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17 限界オタクとアホ

「あっ……カンナさん!」


「っ!!!!」


 ――私の目の前で、カンナ先生は声をかけられて死にかけていた。

 なんというかこう声をかけられた時点でびくぅ! となって、それから目が白目になって痙攣を初めた。とても小刻みに、よく見ないとわからない程度に小刻みに。

 なので、構わず声をかけた人たちは近づいてくる。先生はと言えば、口からすごい音がしたかと思えば、笑顔でその人達に対応する。


「カンナさんにお会いできて光栄です! 私達フクロ隊の所属で……」


「ヨルエさんとアサキさん、ですね。存じています。南方第三作戦の活躍は……」


「あっ、ご存知だったんですか!? ありがとうございます……!」


 嬉しそうに、カンナ先生より少し幼いくらいの少女たちが、きゃいきゃいと喜んでいる。対する先生は何かが身体から漏れているような錯覚を感じさせるほどに、執念で精神を統一させていた。

 遠目に見ていても、あれはなんというか、修羅としか言いようがないほどに、色々なものを律しているように見えます。ああ、理性が、理性が口から漏れかけてますよ先生!


「カンナさんは、私達の憧れです! こうしてお会いできただけでも、一生の宝物です!」


「はぐっ!?」


「……今なにかすごい音がしませんでした?」


 何かこう、大切なものがポッキリ折れてしまったかのような音が、どこかからともなく聞こえてきて、流石にヨルエさんとアサキさんも不思議に思ったようだ。

 見かねたローゼ先生が、間に入って苦笑しながらそっとカンナ先生を二人から離す。


「あはは、お二人はまだ仕事中じゃないかしら? 遅れるとどやされるかもしれないわよ」


「……あ! そうでした。急いでいる最中だったんです、すいません失礼します!」


「今度、もっとお話聞かせてください!」


 すすす、とうまい具合にカンナ先生を二人から遠ざけて、更に二人の様子から用事があることを推察。それに誘導して問題なくその場を解散させる。

 これは……熟練の業!


「そちらが噂のミリア隊のお二人ね。もし、戦場でご一緒するときがあったら、その時はよろしくね?」


「ミリアちゃんのことは、ちゃんと守ってあげるから安心してね!」


「私は守られる立場なんですか!?」


 思わず叫んでしまった。

 むむ、何やら身長で侮られている気がする……あ、飴ちゃんもらいました。やったー!!


 ころころ。


「彼女たちは、ミリアちゃんが何をしたのかは知らないみたいね。まぁ、そのほうが話がややこしくならなくていいのだけど」


「お祖母様が積極的に話を広めないように、といい含めているのだと思います」


 だろうねぇ、と苦笑しながらローゼ先生はカンナ先生を引っ張りながら先に進む。ところでカンナ先生、もうフクロ隊のお二人はいなくなりましたよ。

 カンナ先生……カンナ先生?


「……気絶してる」


 ちょっとつついてみたら、白目を向いてガクっと脱力してしまった。ところでこれ、ここに来るまでで三度目なんですが。カンナ先生ってなんでこんなに限界オタクなんですか?


「……あの、ねぇねぇミリアちゃん?」


「どうしましたか? シェードちゃん」


 さっきから、何やら考え事をしていたのか、静かだったシェードちゃんに袖をくいくいされてそちらを振り向きました。飴ちゃんが口の中をころころり。


「……思うんだけどさ」


「はい」



「――ローゼ先生、嫉妬してない?」



「ふぇ?」


 ガリッ。あ……


 砕いてしまった飴ちゃんを噛み噛みしながら、私は首をかしげる。そうだろうか、と少し観察してみるが……よくわからない。

 別にいつもどおりな気もする……けど、嫉妬していると思って見ると、声をかけられるたびに割って入るのは、嫉妬と見えなくもないだろうか。

 ただ、いつもの対応といった様子で、習慣になっているだけな気がしなくもない感じ。


 うーむ、あの二人は生まれたときからの付き合いというし、ほとんど家族のようなものだろうから、そういう家族のいない私には、あまりピンとこない。

 シェードちゃんも一人っ子だそうだから、同様。


「……とりあえず保留で」


「そだね」


 なんて結論をつけたところで、カンナ先生が正気に戻った。

 あ、私見てビクってなった。

 失礼な人ですねーーーー!



 <>



「よく来ましたね、皆さん」


 ――今日は本部で寝泊まりする予定になっていたとして、その部屋にお祖母様が居たときのカンナ先生の反応を答えよ。


 なんかぷしゅっとなってその場に溶けて崩れ落ちました(比喩表現)。


「お祖母様。どうしたのですか?」


「いえ、今日はせっかくミリアさんたちとお話ができるのですから、一緒にお夕飯でもいかがかと」


「本当ですか!?」


 お祖母様は忙しい。この本部……もっと言えば、正直今の人類で一番えらい立場の人。そんな人が、わざわざ時間を作ってくれるって、すごいこと。

 なんですが……


「お、お祖母様大変です! カンナ先生が……大変なことに(比喩表現)!」


「あ、あわわ……」


 慌てる私とシェードちゃん。ついにお祖母様が部屋にいるという事実に耐えられなくなったのか、カンナ先生はそれはもう大変なことになってしまっている。

 どれだけ大変なことかというと、とてもとても大変で、すさまじく大変かつ、どえりゃー大変じゃけーな感じです! あ、さらに大変になっている!!


 と、しかしそんなカンナ先生に、お祖母様は苦笑して、困ったようにしながらも慣れた様子だ。


「カンナさん」


「うじゅ……」


 ああ、カンナ先生らしきものから返答が……!


「そんな風に教え子を困らせていると、お夕飯は抜きですよ」


「失礼いたしました。お見苦しいところをお見せしてしまい、大変申し訳有りません」


 しゅびびっ、とカンナ先生は復元した。

 ああ、大変なことになっていたカンナ先生が普通のカンナ先生に! ……ちょっと体格がふくよかになってません? 気のせいかな?

 再構築の際に盛ったのかもしれない。


 ……いや、そんなことないですね。

 普通に考えて人が大変なことになった後再構築されるわけがありません、カンナ先生は最初からビシっと決まってました。(ぐるぐる目)


「まったく、カンナさんは変わりませんね」


「でしょう?」


「貴方もです、ローゼさん。もう少し真面目にしているときのカンナさんを見習ったらどうです」


「すいません自害してもいいですか?」


 そこまで!?


「許可できませんね」


 お祖母様は凄まじくバッサリ切って捨てた。

 それはもう手慣れた様子で。なんというか、このやり取りはいつもの日常風景、って感じだ。お祖母様と二人は結構面識があるのかな。

 挨拶はフクロ隊の二人がカンナ先生にしたみたく、はじめましてじゃなくて、お久しぶりです、だったけど。


「お二人は、私の最後の生徒だったのですよ」


「最後の……?」


「アルミア先生は、少し前までアルテミスで教導もしていたのよ、ミリアちゃん」


 ローゼ先生が補足してくれた。

 なんというか、初耳です。お祖母様、ただでさえ忙しかったはずなのに、そんなことまでしていたんですか!?


「まぁ、流石にもう年には勝てませんけどね、私とて人類を守る防人。戦い方はどうあれ、生涯現役であるつもりですよ」


「ふええ……」


 シェードちゃんが素直に感動していた。そうそう、こういうのが普通の憧れというやつですよ。先生は流石におかしすぎます。どうしてこうなるまで放っておいたんですか?


「ミリアさん」


「はい、何でしょう!」


「料理を作りたいのです、手伝ってくださいますか?」


「もちろんです!」


 と、そこでお祖母様がそんな提案をしてくださった。お祖母様の手料理! 幼い頃は何度か食べさせてもらいましたが、お祖母様は料理上手です! 私が料理好きなのも、半分はお祖母様の影響といってもいいでしょう。

 もう半分はコック帽を使いたいからです。


 と、そこで。


「あ、あの!」


「どうしましたか? シェードさん」


「わ、私もお手伝いしてよろしいでしょうか!」


「まぁ。もちろんですよ、おふたりとも、お願いしますね?」


 シェードちゃんが果敢にもお祖母様に提案した。

 正直、かなりとんでもないことである。ローゼ先生なんて私を見るときと同じ目でシェードちゃんを見ている。非常に納得行かないが、アレは信じられないものを見る目だ。

 自分の常識を疑っている、とも言う。


「いこっ、ミリアちゃん!」


「もちろんです。あ、シェードちゃん用に新しいコック帽を作ったんですよ、どうぞ! オール羊さんカスタムです!」


「わぁ、ありがと……う」


『モォおおおおお』


「ヒツ……ジ……?」


「オール羊さんカスタムです!」


 色々なものに配慮して、シェードちゃんはオール羊さんカスタムをプレゼントしました。そういうわけで、お祖母様の車椅子を押して、厨房を作ろうと部屋の片隅に向かおうとしたところで、


 なんか、部屋の片隅でパシャっと言う音が聞こえた(比喩表現)。



「カンナがアルミア先生の手料理という単語に耐えきれずに崩壊したわ(比喩表現)!!」



 どうしてそうなるんですか……?



 <>



「――カンナが有名な戦姫にやたら過剰な反応をするようになったのって、ライア隊長の影響なのよね」


「だうー」


 だめになってしまったカンナ先生に、食事を与えながらローゼ先生は言う。

 これでもカンナ先生、大分原型を取り戻しつつあるのだけど、なんかカンナ先生だけ世界観が違う気がしてならない。私のように、地に足つけて現実的に生きてほしいものですね。


「てしっ」


「あうっ」


 何故かシェードちゃんに叩かれました! いじめはダメです!!


「ライア隊長は、今のカンナを更にひどくしたような反応をするのだけど」


「それはそれで見てみたいですね」


「やめてよ、昔は二人もこれの相手をさせられてたのよ」


「どの部隊も、個性豊かということですよ、ミリアさん」


 何気ない様子で、お祖母様は言う。

 それってうちもやべーヤツの集まりって言ってませんか? そりゃ最近のシェードちゃんはなんかおかしいですけど。


「ただねぇ、それでもライア隊長の方はアルテミスを卒業した辺りで、そういうのは大人しくなったのよ」


「カンナ先生は?」


「隊長がいなくなった辺りから、更に酷くなったわねえ」


「……なるほど」


 色々と、複雑なようだ。


「正直、今人類でカンナより有名で、有力な戦姫はいない。いてもアルミア先生のように現役を退いている。……ミリアちゃんを除けば、カンナは人類最強の戦姫なのよ」


「…………ローゼさん」


「……すいません、先生」


 普段ならピシャリ、といった感じのお祖母様が、物静かに、諭すようにローゼ先生を咎めた。

 ……何事もそうだけど、終わってしまった過去の時計が進むことはない。未来はともかく、過去というのは不変で、変えられたとしてもそれには無数の犠牲がつきもので……


 私は、それを救いたいと思う。

 できるなら、アスミル隊のように、誰も欠けることはなく。


 ただ――少なくとも、こういう過去に対する後悔は、私にはどうすることもできないようだった。

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