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4 アホとそれを取り巻く人達と

 ミリア・ローナフです!

 来週には遠足と朝の会(小学校みたい)で言われて、私のテンションは現在それはもう最高潮と言って良いでしょう。バナナはおやつに入りますか?と思わず聞いてしまった自分を呪いたい。


 遠足とは言ったものの、その内容はガチガチのキャンプ登山みたいなものらしい。深い森林に教師一人とクラス全員で入って、色々とフィールドワークをするのだとか。

 この学園は雰囲気的に高校とか専門学校的なノリが強く、かなり実践的かつ、実務的な内容を最初から直球で教えてくる。


 数学も、国語も社会も理科も、そして何より英語もない。いやはや素直な勉強が苦手だった私には、とてもありがたいことで。まぁ数学はとても得意なのですが! それはもう得意なのですが!!

 この世界の魔法も数式とか使うのですが、数式を考えるより愛に想いをはせるか普通に杖に代行してもらった方が早いので授業だとやらないのが悲しいところ。


 さて、遠足といえばなんと言ってもお弁当! 朝作ったおにぎりの海苔がいい感じにしっとりして、その日のお昼にしか食べれない特別な味わいになっているの、とても好きです。

 今回の遠足はお泊りで、夜は現地で食材を調達するというやたらとサバイバルなことをするけれども、初日のお昼は弁当必須。学校からの用意もあるらしいけれど、やはりお弁当は自作が一番だ。


 まぁ、料理なんて今の人生になって初めてやったくらいで、前世では一切経験もないのだけど。


「というわけでお弁当ですよ、シェードちゃん!」


「え、えっと……おー?」


 というわけで寮の一室にて、私は友人であるシェードちゃんとお弁当の準備を始めようとしていた。

 シェードちゃん、私がクラスで一番仲良くしてもらっている人です。他の人は若干遠巻きにこっちを見ている人たちと、なんかすごい個性的でちょっと近寄りがたい人たちなので、私のことを邪険にしないのはシェードちゃんくらい。

 まぁ、遠巻きに見ている人もお菓子をくれるので、悪い人ではないはず。


「あ、あのねミリアちゃん?」


 私よりちょっと大柄な、けれども平均で見ればかなり下の方に位置する体型と、童顔。そしてそれに似合わぬグラマラスなぼでー、犯罪的金髪少女、シェードちゃんはおずおずと切り出した。

 個人的に、私は性自認が曖昧なので、ああいう女性的な身体に成長しなくてよかったと思いつつ、少しうらやましい。


「なんでしょう、シェードちゃん。あ、何かおかずのリクエストがあったら言ってくださいね、大体のものなら作れますよ?」


「あ、じゃあハンバーグ……じゃなくって」


「はい、わかりました」


「作れるんだ! じゃなくって!」


 しかし、何やらシェードちゃんは言いたいことがある様子。ちなみにこの世界の衣食住の事情は現代とそこまで変わらないように感じる。娯楽文化は世界自体が割とやばめなのもあって、そこまで発達してないけど、衣食住に関しては魔法で解決できるらしい。

 つまり魔法って何でもできるのでは? 私の料理にも魔法は欠かせない。


「初陣実習でお弁当を用意するって、聞いたこと無いよ!? 多少保存食を持ち込むならともかく、そもそも料理なんてできる人のほうが珍しいし」


「何でもかんでも魔導で解決するのは良くないと思います」


「そうじゃなくってぇ……」


「でも、先生からは許可をもらいましたよ」


 諦められてるだけだぁ、と顔を覆うシェードちゃんは些か大げさすぎる様に思えた。別にお弁当を作ることを咎める教師なんていないと思う。

 旅の思い出って、とても大事だと思うのだけどなぁ。


 ともかく、咎められる事情もないのだから、さっそく料理に取り組もうと思うのだが……


「それとぉ!」


「またですかぁ?」


 シェードちゃんはまだ言いたいことがあるらしい。

 さすがの私も、そう何度も文句を言うと、ちょっとムッとする。飴玉一つはもらわないとこの怒りは収まらないだろう。


「……頭のそれ、何?」


「え? これですか?」


 と、私が被っているものにシェードちゃんは興味があるらしい。なんだ、最初からそう言ってもらえたらよかったのに。これが気になるとは、シェードちゃんも見る目があるということだ。


「これですか、コック帽です」


「こ……っく?」


「いいですか、コックというのはですね……」


「それは知ってるよ!!」


「……? じゃあ何が気になるんです?」


 なんとも煮え切らない様子。シェードちゃんは一体何が言いたいのだろう。そろそろお米が炊けるので、料理の準備をしてお米が炊けたらそのまま食べたいのだけど。

 あまり長く問答していると、全然話が進まないじゃないか。


 顔が思わずむすーっとしてくる。


「それコック帽じゃないよね!?」


「……コック帽ですよ」


 むすー、


「いや、違うよね!?」


「コック帽です!」


「だって――」


 シェードちゃんは私の帽子を指差して、



「羊だよこれ!」



『ワン!』



「羊ですらない!!」


 テンポよく、私の帽子が鳴いたことを突っ込まずに、羊でないことを指摘してきた。シェードちゃんはノリがいいのかもしれない。

 そう、私のコック帽は羊さん型だ。頭のふんわりしてる部分がもこもこしている。

 そしてこれには鳴き声が実装されており、可愛らしく鳴くのである、ワンって。


「ちなみにこの動物は犬といって、今では見ることは出来ませんが……」


「知ってるよ……本で読んだよ……でもなんで羊なのに犬……?」


「私、犬のほうが好きなんですよね」


 懐いてるワンちゃんはすごい勢いで走ってきて、すごい勢いで尻尾を振ってアピールしてくれるのが可愛いと思う。ああ、また犬を愛でたいなぁ、愛の力でなんとかできないかな。

 とはいえ愛の力で無から犬を生み出すとこう、倫理的にまずいと思うのでやらないけど。


「とにかく、料理ですよ料理」


「……それでね、まだあるんだけど」


「もう、またですか?」


「遠足、明日じゃないよね?」


「…………」


 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………


「これは夕飯です!」


「ま、まぁお米も炊いてたしね。……お弁当のつもりだったら、なんで今お米炊いてるの?」


「…………」



 ――なお、作った料理は大変好評でした。個性派組はそもそも料理というものの存在に驚いてましたが。この世界ってシビアなところはとことんシビアですね!!



 <>



「せんせーーーーーーーーーーー!!」


 ――――また来た。


「おはようございまーーーーーーーーーーーす!!」


 彼女は、こちらに気がつくと凄まじい勢いで近づいてくる。それはもう笑顔で、百四十もないくらいの身長は小柄で、しかしそんな小柄さが気にならないくらいのパワフルさで走り寄ってくるのだ。

 そして自分のところへやってきた彼女は、それはもうすごい笑顔でぺこりと一礼をする。


 可憐だと思う。


 この少女が、ミリア・ローナフでさえなければ。


「おおおお、おはようございますすす」


 思わず言葉が震えてしまった。

 ――感じているこの気持は、きっと恐怖。この少女が、これから何をするかわからないという恐怖……! 戦場で、未知の敵に出会ったときに感じるものと同種の恐怖!!


「今日も一日、よろしくおねがいしますね、カンナ先生!」


 ――名前を呼ばれて、思わず新人教師――カンナは少し後ずさってしまった。


 そう、彼女こそ、ミリアが爆睡していたときに、クラスにいた教師であり、先日職員室でミリアの授業にいきたくないと泣き叫んでいた教師――そして、一年前まで、現役戦姫の中で最強の呼び声も高かった、天才戦姫である。


 はっきり言って、カンナは本物の天才だった。

 彼女が駆け抜けた戦場は連戦連勝、常に追い詰められる立場にある人類において、カンナあって敗北なしという事実は、希望としか言いようのない存在だったと言っていい。


 ソレが今、


 未知の存在、謎の珍獣に恐怖している。


 目の前の珍獣は、凄まじい勢いでこちらに走ってきて、凄まじい勢いでアピールしてくる。果たしてこれを、なんと呼ぶのが正しいのだろう。

 きっと、もしもそれを動物にしたら、とても愛らしいのだろう。撫で回したくなるほどに。


 しかし、目の前の珍獣は違うのだ。

 彼女は何をするかわからない! そして、同じ人間だから言葉が通じる、しかし何を言っているかわからない! 恐怖の根源はここだ、言葉が通じるのにその思考が理解できない。

 万が一、戦姫たちの敵――あの恐ろしい怪物たちが、言葉を発していたら、これほどまでに恐怖を掻き立てられるのだろうか。


 少し考えて、しかしカンナは否と断じた。

 この少女の恐ろしいところは、それだけではない。もしも言葉が通じても思考が理解できないとして、それが純粋な敵ならば排除すればいい。

 しかしミリア・ローナフは仮にも人類の希望、自分と同じ杖無の天才。

 ――理解しなきゃいけないという感情、それこそが、ミリアに感じる恐怖の本当の源泉、なのかもしれない。


 と、考え事をしていると――



 ――目の前にミリアの顔があった。



「ぃっ……!」


 思わず、悲鳴が漏れるのをギリギリで回避する。彼女に非は一切ないのだ。だから、彼女を怖がっていることを表に出してはいけない、もしも表に出したら彼女を怖がらせてしまうかもしれない。

 だから、それだけはだめだ。


 そう、思いながら耐えていると――ミリアは、顔を離してぱっと笑顔を咲かせた。


「先生、顔色悪いですけど、風邪ってことはないみたいですね。よかったです!」


「……え」


 ――ミリアは、自分を純粋に心配していた?


「……ミリアさん、それで顔を近づけていたの?」


「はい、体温を測っていました。平温ですよ、ご自愛くださいね」


「…………」


 思わず、その笑顔に引き込まれてしまう。

 ――彼女は今、何も考えていないのだろう、何気なくそれを実行したのだろう。だが、しかし……


 嬉しく思ってしまった。


 カンナは、その行動に感謝を覚えた。純粋な心配など、果たしていつ以来か――思わず、そう思い返してしまって――



 もしかしたら、初めてなのではないかと行き着いた。



 天才としての自分。

 誰からも頼られるだけの自分。

 それを……彼女は心配している?


「……あり、がとうございます」


 動揺する自分に、ミリアはさらに笑みを浮かべてから、ぺこりとまた一礼してその場を去っていく。


 ああ――


 ――まただ。

 また、ミリアに揺らがされてしまった。

 こんなはずではなかった、と思う。この学園に赴任した時は、こんなはずじゃなかったのに――


「……もしかしたら、ミリアさんへの恐怖の原因は」


 ふと、そう口に出す、周囲に誰もいないから、と。

 ――油断、だっただろうか。



「ミリアちゃんが、なぁにいいいいいい!!!」



 背後を、カンナは取られていた。


 ――杖無(ディスワン)、この世界における天才の称号だ。

 魔導機無しでの魔導行使。これができるものは、間違いなく戦姫として大成する。しかし、魔導の行使には複雑な計算式が必要不可欠。

 それを瞬時に頭の中で計算できる天才は、数が非常に少ない。


 この学園でも、三人しかそれはいないのだ。


 一人が、言うまでもなくミリア・ローナフ。もうひとりがカンナ。

 そして、もうひとり。


「ねぇ、ねぇねぇねぇ、カンナ!!」


 ――彼女こそが、ミリアを除けばこの学園きっての変人。どころか、ミリアは基本無害であるゆえ、この学園一の危険人物は、間違いなく彼女だ。


「……なによ、ローゼ」


 ローゼ、派手な赤髪と、白衣が特徴的なグラマラスな女性。スレンダー気味なカンナにとっては、存在自体が憎い相手。

 そんな変人教師が、カンナの後ろに立っていた。


「ローゼたんと呼んでくれてもいいのよぉ、カンナ」


「絶対に嫌よ……用件を言って」


「ん? んー、いや、とっても単純なことなんだけど――」


 ――その時、カンナはとても嫌な予感がしていた。

 目の前の女性、ローゼは危険人物だ。そして、そんなローゼが、ミリアに興味を示している。間違いなく、厄介ごとの予感。


 しかし――



「ミリアちゃんの初陣、監督役を代わってほしいんだけど」



 その、明らかに面倒なことが起こるという提案ではなく。


 ソレ以外の部分に、カンナは危機感を覚えた。

 虫の知らせ、というやつは、カンナにとってとても覚えのあるもので――


 故に、カンナはその要求を呑んだ。



 ――――このときから、世界の歴史は本来のものとは、大きく違うものとなる。それを知る者は、残念ながらどこにも存在しなかった。

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