39 温度差
「――おそらくあのイケメンは一度自分が奪ったものも起点にできるのだと思います」
正気に戻り、サイズも戻ったミリアはシェードたちにそう告げる。
一瞬にして主四体を葬り去って、ミリアは涼しい顔をしている。ハツキたちはクビを傾げて、ローゼとカンナは難しい顔だ。
きっと、教師二人はいくらなんでもこの頻度で連発するのはまずいのではないか、と思っているのだろう。
シェードは何も言わなかった。
「つ、つまりどういうこと……?」
「イケメンは自分が触れている者を奪うことができます。例えばですが、私がシェードちゃんの髪を一房切ったとして、それを私が持っていれば、シェードちゃんを持っているってことになるんです」
「ずるくないッスか!?」
だから、アツミの記憶を収奪していた宿痾操手は、それを起点にアツミを奪った。
単純な話だ、とはいえ、それができるのはいささか反則のような気もするが、敵にそれを言ってもしょうがない。問題は対応策だ。
「……それで、どうするの? ハツキちゃんたちの探知には何も引っかからないわよ?」
「作ります」
「……どういうこと?」
「探知できる魔導機を作ります!」
ミリアの宣言に、ローゼとカンナと、それからシェード以外の全員が驚愕した。教師陣は諦めた様子で、シェードは既に準備に入っていた。
「先生は掘り出した地下施設を解体してください! それを資材にします!」
「わかったわ。行くわよカンナ」
「ガッテン」
二人して杖を取り出し、即座に施設の解体に入る。さすがは阿吽の呼吸って感じだ。
「カナちゃんとナツキちゃんは先生が解体した資材を運んでもらえる?」
「そ、それでアツミちゃんを……たす、けて、もらえるんだよね!?」
「絶対に助けます」
「よ、よくわかんないけどわかったっス!」
カナたちが同意して、一気に状況は動き出す。カンナたちの動きは非常に手早く、カナたちは追いつくので精一杯だ。とはいえ、資材はどんどん集まっていく。
「こ、これをどうするの?」
「ハツキちゃんたち、建築魔法を杖に入れてきてますよね?」
「うえっ!? あ、え、えっと……まぁ容量に余裕はあったし、一応入れてあるけど」
実際はキッチンを作って料理を作ろうとしていたのだ。容量が余ったから念の為いれた、というのは事実だが、それはそれとして、ミリアに秘密にしているはずのことを指摘されて、ハツキたちはうろたえる。
そこに、
「急いで、ハツキちゃん」
シェードが笑みを浮かべて、言い聞かせるように呼びかける。そうなると、ハツキたちはふにゃっとしながら指示に従い始める。
ママーと呼びかけそうになるのを抑えながら、続くミリアの指示に従った。
「それじゃ、私達はミリア音頭を踊りますよ!」
説明しよう。
ミリア音頭とはミリアの創作した円環理論を応用したマナ供給と魔導の効率化魔法である。つまり全体に対するブースト効果を持つ魔導だ。
音頭を踊ることで一体感を得たミリア達はマナを生み出し、音頭によって士気を上げた仲間たちは、一層気合を入れて作業を行うことができる。
副作用としてミリア音頭にたいして疑問を抱くために判定が必要になるが、些細なことだ。
かくして、途中ハツキが正気に戻ってしまうアクシデントはあったものの、無事に魔動機は完成。ミリアはアツミ救出を目指すこととなる。
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<――どこまで言っても、ミリア・ローナフは孤独だ>
「おい待て、軌道修正を図るんじゃねぇ!」
<うるさい! お前こそその方向性で本当に話を進めていいのか!? このあとミリアがここに来るんだぞ!?>
「アタシらがどういう雰囲気で話をしてようがあいつには関係ないだろ!」
<ぐっ……!>
ミリア音頭を直接見たわけではない二人に、ミリア音頭の正気度喪失効果は適用されなかった。結果逆に正気を失った二人は、即座にミリア音頭の映像を打ち切って、言い争いをしていた。
もはやミリアがどうの、アツミがどうのなどと言葉にはしていられない。それどころではないのだ、“弟”はどうにかして空気を元に戻したかった。
アツミはここで、空気を戻したらメンタルが持たないことを知っていた。
だからこそ、二人は必死に攻防を繰り広げる。
<……だが、どちらにせよミリアが一人でここに突入してくることには変わらない! お守りを増やすくらいなら、その方が効率的だろう!>
「だからどうした! むしろその方がてめぇにとっては都合がいいんだろ! アイツに正気を削られた人間が、大挙して押し寄せたらてめぇはたまらねぇだろうが!」
<そういう話じゃないと言ってるだろう!>
言い返し、優勢に見えるのはアツミの方だ。しかし、弟は諦めては居ない。ミリアが一人でここに乗り込んでくる。それは事実だ。
少なくとも、雰囲気を手繰り寄せられないためにアツミには見せていないが、外の様子を観察している弟は知っている。
ミリアは仲間たちを説得し、一人でここまでやってくる。
「第一、てめぇにミリアの何が解る! あいつが一人でここまで来る理由なんて誰かに解るもんじゃねぇ、あのミリア音頭とかいうのを見てれば解るだろうが!」
<……ハッ、解るんだよ。ここは精神の世界、互いに精神をリンクさせ、お前の読心を奪ったボクなら、あいつの記憶が覗ける。あいつがなぜああもアホなのか、ボクには解る!>
「正気か!? いや、正気を捨ててぇのか、てめぇは!!」
思わず叫んでいた。むべなるかな、ミリアは正気にてならず。
――しかし、失策だった。
<正気……? そうかお前>
その言葉に、弟は笑みを浮かべる。
――掴んだ、と。
<ミリア・ローナフの記憶を覗いたことがないのか>
「……っ!」
失策を悟る。
アツミは、ミリアの記憶を覗いたことはない。そもそも他人の記憶をわざわざ覗こうとするほど、アツミは悪趣味ではない。
いや、流石に表層程度なら触れたことはある。それは他の人間も同様だ。
だから、アツミはその記憶を知らない。
そして同時に、知るべきではないとも思っていた。
<――恐れているお前には、解らないだろうさ。恐れることができるのが幸運だということを>
それは――怖かったからで。
今も、アツミはそれを怖いと思っていて。
<ああ、解らなくても構わないさ。お前は怖がっていればいい、アレだけ大口叩いて、ミリア・ローナフのことをわかったつもりで、その根底にあるものに押しつぶされればいい>
「……」
――弟は、アツミを理解した。
そしてその上で、勝ち誇ったように語る。
<お前は知らないのさ。恐怖というものが、認識できるものに対してしか発揮されないということを>
そうして、特異を起動させる。
<本当の恐怖というやつは、そもそも理解ができないんだよ>
「……!」
アツミはそれを止められなかった。
止めるには、多くの理由がありすぎたからだ。
<ぐ、おおおおお!!>
――叫び、弟はミリアの記憶の中を征く。
あの状況から、空気を今の状態に戻されたこと。アツミは弟のことをなにも知らないということ。そしてそれ以上に、ミリアの本質をアツミは知ろうとしなかったこと。
そしてそれを、
『――――ずるい』
そう、記憶の中の大切な人が呼びかけ続けたこと。
<ちくしょう、なんだこれは――頭がおかしくなりそうだ! だが、だが――見える、たしかに見える!! ああそうだ、こいつはただの人間だ。“あれ”みたいな頭の可笑しい怪物ではない!>
ああ結局のところ――アツミは果たして“彼女”の何を知っていたのだろう。
クロアを――そしてミリアを、アツミはなにも知らなかったのだ。
<見つけた!! これが、これがアイツの――ミリア・ローナフの末路だ!!>
知ろうとしなかったがために、アツミは――敗北した。
<>
ミリアはアツミの精神世界へと降り立っていた。製造した魔動機から、アツミはあくまで“弟”に取り込まれただけだということを察知。
その壁を叩き割って、この場所へと侵入してきたのだ。
「ここは――」
――その空間を見て、ぽつりとミリアはこぼした。
「……アツミちゃんの意地っ張り。こんなの、隠すことじゃないじゃないですか」
その意図は、けっしてミリアにしかわからない。
たとえ記憶を読めたって、ミリアは一瞬先にはその言葉の意味を忘れている。忘れた上で、体は既に動いているのだ。
背にはミリアがやってきた出入り口。
一寸先は闇、なにもないその場所に――
<お前は、どうしてここに来たんだよ>
――昏い瞳の、打ちひしがれたような顔のアツミが、現れた。
「アツミちゃん! ……いえこれは、本体じゃないですね!? しかもあのイケメンに乗っ取られている……あ、また寝取られに脳が……」
ふらりとミリアは足をふらつかせながらも、なんとか耐える。
その上で、きっとイケメンが操る子アツミに、鋭い視線を向けた。
「……何のようですか、アツミちゃんを返してください! 私の要件はそれだけです!」
<バカ野郎が、それが敵に情報を与える罠だってことになぜ気付かねぇ>
「罠だなんて、そんなの言われるまでもないじゃないですか。この状況に飛び込むことが私にとって危険なことは重々承知です」
相手はアツミではない。
だが、間違いなく言葉はアツミのものだ。この場に本物のアツミがいたとして、きっとアツミは同じ言葉を投げかけるだろう。
だから、ミリアは一切構わず前に踏み出す。
<そうやって、最後には危険の中で朽ち果てるのか?>
「違います。危険を乗り越えて、前に進むために私は戦います」
<詭弁だな。てめぇにアタシたちの気持ちなんざ解らねぇ。自分勝手に救うだけのてめぇなんかに>
自分勝手。
その言葉に、ミリアは足を止める。
<――たとえそれでどれだけアタシらが救われようが、てめぇの行き着くところは一つでしかねぇんだよ。てめぇの救いで、誰かの危機を肩代わりする。そうしててめぇは、代償を重ねるんだ>
「……限界突破、ですか」
手にする杖を強く握って、しかし視線はアツミへと向けている。
――思っていたことがある。
ケーリュケイオンに捧げる代償は、一体どれほどの価値で、どれほどの願いが叶うだろう。試したことはない。試すつもりもあまりない。
だが、なんとなくわかっていた。
この杖は、代償を求めている。代償のために奇跡を起こす。
それは悪意だ。悪意で奇跡を起こすから、その奇跡に杖は誠実だ。奇跡が本物でなければ、人は心の底から代償を捧げてもいいと思わないのだから。
だったら。
その行き着く先は、自ずと決まってくる。
<見たぜ、てめぇの記憶>
アツミは――否、アツミの裏にいる、“弟”はミリアへ告げた。
それはミリア・ローナフの。
否、ケーリュケイオンの担い手が行き着く場所。
<てめぇ、代償をその杖に捧げ続けて、最後に自分の存在を捧げて世界を救うことになるんだろう?>
『魔導戦姫アルテミス』。
そのグランドエンディング。
世界を救い、自分を殺す。
――そのための手段を、アツミはミリアの薄れた記憶の中から、掘り起こしたのだ。




