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28 アツミ

 粗暴の皮を被ったお人好し。

 コミュ障のように見えなくもない超コミュ強。

 嫌われていると思っているのは本人だけ。


 アツミという戦姫はそんな少女だ。


 その性格はぶっきらぼうに振る舞ってはいるが、非常に几帳面で生真面目。嘘と曲がったことが大嫌いで、義理や人情を重んじる。

 一人を好むが、自然と周囲には人がいる。本人もそれを鬱陶しそうにはするが、邪険にはしない。ミリアとは別種で人を引きつける少女だ。


 結果として、ミリア隊においてはミリアが暴走しているときのまとめ役。もしくはミリアが真面目にやっていないときのまとめ役となることが多い。

 シェードも仕切ることはできるが、彼女は基本的に後ろから場を締めるタイプなので、バランスをとって上手く場をコントロールするなら、ミリアかアツミのどちらだ。

 特に“院”出身のカナとナツキからは絶大な信頼を置かれており、ナツキに至ってはアツミのためならば死ねると言わんばかりの態度である。


 そして、当然ながらアツミもまた、院の出身だ。

 院、とはいわゆる孤児院、親の居ない子供を引き取るための施設であり、同時に『特異』と呼ばれる固有の能力を有する戦姫のために、それを暴走しないよう調整するための施設でもある。


 『特異』というのはこれまでも述べてきたとおり、固有能力だ。

 その能力の種類は様々だが、特徴として基本的に調整がなくては制御ができない場合がほとんどである。

 特異がそもそもなぜ発生するかと言えば、人間は体内のオドをマナに変換するが、この時変換するための器官に異常があった場合、特殊な現象を変換の際に起こしてしまうのである。

 そして戦姫は体内で常にオドを生産しているため、呼吸と同じようにそれをマナに変換して吐き出す必要があるため――特異として制御できずに魔導を行使してしまう、という原理だ。


 なのでそれ故に、特異を有する戦姫は生まれてすぐにその特異が発現する。特異の発現した戦姫を親元で育てることは非常に危険であるため、“院”に引き取られていく。

 そのほうが、親子を不幸にすることもない、というのがこの世界の常識だ。


 しかしもしも、その特異が一見発現しているかどうか解らなかった場合、成長し、子供が特異を自覚するまで、その特異が周囲に知られなかった場合、その子供は――特異として引き取られずに親元で成長する。

 結果、悲劇を産むことが、極稀にだが存在した。



 アツミは、そんな少女だった。



 アツミの特異は『読心』。だから、アツミは時折心と口に出す言葉が違う時があるということを知っていた。

 しかし、それを指摘したのは――タイミングとして最悪だったと言える。


 アツミの両親はアツミを愛して送り出そうと決めていた。戦姫となることが決まっているために、アツミの両親はいずれアツミを手放すことになる。ならばその時まで、アツミは親に愛されて育ったのだという思い出を与えるために。

 ――そういった境遇の戦姫は、少数だが存在していて、たまたまアツミがその一人で。そんなアツミは読心を持っていた。不幸はそれだけだった。


 愛して育てて、死んでいく戦姫を見送ることは非常に覚悟のいる行為だ。だから、時折アツミの両親はアツミを愛することを疲れてしまうときがあった。

 そんな言葉を、アツミは読心で指摘して、アツミの特異は露見した。



 結果アツミは院へと引き取られ、それからアツミは両親の顔を一度として見ていない。



 仕方のないことだと思っている。

 誰かが悪かったというわけではない。両親はアツミに心労を指摘され、色々と複雑だったようだが、最終的にアツミに謝罪と激励でもって送り出した。

 ――ココロの中で涙を流しながら。


 だから、悪かったのはアツミの天運で、それ以外に責は一つもなかったと、アツミは今でも思っている。

 そうしてたどり着いた院。アツミはそこで――


<カット>


 ――――


<カットここまで>


 ――アツミは<カット>院にやってきて、周囲と交流を持ち始めた。どういうわけか後から院にやってきたにも関わらず、特異の制御が完璧と言ってもいいほどにできていたアツミは、周囲と上手く距離を取りながら、親を知らず、調整によって普通の戦姫よりも荒んでしまっている子供たちのバランサーになった。

 読心という特異は対人関係においては優秀だ。相手の考えていることが分かり、求めていることが解る。アツミはそれを満たしてやればいい。

 誰か一人に偏りすぎてはいけないので、全体の様子を見ながらバランス良く。

 それはそれで、けっして嫌な作業というわけではなかった。アツミは粗暴ではあるが、人付き合いが嫌いではなかったのだ。


 ただ、ココロの中にしこりがあった。


 どうして自分は、こんなにも誰かのために行動するのだろう。

 決してアツミの人生は恵まれているというわけではないし、何よりこの世界は詰んでいる。コミュニケーションを良好に行ったところで、いずれ自分も相手もどこかの戦場で死んでしまうのだ。


 だったら、その交流に何の意味がある?

 一体なにがあったら、自分はこんなにも誰かのために行動するのだろう。わからない、しかしやらなければならない。

 それがアツミの、ただ一つの存在意義なのだから。


 それに――アツミは思う。


 この世界に悪い人間はいない。ただ、それぞれがそれぞれの思惑ですれ違い、相手を攻撃するしかなくなってしまっただけなのだ、と。

 悪いものがあるとすれば、それは宿痾と――



 ――天運。



 その二つなのだろう、とアツミはずっと、思ってきた。

 彼女に出会うその時までは。



 <>



「――んで、どーしたらあんな泡だらけになるんだ?」


「シャボン玉って、膨らませたらどこまでおおきくなるのかなって、試したくなって……」


「そのためだけに魔導を使うなや!!」


 正座して、申し訳無さそうにしつつも唇を尖らせるミリアに、アツミは怒りとともに怒鳴っていた。こいつはいつもそうだ。目を離すといつのまにかとんでもないことをやり始める。

 アツミはミリアにげんこつをしながらため息を吐く。


「あだー!」


「ア、アツミちゃん……こ、このくらいで……私達以外に……被害者はいなかったし……」


「ナツキはアタシとおそろいになれて、むしろ喜んでるじゃねーか! こいつには言わなきゃわからないんだよ!」


 この場には、真っ白になったミリア、カナ、ナツキ。そして元から白かったアツミの三人しかいない。だから、被害の規模としてはだいぶマシなほうなのだが、それはそれとしてアツミは怒っていた。

 ミリアはナツキの後ろへとパタパタ走っていって、アツミから隠れ始める。ナツキはそんなミリアによしよしと頭をなでて飴を与えているから、ミリアはさらにつけあがる。


「いいじゃないですか! 泡だけになっただけですし、ナツキちゃんはこんなに喜んでるんですよ!」


「いやー、私としてもミリアちゃんが楽しいことやってると、色々飽きないんでいいんすけどねー」


「ほら、カナさんも!」


「カナてめぇ!」


 そこに、更にカナまで援護射撃を入れ始めた。

 アツミはこめかみを引くつかせながら、なんとか怒りを抑えている。おちつけ、おちつけと自分に言い聞かせつつ、少し考える。


「……今日の洗濯はてめぇがやれよ」


「も、もちろん!」


「夕飯も、ちったぁ豪華にしやがれ」


「ガッテンの助!」


 ぐっと力こぶを作るポーズをしながら、むん、と力を込めて頭の上からぽん、とシャボン玉が飛び出る少女、ミリア。

 アツミはそんな様子にため息をつきながら、力こぶを作ろうとしているのに一向にぷにぷになままのミリアの二の腕をつつくカナとナツキに呼びかける。


「お前らも、それでいいな?」


「あ、ハイっす」


「もち……ろん」


 カナとナツキは、アツミが落とし所をつくると、それで完全に納得したのか、意識を先程の泡から完全にミリアの二の腕に移している。

 別に、本人たちの言う通りそこまで今回のことを二人は気にしていないだろう。だが、それはあくまで楽しくないより楽しいという気持ちが総合的に勝っただけで、理不尽も心の中で多少ながら感じている。

 だから、こうして落とし所を作って納得という感情を生み出すことで、理不尽を軽減するのだ。


 ミリアに付き合った場合、周囲の人間は『楽しかったが疲れた』という感情を抱く。この疲れたという部分が、こうして心に積もった理不尽の塊なのだ。

 そこまでほぐす必要はないが、アツミはほぐせるならほぐすようにしていた。


 性分だからだ。


「あ、じゃあそうだアツミさん、夕飯はどうしましょう。リクエストとかありますか?」


「ん? 別にねーよ、んなもん」


 そこで、ふとアツミは問いかけられて、思わず心の中で「カレー」と思った。しかし、口に出さなかった。アツミは素直ではないからだ。

 しかし、



「じゃあ、今日はカレーにしましょう」



 まるで当然のように、心を見透かしたかのようにミリアは言う。

 ーーまた、これだ。

 アツミはミリアのこういうところが気に入らない。心を読んでいるわけではないのに、心を読んでいるかのようにこちらの思考をピタリと当ててくる時がある。


 底が知れない。


 アツミにとって、それは一種の恐怖だった。

 人は何かを常に考えていて、その考えから外れた行動は取らない。それを知っているアツミは、人を恐れない。恐ろしいのは宿痾だけ、そう思っていたのに。

 ――例外がいたのだ。


 この世界においてただ一人、ミリアの思考をアツミは理解できなかった。

 たとえばそれが、ナツキならば――


『ミリアちゃん……カワイイ……アツミの次くらいに……カワイイ……アツミ……アツミかわいいよ、アツミ……(以下年齢制限)』


 ――と、このように。


 たとえばそれが、カナならば――


『うひょー! カレーだあああああああああああああ!!!』


 ――と、このように。


 であればミリアは?

 ――非常に単純だ。



<うきょー! びゅんびゅーん! にゃにゃんにゃん!>



 ミリアはあらゆる思考を、擬音で行っていた――

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