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25/104

25 限界を迎えたその先に。

 “兄”は焦っていた。

 警戒していた戦姫、カンナがどういうわけか戦意を取り戻した。そもそもどうして戦意を失っていたか、兄にはこれっぽっちも察しがつかないわけだが、好機ではあった。それが、振り出しに戻った。

 とはいえ、それだけなら大きな問題ではない。結局の所、素の戦姫と宿痾操手ではスペックに差がある。ちょっと優秀な程度の戦姫でしかないローゼでは、兄にはこれっぽっちも刃が立たなかった。対して最強と言われる戦姫であるカンナは善戦は出来ても、勝利はできない。その程度のスペック差はあるはずだった。


 しかし、


<吹き飛べぇ!>


 叫びとともに振るった、ナイフ型の宿痾がカンナの手に突き刺さる。いや、手でカンナはそれを受け止めたのだ。当然受け止めた手は大変なことになるが、カンナは決して後退しない。

 それどころか、受け止めた宿痾を片手で握りつぶしながら、その後に手を再生させて突っ込んでくる。


 とはいえ、その宿痾は囮だ。なにせ、見えている宿痾なのだから。


 どうやらカンナは透明になっている存在を可視化させる魔導を使えるらしい。それのせいで自分は透明化が解除され、更には自分が操る透明の宿痾も現実に引きずり出された。

 しかし、引きずり出されたのは所詮一部の宿痾。この場にはまだまだ兄が持ち込んだ無数の宿痾があちこちに潜んでいる。それを動かしてやればいいのだ。


 ――結果、突っ込んできたカンナが串刺しにされる。ローゼが操る乗機からも吹き飛ばされ、そのまま地面に墜落すれば即死だろう。

 だが、カンナは即座に目を見開いて、兄を睨んだ。


「まだ、まだあああああああ!!」


 空中で態勢を立て直し、宿痾に追われ逃げ回るローゼと合流する。手を取り合って、即座に魔導でカンナは回復、再び二人は乗機にまたがった。


 ――また、これだ。


 何度やっても、カンナは再起する。

 そのたびに、兄が飛ばした宿痾を切り刻み、兄へと迫る。それが無駄だとわかっているはずなのに。


<いい加減にしろ! どうしてまた立ち上がる! お前は一度は心を壊したはずだ。限界に屈し、顔を伏せたはずだ! それがなぜ!>


「ええそうね! 確かに私は限界よ! こうしているのも馬鹿らしいって思う気持ちもあるくらい!」


<ならば!>


「でもね!」


 また、宿痾に身体を切り刻まれながら、それでもカンナとローゼは兄に肉薄する。


「それは私が、私の限界を自分に押し付けていたからよ! 英雄として、希望として、そうしなきゃいけないと決めつけていたからよ!」


<ならばそれでいいだろう! 英雄としての立場に! 周囲の希望となることに何の不満がある!>


「不満はない! ただ、重荷ではあった。その重荷を、私は背負いきれないとずっと思ってきた!」


 言葉と言葉をぶつけるたびに、刃でカンナとローゼを傷つけるたびに、カンナ達は兄に近づいてくる。ふざけるな、それではまるで自分が追い込まれているようではないか。

 兄は認められない。自分は宿痾操手であり、超越者なのだ。


 そんな自分に、目の前の女のような限界はない、勝利するとなれば当然勝利し、虐殺するとなればそれは決定事項であるはずだ。


 こんな、こんな場末の戦場で、自分が負けていいはずがない。


 なのに。


「でも、教えてくれた! ローゼが、アルミア先生が、ミリアさんが!」


 ローゼ。今この場にてカンナとともに立ちふさがる敵。

 アルミア。操手が最も警戒する、始まりの戦姫。

 ミリア。そもそも兄がこの状況に陥る原因を作った少女。


<だまれ、だまれだまれだまれ!!>


 どれもが、兄にとっては憎らしくて仕方がない存在だ。その存在を、カンナはあろうことか兄へと誇る。その意味が、兄の激怒を引き出すとわかっていながら!


「限界は越えられる! 友がいれば、知恵があれば、機転を利かせれば! 限界なんて最初から存在しない。自分で決めてしまっていただけなんだと!」


 ――ミリアという天才を知った。想像の遥か上を行く、どうしようもない天才を。最初カンナはそれに嫉妬した。しかし、やがて目指せばいいと気がついた。


 ――アルミアという伝説に教わった。伝説は、今もなお健在で、そして今もなお諦めることを知らないでいる。ならば、自分もそれに倣えばいいと気がついた。


 ――ローゼという親友に励まされた。生きているなら、きっと限界は越えられる。そのために、自分とカンナは常にともにあるのだと。


 そして、


「――そして、私に力を与えてくれた言葉を、想いをくれたのは貴方よ、“ライア”!! 貴方の親友という言葉が、今の私とローゼを作った! なら!!」


<うるさい、だまれ、オレはライアなどという名前ではない!!>


 ――――そして。



「帰ってきなさい、ライア! 私達はまだ、何も終わってない!!」



 カンナの杖が、“兄”へ届いた。

 兄は、手にした宿痾でそれを受け止める。二人は拮抗し、やがて兄は杖を叩きつけたカンナを押し返し始めた。

 ことここにいたって、直接ぶつかったとしても勝つのは兄だ。それは変わらない。現状、カンナはマナの供給こそローゼとの円環により保証されているが、それ以外でスペックを変化させたことはない。


 なのに、顔に浮かべた表情は、対照的だった。


<なにを――>


 兄は激昂し、険しく顔を歪ませている。

 対してカンナは――



<笑っている!!>



 笑っていた。


 戦闘は移行する。

 激しい近接戦闘、ローゼは空中に光の矢を描き、カンナと兄は激突する。

 優勢は兄だった。言うまでもなく、カンナでは兄に食らいつけない、あくまで拮抗しているかのように振る舞っているだけ。

 兄は一方的にカンナを蹂躙し、そのたびにカンナはまた立ち上がる。


 ――戦いの状況は変わっても、流れは何一つ変わっていなかった。


 だが、兄は思っていた。いずれこの戦闘にも限界がくる。如何にカンナ、ローゼといえど、兄の猛攻を防ぎ切ることは難しく、そして兄はそんな二人の戦闘を間近で観察していた。

 パターンを読んでいたのだ。

 結果、判断した。


 いずれ全てのパターンを解析すれば、後はどう殺すかだ、と。


 兄には無数とも言える宿痾がある。あちこちから飛来して、カンナたちを傷つける。そのたびに、カンナたちは追い込まれていく。

 目に見えた結末だった。故に兄は、それをただ描くだけでいい。


<ク、ククク、終わりだ戦姫。お前たちの悪あがきが、実ることは永遠にない!>


 そして、ついに兄は判断した。

 こいつらの動きは、全て見切ったと。手にとるように解る。兄は誘導した。これからカンナたちは一直線にこちらへ突っ込んでくる。


 そこへ、回避できない数の宿痾を叩きつける。

 一撃で殺せないのなら、一撃で殺せるようにしてしまえばいいのだ。

 数十の宿痾が同時に襲いかかれば、さすがのカンナといえどひとたまりもない。最悪、カンナではなくローゼを殺せればそれでいい。

 マナの供給が途絶えれば、この馬鹿げた持久戦は終息する。


 故に、


<これで終わりだ、カンナ!!>


 確信を持って兄は宿痾をカンナに叩きつけた。これで終わりだと、確実に仕留められると。


 限界はここだ、と。



 しかし――――



「終わりは、お前だ」



 カンナは静かに、鋭くつぶやいた。

 そして、



 無数の魔導が、カンナ達を貫くはずだった宿痾に突き刺さった。



<な――>


 それは、カンナとローゼによるものではない。

 一つ一つは別の魔導で、それらを一斉に起動させることはたとえミリアでも不可能で、故に、複数人が同時に発射したとしか考えられない。

 であれば、誰が?


 考えるまでもない、それは、


「――カンナさん! ただいま救援に到着しました!」


 セントラルアテナ防衛を完了させた戦姫達にほかならない。


<なぜ! お前達は、宿痾に蹂躙されているはず!!>


「バカね、アンタがこっちにポイポイ宿痾を放り込んだから、地上の宿痾ががらがらになったんでしょう」


 ――ローゼが、そう零す。

 そうだ、この戦闘、兄は惜しみなく宿痾を投入していた。これほど投入してしまえば、どれほど兄が宿痾を連れてこようと、その在庫がキレてしまうくらいに。


 何より、地上の戦姫たちが優秀で、兄が気付かないうちに宿痾は大きく数を減らしていたというのも大きいが。

 ともかく。


 結果、射線が空いた。


「行くわよ、ローゼ!」


「任せなさい、カンナ!」


 カンナとローゼは、今もまだ突撃している。戦姫たちの砲撃でがら空きになった兄へと、一直線に、一目散に。

 そして、カンナは必殺とも言うべき、光の剣へと杖を変える。


<まだ――ッ!>


 兄は、それに抵抗しようとした。

 宿痾を動かし、剣を受け止めようと。


 しかし、失敗した。



<宿痾が、いない?>



 弾切れだ。

 兄はどこかにいるはずの宿痾を引き寄せようとしたが、それは叶わなかった。

 そんなはずはない、まだ、どこかに宿痾はいるはずなのに。

 そう思いながら、


「これが――!」


 ローゼが叫び、



「限界を、越えるってことよ――!」



 カンナが、剣を“兄”へと叩きつけた。



 剣は炸裂し、閃光へそして爆発へと変わる。

 炸裂した爆煙を覆い、兄を飲み込む。


「やった!」


 ローゼは叫んだ。

 勝負有り、と。

 しかし――


「――まだよ!」


 カンナは叫んだ、手応えがない。そして、カンナはこの感触を知っている。これは、そうだ――


<ク、ククク……馬鹿め>


 宿痾の主を攻撃した時の手応えだ。


<オレは、宿痾操手。宿痾の根源にして、超常存在。そのオレが――>


 煙の中から、兄の姿が覗く。


 その身体に――



<宿痾の主と同じ能力を持たないわけがないだろう?>



 疵は、なかった。


「そんな……!」


 ローゼが愕然とする。

 それは、周囲の戦姫たちも同様だった。宿痾の主を討伐するにはアルテミスシリンダーが必須、それが戦姫の常識だ。

 ローゼはそれ以外にも例外は存在することを知っている。しかし、その例外はいまこの場にいない。――故に、その絶望は等価値だった。


 そして、


<そして! お前たちに絶望を教えてやろう! 今、このセントラルアテナ地下には、六体の宿痾の主がいる。それは、アルテミスシリンダーを破壊し、お前たちの希望を奪うだろう!>


「な――」


 その言葉に、多くの戦姫は戦慄した。

 主が六体? それほどの主が、地下に? そうなれば、人類はおしまいだ。アルテミスシリンダーという最後の切り札を失って、人類は敗北する。

 ――絶望は、戦姫達へ広がっていく。


 ただし――


「……ねぇ、ローゼ?」


「言わないで、わかってるわよ、親友だもの」


 戦場の中心。

 ローゼとカンナは、絶望ではなく、もっと筆舌にし難い、なんとも言えない感情で視線を交わしていた。


<……? おいどうした、絶望しろカンナ。限界に屈しろ、ローゼ! お前たちの希望は、伝説と呼ばれたアルミアとともに消えるんだぞ!>


「いや……ねぇ?」


「……なぁ?」


<分かる言葉で話せぇ!>


 そんな、ごくごく当たり前の兄の発言は――



「――まったく、貴方達はまるで成長がありませんね」



 どこまでも通る。一人の老婆の声で、遮られることになる。


 それは、セントラルアテナの高い高い塔の頂上にいた。

 車椅子に、厳しい目つきの、意志の強い老婆は――


<アルミア・ローナフ!? なぜここに!?>


 ――アルミア・ローナフはそこにいた。


「いいことを教えてあげましょう、ライアさん」


 不思議と、アルミアの声は兄へも届いた。それは魔導か、はたまたアルミアの声を聞き逃してはならないと兄が思ってしまったがためか。

 どちらにせよ、兄の意識は完全にアルミアへ向けられていた。



「後ろがお留守ですよ」



 そして、故に自然と兄は後方へ意識が向いた。


 ――この時、兄は決して周囲を警戒していなかったわけではない。むしろ、最大限に警戒はしていたと言って良い。

 アルミア、カンナ、ローゼに関しては一度たりとも警戒から外したことはないし、戦場を観察する上で、戦姫たちがどのように動いていたかは把握している。

 一瞬、その存在を忘れて宿痾達を討伐される事態に陥ったが、不意打ちはニ度も通じない。

 もっと言えば、ミリアに対しても兄は警戒を忘れてはいない。もしもその気配が地上にあれば、必ず兄はそれに気がつくだろう。少なくとも、アルミアの出現で警戒心は最大まで引き上げられていたから、間違いない。


 だから、兄はこう思っていた。


 この場に自分をどうこうできる戦姫は誰もいない、と。


 だから、兄は気が付かなかった。


 兄が、一度として意識したことのない――どこから見ても半人前としかいえない木っ端の――戦姫が一人。先程、兄が戦況を確認している際に地上にはおらず。


 そして今、地上に存在していることを、兄は気が付かなかった。



 だから、兄は――煙の中から必死な顔で飛び出すシェードという名の戦姫の存在を、これっぽっちも意識してはいなかった。



 <>



「――シェードさんは、私が宿痾の主を討伐したという話は聞いたことがありますか?」


「え、えっと……はい、もちろんあります」


 地下から地上へと向かうエレベーターで、そんな会話があった。


「であれば、その方法もご存知ですね?」


「はい、えっと――」


 シェードは思い出す。

 宿痾の主は特殊な装甲で攻撃を弾く。だが、そこに一つだけ例外が存在した。


「宿痾の攻撃を当てたんですよね?」


「ええ、主の特殊な装甲には宿痾が有効なのです。とはいえ、主にはそれ以降警戒されて、もう一度成功した例はありませんが……」


「あの、それって……宿痾の主でなければ、その作戦は有効っていいたいんですか?」


「察しがよいですね、シェードさん。ええ、今も宿痾の装甲に宿痾の攻撃が有効というのは、ミリアさんが解析して判明しています。ですから――」


 ――アルミアは、シェードに概要を話す。

 それは、あまりにも奇想天外というか、なんというか――



「そ、そんなミリアちゃんみたいなこと、私には無理ですよぉ!!」



 そう、答えざるを得ないことだった。



 <>



 ――その時、兄は手札を失っていた。

 カンナとローゼ、そして地上の戦姫たちが、兄の操れる宿痾を全て滅ぼした。地下の主達もミリアに殲滅されていた。だが、だというのに兄は自分が操れる宿痾を手繰り寄せようとした。


 それは、つまり。


 まだ、宿痾が残っているということで。であれば、どこに――と、簡単だ。

 数体の小型宿痾が、アルミアを攻撃するために地下へ向かったではないか。


 だから、そう。


 今、それを撃退したシェードの手には、



 捕獲された小型宿痾が握られている。



 魔導で必死に押さえつけ、暴れまわり飛び出そうとする宿痾。加えて兄は、その宿痾に自分の元へ帰ってくるよう指令を送っていた。

 であれば、もし、もしも――それを兄の目前で開放すれば、


 宿痾は、勢い余って兄に直撃する。


 そう、故に。


「ああああ、ああああああああああああああ!!!」


「な――」


 ――兄は、ほうけていた。


 叫ぶシェードが、そもそも誰であるかも解らず、口を大きく開けて、困惑し。


 だから、


 そう。


 不幸にも、シェードが兄の顔面で解き放った小型宿痾は、




 兄の口の中へと飛び込んでいった。

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