。

 戦姫の始祖であり、クルミの母親。彼女がお母さまと言われる光景は少し違和感があるけれど、だからこそクルミにとって、アルミアはシェードたちとは違う、近い立場の存在だったのだ。


「でも……クルミお母さまだって、戦姫として名を残したんですよね?」


「まぁ、一応ね」


 読書が趣味なシェードは、戦姫たちの戦闘記録も目を通している。クルミ・ローナフは姓持ちということもあって注目されて記録も多数のこっている戦姫の一人だ。

 一つの隊を任され、その隊で最後まで生き残り戦場で活躍したと聞いている。

 流石に英雄カンナほどの功績は残せていないが――


「生き残っていることだけでも、間違いなく偉業じゃないですか?」


「……今にして思えば、そうね」


 戦姫として、今も生存して次代に子を残しているというのは、十分に素晴らしい功績だ。特にアルミアの娘として期待される血統に生まれ、その血統をミリアへつなげたクルミは、間違いなく人類が勝利すれば、後世でも地味ながら評価される立場のはずだ。


 ただ、それを本人が納得できるかは別問題で。


「正直、私が結果を残せなくても、責める人も落胆する人も居なかったわ。結果を気にするほど人類に余裕はなかったから」


「だから、自分を責めちゃった……ってことですか」


「そうねぇ」


 結果としてクルミの中で、娘を大成させなければという使命感と、娘に対する根拠のない期待が募り、やがて――ミリアが生まれた。



 <>



 ――原作におけるミリアとクルミの関係は最悪といって良い。

 原作のミリアはクールビューティーであり、凛とした性格だが、その実寂しがり屋で、周囲に自分を受け入れて欲しいという願望が強い。

 その性格の一端を担っているのが、厳しい母の躾と、自分を認めてくれない母の態度だろう。


 クルミはミリアに過大な期待を抱いていた。

 自分にはない才能があると信じ、ミリアがカンナのような英雄となれるよう、心血を注いで教育した。結果ミリアは杖無として才能を開花したわけだが、結果として母に対して苦手意識ができた。


 決定的だったのは杖無として、杖を持たずに初めて魔導を行使したときに、母がそれを褒めてくれなかったことだろう。誰から見てもすごいという行為を、一番すごいと言ってほしかった相手に言ってもらえなかった。それは当然のことだと流されて、ミリアは少なからずショックを受けた。

 結果、原作のミリアはクルミとの関係を拗れさせた。


 加えて、祖母のアルミアと違いクルミはゲームにおいては端役と言っていい立場。原作ミリアは、クルミと和解することはなく、ルートによってはクルミが命を落とすという結果にもつながる。


 そしてこの世界において、ミリアはアホだったが、クルミの立場はミリアが生まれてくるまでは何も変わらない。少なくとも、ミリアが生まれてすぐのクルミは――母として、キチンとしているとはお世辞にも言えない存在だった。



 <>



「ミリアさんは、ほら、その……何をするかわからないでしょう?」


「アツミちゃんがいつも頭を抱えていますね」


 オブラートに包んで、そう切り出すクルミは、少しだけ話しづらそうにしながらも、続ける。


「だから私は最初、それを厳しく叱責していたのよ。貴方は優秀な戦姫にならなければいけないのだから……と。そうしたらミリアさんはどうしたと思う?」


「……杖無で魔導を使った、ですか?」


 正解だ、とクルミはうなずく。

 ミリアはアホだが、なんだかんだ言って素直な性格だ。周りにそれを望まれれば、過程と方法はともかく、結果は周りに望まれた結果をもたらす。

 その最もたるものが、ケーリュケイオンの起動なのだろうが。


「杖を使わずに使った魔導が、なんか変だったんですね?」


「腕を組んで高笑いしながら地面を掘り起こしてたわ……」


 当時、ミリアは六歳。自由にローナフ邸とその周辺を探索し始めた頃だったという。きっと、ミリア大森林のために地面を耕し初めたのだ、すぐにシェードは察した。


「ミリアちゃんらしいですね」


「そこはもうちょっと驚くところじゃない?」


 クスクスと笑うシェードに、クルミはその反応はどうなんだと思った。なんとなくそんな気はしていたが、シェードはミリアに順応するタイプらしい。

 若干クルミとシェードの間に心の壁ができた。


「それからも、あの子は私が厳しくするたびに、何かしらの成果を私に見せたわ。思えば、私に褒めてほしかったのでしょうけど……残念ながら、そうするにはちょっと現実感がなさすぎたのね」


「あはは……」


 だから怒られるたびに、ミリアはムキになっていたのだろう、とクルミは今になって思い返す。


「あの子も、自分が正しいって思ってることには、すっごいワガママな子だから……」


「お互い、ムキになってたんですね」


 子供相手にムキになるなんて、と今では思うが、当時の自分は未熟だったのだ。


「転機は……ケーリュケイオンのことですか?」


「ううん、そのことは私知らされてなかったの。お母さまが……アルミア理事長が私に教えないように、って言ったんですって」


 どうして? とシェードは小首をかしげる。


「受け止めきれないから、かしらね。あの子のことを受け入れようとしてなかったから」


 当時のクルミにとって、ミリアとは得体のしれない誰かでしかなかったのかもしれない。ミリアが必死に自分を見て欲しいという思いで行動しても、内容を理由にそれを受け入れようとしなかった。

 本質は、もっと単純なものだったというのに。


 ――それは、きっとどの世界のクルミもそうなのだろう。


 功績という責任に押しつぶされていたクルミは、反発することなく、けれども見返りも口に出して求めないミリアに対しても。反発しながら、見返りを態度で求めてくるミリアにも、きちんとした反応を取ることができなかった。


「……私、ダメな母親なのよ」


「で、でも今は、ミリアちゃんと楽しそうにお話してるじゃないですか!」


「それも……自分で変われたわけじゃ、ないからね」


 どこか寂しげに、申し訳無さそうに。それでも幸せを噛み締めながらクルミは言った。恵まれているのだ、今の自分は幸せなのだ。

 だからこそ、後悔が残る。否、残さねばいけないのだろう。それを忘れたら、クルミはまたあの頃の自分に戻ってしまうだろうから。


「変わったのって……ランテちゃんですか?」


「ふふ、何でもわかってしまうのね、シェードさんは」


 ローナフ家という閉じた世界に、放り込まれた天真爛漫で可愛らしい少女。

 変化があったとすれば、間違いなくそれだ。


「――ある時、ふいにミリアさんが屋敷を出ていって、数日戻らなかったの」


「見つからなかったんですか?」


 頷くクルミ、それはまぁ、一大事だろう。いくらミリアでも、何も言わずにいなくなったりはしない。きっと、本来ならその日のうちに帰ってくるつもりだったのに、帰れなくなったのだ。


「今にして思えば、あの時私、初めてミリアさんのことを心配したのよ? ひどい母親よね」


 しかし、その心配がクルミにとっては一つの転機になった。

 そうして――



「そして、数日が立ってミリアさんは帰ってきた。ボロボロの泥まみれで、眠ってるランテさんを背負ったまま、やりましたお母さまって、私にそういった」



 ――ミリアは、帰ってきた。

 クルミの中に生まれた心配。やり遂げたようなミリアの顔。そして、増えた一人の家族。


 ローナフ家の人々は、そうして生まれた新たな変化によって、少しずつだが、変化し歩み寄っていくこととなる。

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