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40 お前が悪だ。

 『魔導戦姫アルテミス』の主人公は、ある特異を有する少女だ。少女はその特異故にこの世界の命運を握る立場になり、グランドエンドでは、自身を犠牲にそれ以外の全てを救済する。

 そんな彼女の救済の手段こそが再生機ケーリュケイオンであった。


 ときに記憶を、ときに手脚を、ときに目を、ときに命すら代償に捧げ、少女は世界を救うため奔走した。ルートにおいて、彼女が犠牲になった回数は一度や二度ではない。

 そして、犠牲になってもなお何も変わらなかったときだってある。


 バッドエンドは無数に存在し、たやすく少女を食い殺す。

 そして、それらを乗り越えてなお、ようやく辿り着くのが自身の消失という末路なのだ。


 それでも少女は懸命に生きた。

 生きて、そして救済という形で証を遺した。ケーリュケイオンによって代償に捧げられたがために、世界のあらゆる存在は彼女のことを忘れたが、ヒロインたちは――ローゼやアツミ、そしてミリア等――は、彼女のことを記憶していたのだ。


 ――“弟”は、そんな少女の存在をミリアの記憶から読み取った。


 ミリアは、記憶の多くを欠落させている。それ故に自身が転生したゲームを間違えたが、アルテミスのことを全て忘れたわけではない。


 『最後には、ヒロインの愛で世界は救われる』。


 その事実は――代償による消滅という結末は、間違いなくミリアの記憶の中へ刻まれていた。

 だからこそミリアは、万が一にもそうならないために、自分は悪役令嬢だという認識を持ちながら、アルテミスへとやってきた。


 そんなミリアの手には、本来主人公が握られるはずだったケーリュケイオンが握られている。

 弟が勘違いするのも無理はないだろう、実際ミリアは、如何(いか)にも天然のアホという雰囲気を醸し出しながら、日常のように代償をケーリュケイオンへと捧げていく。


 過去の記憶を薪にしながら、今もミリアは、自分を燃やしてここまで来たのだ。


 だから、弟は『ミリアには最後に自分を代償に世界を救う未来が見えている』と思ったが、それはあながち間違いではない。

 間違いではない。


 が、それでも。



 ――――ミリアは、迷うことなくアツミの元へとやってきた。



 そうして少女は、弟によって差し向けられた、ミリアに止まれと叫ぶアツミと相対していた。



 <>



<アタシはてめぇと同じだ。てめぇが世界を助けようとするのは、てめぇがそうしたいからだろう>


 アツミ――の姿を模した弟であり、紛れもなくアツミとしての言葉を放つ、アツミでも弟でもないそいつと、ミリアは正面から対峙していた。

 互いに武器は構えていない。やろうと思えばいくらでも弟はこの状況で戦闘を開始できるだろうが、ミリアが一撃でそれを叩きのめすことがわかっているからだ。


 あくまで弟の狙いは時間稼ぎ。

 そしてアツミの言葉で、ミリアにたいして少しでも精神的に追い詰めることができればという魂胆。


 ミリアは杖に視線を落とし、それから何かに集中するように目を閉じてから、見開いた。


「……そうですが?」


<だったら、誰がてめぇのそんなワガママを望んだ?>


 視線を鋭くして、“アツミ”はミリアに問いかける。


<わざわざ世界を救う義務を代償に、その杖をお前は手にした。誰もお前にそこまでしろなんて望んでねぇ>


「ですが、皆さんは私がケーくんを握ることを受け入れてくれています」


<それはお前が既に握っちまってるからだ! お前が選んじまったことを否定したら、それはお前も自分も否定することになる。この詰んだ世界で、それを望む奴はいねぇ!>


 ――ミリアがケーリュケイオンを再起動したとセントラルアテナの人間が知った時、中にはミリアの運命を呪った者もいた。ケーリュケイオンは代償の奇跡を司る歪んだ希望。

 それに手を伸ばした人間は、いずれ自身という代償で自分以外の誰かを救って散っていく。

 だから何れミリアもそうなるのだと、優れた才能が、奇跡によって潰されていくのだと、世界を呪った者もいた。


<行き着く先が破滅なら、てめぇのそれはエゴ以外のなんでもねぇ。てめぇはアタシたちが望まない未来を、てめぇの意志で突き進んでいく。てめぇはそういう希望なんだよ!>


「……」


<てめぇは何れ世界を救うだろう。てめぇの犠牲が世界に風穴を開けるだろう。だがそれが、果たして一体どれほどの人間を傷つける? ありがとうという言葉の裏に、もうやめてという思いをどれだけ乗せる!?>


 ミリアは、


<アタシにはその声が聞こえてくる。だから解るんだよ、てめぇの希望に、周りはすがらなきゃ生きてけねぇ! そんな希望に救われて、一体どれだけの人間がお前を忘れて生きていけるっていうんだよ!!>


 ――何も、答えなかった。


 ゲームにおいて、主人公は希望となって世界を救った。最後には宿痾たちを一掃し、世界に平和と秩序をもたらした。宿痾という因果の作り上げた悲劇を自分ごとなかったことにして。

 それをヒロインたちは覚えていた。

 生きた証として、主人公の最後の願いとして。


 彼女たちは、希望に満ちた世界で前を向いて生きていくだろう。だが、同時に主人公という傷痕が遺した痛みは、いつまでも彼女たちに残り続ける。


<誰がそうした!? てめぇの意志か!? てめぇのワガママは、果たして悪か? 遺したいという気持ちすらお前は代償に捧げなくちゃいけねぇのか? ――それをさせてるのは、果たして誰だ?>


「……世界、でしょう。世界がそんな悲劇を望んでいるんですよ」


 ――少女の願いを、一体誰が責められるだろう。

 世界を自分の意志で救いたいという願いも、その結果自分を犠牲にした後悔で、大切な人に傷を残したいという思いも、悪であったとして否定できるものではない。


 だからこそ、悪は世界だと少女は言う。


 それが普通だと、そう納得するしかないのだと。


<だとしても――! それを自覚したとしても!! 置いていかれるのはアタシたちだ! 傷が残るのはアタシたちだけだ!!>


 ああ――と思う。

 この叫び、この絶望はアツミのものだ。

 間違いなく、アツミは誰かに置いていかれたことがある。そして同時に、置いていこうとしたこともある。


<てめぇのそれは、恵まれた上から目線の救済だ! 自己満足ってのは、余裕のある人間にしかできねぇ、それで救われた貧民は、恵まれたお嬢様に口では感謝する! だが同時に、嫉妬で心は堕ちていく!>


 ――その二つにおいて、悪は果たして令嬢か、情けを受けた貧民か。

 正解はない、しかし、答えはあった。貧民にとって、間違いなく悪は――



<だからてめぇは、悪なんだ、ミリア!>



 ――間違いなく、令嬢だった。

 それをミリアは、口を挟むことはなく、真正面から受け止めていた。



 <>



<――ミリア・ローナフは希望だ。しかしそれは、絶望を知らないが故に希望になっているに過ぎない>


 宿痾操手“弟”は語る。

 敗北し、動けなくなったアツミを前に、舌なめずりをしながら、今か今かと、その時を待ちわびながら。


<誰も死なせていないという希望。これからも救ってくれるかもしれないという希望。それがあって、初めてミリア・ローナフは希望足り得る>


「……」


<簡単な話だ。ミリア・ローナフの眼の前でお前を殺す。動けなくなったミリアの眼の前で、だ>


 今、弟の眼の前でアツミが身動きを封じられているように――だ。


<ここはボクが作った精神の世界だ。精神は肉体よりも脆い。容易に封じ、動けなくすることができる。あいつはボクに手を出せない>


 この世界では、他者の干渉から影響を非常に受けやすいという法則がある。


<静寂とは、精神に置いてもっとも上位に位置する精神状態だ。なぜなら、人は絶対に静寂を貫けない、無心を謳って瞑想にふけっても、容易に人は煩悩に支配される>


 クロアの特異、「静寂」はクロアに対して「音を出すことができない」という特性を与えた。しかしそれは、使いこなすことができれば非常に強力な特異となる。

 「静寂に包まれる」という表現がある。

 その言葉にもあるように、静寂とは空間に対して作用する。だからたとえば空間を作り出す能力と組み合わせれば、静寂はその空間に対して最上位の権限を有する。


 魔導にはそういった言葉遊びのような特性が存在し、弟はそれを熟知している。故に収奪によって得た魔導でこの空間を作り出すことができた。

 そして、この空間ではミリアとて影響は逃れられない。


 先程弟が、ミリアの記憶から「自己犠牲の未来」を引き出したように。


<あいつがここに来て、ボクの前に立ちはだかった時、ボクというあいつよりも強い権限をもつ存在が、あいつを縛り付ける。もちろん、それは永遠ではないだろう。だが、一瞬でも時間があれば十分だ>


 そうして弟は、アツミの首筋に槍を当てる。


<その一瞬でアツミ――お前を殺すんだからな>


「……っ」


<なぁアツミ、何か言ったらどうだ? お前は口が達者だ。他人との会話で他人の間に割って入る、そんなずる賢いやつだ。だったら、少しは反論してみたらどうだ?」


 答えはない。

 ――できなかったからだ。


<できないよなぁ、お前はミリアと同じだからだ。自分の勝手な理由で余計なおせっかいを押し付けて、それで感謝されることに喜びを覚える。ずるいヤツなんだから>


 ――ずるい。

 クロアはアツミにそういった。

 それを忘れて、アツミは同じことを多くの人にした。


 カナやナツキはアツミに懐いている。ハツキたちだってアツミを頼り初めた。


 そしてシェードに「らしくあろうとしている」とそう言われた。その時は解らなかったが、今になってみれば、あれがアツミの本質を突いているのだということがよく分かる。

 らしくあるということは、自分を貫いているということ。


 他人にそう見られたいと、アツミが心の底で思っていたということだ。


<そんな卑怯なお前でも、死ねば周りは悲しむだろうな。悲しめば、あんな頭のおかしいことをするのもバカらしくなる。ミリアというアホは、単なる道化に成り果てる!>


 ミリア音頭などと、正気ではない行動も、現実を知れば彼女たちはしなくなるだろう。どれだけアホで、世界を救ってしまうなどという幻想をいだいてしまう少女がいたとしても、結局は人を一人救うこともできない、希望でもなんでもないマヤカシでしかないのだと、悟るだろう。


<だから死ね――アツミ>


 弟は、いよいよ持って槍を振り上げた。

 時は満ちた、間もなくミリアはここへやってくるだろう。


<――そうだ、最後にいいことを教えてやろう。この世界では、奇跡は起きない。ケーリュケイオンは起動しない>


 ――弟は語る。それを、果たしてアツミはきちんと聞けているだろうか。


<この世界はボクが支配している。ボクが全てに触れていると言ってもいい。だから、奴が奇跡を起こした途端、僕はそれを“収奪”する。故に、この空間での奇跡は――無効だ!>


 奇跡を信じ、ミリアがケーリュケイオンに代償を捧げた時――

 その時がアツミの最期であり、ミリアという希望の終焉だ。


 そうすればまた、世界は宿痾によって死に至る操手たちのモノに戻るだろう。もう、あんなバカらしい相手に悩まされることもない。


 だから、


<お前の悪に後悔し、お前という悪を飲み込んで、絶望とともに死んでいけ>


 ――弟の死刑宣告。

 アツミはそれをただ、空虚な瞳で見上げていた。


 弟にはアツミの心がわかる。

 絶望した少女は、諦めてしまったワガママは、最後に償いきれない罪へと目を向けるのだ。

 それこそが、地獄に身を捧げる愚かな行為であることを自覚しながら。


 ただ一言――果たして、それは誰に対して向けられたものだったか。



「ごめん、なさい――」



 謝罪。

 その言葉を口にして、アツミは――

























「ふざ、けるな!!」

























 希望(ミリア)が、絶望(おとうと)をぶん殴る、その瞬間を見届けた。

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