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36 収奪

「全員集合! 絶対にあいつ――クロアには近寄らないで!」


「あいつの能力は収奪! 奪われるもの、射程、範囲がわからない。最悪命すら収奪されるわ!」


 先生たちが号令をかけて、私たちとイケメンが睨み合っている間に、他の皆さんは集合します。怯えるアツミちゃんを隠すように、私達はイケメンと向き合いました。


「きしゃあ!」


「ミ、ミリアちゃん急にどうしたの!?」


<おいおい、そこまで殺意を向けなくてもいいだろー? ……いやほんと何でそんな殺意向けてんの? こわいこわいこわい>


 ――私、寝取られ展開は大嫌いなんです。

 何なら女の子が女の子に寝取られるのだって許しません。イケメン有罪、純愛裁判! 死刑! 閉廷! それはそれとして、警戒は怠りません。

 若干皆さん引いている気がしますが、関係ありません。キシャア! 対主砲発射ーー!!


 突然ぶっぱされた主砲に、慌ててイケメンは回避しながらこっちをなんかすごい目で見ています。心外!


「お、落ち着いてミリアちゃん! 向こうは本気じゃないみたいだから!」


「ふしゃーふしゃー!!」


「ミリアちゃーん!」


 気を取り直して、イケメンはニヤニヤといやらしく笑いながら、こちらを見下ろしています。ムカムカ。


<ははは、それにしても手際がいいじゃないか。英雄カンナがいるだけあって、判断が早い>


「……それで?」


 カンナ先生の油断ない言葉に、一層イケメンは顔を歪めて。ムカムカ。


<いや、賢明な判断だよまったく。そのとおり、既に知っていると思うけど、ボクは収奪の能力を有する。奪い、そして手にする。つまり――>


 イケメンが、手をかざした。

 ――収奪。その能力から想定されるもっともわかりやすい挙動は二つ。一つは、


<こういうことさ>


 無数の魔法が、イケメンの手から放たれる! 私は光の壁を生み出し、それを弾く。四方八方から飛んでくるけど、この程度ならどうってことはない。

 もちろん向こうだってそれはわかっているはずだ。だからそこから反撃に打って出ることはしない。反撃すれば――


<あーあ、酷いんだ。ボクを倒すために放たれた渾身の魔導だったっていうのに。キミからすれば塵と変わらないくらいのものでしかないんだ>


 ――その魔法を“収奪”される。イケメンはこれまでに戦姫と遭遇したことがあるんだ。そして、戦姫が放つ魔法の尽くを収奪して、溜め込んでいた。

 つまりなにかといえば、イケメンは攻撃を無効化して反射することができるんだ。しかもほとんど無条件に。

 数百の魔法が同時に放たれた以上、奪えるモノの数に限りはないってことだ。


 例外は、私の対主砲くらいだろう。あれはあくまで対主を想定しているので、戦姫には効果がないようにしてある。先生たちが飛び回るなか構わずぶっぱしまくってたのはそれが理由。


「……その魔導を奪った戦姫を、てめぇは」


 アツミちゃんが、ふらふらとカナちゃんたちの肩を借りながら立ち上がる。回復魔法を受けているけれど、それでもつらそうだ。頭が痛そうで、見ていられない。


<もちろん、殺したよ?>


 それをわかった上でイケメンは煽ってくるらしい。なんてことのないようなその宣言に、アツミちゃんたちの顔が険しくなる。


<だってボクの顔を知られたらまずいじゃないか。だから殺す。ゲームの開始までまだまだあるし。ヘマは打っちゃあいけないよ>


「……」


<まぁ兄さんがヘマしたんだけど――>


 やれやれと、どうでも良さそうにイケメンはため息をつく。イケメンは本当にどうでもよさそうだ。なんというかもともと好きでもなかったヤツの大ぽかで完全にその人を見放した感じ。

 な、生々しい!!


 えっち!


「何にしたって、姿を表した以上、逃がすつもりは毛頭有りません! ここで消えてもらいます!」


 いいながら、シェードちゃんを地面に下ろす。私一人なら効かないだろうけど、私の防御をすり抜けてシェードちゃんから収奪をしてしまうかもしれない。

 シェードちゃんは不満そうだったけど、でも、言ってても仕方がないので何も言わなかった。


<あっははは、結局一人になっちゃうんだ。ねぇミリア――そいつらって守る価値があるの?>


「私は価値で人を守りません」


<じゃあエゴってことだ。わっがままぁ>


 いいながら、こちらがそれ以上答えないつもりなのが解ると、やれやれとイケメンは肩をすくめてから槍を構え直す。黒いそれは、おそらく宿痾を変形させたものだろう。


<言っておくけど、ボクが兄さんみたいに宿痾で倒されるとか、期待しないでよね>


「そうですか」


 飄々としていて、あちらの考えが読めません。

 アツミちゃんを見れば……横に首を振る。アツミちゃんの読心はあくまで魔導の一種なので対策が取れます。アツミちゃんのことを知っているイケメンに、対策ができないわけないのだろう。

 アツミちゃんの探知に引っかかったのは、その対策が能動的に行わないといけないことだからか。


 ……誰かの魔法を収奪したのかな。


「……いきます!」


 考えていても仕方がない。向こうの手の内が読めない以上、こちらも対策の魔法を使いつつ近づくしかないわけで。向こうもそれはわかっているので、肩を竦めつつ間合いを測る。


 私にしてみれば……そしておそらくイケメンにしてみても、意外なほどに静かな立ち上がりだった。


 イケメンは惜しみなく魔法をぶっ放してくる。宿痾を操作しないのは、操作するのが面倒だからだろうか。あくまで攻撃手段は魔法だけ、魔法イズ魔法。魔法は正義。まぁ効かないけど。

 とはいえ、こっちが近づいてもすぐ逃げる。びっくりするくらい逃げるから、私は幾つか対主砲を放ちながら追いかける。


「どこへ行くっていうんですか!」


<ははは、素直に捕まってやらないってことだよ!>


 こっちの集中を削ごうとしている。もしくは何かを確かめている。多分どっちも、こっちの集中が途切れれば、即座に皆を狙うだろうし、私の出方を確かめて、手札を覗こうとしているんだ。


 とりあえず既に見せている札以外は使わない。特に限界突破。まぁケーくんの仕様がわかっていれば警戒はしてると思うけど。

 この場合イケメンが気にしているのは、私の限界突破以外の対抗策だろうか。


「むう、面倒な!」


 鬼ごっこはしばらく続きます。このまま向こうが、こちらに対応策がないと判断してくれればいいですが、そうはならないでしょう。向こうの狙いが何となく読めました。こちらが手札を切らないなら、そのうち向こうは逃げるつもりです。

 向こうは手の内を明かすつもりはないみたいです!


 だったら、


「……操手! 貴方達、一体何なんですか?」


<おやおや、焦れて話し合いにもつれ込もうって? 悪いけど答えられないなぁ!>


「別に答えてもらうつもりはありません。そもそも、わかっていることなら色々とあります」


 話し合いというのは間違っていないけれど、ようは向こうを釘付けにできればいい。そのうえで反応を見れれば最善だ。

 けど、話し合いに付き合うつもりがあるってことは、イケメンは警戒している。

 むむむ、乙女ゲーの気配!


「貴方達は、人ではない。人を乗っ取る何かしらの種族。宿痾に命令系統が存在する以上、宿痾の一種かその原型とでも言うべきなのでしょう」


 そもそも宿痾とは固定の形を持たない存在だ。怪獣型も、ドラゴン型も、虫型怪人も、全部全部同じ宿痾だ。代わり映えのしない陰のような存在。

 意志は持つが、低俗で下劣。それ以外の感性を持ち合わせていないみたいに。


「そして、貴方もイケメンも同じように品性が下劣! オムレツとは天と地の差です!」


<下劣はさておきなんでオムレツと比べるんだよ! というか兄さんもイケメンでまとめるのはややこしいだろ!?>


「はっ、認めましたねお下劣イケメン! カツレツに挟まれて死んでしまえ!!」


<どういう罵倒だ!?>


 くっ……言い争いには結構乗ってくれますが、肝心なことは何一つ明かしてくれない上に、別にペースが乱されるわけではありません。

 絶対この間のイケメンならペース乱されてうっかり口に出してましたよ!? まぁ出した口に宿痾を突っ込まれたのですが。


 中々の強敵です、

 というかこのまま言い争っていると向こうが疲れて帰ってしまうかも知れません。ここは穏便にー


「いややっぱりカツレツ以下は言いすぎでしたね!」


<言ってないだろ!?>


 しまった間違えた――!!


「この、卑怯者!!」


<理解に苦しむなぁ……!>


 言いながら、幾つかの魔法を展開する。奪われるなら、奪われて問題ない魔法を使えばいい。どれも、既存の魔法であり、イケメンが放った弾幕の中に紛れていたものだ。

 だが、使い方は私のほうが上!


「くらえ!!」


<や、やっと動いたか!!>


 放ったそれを、イケメンは疲れた様子で受け止める。槍を振るうとその周辺の魔法がかき消えるのだ。むむむ、とにらみながら中に対主砲を混ぜる。

 当然大回りで避けられた。


 むむむむ……!


「……よし!」


 少し、考えて――突っ込む!


<はは、こっちの手札に当たりがついたってことかな? じゃあ問題だ。キミはボクにどう接近する!?>


 逃げない。

 原因は二つ。負けても死なない――ケーくんの限界突破以外でこいつらは死なない――ので、最悪限界突破さえ警戒していれば問題ない。もう一つはこちらが何かしらの手札を切って突っ込んでくると思ってる。


 でもね、


「ふっとべ!」


 私はそんなに甘くないよ!

 一瞬で距離を詰めると、同時に周囲に魔法と対主砲を混ぜ込んだ弾幕を作り出す。動けば当たる、当たれば動きがとまって、そこに限界突破が叩き込まれる!

 だから当然――


<――残念>


 私の予想通りに、イケメンは宿痾を出現させる!


「それこそ」


 私は手を上げた。イケメンが私の言い争いに気を取られているうちに――流石に警戒しながらのいい争いは、私にしか意識を向けることはできないのである――アツミちゃんの読心を通して伝えた作戦を、ここで発動する。


「残念さんです!」


 ――直後、遠くから放たれたカンナ先生の魔法が、出現させた宿痾を撃ち抜いた。


<なっ――!>


「これ、イケメンも同じ手に引っかかったらしいですよ!」


 やったことと、考えたことは単純。

 まず、このイケメンの収奪能力は“自分に触れた”存在が対象だ。触れただけとは、なんとも使いにくい。しかし、実際には、イケメンは宿痾の同種。宿痾もまたイケメンの一部なんだ。

 だから正確にはイケメン、もしくは宿痾に触れた魔法が収奪される。さっきの槍は、宿痾で形作られているので収奪できた。


 なのでこっちが突っ込むと向こうは宿痾を出現させて魔法の収奪にかかる。それを、私は読心でカンナ先生に作戦を伝えて、出現タイミングを図って撃破してもらうというわけです。

 読心は乱雑な思考の羅列を読み取る能力らしいですが、意識すれば思考で会話することは可能。

 私の思考だって伝わる……はずです!


 ……なぜかアツミちゃんに蹴り飛ばされる未来が見えました。


「ふっとべー!!」


<……ぐっ>


 焦るイケメン。

 ふふふ、どんなもんですか。


 しかし――



<なるほどねぇ、そこまでわかっちゃったなら仕方ない。本気になるか>



 直後、イケメンは悪い笑みを浮かべた。

 そして、


「な――」



 惚けるアツミちゃんを手元に出現させて、抱えた。



「にゃ――!」


 慌てて放つ魔導をあちこちへ反らす。まずい、と思うがもう遅い。イケメンは盛大に笑いながら、


<残念ながら、アツミはもともとボクのものだったんだよ。だから――返してもらうよ? 泥棒猫>


 悪い、悪い笑みとともに、かき消えた。


「アツミちゃ――!」


 呼びかける。手をのばす。

 アツミちゃんは、そんな私に――


 唇を動かす。



 そして、消えてしまった。



「あ、あ――」


 停止。後にはなにも残らない。私は、空を切った手を眺めて、そして――



<>



「あんぎゃー!! あんぎゃー!!!」


 ミリアは赤ん坊と化していた。

 何かが壊れてしまったのか、ジタバタと地面を暴れまわっている。悲痛な光景――ではなかった。なぜかミリアが三頭身になっているからだ。

 ミニマムミリア、ミリアぬいぐるみ、そんな感じの怪生物がそこにいた。


「ミ、ミリアちゃん落ち着いて―!」


「ど、どうなってるの……? 幻覚じゃない? 現実?」


 周囲は困惑している。

 アツミが奪われてしまったこともそうだが、ミリアが本当に三頭身になってしまったこともまた。ローゼはカンナが状況を考えているのをいいことに、ぬいミリアを突っついている。

 逆にカンナはローゼがそちらに意識を向けているのといいことに、現実逃避にアツミに対して思考を巡らせていた。


「とにかく、すぐにでもあいつを追わないと。……考えられる可能性として、あの操手の肉体はアツミちゃんの関係者よ」


「で、でもそれだとアツミが知らないのがわかんないッスよ!」


「収奪、されてるんでしょう」


 敵は、アツミを知っている。アツミの親しい存在であり、その存在の記憶ごと、アツミは記憶を奪われている。名を――クロア。

 どんな存在だったか、調べれば解るだろうか。


 だが、時間がない。


「と、とりあえずシェードちゃん、ミリアちゃんがどうなってるか解る?」


「あんぎゃー!! あんぎゃー!!」


「あ、はい、えっと――」


 そしてミリアは――


「……アツミちゃんが取られたことが、ショックだったんだと思います」



 寝取られ展開で脳を破壊されていた――

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[気になる点] 誤字? >「きしゃあ!」 >「シェ、シェードちゃん急にどうしたの!?」 シェードちゃんの脳が破壊されるッ
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