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21 ライア隊長

 宿痾の本部襲撃。


 セントラルアテナ史上、人類史上初めてのその出来事は、本部に大きな混乱をもたらした。そもそも、宿痾は突然虚空から現れたりはしない。だというのに、今回宿痾はまるで最初からそこにいたかのようにセントラルアテナの周囲に出現し、辺りを攻撃し始めた。


 その攻勢は一方的で、建造物はまたたく間に破壊され、人々は宿痾の牙を受けた。

 数が多すぎる、対応しようにも、宿痾達は圧倒的に数が多い。小型の宿痾も多く、あっという間にセントラルアテナは宿痾に食い尽くされていく。

 圧倒的だった。

 誰もが知る、けれどもセントラルアテナでは起こり得ないはずだった惨劇が、地獄がそこに広がっていた。


 ――そんな中で、空を駆け、戦況を切り開く戦姫たちが、いた。



「――下がりなさい!」



 上空から、無数の散弾が地上の宿痾へ向けて放たれる。それら一つ一つが宿痾に対して致命的な一撃となり、これを殲滅。

 地上から空を見上げる戦姫は、そこにいる“彼女たち”の姿を見て、安堵とともに笑みを浮かべた。



 英雄カンナと、ローゼ・グランテ。ライア隊の主翼とも呼ばれた二人が、空にいた。



 光の乗機にまたがっていた。現代的なバイクを思わせる構造の乗機は、カンナとローゼを載せて浮かんでいる。そこに乗っている二人は、片方が乗機を操縦し、もう片方が杖を振り下ろしている。

 振り下ろしているのがカンナで、操るのがローゼだ。


「いい感じねカンナ! これなら私達は互いに接触を得られる。円環理論を使うためには、二人の戦姫の接触が不可欠。その問題を解決した、いい魔動機だと思わない? これ」


「……そうね」


 ローゼの自慢めいた軽口に、カンナはぽつりと返すにとどまる。

 その後もあちこちを駆け巡り、二人は戦場に風穴を開けた。しかし、そのたびに、カンナの顔は暗く沈んでいく。

 流石にローゼも違和感を持ち、カンナに叫ぶように呼びかけた。


「――カンナ! カンナ!!」


 しかし、それにカンナは答えることはなかった。

 ただ淡々と空中から、窮地にある戦場へと援護射撃を行い、その窮地を救っている。


 その行動は正しいのだが、カンナらしくはないとローゼは考えていた。


 カンナは頑固な人間だ。そして、真面目な人間だ。彼女は自分の役割というものをよく理解している。彼女は天才にして英雄のカンナとして、戦場で存在感を示すことが求められる。

 そしてそれにカンナは現状見事に答えていると言えるだろう。少なくとも外面的には。


 しかし、ローゼはまったくそう思えなかった。


「アンタらしくもないわ! もっと愛想を振りまきなさいよ!!」


 普段のカンナだったら、もっと愛想を振りまいて、希望としての行動を全力で遂行していたことだろう。それがどういうわけか、今は戦況の打開にしか集中していないように見える。

 結果として、戦場は普段よりも迅速に好転していると言えるだろう。


 それが良いことか、と言えば正直どちらとも言えない。戦況が好転しつつあるということは、カンナが通常よりも奮戦しているという証拠であり、少なくともそちらのパフォーマンスは落ちるどころか、向上していると言える。

 しかし、カンナが通常以上のパフォーマンスを見せることで、ある一つの変化が起きる。


「宿痾たちがこっちを狙ってる。カンナ、迎撃して!」


「わかってるわ!」


 迫ってくる宿痾を、カンナは易々と撃ち落とす。そこに焦りの様子は一編たりとて見られない。しかし、先程からカンナへ行われる宿痾の襲撃が増えているのは事実と言えた。

 つまるところ、カンナへの負担が増えている。


「落ち着いてカンナ! 無茶し過ぎよ、ここにいる戦姫は皆、アンタも知ってる通りの精鋭揃い。アンタがこんなに無茶する必要はない!」


「……わかってる!!」


 叫びながらも、カンナは猛攻を止めようとはしなかった。どころか、より苛烈に、ローゼの制止を振り切って宿痾たちを撃滅していく。

 その様子は、まさしく異常だ。


「……カンナ?」


 呼びかける。

 ローゼは、違和感を覚えた。カンナの考えていることがわからない、ローゼですら、思い至らないことをカンナは考えて行動している。

 そう、行き着いた。


 でなければ、カンナがここまで無茶をする理由が、ローゼにわからないはずがない。

 ローゼとカンナは、一心同体。わからないことなんて、あるはずがない。


 だから、



「――同じなのよ」



 カンナは、ポツリと零した。


「同じ……?」


「あの時と、同じなのよ!!」


「――――ー!」


 慟哭。

 カンナは今にも決壊しそうな、くしゃくしゃな顔で叫んだ。

 そこでようやく、ローゼは理解する。これは――そうだ。この状況は、過去の戦場に似ている。それは――すなわち。


「落ち着きなさい、カンナ!!」


「わかってる、わよ!!」


 ローゼは乗機から手を離して立ち上がり、カンナの胸ぐらを掴んだ。

 そして、叫ぶ。



「ライア隊長はもう死んだのよ!! 隊長はもう、どこにもいない!!」



「わかってる!!!」


 ――空中に、空白が生まれた。

 直後。無数の宿痾が二人に向けて殺到する――!



 <>


「――来ましたね」


 アルミアの言葉の直後。

 複数の主がミリアたちに殺到した。六体の主、状況は最悪だ。いくらミリアでも、六体の宿痾を易々と相手取ることは難しい。

 故に、シェードは慌てていた。


「ど、どうしようミリアちゃん!!」


「落ち着いてくださいシェードちゃん! 当然迎え撃ちます!」


「で、でも!!」


 シェードにはわかっていた。

 ミリアの声音が真剣だ。こういう時、ミリアが真剣ということは、彼女には余裕がないということだ。先日の宿痾災害の時は解らなかったが、こうして二度体験すると解る。ミリアは余裕がなくなるとアホではなくなる。

 ミリアがアホであるほうが世界は平和なのだ。


「……この場を離脱します。ミリアさん、足止めをお願いします」


「アルミア理事長!?」


 そこで、更にシェードは信じられない言葉を聞いた。

 この場を離脱する、それは構わない。しかし、ミリアは足止めだという。つまり――この場に置いていくということか?


「だ、だったら私も残ります! ミリアちゃんは主を倒せるけど、主を倒すための魔導にはチャージが必要で! でも、私がいればそのチャージは必要なくなります! それなら!」


「……シェードちゃん、お祖母様の指示に従ってください」


「でも!!」


 ミリアまで、まるでアルミアの言葉が最も正しいかのように言う。シェードは余計わけがわからなくなった。自分はどうして、ミリアと一緒にいてはいけないのだ?


「……大丈夫、私を信じてください」


「ミリアちゃん……!」


 ミリアは杖を握りしめ、光の玉の外へと歩み出る。自分たちを狙っていた宿痾の主たちが、一斉にミリアへ向いたことを確かめながら、シェードはそれでも安堵することができなかった。


「どうして……」


「シェードさん」


 そんなシェードに、アルミアは呼びかける。

 さらなる現実を、シェードに突きつけるために。



「外も、宿痾が襲撃しているでしょう。私達はこれを迎撃しなくてはなりません」



「な――」


 それは、つまり――


「ミリアちゃんが、一人でアレを片付けなきゃいけないってことじゃないですか!」


「……そして同時に、上をミリアさんの助けなく、切り抜けなくてはならないということでもあります」


「――――」


 状況は、逼迫していた。

 地下には宿痾の主。地上には宿痾の群体。

 希望(ミリア)は一人しかいない。そして当然、主と群体では、主の相手がミリアには必須。

 ――故に、ミリアはここへ残ることしか許されず。


「そして、上の状況をひっくり返すために――貴方の力が、必要なのです」


「私が……ですか?」


 シェードは、地下ではなく、地上で必要な人材なのだ。

 しかし、ありえないとシェードは首を振る。自分は、戦姫としてはまだ半人前だ。そんな自分が、ミリアについて円環理論を起動する以外の方法で役に立てるとは思えない。


 しかし、


「――この襲撃には、黒幕がいます」


「……!」


「そして黒幕は、地上の会話を傍受することができるのです」


 アルミアは、信じられないことを告げた。

 黒幕――宿痾の黒幕? そんなもの、シェードは聞いたこともない。しかし、


「……ミリアちゃんは、そのことを知っているんですか?」


「もちろん。だから、彼女はこちらを受け持ったのです」


 ――ミリアは、知っていた。


「カンナさんと、ローゼさんは地上の防衛に必須であるため、ここに連れてくることはできませんでした。ミリアさんを地下に配置し、その上でもうひとり、戦姫が必要だったのです」


「それは――」


「――この地下の秘密を知った上で、私の言葉を聞いてくれる戦姫は、ミリアさんたちを除けば、貴方しかいないのです、シェードさん」


「……!」


 だから、ミリアとアルミアはシェードをここに連れてきた。


「シェードちゃん!」


 ミリアが、勢いよく空を駆けながら呼びかける。

 ――見れば、ミリアは宿痾の主たちに縄をかけて、綱引きをしている。

 何をしているのだろうか……一瞬疑問に思ったが、その疑問を口にする間もなく、シェードは声をかけられた。


「行ってください! ふんぬ―!!」


 ここは任せて先にいけ、と。


「……絵面がしまらないよ、ミリアちゃん!」


 格好をつけているミリアが、腰に力を入れて(空中なのであまり意味はない)綱引きをしている現状は、シェードを落ち着かせるには十分だった。

 ミリアに余裕がある。


 そう思えば、シェードの心にも勇気が灯る。

 前に進めと、呼びかける。


「…………わかった! 負けないで、ミリアちゃん!」


「ふんどし綱引き大会優勝の実力を、見せてやりますよー!」


「ふんどしって何!?」


 勢いよく叫ぶミリアを背に、シェードたちはエレベーターへと急ぐ。

 地上は、地獄になっているとアルミアは言う。そして、その逆転にシェードは必要だ、とも。


 未だ、その真意はシェードにはわからない。

 それでも、ミリアに余裕があるのなら、大丈夫。

 シェードはそんな信頼とともに、歩を進める。


 そして、駆け込んだエレベーターの中で、シェードはアルミアから呼びかけられる。


「――シェードさん。上に上がるまでに、幾つか話して置かなければならないことがあります」


「……何でしょう、理事長」


 それは、



「一つは、カンナさんとローゼさんについて。……貴方も知ってほしいのです。二人をまとめ、そして率いた隊長――ライアさんについて」



 ある、一人の戦姫にまつわる物語だった。

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