22 限界
地上は、変わらずの地獄だった。
それを――
<く、くくく……くくく! やはり、やはり宿痾は最強だ。戦姫など、人類など宿痾の前には塵に過ぎない!>
それを、上空から宿痾操手――“兄”は高笑いとともに見下ろしていた。セントラルアテナ襲撃、思わぬ形で人類の本丸を攻撃することとなったのは、彼にとっては幸運だったとも言える。
これまで、宿痾操手は人類を滅ぼすことを禁じられてきた。セントラルアテナという格好の的があっても、それを攻撃することは叶わなかった。
それが、半ば偶発的とはいえ攻撃の許可が出た。これほど面白いことはない。
兄は慌てふためく眼下の人類を見下ろしながら、もはや笑いが止まらなかった。
<ああ、この光景を弟や妹にも見せてやりたかったんぁ。あいつらも、これを見ればさぞ喜んだろうに。惜しいことをした>
自分が、昨夜まであれほど焦っていたことなど、そもそもこの襲撃は自分の落ち度故に始まったことであるなど、もはや兄は忘れ去り、この惨劇をただ愉悦とともに楽しんでいた。
ああまったく、これだから人類の駆除はやめられない――と。
しかし、少しすると状況に変化が見られた。兄は、それに遅れて気がつく、
「すいません、今到着しました! 状況はどうなってますか!?」
「重傷者六名、うち四肢が欠損しているものが二名、臓器が破壊されているものが一名いる! まずはそちらの回復を頼みたい!」
「みなさんは!?」
「やれるだけのことはするさ!」
それは、セントラルアテナ職員の男性と、救援にやってきた戦姫の会話だった。状況は、瓦礫を盾に自動で動く魔導機――威力は豆鉄砲程度だが――で応戦する職員たちのもとへ、宿痾を吹き飛ばしながら戦姫がやってきた、というところ。
職員たちが立てこもる場所には、戦姫が一人腹に風穴を開けていて、他にも四肢が吹き飛ばされたり、足があらぬ方向に曲がっているものもいる。
<……小癪だな>
それに、兄は嫌悪感を覚えた。
彼等は生き残ろうとしているのだ。戦姫は即座に風穴を開けて死にかけている戦姫を魔導で“修復”。さらには隊長も魔導で復帰させると、動ける戦姫は二人になる。
ここが戦姫の厄介なところだと、兄は考えている。
戦姫の回復力は非常に高い。たとえ足をふっとばしても、魔導はたやすく新しい足を生やしてしまう。命が奪われない限り、彼女たちはたやすく戦線に復帰する。
気に食わないのは、重症を負っていた戦姫が、痛みによって行動が萎縮しないことだ。彼女たちはどういうわけか、非常に図太い。たとえどれだけ死が間近にあっても、動けるのであれば行動を起こす。兄はそれが大嫌いだった。
<無駄なあがきだ。そんなことをして何になる>
いいながら、兄は宿痾を操ってそこに増援を送る。
宿痾操手はその名の通り、自由自在に宿痾を操ることができる。これは全操手共通の能力で、操手にはそれと別に、固有の能力が一つ存在する。
兄の場合は――透明化。
今もこうして、空から高みの見物を続けているのは、自分が誰に見つかることもないとわかっているからだ。
特異と呼ばれる戦姫の能力を持ってすれば、それを看過することは可能だ。しかし、その特異を有する少女――ミリアは現在地下でアルミアとともに六体の宿痾の主に食い殺されているはず。
アルテミスシリンダーで切り抜けられる可能性もあるが、それならそれでシリンダーの消費という成果につながる。最悪シリンダーを全て使い切らすことができた、となれば兄は自分の失態が帳消しになると考えていた。
兄が警戒しているのはアルミア・ローナフ。アレは人類が戦姫という力を手に入れてから、操手にとっての最大の警戒対象で有り続けた。
もはや戦姫としての戦闘能力はほとんど有さないだろうが、それでも警戒のために与えられた主を全てそちらに投入するほど、兄はアルミアを警戒していた。
そして、兄が警戒する戦姫はもうひとりいる。それは――
「……増援! どうしてこう、いやらしい場所に的確に!!」
「文句は言わない。ここは私と貴方しかいないの、死ぬ気で守るよ!」
「嬢ちゃん! わかってると思うが、絶対に死ぬなよ! 死ななければ、何とでもなるん!」
「わかってる! それはこっちのセリフだっての!」
兄が宿痾の増援を送ったことで、兄が観察していた戦場は、窮地に陥っていた。絶体絶命のピンチ。宿痾にとっては後はどう調理するかという段階の代物。
しかし、
「――下がりなさい!」
そこに、さらなる援軍が加わった。
言葉に従って一歩引いた戦姫たちの元へ――そこへ迫る宿痾へと散弾となった光の玉が叩きつけられる。効果は絶大だった。一瞬にして宿痾は殲滅され、辺り一帯は更地になる。
兄は、それを見ながら歯噛みした。
兄、そして戦場に居た者たちの視線を一心に集めるのは、二人の戦姫。
光の乗機にまたがっていた。現代的なバイクを思わせる構造の乗機は、戦姫を載せて浮かんでいる。そこに乗っている戦姫は、片方が乗機を操縦し、もう片方が杖を振り下ろしている。
それをみて、兄は歯噛みしながら、その名を呼んだ。
<――カンナ!>
戦姫カンナと、ローゼ・グランテ。この戦場を駆け抜ける人類の希望。宿痾たちの絶対的な勝機を阻んだ敵。兄はこの二人がどうしても気に入らなかった。
とはいえ、一方的に敵視するだけの兄に、カンナたちは反応するはずもない。見上げて歓声を上げる地上の戦姫やアテナ職員に手をふるローゼに、カンナが促して移動を再開する。
彼女たちは、戦場を縦横無尽に駆けていた。
結果、アテナは壊滅を免れている。
だが――そんな戦場に変化が起きた。
ローゼとカンナが足を止めたのだ。
――ローゼがカンナの胸ぐらを掴み、叫んでいる。それを見た兄は歓喜した。
<仲間割れか!? ククク、なんだあっけない最後じゃないか!>
即座に宿痾たちを向かわせる。
勝った――そんな、確信とともに。
そして、それ故に。
兄はまだ気づいていない。
――先程の戦場で感じるべき違和感を。
あそこには無数のけが人がいた。決して、集められてあそこにいたわけではなく、あそこにいた者たちがああして傷ついていたのだ。
戦闘は未だ開始して数分、職員と戦姫たちは混乱し、連携が取れているとはいい難い。
カンナとローゼという例外を除き、個々人がそれぞれの場所で奮闘しているだけなのだ、今は。
だからこそ、あの戦場は絶対におかしい。
なぜなら――
あの戦場では死者が出ていない。
異常事態だった。
そして、その異常事態は偶然ではない。
あちこちで戦闘は散発して起きている。どこでも優勢は宿痾側だ。どれだけカンナたちが間に入っても、カンナが次の戦場に移動してしまえば、即座に補充される。
ジリ貧、という他にない。
だというのに、未だに死者は出ていない。
誰一人として。
それはまるで――
――まるで、最初から死者がでないことを最優先にこの場にいる誰もが行動しているように思えてならなかった。
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「おらおらー! どりゃりゃー!!」
ミリアがいつもの調子で、とんでもない勢いで地下を飛び回っている。
数百メートルの巨体を誇る宿痾が六体、自由自在に動き回れるほど広大な地下は、ミリアにとっては行動を制限するような箱にはならないだろう。
それは、まぁ普通の戦姫にとってもそうなのだろうが。
「貴方に、話して置かなければならないことがあります。一つは、ライア隊についてのことです」
「……お願いします」
アルミアはうなずいて、ぽつり、ぽつりと語り始める。
「シェードさんは、ライア隊の隊長がカンナさんでないことに疑問をお持ちですね?」
「……? それは、まぁはい」
確かに、ライア隊の存在を聞いた時に、真っ先に思ったことは隊長がカンナでなかったこと、だ。カンナは真面目で、ミリアにも根気強く付き合っているのを、シェードはよく知っている。
なんというべきか、ミリアいわく“委員長タイプ”の人間。それがミリアという印象である。
「理由は簡単です。カンナさんには隊長としての適正がないのです」
「適正……?」
「そうです。隊長には適正が必要です。そして同時に、エースに適正は必要ないのです。エースはただ強ければいいのですから」
「……エース……つまりカンナ先生が隊長である必要はない、ってことですよね」
アルミアは肯定した。
確かに言われてみれば、隊長とは周囲をまとめる存在で、強い存在が隊長である必要はない。そう考えるとカンナはたしかに、真面目すぎるところもあるという感じだ。
よく限界化してローゼに軌道修正されるのが、その証拠と言えるか。
逆に、ミリアには隊長としての適正がある。ミリアはアホだが、周囲を引きつけるカリスマ性と、有事の際は周囲をまとめて統率する行動力もある。
初陣実習で、それをシェードは間近でみてきた。
カンナとミリアは違う。納得といえば納得だ。
「カンナさんの隊で、もっとも隊長に向いているのがライアさんでした。ライアさんは真面目ですが、同時に豪放磊落、大胆かつ柔軟な思考ができる人でした」
「えーと、私達の中だと、アツミちゃんが一番近いでしょうか」
「ミリア隊の院出身の子ですね。態度は不遜ですが、真面目な良い子だと聞いています。そうですね、その子から捻くれた部分を抜いたような人材、と言えばそのとおりでしょう」
「……それは確かに」
隊長としての適正があるな、と思った。
アツミは人付き合いが上手く、人との距離感を取るのが絶妙に巧い。本人に積極性がないため、ミリアほどの隊長適正はないが、ひねくれ成分がなくなって、真面目で積極的に慣ればアツミは理想的な隊長だ。
「ライアさんが健在の頃。カンナさんの役割は斥候でした。一番に敵陣へ切り込み、道を作る。それがカンナさんの役割であり――それ以上をカンナさんは求められてこなかった」
「多くのことを考える必要がなかった、ってことですか」
「はい。結果、カンナさんはのびのびと成長し――隊長としての適性を伸ばす機会を失った」
シェードは思った。
それは問題のあることだろうか――いや。問題になってしまったことなのだろう、と。
あまりシェード本人にはピンとこない話だ。ミリア隊は現状欠員がなく、またシェードも隊長になる気などこれっぽっちもないのだから。
そしてその上で、万が一ミリアがいなくなった場合、隊長になるのは自分かアツミだ――ということにも行き着いた。
「隊長としての適性がないまま、隊長としての立場をカンナ先生は強いられたんですか」
「もっと酷いですね。……彼女は、人類の象徴になる機会を得ないまま、人類の希望になってしまったのですから」
「……あ」
そうだ。
カンナはこの世界の希望そのもの。
しかしその希望は、決して本人の望んだものではなかった。だとすれば、カンナはどれほどの苦悶とともに、その立場を甘んじて受け入れてきたのだ――?
「どうにも、ならなかったんですか?」
「…………残念ながら」
アルミアは、そう言って顔を伏せる。
わかっていたのだ、アルミアはこうなることが、ライア隊が設立した時から、カンナに人類の希望となりうるほどの才能があることを知ったときから。
その上で、どうしようもなかった。
「私は、教師失格です。あの子に、もっと声をかけてあげるべきだった。隊長としての在り方を教えてあげるべきだった。ですがそれは――できなかった。できなかったのですよ」
「……ライア隊で、ただ目の前の敵に立ち向かっていけばよかったカンナ先生は、幸せそうだったから」
「……全て、察してしまうのですね。シェードさん」
アルミアは、後悔とともに、弱々しい笑みを浮かべた。
「アルテミスシリンダーも、魔導学園アルテミスもそうです。私は――偽りのゆりかごを作ることしかできません。希望も、未来も、全てはマヤカシ……私が作った。作ってしまった罪そのものなのです」
「……理事長」
「ねぇシェードさん」
――ああ、この人も。
「私達は、もうすでに限界なのですよ」
――――カンナ先生と、同じなのだ。
シェードは、否応なく理解してしまった。
この世界は、詰んでいる。
人類は、とっくの昔に限界を迎えていて。
多くの継ぎ接ぎの末に、その限界を人々は見て見ぬ振りをしている。
そして今もなお、現実から目をそらしたまま、
明日を見ないで、生きている。
ただ一人の例外を除いて。
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迫る宿痾を、ローゼは即座に取り出した魔導機で殲滅する。
カンナは、呆然としていた。
その攻撃は、カンナが動き出すよりも早かった。――無論、ローゼとて有数の戦姫、この程度を殲滅することは容易い。しかし、明らかに今の動きは、カンナよりも戦場を把握していなければできない動きだった。
「カンナ」
「…………」
呼びかけられて、けれどもカンナは答えられない。
空白は一瞬で、即座に続く言葉は投げかけられる。しかしどうにもカンナには、その一瞬の空白が、どこまでも長い、牢獄のようなものに思えてならなかった。
「もう一度言うわ、ライア隊長は死んだ。少なくとも、アンタ以外はそう思ってる」
「……やめて」
「私達がある作戦に従事していた時、それまで報告されていなかった宿痾が突如として出現。その宿痾から私達を守るために、隊長は散った」
「…………やめて、よ」
「確かに隊長の死体は見つかっていない。でも、隊長が行方不明になってから、もう何年も時間が経ってる! 隊長が生きている可能性は極めて低い!!」
「やめて!!」
互いに言葉を交わしながらも、迫る宿痾達は八つ当たりめいたカンナの一撃と、正確なローゼの一撃で殲滅されていく。
この戦姫たちに死角なし。空中で行われる演舞に、地上の戦姫たちは見惚れながらも希望とともに行動していた。
まだ、人類は負けていない、と。
――カンナたちの会話が、聞こえていないが故に。
「でも、可能性はある! 隊長はまだ死んだとは断定できない! それに、この襲撃は隊長が行方不明になったときの襲撃と類似性がある!」
「だから何!? それは隊長を殺したヤツがここにいるってことであって、隊長が生きていることにはならない!!」
「うるさい! 隊長がいないと私には何もできないのよ!! アンタみたいに、一人でも生きていける優秀な人間と、私は違う!!」
「……!」
「もう限界なのよ! 私は、これ以上英雄としてなんて振る舞えない!」
ローゼの手を払い除け、カンナは無闇矢鱈に魔導をぶっ放す。
もはや、子供の癇癪とすら言える行為だった。
使う魔導すらめちゃくちゃで、それでも敵が殲滅できているのは、もはやカンナの才能としか言えない所業。ローゼが援護しているというもあるが、まさしくカンナは天才だった。
だからこそ、ローゼは思うのだ。
「私は――!」
思い、そしてそれを言葉にしようとした。
だが――
この時、誰もが思わなかった。
否、一人を除いて気付かなかった。
カンナが癇癪めいて、やたらめったらに乱射された魔導の中に、ミリアが入れるよう頼んだ魔導が含まれていたことを。
放ったカンナすら、がむしゃらにうちはなったために。
そしてそれ故に、魔導の種類は判別がつかなくなっていた。
だから――
見えないものを見えるようにする魔導であることに、気付くものはいなかった。
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しかし、とも思う。
シェードは、目の前の女性が、あのミリア・ローナフの祖母であることを知っている。だからこそ、違和感を覚える。
あのミリアを知っていて、こんな弱音を、この芯の強い老婆が零すだろうか。
否――ありえない。
もちろん、どこまでもその言葉は本音なのだろう。ミリアがいなければ、アルミアだって限界を悟って、諦めていたはずだ。
その言葉は、たしかに真実だったはずだ。
「理事長――」
「なんでしょう、シェードさん」
しかし、アルミアはミリアを知っている。知っているということは、つまり。
「その話をするのは、これで何度目ですか?」
――この話をするのは、シェードが初めてじゃない。
初めてじゃないということは、つまり。
「貴方で、二人目ですよ。シェードさん」
「じゃあ、私から言えることは、一つだけ」
最初にそれを聞いたのが誰かなんて、考えるまでもない。
「まだ、まだあああああああ!」
外で、声がした。
ミリアはまだ、諦めていない。そう、だから――
「まだ、私達は終わってません」
シェードもまた、ミリアから教わった希望を口にするのだ。
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カンナは限界を迎えていた。
英雄として振る舞うことも、希望として振る舞うことも。そんな中、ミリアという劇物がそっと背を押した。本人に意識させることもなく。
まるで、それが当然であるかのように。
結果、
空に浮かぶカンナとローゼ。
更にその上空。
全てを見下ろす位置に、それはいた。
「な――」
ローゼが絶句し、
<なに、が――>
そいつが、困惑する中。
ぽつり、と。
カンナは“彼女”に対して、その名を呼んだ。
「――――ライア隊長?」
かくして、ミリアの魔導によって、現れるはずのなかった宿痾操手。
戦姫ライアの身体を操る、“兄”は、戦場へと引きずり出された。




