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19 ミリアの耳は地獄耳。

<まずい、まずいまずいまずい、まずいぞ!?>


 宿痾操手“兄”は焦っていた。

 理由は幾つもある。幾つもあることそのものが、兄にとっては不味い事態だ。とはいえ、最終的に兄が焦る理由は唯一つ。


<一体誰が宿痾の主を討伐したんだ!>


 その一点だ。

 兄はセントラルアテナに随分と張り付いていたが、一向にその正体が掴めないでいた。原因は複数存在している。そのうえで、端的に評するならそれは、あてが外れたという他にないものだった。


<どうして会議がジャミングされているんだよ!!>


 兄がセントラルアテナにやってきたのは、兄の能力であればセントラルアテナでの情報収集が容易だかあらだ。そして、兄はその情報収集の結果、先日撃破された宿痾の主に関する会議が行われることを察知していた。


 しかし、実際に誰が宿痾の主を討伐したのかまでは解らず、兄はその会議を盗聴することで知るつもりだった。だが、空振りに終わった。

 ジャミング。というよりもこの場合はそもそも兄が会議室に入れないよう魔導が展開されていた、といったところか。

 もしも無理に会議場に侵入すれば、兄の能力は効果を失い、その存在が周囲に露呈してしまう。それだけは避けなければならなかった。

 なにせ――


<まずいのは、それだけじゃない。オレの存在が戦姫にバレたことだ>


 宿痾操手はその存在が人類に知らされていない。

 一方的に人類をなぶる側であるという、アドバンテージが存在していたのだ。しかし、もしもそのアドバンテージが失われれば自分だけでなく、他の操手たちの不利益にもなる。

 それは間違いなく、兄の大きな失態になるだろうということは想像するまでもない。


<あのミリアという戦姫……あそこで排除しておくべきだった>


 しかし、そもそも最初のうちに焦っていなかったのは、会議場で情報を収集できれば、最悪そのミスをカバーできると兄は考えていたからだ。

 それに万が一、ミリアが兄の存在を周囲に漏らせば、すぐにでも兄は強硬手段に取る準備があった。そのための情報収集能力だ。

 あちこちに糸をめぐらし、その瞬間を待ち構えていた、がしかし――


 そんなときに、兄が情報を収集できない空間が生まれてしまった。

 万が一そこで、兄が知らない間に情報を共有されてしまえば、兄は存在を隠蔽することが不可能になる。とはいえ、その可能性は低いだろうが。


<今の所、オレの情報網に、オレの存在は引っかからない。あのミリアという戦姫はオレの存在を多くの者には明かしていないのだろう>


 しかしそれが安心材料になるかといえば、否だ。兄は常に、自分の存在が人類に周知される危険性を考慮しなくてはならない。

 だからこそ、自分の存在を把握した少女の抹殺は急務だ。


<それに……決して失態ばかりではない。幸いなことに、あのミリアという戦姫が主を討伐した可能性がある>


 そして、兄は最低限主を討伐した戦姫が誰であるかのあたりをつけていた。

 今回の会議において、外部から招集された戦姫が数人いる。そのうちの一人がミリアである。彼女が主を討伐した可能性はなくはない。

 他に可能性があるのは同じく呼び出された戦姫、カンナとローゼ・グランテだろう。三人のうち誰か――もしくは全員。


<まぁ、普通に考えれば後者か。であれば――>


 兄は方針を固めつつあった。


 万が一を考え、この三人がともに行動していない時を狙う。場所は本部でも学園でも構わない、三人を強襲し抹殺する。

 非常にシンプルな方針だった。

 問題は、どう三人を分断させるか――


 ――その時だった。兄に、ある情報がもたらされた。



<――それは本当ですか、父様!>



 虚空へ向けて、兄は叫ぶ。

 それは、兄にとっては福音だった。兄はある代物の使用許可を求めていたのだ。それが、許可された。これならば、兄はいくらでも好きに作戦が立てられる。


<ク、ククク……どうやら、ゲームの開始を待たずに人類の命運は決したようだ>


 父が許可を出した以上、その行為は宿痾操手にとっては免罪符。

 他の操手が何を言おうと、認められたのだから咎められることはない。ああ、まったく焦る必要などどこにもなかったではないか。


 兄は、眼下に映るセントラルアテナへ向けて叫ぶ。


<待っていろ、戦姫。おまえたちの希望、それをこいつらが打ち破ってやろう!>


 兄の手には、種と呼ぶべきものがあった。

 それは、ある存在を生み出すための種。それは、何か。



<宿痾の主が、お前たちを食らい付くしてやろう!>



 宿痾の主だ。

 それが――六つ。兄の手には握られていた。


 かくして、宿痾操手の一人。

 “兄”は、完璧としか思えない策でもって、セントラルアテナの襲撃を決定。


 兄にとっての不幸は一つ。

 兄は人の機微が解らない。もしもわかっていれば、兄は誰が宿痾の主を討伐したかわかっていたはずだ。

 なぜなら、主を討伐した者が誰かを知っている人間は、それとなくミリアを遠巻きに見ていたのだから。


 だが、兄はそれが解らない。言葉にしなければ、判断がつかない。

 しかし知っている者ほど、ミリアを口に出すのは憚るのだ。――それが、兄にとっても、宿痾操手にとっても、不幸だった。

 


 ――故にこの襲撃が、全てのケチのつきはじめであることに、彼等はまだ、気づいていない。




 <>



 朝、ミリア達は夕飯を食べた食堂に集められていた。昨日の夜と同じように、アルミア・ローナフもいる。目を輝かせるミリアと、死に絶えかけるカンナ。二人の反応は対照的と言えた。

 ミリアたちは、今日まで本部にいる予定だ。

 帰るのは午後の予定だが、それまで時間がある。首都を観光してもいいのだが、アルミアはミリアとシェードにある提案をした。


「アルテミスシリンダーを見学しませんか?」


「……いいのですか? 先生」


 対して、それに疑問を呈したのはカンナだった。なんとか正気と原型を保っている彼女は、真面目な様子でアルミアに問いかける。

 真面目にならざるを得ない、とも言える。

 それはローゼだって同じだった。


「二人には知る権利があります。それに、あなた達にシリンダーを見学させたときと、状況は大きく変わってもいます」


「それは……そうですが」


「あの……説明をお願いしてもいいでしょうか」


 そこで、シェードが手を上げた。

 話が見えてこないというのは、ミリアも同様。二人は二人に対する提案なのに、これっぽっちも何のことかわからないままだった。

 ミリアの目がなんだかぐるぐるしている。


「あら、ごめんなさい。アルテミスシリンダーについての説明は必要ないですよね?」


「人類の戦姫と並ぶ最後の切り札。戦姫では突破できない宿痾の主の装甲を突破する特殊な弾丸、ですか?」


「正解です、シェードさん」


 ミリアとシェードは、一体どういうわけなのか、よくわからない。

 アルテミスシリンダーが大層なものであることはよく知っているが、それを見学することに意味を見出せていない。


「では、アルテミスシリンダーが、一体どういうものであるかは知っていますか?」


「……? いえ、実物を見たことはないです」


「そうですか。であれば直接実物を見て説明したほうがいいでしょう。ミリアさんもそれでいいですか?」


 アルミアはそう言って、ミリアの方へ視線を向ける。対するミリアは何かを考えているといった風であり、その視線はカンナとローゼへ向けられた。


「先生たちはどうするんですか?」


「彼女たちはシリンダーを見学したことがあります。二人には必要ないでしょう」


「……そうですね、私も賛成です」


「……?」


 ミリアは、それを肯定しつつもどこか浮ついた様子である。そして、しばらく何かを考えた後、とてとてとカンナたちの元へ向かった。


「先生、これを杖に組み込んでもらっていいですか?」


「これは……?」


「魔法の計算式です」


 そう言って、ミリアはカンナとローゼに一枚の紙を手渡す。ミリアの言う通り、中には複雑な数式が書き込まれており、魔導の術式であることは戦姫である二人には一目瞭然だった。

 ただ、一つだけ意外だったのは――


「……? これは既存の術式ね。あまり使われていないものですが、なぜこれを?」


「必要だと思ったので。どうですか?」


 カンナの問に、詳しくミリアは答えなかった。

 二人は、そんなミリアの様子を訝しむ。まず、普段とは違う。何と言っても真面目すぎる。そもそもミリアがこんな誰にでも解ることを言ってくること自体が異常。

 加えて、手渡した術式すら既存のもので、もっと言えばこれの設計者はローゼだ。なんならソラでも使用できる。つまり杖にインストールする必要すらない。


「これだったら、魔導機なしで使えるわよ」


「そうですか! だったらお願いします」


「って、言われてもねぇ……」


 ローゼは困った様子で苦笑した。

 ミリアがこんな頼みごとをしてくるということには、何かしらの意味があるのだろう。だが、その意味を説明されないのでは、ローゼはどうしようもない。

 仮にも研究者、論理的な思考というのをローゼは重視する。


 しかし、


「ローゼさん、私からもお願いできますか?」


「アルミア先生?」


 意外なところから援護射撃がとんだ。

 アルミアの頼み、というのはローゼの中でかなり重いものになる。もちろん、頼まれてしまったからには否とは言えないが――


「いいんじゃない? 物は試しよ」


「……わかったわ」


 カンナの言葉がダメ押しになった。

 結局、ローゼの最優先事項はカンナである。二人はミリアから術式を受け取り、それを魔導機に記録する。容量に余裕があったのだ。


「ありがとうございます。それじゃあお祖母様、シェードちゃん。行きましょう!」


「ええ」


「うん!」


 ミリアがそう言って、先頭に立つ。

 なお、そのままミリアが適当に突き進んだ結果、道に迷った。アルミアはそんなミリアに優しげな笑みを向けていた。案外茶目っ気もあるお祖母様であった。



 <>



「さて――」


 気を取り直して、三人はセントラルアテナの地下までやってきた。

 アルテミスシリンダーは、どうやら全てここに保管されているらしい。車椅子を押しながら、ミリアはキョロキョロと視線をあちこちへやる。


 静かな場所だ。すれ違う人はだれもいない。


「ここは、私の権限以外では入出することができません」


「……そうなんですか?」


 意外、というわけでもないかもしれないが、ミリアは確かめるように祖母へ問いかける。アルミアは静かに頷くと、説明を始める。


「アルテミスシリンダーは、絶対に替えの効かない切り札です。あなた達戦姫を捨て駒にしている、というわけではないですが、管理の重要度は格段に違います」


「……そう、ですね」


 頷く。

 もしも、と思いながらミリアは誰もいない地下を見渡す。

 ここは地下へ続くエレベーターの中だ。ゆっくりと、下へ下へ、降りていっている。


「もしもここに宿痾が現れたら、人類は一巻の終わり、ですね」


「そうです。そして――この場所は人類に対しても秘密にしなければならない場所、でもあります」


「……それは、どういう?」


 アルミアのどこか不穏な物言いに、ミリアは更に先を促す。

 対してアルミアは、それを受けても落ち着いた様子で――地下を眺めていた。


「……お二人には、知ってもらわなければなりません。この場所の秘密を」


「…………秘密」


 そして、祖母は更に頷くと――



「この場所に眠る秘密は、二つ。アルテミスシリンダーと、そして魔導学園アルテミスを創立した理由。あなた達には、二つのアルテミスについて、話をしなくてはならないでしょう」



 ――そう、語りだすのだった。

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