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26 反撃

<が、ガガガ、ガガガガガガ!>


「り、理事長! これ本当に大丈夫なんですか!!」


 小型宿痾を顔面に受けてのたうち回る宿痾操手――“兄”。それをシェードが困惑しながら見ていた。明らかに人がしてはいけない顔をしている現在の兄は、シェードからすればそりゃあ心配になる状態だろう。

 とはえ、


「この程度でそいつらは死にませんよ。カンナさん、ローゼさん」


「あ、は、はい!」


 状況に困惑し、停止していたカンナとローゼがアルミアに呼びかけられて再起動する。どう考えても兄は悶絶していて動ける状態ではないが、それはそれとして拘束は必要だ。

 即座に兄の元へとやってきた二人は、兄の身体を拘束し、口に突っ込まれていた小型宿痾を引っこ抜いて、顔に突きつける。


<ぐ、おお、おおおお……っ!>


 兄はゲホゲホと咳き込みながら呻く。状況を理解できていないのか、目を白黒させながらなんとか自分を落ち着かせようとしていた

 そして、それが落ち着いて――


<な、にが、どうなっている……!>


「――アンタの負けよ、ライア」


<オレはライアでは……いや、これは……ぐっ、貴様らぁ!!>


 兄は自身が拘束され、宿痾を突き付けられている現状に気がついた。そして、拘束を外すことは可能だが、多少は力を込める必要があり、動けば即宿痾がまた叩きつけられることも把握した。

 そう、負けたのだ。

 カンナの言う通り。


 だが――


<ク、ククク、だからどうした!? お前たちもわかっているのだろう。オレはこの身体を操っているということは、オレは本体ではないということを!>


「なら、今すぐライアを解放しなさい! そうすれば、どこへでも好きに行けばいい! どうせ倒せないなら、そのくらいはしてもらうわよ!」


<――――クッ、ハハ! 馬鹿め、そんなことこの体が望むと思うか? 教えてやろう、この身体はオレが操っている間の記憶が存在している!>


「……っ!」


 兄がその場からいなくなれば、ライアが開放されるとして――後には兄が起こした凶行の記憶を植え付けられた戦姫が残る。

 それは――地獄だ。もし目が覚めれば、いっそ殺してくれと戦姫は願うかもしれない。


 だが、


「――だから、どうした。死んでしまうよりはよっぽどマシよ」


 カンナはいい切った。

 いや、その場にいる誰もが、きっと心は同じだろう。生きていれば次がある。それをこの場にいる誰もが知っている。否、教えられたのだ。


<……後悔するぞ>


「――後悔しようが、しまいが、人生は続きます」


 そこで、アルミアが語る。

 静かに、諭すように。


「続かないことこそが不幸なのであり、背負って生きていくことも、前を向いて生きていくことも、決して不幸ではありません」


<それは押し付けだな! 本当にこの身体がそれを望むといい切れるのか?>


「言い切れませんが――言ってくださるように、努力する。それが、彼女を救った者たちの義務です」


 兄は、これ以上言っても、何の意味もないことを理解した。覚悟は堅い。であるならば、問答は無意味だろう。


<それが、お前たちの選択か?>


「ええ」


<どうなろうが、前に進むということか>


「そうね」


<そのための努力をお前達は欠かさないというわけだ>


「そうですね」


 兄の言葉に、カンナが、ローゼが、アルミアが同意した。

 シェードが固唾を呑んで見守る中、戦姫達が見ている中で、両者は確かに意志を交わした。疎通を図った。

 そして、


 その上で、


<――ならば>


 兄は、



<それをぶち壊してやろう!!>



 狂気に満ちた笑顔で、勝ち誇るように言ってのけた。

 直後――兄が操作する身体であるライアから、大量のマナが溢れ出す。ありえないほどのマナ、光となってそれは視覚的に周囲を覆う。


 これは、つまり。


<この体ごと、セントラルアテナは消し飛ばしてやるさ!!>



 自爆。



「な――」


 シェードが絶句する。 


「チッ……」


 カンナが即座に宿痾を振り下ろす。しかし、


<効くかよ!!>


 それは、膨大なマナによって防がれた。宿痾は所詮宿痾、あくまで操手の装甲を貫けるというだけで、武器としてはあまりにも儚い。

 防がれた宿痾はそのままマナに焼き尽くされ、この場に兄への対抗手段を失った。


「総員退避を!」


<もう遅い!!>


 ローゼの叫びを、兄はあざ笑う。もはや爆発まで数秒もない。この場にいる全員が、この爆発に巻き込まれるのだ。


「お、まえ……! 悪あがきを!!}


 カンナが叫ぶ。


<悪あがき、上等! クハハハハハハハハ! お前らのその顔が見れただけで、こうするかいがあったってもんだ!!>


 笑い、兄は勝ち誇る。

 ――それが、自分の失態のツケだとしても、今この瞬間は、兄は絶頂期にあった。この後のことなど何も考えてはいない。そう、ただ兄は今だけでも人間を嘲笑えればそれでいいのだ。


 意志は疎通した。

 だが、それでも兄は嘲笑を選んだ。


 圧倒的な意識の断絶。対話など不可能だということを見せつけるように、兄はカンナたちが命がけで掴みかけた、かつての後悔をカンナたちごと吹き飛ばそうとする!



 それは、どうあっても成功するはずだった。



 そこに、



「――――シェードちゃんどころか」



 宿痾操手にとっての最悪が存在していなければ。



「皆さんに、何してるんですか!!」



 ミリア・ローナフは、魔動機ケーリュケイオンを構えて、そこにいた。


<な――>


「ミリアちゃん!!」


 光に包まれていく中で、それでも確かに存在を誇示する少女が、



「再生機ケーリュケイオン! |限界突破《コード:オーバードーズ》ッ!!」



 その日、奇跡を起こす。


 ――直後。ケーリュケイオンから放たれた光は、爆発寸前の兄を貫き、



 それを消滅させた。



 文字通り、跡形もなく。


 兄だけを消し飛ばし、そこには、横たわるように空中へ浮かぶ、ライアの身体だけが存在していた――



 <>



「お、わった……?」


「みたい、ね」


 ローゼとカンナが、その様子を見守っていた。

 絶体絶命の状況、失われかけた、取り戻したはずの大切な仲間。それを、ミリアは見事に守ってみせた。確認すれば、ライアは寝息を立てており、今も生きていることが解る。

 きっと、ミリアのことだから完全にライアから兄を取り去ったのだろう。


 だから、終わったのだ。


 何もかも――色んなものが。


「よかった……」


 カンナの言葉が、二人の嘘偽りない本音だった。

 文句なしの大勝利、といっていいだろう。この安堵に、決して陰りは存在しないのだ。そのことが――たまらなく嬉しい。

 カンナにとっても、ローゼにとっても、これほど明確な勝利は初めてだったのだから。


「それにしても――」


「……ケーリュケイオン、やっぱり再起動していたのね」


 教師二人には、いよいよ現実を認めなくてはならない事実があった。

 再生機(リザレクションズ)ケーリュケイオン。まさしくこの世界の希望であり、カンナたちにとっては、動かなくなってしまった過去の遺物だったもの。


 それが、ミリアの手の中にある。

 これまでも、学園では何度か目にしてきたが、それが本物であるかはいまいち確証が持てないでいた。しかし今、ミリアはたしかに奇跡を起こした。

 ケーリュケイオンに存在すると伝えられている特殊機能、限界突破。

 それを使ってみせた以上、アレは間違いなく本物のケーリュケイオンだ。


 少しだけ頭が痛いが――問題は別にある。


「……つまりミリアさんは、代償とともに奇跡を起こしていた時がある、ってことよね」


「そうね……」


 代償。

 例えばそれは、視覚だったり、聴覚だったり。それ相応の代償でなければ大きな奇跡は起こせない。ミリアは、果たしてあれにどんな奇跡を託したのだ?

 ――ライアは、ミリアのどんな犠牲で助けられたのだ?


 そう考えて、少しだけ気が重くなる。――人類は、結局ミリアを犠牲にしなければ生き残ることはできないのか、と。


「……あの、おふたりとも?」


 しかし、そこでシェードが声をかける。

 おそるおそる、といった様子で――きっと、カンナたちの会話が聞かれていたのだろう。


「あ、えっと」


「……シェードちゃんは知っているはずよ」


 思わずカンナは取り繕うとして、しかしローゼの指摘で気がつく。そうだ、シェードはミリアとともに地下へ行き、知ったのだ。

 だとすれば当然、ミリアの代償のことも……


「あの、えっと、その、代償のことなんですけど……」


「皆さんどうしたんですかー?」


 そこでミリアがやってきた。

 まずい、とカンナたちが思うが、もう遅い。


「ミリアちゃん」


「はい、なんでしょう」


「……今度はケーリュケイオンに何を代償に捧げたの?」


「え? えっと」


 シェードは聞いてしまった。

 とても、とても苦々しげな顔で。


 そして、帰ってきた答えは――



「鎌倉幕府が成立した年が何年だったか、ですね」



「かま……?」


「くら……?」


 カンナたちを困惑させるには十分だった。


「いいくにつくろー! ……アレ? 覚えてる」


「わからないよ……わからないよミリアちゃん……!」


 小首をかしげるミリアに、シェードはなんとも言えない顔で突っ込んでいた。

 ――直後、シェードから聞いた反則めいたミリアの代償で、カンナとローゼも同じ顔をした。


 そんな時だった。



「皆さん、聞こえていますか」



 アルミアが、その場にいるものたちへ呼びかけた。



 <>



「皆さん、聞こえていますか」


 戦闘が終わり、勝利を確認するとアルミアは語りだす。

 それは、会議のときと同じ、この場にいる者たちに、自身の考えを伝えるものであり、そして同時に周囲の意志を一つにするための演説でもあった。


「此度の戦闘は、非常にお疲れさまでした。皆様の奮闘で、こうして勝利を勝ち取ることができ、私は大変喜ばしく思います」


 ですが、と続ける。


「ですが――一つ、我々は大変な事実を知りました。宿痾の黒幕、宿痾操手の存在です」


 アルミアは、今回の戦闘で姿を表した黒幕の名を出す。

 宿痾操手、人類の敵であり、人類を玩具としか思っていない最悪の存在。

 倒さなくてはいけないものが、見えた戦闘だった。


「そして、我々はその撃退に成功しました。完全な勝利、という結果で」


 それは人類にとってはあまりに大きな勝利と言えるだろう。

 もしかしたら、これこそが人類にとって、初めての勝利とすら言えるかも知れないほどに。


「加えて先程の戦闘で宿痾操手が言っていた、地下に出現した宿痾の主も――討伐に成功しています。アルテミスシリンダーは、無事です」


 ――その言葉に、歓声が上がった。

 それすらも守りきったという事実、人類に損耗と言える損耗は一つもなかったのだ。

 あれほどまでに衝撃的な襲撃だったにも関わらず。


 しかし同時に、疑問もあった。あれ程の襲撃を、一体どうやって撃退したのだ? アルテミスシリンダーを使用したのか? であれば誰が?

 疑問は尽きない。


「主を撃退したのは、一人の戦姫です。彼女は奇跡とも言える方法で主を撃退し、人類を守りました」


 もちろん、それが誰であるかを知っているものはこの場に少数であれ存在する。

 中には、かつて“彼女”がこのセントラルアテナでやってのけた数々の頭の痛い所業を覚えているものもいる。とはいえ、全員ではない。


「私達には希望があります。アルテミスシリンダーを用いずに主を撃破するという希望。ですが、その希望は世界に一人しか存在しません」


 何より、会議でも結論として、その一人に頼り切ることはするべきではないという結論になった。

 であるなら、アルミアの言う通り、その希望には“限界”があるのだ。


「ですが、私達はこの戦闘で、もう一つの希望を見出しました。――この勝利そのものです」


 だから当然、アルミアは別の希望も提示する。


「宿痾操手。得体のしれない敵に対し、私達は――その希望である戦姫も助けもありましたが、切り抜けました。人類はまだ、勝利できるということを証明しました」


 そう。

 姿を表した黒幕へ、人類は勝利をもぎ取った。そこに、希望の少女は直接的には関与していない。カンナを再起させるキッカケや、操手を引きずり出す魔導をカンナたちに託したのはその少女だが――少なくとも、小型宿痾をダンクシュートしたのは、それ以外の人類だ。


 だから、



「故に、これは人類の勝利でもあるのです」



 力強く、アルミアは言った。


「人類は、一つの限界を越えました。宣言しましょう、人類は一つの時代を終えました。次なる時代は、反撃の時代です」


 それは、


 果たして、


 ――誰が聞きたかった言葉だろうか。


 アルミアは笑みを浮かべて、言い切った。



「これより人類は、宿痾に対して反撃を開始します!」



 高らかに、


 ――時代の変化を口にした。


 それは、アルミアが戦姫となってから数十年、きっと――彼女が何よりも口にしたかった言葉だろう、と誰もが思う。

 故に、歓声と感涙は半々だった。


 そして、アルミアは、“彼女”に呼びかける。


「――ミリアさん」


「あ、はい!」


 おそらく呼ばれるだろうな、と思っていたミリアは既にアルミアの側に居た。

 だから、すぐにアルミアの隣に立つ。


 多くの人々の視線を受けて、ミリアは――


「紹介します、彼女こそが、宿痾の主を単独で討伐した人類の希望。名を――」


 アルミアに背を押され、たからかに、その名を叫ぶ。



「――皆さんはじめまして、ミリア・ローニャフです!」



 ――――そして、噛んだ。








 <>



「――そういえば、アルミア理事長とミリアちゃんってすごい息ピッタリだと思うんですけど」


 それは、地上へ上がるエレベーターの中での会話。

 シェードは必死に小型宿痾を抑えながら、そう問いかけた。


「今回のことって、ほとんどミリアちゃんと理事長は相談なく作戦を立てたんですよね」


「ふむ……そうですね。シェードさん。関係とは、どうやって作られると思いますか?」


 帰ってきた答えは、謎掛けのようだった。

 シェードはけれども真面目にそれに答える。


「えっと……積み重ね、とかですか?」


「ふむ、それも一つの正解ですが――私は経験、だと思っています」


「経験……ですか」


 よくわからない、それがミリアとアルミアの関係と何の関わりがあるのだろう。首をかしげるシェードに、アルミアはくすりと微笑んだ。


「いずれ、わかりますよ」


「はぁ……」


 何にせよ、今は答えるつもりはない、ということのようだ。シェードも、流石にそれ以上突っ込むわけには行かない、と追求を諦めた。


 とはいえ、シェードの疑問は尤もで、さらに言えばアルミアの今回の行動について、疑問は他にも幾つかあった。


 アルミアは宿痾操手の名を知っていた。戦闘中、一度“兄”はその名を告げたが、意識できるものは果たしてどれだけいたか。


 そして、今回の戦闘はハッキリいって異常だ。戦死者の数が極端に少ないのである。まるで最初から生き残ることを最優先に考えて行動するよう、行動が統率されていたかのように。

 それは最善の行動だった。ミリアは多くの者の希望になるが、全ての者を救えるわけではなく、ならば全ての者が救われるには、個々人が生き残ることを優先しなければならない。


 しかし、それは一朝一夕で身につくものではなく。


 ――もっとずっと昔から、そうなるように意識付けをされてきたかのようだった。


 そしてそれができるのは、この世界に唯一人、アルミア・ローナフ以外にはいないだろう。


 その意味に、シェードやその仲間――つまり、ミリア達が気がつくのは、今からもう少し先のことになる。

 アルミアの真意は、今はまだ彼女だけのものだった。






 『6 時をかけるミリア』へ続く――――

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