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30 これから

「にゃったたたーん! たったらたらーーーん!」


 ぐるぐると回りながら、ミリアはあちこちを駆けている。

 アホのような光景だが残念ながらミリアはアホである。この時、アツミの読心において、ミリアは思考と口から出ている言葉が同一だった。

 脳から直接言葉を出すことは難しい、口から出た時点である程度の整形がなされているのだ。だから、完全に思考と言動を一致させることは難しく、故に言い回しで誤解を産む。


 ミリアはその点、そもそも考えていることが擬音なので、言い回し以前の問題だった。そして今は言語化すら放棄していた。


 たったったーと走り回りながら、時折進みすぎると振り返ってアツミを待つ。今、珍しくアツミはミリアと二人で行動していた。

 普段ならそんな疲れることはしない、最低限隣にシェードかナツキとカナ、三人娘の誰かをおかないことにはミリアの相手なんてやってられない。

 しかし、今回はアツミとミリアの二人を指名した上で呼び出されたので、アツミは二人で行かざるを得なかった。シェードは呼んでもいいと言われたが、彼女は朝からミリアの部屋を掃除しているので手が空いていない。

 他の面々は機密の関係上呼んではダメだそうだ。


「何の用事なんでしょうねー」


「知るかよ」


 本当にアツミは知らなかった。アツミにはミリア経由で声をかけられたので、直接読心する機会がなかったのだ。とはいえ、声をかけてきたのが“彼女”であることから、内容は推察できた。


「ま、まさか、可愛い美少女二人を拐っていかがわしいことを……!」


「それがわかってんなら菓子に釣られんじゃねぇよアホ」


 呼び出したのは、ローゼだ。

 アツミに聞きたいことがあるらしい。ミリアに関してはいると何かしら意見をもらえるので、できれば一緒にいてほしいらしい。

 わざわざ自分を呼ぶ辺り、決していかがわしい話ではないとアツミは読んでいるが。


「それはお菓子が悪いんですよ! 私のお腹は悪くありません!」


「太るぞ」


「んぎゃーーー!」


 ぽかぽかとミリアはダイレクトアタックしてきた。頭を抑えて遠ざけると、ミリアは腕をぐるぐるし始める、そのままふっとばしてから頭にデコピンをした。


「あうっ」


 おでこを抑えるミリアをスルーして、アツミは先を進んだ。そろそろ見えてくるだろう。目指す先は――魔導学園アルテミス、療養棟。つまるところ病院だった。



 <>



 病院の個室で、眠っている小柄な少女の服をローズが脱がそうとしていた。


「何してんだてめぇ!?」


 思わず魔導機を抜いてしまったアツミを、咎められる人間は残念ながらいないだろう。慌ててミリアが間に割って入る。


「聞いてアツミちゃん!」


「そ、そうですよ一応言い訳は聞くべきです!」


「言い訳!?」


 思わず口をついて出てしまったのだろう。ミリアのローゼに対する信頼度が透けて見えた。なお、たとえそれだけ警戒していてもミリアは飴一つで容易にローゼについていく。

 なお、その間にもアツミはローゼを読心し、最低限の状況は察していた。


 目の前の小柄な少女――女性はライア。元ローゼの部隊の隊長で、今は色々あってこうして眠りについている。少女に見えるのは小柄なせいで、一応これでも年齢は二十を越えている。

 そして、ローゼはアツミに、彼女を読心してもらうためによんだ――と。

 なにせアツミには隠し事ができない。読心によって彼女は強制的に、周囲の秘密を知ってもらう立場に有り、セントラルアテナで起こった出来事――そして、この世界の秘密など、ミリアたちしか知らない秘密に、必然的にアクセスしてしまう立場にあった。


 何をしてほしいのか説明するのだろう、ローゼはゆっくりと口を開き、



「……ど、どのくらい成長したかなって、少し興味があって……」



「アウトだバカやろぉ!!」


 アツミはローゼを蹴り飛ばした。ミリアは止めなかった。


「なんだっててめぇは思考と口から出る言葉が百八十度違うんだよ!」


「違わないわ! 中も外も全部私よ!」


「いい感じに言ってんじゃねぇ、思考の中で知的好奇心が痴的にうごめいてんのはわかってんだよ!!」


 まぁ、たまに思考と言動が一致しない人間というのは存在する。ローゼもそうだが、そういう人間は大体仮面――ペルソナというやつの数が多い。ペルソナを使い分けるうちに、その切替が上手くいきすぎることはママある。


「それで、キチンと説明しやがれ……いややっぱりいい、アタシがてめぇの心を読んで理解する」


 ――と、そう言ってアツミは読心の精度を上げる。

 アツミの読心は戦闘においては使い所が難しい。指揮に使おうにも熟達が必要で、それ以外の方法ではあまり役に立たない。

 しかし、後方要員としてのアツミの需要は非常に高い。


 アツミは読心の精度を上げれば、深層にこびりついた記憶すら掘り起こすことができるのだ。用途は様々だが、もっとも有用な使いみちは、戦場からなんとか帰還したものの、心が壊れてしまった戦姫から何があったかを聞き出すためという使い方だろう。

 もちろん、アツミはそれほどの地獄を経験した戦姫の記憶を追体験しなくてはならないので、負担は大きいが。


「……ああ、大体わかった」


 そして、今回の目的もそれに準じたものだった。

 目の前の女性、ライアは先日のセントラルアテナで起きた事件にて救出された戦姫だ。以来、こうして眠りについており目を覚ます気配がない。

 なぜ目を覚まさないのか、その理由はいまいち不明で、ローゼとしてもお手上げというほかないらしい。

 そこで、天才でアホのミリアと読心が使えるアツミが呼び出された。


「ミリア、こいつを何とかできそうか?」


 まずは自分がやるよりもミリアに聞いたほうがいい。ということでアツミはミリアに話を振る。ほとんどミリアに説明していないが、基本的にミリアは聞かなくても話を理解している。

 なのでとんでもない方向に話を向けるが、


「あの、なんで聞きながらこっひの口をむにってするんですか」


「言わなきゃわかんねぇか?」


「はひ。えーと、ライアさんでふね」


 むにっ、

 ぽんっ、

 ぽよっ、

 以上ミリアの頬に起きた擬音終わり。


「んー、ケーくんを使えばいけますけど、奇跡は人の心までは変革できないんですよ。変質ならできますけど」


「つまり?」


「無理に起こすと、多分殺してと懇願すると思います。今、眠りの中でライアさんは自分と戦っているので、自然に起きるのを待ったほうがいいかと」


 ケーリュケイオン、ミリアの杖には代償を支払うことで奇跡を起こす機能がある。その機能であれば起こすことそのものは可能。しかし、その場合ライアは自責の念で死を選びかねない。

 それを変質させることはできるが、そうなった場合、そのライアは本当にライアと呼べるかはわからない。

 その上で、今はライアが精神の中で無意識に葛藤と戦っているために起きてこない、とミリアは言う。後者に関してはアツミも同意だ。


「んだな、こっからでもその人の自責の念が伝わってくる。まぁ、ゆっくりやすんでほしいもんだ」


「アツミちゃん優しい!!」


「うるせぇ!」


 というか、とアツミはミリアの頬をつねりながら、青筋を浮かべながら言う。


「そもそもこの人を眠らせてるのはてめぇだろ、ミリア」


「えひゅひょ、ひひゃひゃひゃひゃ!!」


 他に誰がわざわざこの女性を眠らせたままにしておくというのか。もちろん、ローゼたちが慮る可能性もあるが、自然に起きるのを待つという言葉がでてくる以上犯人はミリアだ。


「まぁ、そうなのよね。彼女はまだ、起きてこれないなら、起きてこないほうがいい、とは思う」


 ローゼも同意して、眠ったままのライアを見つめる。安らかに眠っているが、それもミリアの魔導あってこそ、普通ならば目を覚まし、彼女は今も錯乱していたかもしれない。


「んで、それはわかったが……アタシはともかく、ミリアについては何が聞きてぇんだ。アタシの読心は、それが終わってからだ」


「えっとね」


 ローゼは少し考えて――口に出すのはアツミのほうが早かった。


「宿痾操手とはそもそも何なのか……か」


「そうそれ」


「んー」


 宿痾操手、人類の大敵、宿痾の黒幕。だがわかっていることはそれだけで、アルミアもミリアも、詳しいことはなにも知らないのだ。

 他には何やら特殊な能力があるらしいということ、宿痾操手には“本体”がいるということ。その本体が戦姫を操って行動しているということ。


「操られた戦姫は、戦姫以上のスペックを発揮する。というのもあるわね。ライアは優秀だけど、流石にあそこまでではなかったわ」


「宿痾操手が優秀な杖みたいなものなんですよ。それこそケーくんみたいな」


「そうなの?」


「なぜアタシに確証を求める」


 なおミリアの脳内は常にハトが飛んでいるのでアツミでも理解できない。


『くるっぽー』


 と思っていたらミリアの頭にひよこが生まれた。


「真面目にやれ」


「はひ」


 むにむに。


「しかしそうなると、なんとなくそんな気はしてたけど、戦姫と宿痾の力の出どころって近似してるのね。アルミア先生はその辺り教えてくれないし……」


「そうなんですか?」


「いずれ、来たるべき時が来たら、ですって」


 ともあれ、わからないことはわからない。ミリアもそれ以上はどうにもといった様子らしい。であれば、次はようやくアツミの出番だ。


「それじゃあ、悪いんだけどお願いしていい?」


「いちお、人類のためですからね、いやとは言えませんよ」


 アツミ個人に負荷をかける形ではあるが、人類にそれを気にする余裕がないことをアツミはよく知っているし、それを否定するほどスレてもいない。

 これが、仲間が犠牲になった後とかならアツミも心境は変わっているかも知れないが。


「ま、無理はしませんけどね」


「そうしてくれると助かるわ」


 言って、アツミは眠るライアの前に立ち、読心の精度を最大まで高めた上で、対象を一人に絞る。絞る直前にふとんをマントのようにくるんでベッドの上で仁王立ちするミリアが見えたが、アツミは即座に脳裏から放り投げた。


 なお落ちていくミリアを幻視した。


「ん、これは――」


 記憶。

 アツミが読むことのできる心のなかでも、もっとも複雑で機械的な情報の海。人は記憶を正確に思い出すことはできない。表層に浮かべるさいに濾過されて、歪んで浮かんでくる。

 それは、記憶という代物がそれだけ精神的に劇物だからだ。


 トラウマも、後悔も、思い出さなくてすむなら、そのほうがいいに決まってる。


 だから、少しだけアツミは覚悟していた。

 ライアという女性の後悔の根源。あらゆる最悪の原因を、その目に焼き付ける覚悟を。


 しかし、



「――記憶が、存在しない?」



 アツミは、困惑しながら読心の精度を下げた。


「ど、どういうことですか!?」


「……宿痾操手に関する記憶が、ごっそり抜け落ちてる。あるのはそいつらに操られて、戦姫たちを攻撃した記憶だけだ」


「……っ」


 アツミの言葉を聞いたローゼが歯噛みする。ローゼの思考には三つの後悔が浮かんでいる。アツミに無茶をさせたこと、ライアにさせてしまったこと、宿痾操手の情報を得られなかったこと。

 どれが一番というわけではない。その思考に優先順位をつけるのは理性だ。だから、それらは等しく平等にローゼの中にあった。


「気にしないでくださいセンセ、とにかくこの人から記憶を読んでも……どころか、多分他の操手に操られてた戦姫の記憶を読んでも、結果は変わらないと思います」


 ――一つ、推察はできた。

 ミリアもローゼも天才だ、自分が推察するようなことにはすぐに思い至るだろう、と声には出さない。そして、ローゼはアツミが推察するよりも正確に、答えを打ち出した。


「――――宿痾操手の能力、ね」


「……でしょうね」


「それも、封印とか消去ではないでしょう? 宿痾操手だけってことは、他に一切触れていないということでもある。つまるところ、この能力は――」


 アツミも、ローゼも、そしてミリアもまだ、知らないことではあるが。

 それは――



「収奪」



 ――次なる敵の、手の内でもあった。

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