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2 居眠りをごまかすアホの自己紹介

 『学園戦姫アルテミス』。

 この世界は別の世界でそんな名前のゲームとして発売された。

 その内容を端的に言えば「末期戦」。人類の存亡を賭けた、異形種族との撲滅戦争を繰り広げる物語である。そのジャンルは端的に言って鬱ゲー。

 救いが何一つない、としか言いようがない。


 その最たるものは、まずこのゲームのグランドルートと言われるルートでも、世界は救われても主人公が幸せになれないという点だ。

 簡単に言うと主人公が犠牲になることで他の全てを救うのである。


 そして、これが個別ルートでは、最終的に世界は救われるのだから、ソレ以外のルートはどうなってもいいよねと言わんばかりに救われない。

 主人公とヒロインが生き残って、戦争に終わりは見えず戦いは続く、というルートがおそらく全ルートで一番まともに着地している――最悪、このルートこそがグランドルートであるという幻覚を見るものもいるくらいに――マシなルートだった。

 他のルートでは世界を巻き込んでメリーバッドエンドに突入したり、主人公とヒロインしか生き残らなかったり、どっちも死んだり片方が生き残ったりする。


 それでも、この作品は一部の層に絶大な支持を集め、スピンオフが作られたり、前日譚が作られたりとメディアミックスが盛んだった。

 それくらい、死にゆく世界で懸命に生きる少女たちの輝きは美しかったのだ。


 ともかく。

 そんな世界で、戦うための人材を作る最後の希望が、「魔導学園アルテミス」である。この学園に入学した少女は、魔導を学び、世界を守るための剣となるのだ。

 百合ゲーなので当たり前のように、戦えるのは少女のみ。当然学校は女子校である。

 なお、この少女のみが戦えるということには、そこそこ複雑な設定がいろいろとあるのだが、ミリアの前世はアホだったのでこれっぽっちも覚えていないし、ミリアもアホなので適当に覚えている。


 そんな学校で、世界を守ると決めた少女たちの覚悟は悲壮だ。

 自分が帰ってこられないだろうこと、もう親と言葉を交わすことができないだろうことは理解している。だからこそ、自分の命が少しでも価値のあるものであると証明するために、少女たちは必死だ。

 そう、彼女たちは真剣にこの学校に通っているのである。命すら賭して。


 そんな少女たちの代表とも言える学年主席が、入学式終了早々に、凄まじい勢いで居眠りを開始していたとしたら――



 少女たちは、その覚悟をどこへ向ければいいのだろう。



 <>



 ――寝てる。


 ――――寝ている。


 教師の説明が八人しかいないクラスに響く中、しかし視線は一点に注がれていた。というか、説明をしている教師すらもなんとも言えない視線で、彼女を見ていた。


 学年主席、新入生代表ミリア・ローナフは自身のクラスで、教師が説明しているにも関わらず――爆睡していた。思い切り顔を机に突っ伏して、すぴすぴと寝息が聞こえてくる。

 憎たらしいことに、この寝息が可愛らしかった。


 そして、これに対する少女たちの感情は、その大半が困惑だった。


 いやだって、入学式でアレだけ立派に代表挨拶をしてみせた、「希望の戦姫」と噂されるローナフ家の秘蔵っ子が、まさかこんな場で爆睡するはずがない。

 常識から考えてありえない。あっていいはずがない。だから、少女たちは現実を直視できていなかった。


 教師の説明中に私語は厳禁。

 故に少女たちは視線だけで言葉を交わす。流石にそれを、教師は止める気にはなれなかった。だって教師も同じことを思っているから。


 ――寝てるよね?


 ――すごいぐっすり寝てる。


 ――まるで徹夜した後の昼下がりみたいに寝てる。


 寝ているミリア・ローナフはそれはもう幸せそうに眠っていた。時折口から溢れるのは、両親の名前だ。ここが教室でなければ、口にしているのが死にゆく戦姫、アルテミスの生徒でなければ微笑ましい光景と言える。


 ――彼女って、ローナフ家の後継なんだよね?


 ――この世界で初めて戦姫になった、アルミア・ローナフの孫って聞いてるよ。


 ――本人も学園始まって以来の天才だって、聞いてるんだけど。


 ――入学式の挨拶すごかったよね、最後噛んだけど。


 ――まさしく戦姫の鑑って感じだった。最後噛んだけど。


 少女たちの困惑は加速する。

 最初、自分たちは噂の天才ミリアと同じ部隊(パーティ)となったと知った時、彼女たちは舞い上がるほど嬉しかった。自分たちは期待されているのだと、そう感じた。

 だけれども、蓋を開けてみれば――


 ――寝てる。起きそうにない。


 肝心のミリア・ローナフは睡魔に敗れた。

 なんということか、まるで自分たちの希望が打ち砕かれたかのような、失望の底へとナイフで刺されて落ちていくかのような、そんな感覚。

 ああ、しかし。

 悲しいかな、ミリア・ローナフは普通ではなかった。


 それは、――とても単純なこと。



 ――かわいい。



 この少女はそんな常識だとか、当たり前のことが吹き飛んでしまうくらい、可愛らしかった。この場にいる誰もが思うだろう。この少女は可愛らしい。

 なぜならば、未来が希望に満ちていると信じている様子が、彼女を見る者たちには、とにかく刺さるのだ。


 入学式の代表挨拶でもそうだった。


 彼女のスピーチは学園から用意された内容だ。それまで、何度も何度も復唱されてきて、そしてその上で何度も裏切られてきた内容だ。


 もしも、スピーチの内容のように世界が希望に満ちていたら。


 もしも、スピーチの内容のように自分たちが世界を救えるのなら。


 もしも、スピーチの内容のように世界が少女たちを歓迎しているのなら、



 この戦いは、とっくの昔に終わっているはずなのだから。



 しかし、少女は語った。

 その内容を、一切疑う事なく。


 誰もが、建前としか思っていないことを、心の底から。


 ふと、教室は不思議な感覚に包まれていた。

 教師の説明が一段落し、沈黙が降りる。そんな中で――ミリア・ローナフが目を覚ましたのだ。



「ふぁ!!」



 それはもうガバっと、やってしまったと言わんばかりに。

 少女はそのまま周囲を見渡した。そして、教室が沈黙し、けれども自分に視線が向いていないことを――思わず彼女の声にびっくりして皆が視線を逸らしてしまったのだ――確認して、ほっと胸をなでおろした。


 ――いやいやいやいや。


 教室中の意識が一つになった。

 教師も思わず吹き出してしまいそうになるのを我慢していた。そして、ミリアはそのまま何事もなかったかのようにすまし顔で教師の方を見る。

 まじまじと、自分は寝ていませんよといいたげに。


 結果、教師の口から、それは漏れていた。


「ミリアさん」


「はひ」


 寝ぼけているのか、呂律は回っていなかった。


「――貴方、本当に世界を救えると、思っているのですか?」


 それは、教師がずっと聞きたかったことだ。あの新入生代表挨拶を見た時から、もっと言えば、彼女を初めてみたその時から。


 明日に疑問を思わない少女に、そう、投げかけたくて仕方がなかった。


 だから、聞いてしまった。

 そんなこと、問いかける場ではないというのに。もっと、彼女を叱らなくてはいけない場面だと言うのに――聞いてしまった。


「救われますよ」


 そして、少女は答える。

 何気なく、アタリマエのことを返すように。


「必ず、救われます」


 疑いなく、言い切った。


「……なぜ?」


「だって――」


 少女は、ふと、遠くを見た。

 この場にいないどこかを、彼女は何かを思うように、



「愛が、ありますから」



 そう、つぶやいた。


「この世界には、愛があります。絆があります。そして何より――信じる心があります」


「……それは?」


「とても、とても自然なことです。全ては愛に帰結します。祈りも、想いも、願いも、全ては愛のためにあるものです」


 愛。


 親愛、恋愛、情愛。果たして、それを感じたことがあるものは、この場にどれだけいるだろう。

 アルテミスに入学する事のできる女子は貴重だ。生まれた時からその適性を買われ、人類の尖兵となることが決められている。そんな存在に、深い愛を向けられる親はどれだけいるだろう。

 いずれいなくなると解っている存在に、心の底からの愛など、


 ――だから。


 少女たちは知らなかった。

 ミリアの言葉の意味を、ミリアがなぜソレほどまでに愛を信じるのかを。わからないから、納得するしかなかった。ミリアが断言し、そこに一切の疑いがない以上、少なくとも彼女の中でその言葉は真実なのだ。

 ましてや、彼女は学年主席。どれだけ彼女の言っていることが解らなくても、彼女はこの場の誰よりも優れている。


 そういう、客観的な事実があったから、少女たちは言葉を失った。


 そう。

 少女たちは爆睡で常識を揺さぶられ――入学式で少女に引き込まれ――今の言葉で、彼女をそういうものとして納得するほかなくなった。



 この少女――ミリア・ローナフは自分たちには理解できない域にある天才である、と。



 そして、そのことを事実であると――彼女たちは数日後の実技の時間で、たっぷりと理解させられることになる。



 <>



 ――セーフ!

 どうやら私が爆睡していたことは誰にもバレていないみたいで、安心安心。

 いやはや、日頃の行いというか、幸運は身を助けるというもの。はっきり言って、私はかなり運がいいと思います。何より両親に恵まれている。

 私の両親はそれはもう優しい人で、私の言葉を真剣に受け止めて、理解して、そして応援してくれるのです。この学園にも、行ってらっしゃいと送り出してくれたのだから。


 これはもう、世界を救って帰ってくる他ないというものである。


 何、難しいことはなにもない。先程教師にも聞かれたけど、この世界を救うのは結局の所愛なのだ。細かい設定とか、ややこしい事態とか、最後は愛の前に敗れるためのスパイスに過ぎない。

 この世界は確かにちょっと大変なことにはなっているけれど、バッドルートでもない限りハッピーエンドは約束されていると姉は言っていた気がするので、問題はない。


 だから、そのために私は愛の力で頑張るのだ。というか、主人公ちゃんとイケメンのイチャイチャを邪魔しない程度に遠巻きに眺めつつ、学園生活を送るのだ。愛の力で!


 ……教師の話が終わった後、なぜかクラスメイトから頭を撫でられた。身長が小さいことと、やたら女の子っぽい可愛らしさなことは気にしているのだから、やめてほしいですね!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何か「よるのないくに」を思い出す世界観だなぁ。
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