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43 いずれ、また。

<お姉ちゃんは知ってると思うけど――この世界の宿痾たちは本気を出してるわけじゃないの>


 アイリスは朗々と語りだす。

 宿痾の手によって、人類はあっという間に追い詰められていた。

 結果人類は滅亡を秒読みとする段階で、現在まで生きている。そしてそれは、宿痾がそうしているからに他ならなかった。


 時折そう推測する人間はたしかにいる。だが、今生きていることすら宿痾の手のひらの上だと考えて、人がそれに耐えきれるはずもない。

 だから誰もが考えず、目をそらし続けてきた事実だった。


<宿痾は滅ぼそうと思えば人類なんていくらでも滅ぼせるけど――わざわざ完全に滅ぼす理由って実は無いの。どちらかというと、ちょっとだけ生きててほしいんだ>


「……それを嬲って遊ぶため、ですか」


 ミリアの言葉に、アイリスはピンポーンと肯定する。わかってはいたが、その事実を突きつけられてアツミはいい気分にはなれない。


<でもって、これはもうお兄ちゃんたちがいなくなっちゃうから言っちゃうんだけど、お兄ちゃんたちも宿痾にとっては必要ないの>


「……何?」


 そこで驚愕するのはアツミだ。

 宿痾操手。アイリスが兄と呼び、ミリアがイケメンと呼ぶその存在は、しかし実際のところは必要のない存在だという。宿痾を超越した存在であるはずなのに。


「超越者は三人もいらないってことですよ、アツミちゃん」


<そういうことー、宿痾操手は何人かいるんだけど、それらは試作品で、完成形は私だけなの。完成し完全である私がいれば、他に操手なんていらないよね?>


「……それで、死にたくなかったイケメンたちは、貴方に命乞いをしたってことですか、アイリスさん」


 これまた正解だと、アイリスは嬉しそうだ。

 であればその命乞いが何だったかも、“弟”の言葉から推測できる。


<自分たちが人類を殲滅する。自分たちにも存在価値はある。だから殺さないでくれ、だって>


「……前提が間違ってるじゃねぇか。人類を宿痾は殲滅するつもりはねぇんだろ? とすれば、あいつらの行動は完全な茶番だ」


<まぁ、そうなんだけどー。でも別に、人類を殲滅する気が皆無ってわけじゃないんだよ?>


 その言葉は、果たして人類にとってどう受け取るべきなのか。飼い殺しだって地獄だろう、だが、生き残れるならばその方が幸運なのか。

 少なくともアツミには判断がつかなかった。


<人類を殲滅してないのは、必要があるから。必要がなくなったら、当然殲滅するよ?>


「必要……? 人類の中から、何かが出てくるのを待ってるってのか」


 チラリ、とアツミはミリアを見た。ミリアは両手でピースをしてくる。即座に視線を外す。


「んにゃっ!? ……こほん。――月光の狩人、ですね? アイリスさん」


<せいかーい、流石にここまではミリアお姉ちゃんだってわかってるよね、えらいえらい>


「えへへ……ではなく」


 敵にすらほだされかけたアホは、流石に話を戻す。これで本当に籠絡されていたら一生アツミは口を聞いてくれないだろう。今でも視線が痛いが。


「月光の狩人は、ある“特異”を持つ少女です。その少女が成熟し、戦姫として成長するのを宿痾たちは待っているんです」


「何のために」


「流石にそこまでは」


 言ってミリアは肩をすくめる。


<ひっみつー>


 当然アイリスも教えたりはしない。


「とはいえ、わかってることとして――月光の狩人はあと一年弱で学園に入学し、戦姫としての一歩を歩みます」


「……来年、か」


<そ。だから、お兄ちゃんたちはその時期をスタートと決めてたの。月光の狩人確保と人類の殲滅ゲーム。勝てば命だけは助けてあげるって考えてたよ?>


「考えるだけかよ、性格悪いな」


 遠慮なしにアツミは切って捨てる。あまりにも無謀に思えるが、そもそもアツミにとって、相手は遠すぎて理解の及ばない存在だ。

 下手しなくとも、ミリアよりも。


<でもまさか、ゲームが始まる前にいなくなっちゃうなんてねぇ。ミリアお姉ちゃんひっどいんだー>


「そんなふざけたゲーム、始まらないほうがいいじゃないですか」


<かもね>


 ミリアが言っても、アツミが言っても、暖簾に腕押し糠に釘。アイリスは飄々とした態度を崩さない。これがあくまで顔見せを兼ねた挨拶でしかないこともあるのだろうが、

 底が見えないと、アツミは肝を冷やした。


「それで、わざわざ顔を出して、知っていることをおさらいして、それで終わりですか?」


<ん? まだ何かほしいの? ミリアお姉ちゃんのいやしんぼ>


 そうやってミリアをからかうようにアイリスはいって、少し考えるのか、うーんと悩む声が聞こえる。やがて、今思いついたと言う様子でアイリスは――


<じゃあ、いいこと教えてあげる>


 そう、ろくでもないことを語りだす。



<こんどそっちに遊びに行こうと思うんだ。よければ歓迎してほしいな>



 ――宣戦布告。

 アツミは息をのみ、ミリアは何も答えなかった。


<んふふ、驚いてくれた? ならよかった。じゃあまたね、ミリアお姉ちゃん>


 いい切って満足したのか、アイリスは話をそこで打ち切る。そうなれば、ミリアも一つ息をついたのか、何気ない様子で言葉を返した。


「ええ、そうですね。盛大に、妹と一緒に歓迎しますよ、アイリスさん」


<そう!? わかった、楽しみにしてる!!>


 ミリアが答えると、アイリスは露骨に機嫌を良くしてから、やがて声が聞こえなくなる。

 ――いなくなったのだと悟ったのは、先程から騒がしかった“弟”の声も、同時に聞こえなくなったからだった。


「……! クロア!!」


 慌ててアツミがクロアへと駆け寄る。


「わ、ま、待ってくださいアツミちゃん。クロアちゃんは落ち着くまで休んでもらうべきです!」


 ぱたぱたとミリアがそれに続く。

 ライアにもやった精神治療のための睡眠魔導。それをかけるべきだと主張するミリア。最もだがアツミはそれを考える余裕なんてどこにもなかった。


 ただ、倒れるクロアを抱えて、心配そうにその顔を覗き込むのだ。


「ん、う……」


「ね、眠らせますよアツミちゃん……」


 起き出しそうになるクロアへ、ミリアは手をかざす。恐る恐るといった様子でアツミに確認するが、アツミは拒否しない。無言だが、了承と受け取ったミリアは、即座に魔導を起動させた。

 そして、


「あつ、み、お姉ちゃん――」


「クロア!?」


 眠りに落ちるはずのクロアが、ぼんやりと目を開ける。

 ミリアを確認するが、まさかミリアがミスするはずもない、少しだけ驚いたようにしながら、アツミを見ているミリアと目があった。


 そして、ミリアに促されてクロアの方を見る。

 眠そうに、今にも深い睡魔に侵されるだろうに、けれどもクロアはそれを我慢しているのだ。


 それは、きっと。


 ――伝えたいことがあるからだ、と。

 アツミはそう理解した。読心を使うまでもなく。


「あの、ね。お姉ちゃん――」


 ――息を呑む。

 何を伝えられても、アツミは聞き逃すまいと心に決めた。たとえそれが、アツミを責めるものだとしても。アツミに謝罪するものだとしても、アツミはそれを受け止めるのだ。


 だから、



「――あり、がと」



 そう、伝えられた時。

 ――耐えられなかった。どれだけ辛い言葉を投げられたとしても、アツミは耐えるつもりでいた。だから、やさしい言葉に対する覚悟はできていなかった。


 瞳から、涙があふれる。


 一体いつ以来だろう、涙を流したのは。両親の元から離された時――? 否、そのときだってアツミは我慢していたはずだ。

 この世界の人間は我慢強い、アツミだってその例にもれず。


 ああ、だからきっと。


「こっちこそ、だ。こっちこそ……ありがとうクロア。――おかえり」



 アツミは生まれて初めて、心の底から涙を流したのだ。



 <>



「――私の魔法はたしかに効いています。効いた上で、それでも伝えたいことがあったから、クロアさんは目を覚ましたんです」


「……そうだな」


 ミリアの睡眠魔導は、精神を癒やすためのもの。精神が癒やされれば自然と目を覚ます。逆に言えば、精神が癒える要因があれば、睡魔にとらわれない可能性だって出てくる。

 だからクロアは目を覚まし、アツミに感謝を伝えた。


 アツミはそのことを受け止めて、なんとか流れる涙を押し留めながら、前を向いた。


「いつか、また」


「……はい」


「クロアが目を覚ました時、アタシ達がクロアに、幸せな未来をプレゼントするんだ」


 覚悟。

 決意。

 何と呼んでもいい。

 しかし、間違いなくそれは、誰からも称賛されるべき、素晴らしい意志だった。


「アツミちゃん」


「……なんだ?」


「――これからも、よろしくおねがいしますね」


 崩れ行く世界で、アツミにミリアは呼びかける。これからきっと、ミリアは多くの喜劇を産むだろう。悲劇を強引に塗り替えて、我が物顔で笑うだろう。

 それを善しとすることが、果たして人類の誰にできるだろうか。


 少なくとも思う。アツミはその一人になりたい。


「…………ああ」


 だから、笑顔で力強くうなずいたのだ。


「そのために、まずは帰ってミリアに見せたいものがあるんだ」


「お、なんですか? 楽しみにしてますよ」


「きっと喜ぶぜ、目一杯準備したんだ。結果はどうなるかはこれからのお楽しみだが――まぁ、つまらねぇってことは無いはずだ」


 喜劇。

 人を笑わせ喜ばせ、まるでミリアのようだとアツミは思う。

 それはもちろん良い意味で。


 ああ、これからも――アツミたちの未来は、ちょっとくらいは明るそうだ。



 <>



『ぴーひょろぴー、ぴっぴっぴー!!』


「ぬおっ」


 ――と、そこでアツミの読心が戻ってきた。

 完全に弟が消失し、弟が奪ったものが返還され始めたのだろう。果たして、返還先がのこっているモノがどれだけいるかは疑問だが。


 なにはともあれ、急にミリアの思考を浴びせられて驚いたのは仕方のないことだ。原液のミリアはちょっと濃すぎる。


 でもってそんな原液ミリアを摂取して、一度思考が切り替わったことでアツミはふと思ってしまった。


「そういえば、ミリア。てめぇさっき“妹”がどうとか言ってなかったか?」


「……? ああ、そういえば言ってませんでしたっけ? 私、妹がいるんですよ。血は……つながってないんですけど」


 つまり養子。

 どこぞの戦姫でも拾って来たのか、とアツミは当たりをつける。

 ミリアならありそうなことだ、という納得も強かった。


 しかし、それは甘かったとすぐに理解する。



「今度のお休みで紹介しますね。その名も、“月光の狩人”ランテちゃんです!!」



 ――宿痾操手の親玉と思しき少女、アイリス。そんな彼女が上げた、宿痾が待望する人類。月光の狩人。その名をしれっとミリアは挙げた。


「……」


 頭が痛い。この少女、一体どれだけ秘密を抱えているんだ?


 ああでも、


「……ったく、後で詳しく聞かせろよ」


 ついていく、と決めたのは自分だ。

 アツミは覚悟を決めた。


 ――これから待ち受ける、人類の命運を賭けた大事件に、こうしてアツミは首を突っ込むことを決めたのだ。



 自分の理由で、ワガママに。――友を助けるために。

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