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20 二つのアルテミス

 置いていかれた教師二人は、後輩たちに頼まれて教導をしていた。統括本部の役割の一つとして、学園を卒業した戦姫達の演習が存在する。

 卒業し、一人前の戦姫になったとしても、それはあくまでスタートラインに過ぎない、戦姫が貴重な戦力であり、また常に最前線で戦う力が求められる以上、戦姫個人の能力に底はない。


 もっと言えば、カンナ達のように一線を退き、教師として学園に赴任した戦姫も同様に高い能力を維持することが求められる。

 であるなら、この場合カンナ達が教導するのは若い後輩たちだけではなく、自分自身もそうであると言えた。


 が、しかし――


「――参りました」


「お疲れさまでした」


 ガクリ、とうなだれる少女に、カンナは無慈悲にもそう告げて一礼。その場を後にする。

 現在カンナ達がしているのは模擬戦、ここの戦姫の能力を測るもっともわかりやすい演習と言えた。その中でカンナは、端的に言って蹂躙としかいいようのない実力差で、若手戦姫を撃破した。


「……すごかったね、カンナさん」


「教師になっても、実力は折り紙付きって感じ」


 遠巻きに、それを眺めていた少女たちはそう噂する。天才戦姫カンナに衰えなし。それをしかと見せつけた一線だった。

 の、だが。カンナと――そしてそれを見守っていたローゼの顔色は優れない。


「三十点」


 飲み物を手渡しながら、ローゼはカンナにそう告げる。何が三十点か、というのは語るまでもないだろう。先程の演習は、カンナの立場からするとあまりにもお粗末がすぎる内容だった。


「……手厳しいわね」


「手加減がまったくできてない。カンナらしくもないわ、貴方が格上である以上、貴方は彼女に戦い方を見せる立場でなくてはならないのに……」


「あの子が強かった。手加減できる余裕がなかっただけよ」


「どうかしら」


 実際、カンナが戦った戦姫は若手の中でも逸材と言われる実力者。ローゼは対戦相手が学園に在学していた頃を知っているが、彼女は新入生代表を務めたことのある戦姫だ。

 だから、カンナの言葉が嘘ではないことは知っている。だが、本当のことだけを言っているわけではないことも知っている。


「で、実際のところはどこを見ていたの?」


「…………」


 カンナは何も答えなかった。


「ところで、あの子いい腰つきだったわよね」


「バカね、あの子の魅力は腕よ、あの子の得物は巨大な剣、その剣を振るうために、彼女は魔導だけでなく実際に筋力も鍛えている。基本的に戦姫は身体を動かすために使うのは魔導だけ。でも、身体の動かし方っていうのは実際に鍛えて身体に覚えさせるのが一番なのよ。反復行動っていうのはそれだけで糧になるし、肉体強化で戦闘が高速化した戦姫の戦いでも有効よ。彼女はそこをとても良くわかってる。特にあの上腕二頭筋はすごく美しくって」


「そこまで」


「……ハッ」


 そして馬脚を現した。

 カンナは戦姫の腕に見惚れていたのだ。ローゼにしかわからないだろうが、カンナは戦姫と模擬戦をするとそういうことがよくある。

 逆の意味で相手が悪い。対戦相手はそんなふうに思われているとは、これっぽっちも考えていないだろうから、余計にたちが悪い。


 ローゼは頭を抱えつつ、バツが悪そうにしているカンナを見た。


「周りに気付かれてないからいいけど、アンタのそれは場合によっては厭味に感じられるわよ。どれだけ相手が素晴らしくっても、アンタより強い戦姫は現状この世に一人しかいないんだから」


「……」


「そして、アンタはその一人にはこんな態度は取らない」


「……ミリアちゃんは、理解できないことが多すぎるのよ」


「理解できても、同じ態度を取るかしら。私には疑問だわ」


 ビシッと指をさして、ローゼは突きつける。


「アンタのそれは、ただの傲慢よ。カンナ」


「…………」



 カンナは、否定できなかった。



 ――なお、


「きゃーー! カンナさんがローゼさんとイチャイチャしてるわ!」


「やっぱあの二人はあの二人じゃないとダメね……!」


 周りはそんな二人のやり取りに興奮していた。



 <>



「……かつて、人類は高度な文明を有していたといいます。それが、宿痾の出現によって崩壊。私達戦姫がこの世に現れるまで――蹂躙され続けてきました」


「本で読んだことがあります。昔は、人は飛行機という乗り物で空を飛び、車という乗り物で地を駆けていた――」


「今では、全て魔導で代替されていますけどね」


 シェードの言葉にアルミアは肯定し、三人は地下を進む。

 エレベーターで地下へ地下へと降りていく間、アルミアはこの世界の歴史について振り返った。宿痾は今から百年ほど前に突如として出現し、世界の軍隊を蹂躙し、人類を追い詰めていった。

 そして、戦姫が出現。最低限の交戦が可能になると、人類はこのセントラルアテナを中心にコミュニティを形成し、ここが人類最後の橋頭堡となった。


「セントラルアテナが完成し、それ以降の人類に起きた変革は二つ。アルテミスシリンダーの完成と、魔導学園アルテミスの設立です」


「人類が、生存のための切り札と、未来のための礎を作り上げた……ってことですか?」


 シェードは、そう問いかける。

 実際、アルテミスシリンダーが存在することで、人類はそれまで対抗できなかった主に対抗する手段を手に入れた。そして、魔導学園アルテミスが設立されたことで、戦姫の実力は大きく上昇した。

 天才戦姫カンナと天才魔導研究者ローゼの存在は、その代表と言ってもいいだろう。


 だから、シェードはそう問いかけた。

 人類にはまだ希望がある。たとえミリアがいなくとも、自分たちには『二つのアルテミス』が存在するのだから。


 しかし、



「いいえ、違います」



 アルミアはそれをきっぱりと否定した。


「え……?」


「……」


 小首をかしげるシェード、黙りこくったミリア。

 ずずん、とその体が揺れる。エレベーターが目的地に到着したのだ。そして、扉が開く。アルミアの先導で、シェードは恐る恐る中へと入っていった。


「ミリアさんがここに来るのは、二回目になりますね」


「……その時、おばあさまはアレについて説明してくださいませんでしたね」


 アルミアの言葉に反応し、答えるミリア。その視線は、この無闇矢鱈に広い地下を専有する、六本の柱に向けられていた。

 疑問符を浮かべるのは、シェードだ。


「アレは……?」


「アレこそが、人類の最終兵器――有限の切り札」


 アルミアは、その柱を懐かしむように目を細める。


「アルテミスシリンダーです」


「…………これが」


 シェードは、感嘆しながら柱へと歩み寄る。なんと言えばいいのだろう。この場所は不思議な場所だ、初めて、ほとんど説明もなくこの場所にやってきたにも関わらず、あることをシェードは直感する。

 ここは――


「……まるで、墓標ですね」


 ――墓場の、ようだ。


「そうですね。シェードさん、貴方はとても感受性が強くて、そして素直な子ですね」


「……えっと」


 褒められているのか、皮肉を言われているのか。

 ミリアもなんともいい難いため息をついている。


「お祖母様は、素直じゃないです」


「あら、ミリアさんほどではないですが、私だって素直なつもりですよ」


 苦笑。お互いに、シェードにはわからない独特な感情で言葉を交わしている。


「……あの、どういう……ことですか?」


「ふふ、ごめんなさい。……貴方の言葉は正しいですよ、シェードさん。このシリンダーは、墓標なのです」


「……」


 それではまるで、このシリンダーが誰かの生きた証であったかのようだ。

 なんとなく、シェードの感情が締め付けられるように胸を縛る。それは、焦燥だろうか、恐怖だろうか、それとも――


「お祖母様、一つだけ聞いてもいいですか?」


「なんですか? ミリアさん」



「アルテミスシリンダーの数が減っています。――前に来た時は、もっと数がありましたよね?」



 ――シェードは耳を疑った。

 この六本の柱はアルミアの言葉が正しければ、アルテミスシリンダーであり、墓標でもある。普通ならそれは六人の戦姫の墓標であり、シェードも知らない六人の英雄がここで眠りについているのだと、そう考える。しかし、昔に来たときよりも数が減っているということは――つまり。


「あの、アルミア理事長……?」


「……そうですね、シェードさん。それがここにある秘密」


「…………!」



「アルテミスシリンダーの数には限りがあります。残るシリンダーの数は、六」



 シェードは、停止した。

 アルテミスシリンダーこそ、人類の希望。それがなくては人類は主に対抗できず、一方的になぶられるしか無い。だから、人類にはアルテミスシリンダーは必要不可欠。

 であればそれが有限であるということは――


「それじゃあ人類は、近いうちに詰むってことですか!?」


「……そのとおりです」


「じゃあ、何のために魔導学園アルテミスがあるんですか!?」


 アルテミスが設立されたのは、シリンダーが完成した直後。アルミアが主導して、戦姫の養成学校としてスタートした。

 だからこそ、『二つのアルテミス』とは人類の希望そのものなのだ。

 それが、片方がまやかしであったという事実。


 シェードは、問わずにはいられなかった。

 であれば何のために魔導学園はあるのか、と。

 理解はしている。アルミアが伝えたかった真実。二人の教師がこの事実を教えることをためらった理由。そして――わざわざミリアをここに連れてきた理由。


 ミリアは最初から、こんなことわかっていただろうに。


「慰めですよ。アルテミスシリンダーという延命装置が停止するまでの慰めとして、私は学園を作りました」


「…………!」


 わかっていた答えが帰ってきた。シェードは、思わず息を呑む。

 想像はしていても――そして何より、隣にミリアがいたとしてもその事実は、シェードにとって少なくないショックを与えた。


「慰めであり――」


 そして、ミリアがそこで歩き出した。柱の間を縫って進み、広大な地下の中央を目指す。アルミアはそれに続き、シェードも従った。


「――悪あがきでもあります」


 つらつらと、アルミアの言葉を継ぐようにミリアは語る。


「お祖母様だって、諦めから学園を作ったわけではないです。まだ、希望を諦めていないからこそ、お祖母様は保険と悪あがき。二つの理由で学園を作った」


 それは――正直なところシェードもわかってはいた。

 アルミアは始まりの戦姫であり、多くの絶望を、誰よりも地獄を知っている。自分のような若造では比べ物にならないくらい多くの思いを抱いてきた。


 だから、ただの諦めだけで、嫌がらせのようにシェードに真実を明かしているわけではないことくらい。


 それでも、受け入れがたい事はある。というだけの話で。


「そして――これが、お祖母様が人類の終焉を知ってもなお希望を失わなかった理由――」


 立ち止まる。

 ミリアの前には、像があった。

 石像――蛇の像だ。

 まるで生きているかのように躍動する蛇。何かに巻き付いているかのようにとぐろを巻いて、シェードたちを見下ろしている。


 その姿に、シェードは既視感を抱いた。



「――最後の希望、再生機(リザレクションズ)ケーリュケイオン」



 ああ、そうだ思い出した。

 この蛇は――ミリアの杖に巻き付いている蛇と同じだ。


「……ミリアちゃん、まさか」


「この杖には、世界を再生する力があると言われています。宿痾の支配するこの世界で、人類が逆転するための唯一の手札」


 アルミアが、シェードの言葉を遮るように説明する。

 再生機ケーリュケイオンは、文字通り世界の再生を始めとした無数の奇跡を起こすことのできる希望の杖。


「しかし、ある事件でこのケーリュケイオンは力を失いました。結果、残ったのは――その奇跡の結果である。アルテミスシリンダーなのです」


「……まってください理事長、力を失った!? 失う原因がアルテミスシリンダー!?」


「そうです。ですが――」


 アルミアは、天を仰いだ。

 それはさながら、現実から逃避するかのようで――つまるところ、ミリアが何かをやらかした時の行動で――



「――ミリアさんが、再起動に成功したのです」



「成功しちゃったんですかぁ……」


 人類の希望は、失われたはずだった。

 アルテミスシリンダーという延命手段を遺して、人類は詰んだはずだった。


「……てへ?」


 ――アホが一人、この場に迷い込むその時までは。

 シェードはひどく納得した。先日の会議、ミリアが主を討伐したという信じがたい情報にたいして、半数もの人間がミリアだからという理由で信じていた原因を。


 ああうん。

 そりゃ信じちゃうよね、もっと身もふたもないことをすでにやった後なんだもんね。


 シェードは天を仰いだ。



 しかし、その時だった。



「――シェードさん!」


 アルミアが、何かに気がついたように焦って叫び、シェードに呼びかけた。

 はて、なんだろう。疑問符を浮かべたまま、けれどもシェードの視線が動くことはなかった。原因が上にあったからだ。



 宿痾の主が降ってきた。合計六体。



「なんですとおお!?」


 驚きながらも、ミリアは魔導機を取り出して光の玉を生み出す。それはアルテミスシリンダーと自分たちを覆い――


「――来ましたか」


 アルミアが、車椅子によりかかりながら、鋭く視線を上に向けるなか。



 宿痾の主がミリアたちに殺到した。

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