16 アホを交えて喧々諤々
「――お祖母様!」
私、ミリア・ローナフが本部に来たかった一番の理由。
待合室で待っていたのは、車椅子にのった老齢の女性でした。当然、私はその人のことをよく知っています。私がお祖母様と言ったということは――
「よく来ましたね、ミリアさん。御学友に、先生方も」
「は、はひっ」
――その人に、シェードちゃんは流石に緊張している様子だった。先生方も、声に出してはいないが息を呑むのを感じられる。
私だけは、その人にパタパタと近寄って、その手をとって笑顔を向けた。
「お久しぶりです、お祖母様、元気そうで何よりです!」
「ミリアさんも、いつも変わらずに元気そうですね。今日は何もしませんでしたか?」
「し、シテマセンヨ!」
――アルミア・ローナフ。
世界初の戦姫。人類の初めての希望。生ける伝説。でもって、私の大切なお祖母様。今の立場を端的に言えば――
「はじめまして、私が人類最終生存圏統括本部『セントラルアテナ』統括理事長、アルミア・ローナフです」
「は、はひぃ……」
「そう緊張なさらないで、シェードさん。貴方のことはミリアさんから手紙で聞いていますよ」
お祖母様は柔らかく笑って、それから先生たちにも視線を向ける。
「お久しぶりです。理事長、お会いできて光栄です」
「お久しぶりです」
カンナ先生は堂に入る感じで、ビシッと挨拶をして、ローゼ先生はその後ろで無難に挨拶をしている。別にお祖母様のことが苦手というわけではなく、お硬いのがだめなんだろう、ローゼ先生は。
それから――
「それで、ミリアさん」
わっ、こっち来た!
「貴方がなにもない場所に向かって飛び蹴りをした後、何やら威嚇行為をしていたと報告を受けています」
「し、シテマセンヨ」
ぴーぴー。
……っていうか、やっぱりあのイケメンは他の人には見えないんだ。私も専用の魔導を使わないと見えないけど、とするとかなり厄介かもしれない。
まぁ、今はそのことは置いておいて。だってこの会話を聞いてるし、イケメンさん。
「……はぁ、まぁいいでしょう。誰かに危害を加えていないなら良しとします」
「危害なんて加えません、加えたとしても正当防衛です!」
「なんですか?」
「ナンデモナイデス」
お祖母様は真面目な人だ。
鋭い目つきで、こうなると私は何も言えない。でも、それからすぐにお祖母様はふっと笑みを浮かべて、私の頭をなでてくれた。
「何にしても、今日はよく来てくれました。そして――よくやってくれましたね、ミリアさん」
「……」
「シリンダーなしでの主討伐。貴方のしたことは、人類にとっての希望になるのですよ」
「お祖母様……!」
でも、とても優しい人だ。
こうやって、柔らかい笑みを浮かべているときのお祖母様は、お祖母様であるということを忘れてしまうくらい、綺麗で美しい。
孫としても、見惚れてしまうくらいに素敵だ。
「わぁ……」
シェードちゃんも、口に手を当ててそれに感動している。お祖母様はこういうのがすごい。あまりこういう場に興味がなさそうなローゼ先生も、なんだかすごいという目をお祖母様に向けていた。
カンナ先生は……
「……っ! っ!!」
……アレなんか感極まりすぎてません? もしかして先生ってお祖母様の限界オタク?
「っ……!!!」
あ、今なんか噛んだ音がした。
カンナ先生大丈夫ですか! 血が口から滲んでますよ! 正気に戻って!!
「さて、皆さん」
「はい!!」
そして思わず、と言った様子でカンナ先生はすごい声を上げてしまった。
そしてそのまま死にたくなったのか顔が真っ白になっていく。お祖母様はおかしそうに笑っていた。私としてもこんなカンナ先生初めてみました。
ローゼ先生がすごいニヤニヤしている、ああこれ後で酷いことになるやつ……お互いに。
「コホン」
と、お祖母様が咳払いをして、本題に戻る。
「それでは、評議会を開始します。……別に、とって食おうということはありません。そんな余裕もありませんから、ですが――ミリアさん」
「はい、なんでしょうお祖母様」
「……皆さんは、ミリアさんにミリアさんが思う以上の期待をしているかもしれません。そのことで、少しばかりミリアさんにキツイことを言ってしまうかも知れませんが……」
「解ってます。大丈夫ですよ、お祖母様。私――ミリア・ローナフであることから逃げるつもりはありません」
昔。
お祖母様とそんな話をしたことが有る。
シェードちゃんたちは、それがいまいちピンとこないからか、小首を傾げているけれど――カンナ先生なら、なんとなくわかるだろうか。
あっ、白目向いて血を流しながら立ったまま気絶してる……
「では、参りましょう」
お祖母様!? スルー力高すぎませんかお祖母様!?
<>
会議は、厳かに進む。
話の内容はまず、私が主を討伐したことに対する褒章、それから、実際の戦況に関する報告。途中、アスミル隊の人たちも来て、お礼を言ってくれた。
皆さんご無事そうで本当によかったです。
私が主を討伐した――ということに対しての反応は2つに分かれる。
一つは信じられない、というもの。これは当然で、そもそもこれまで一度としてシリンダーなしでの討伐が叶わなかった相手。それを一撃でふっとばしたとか、信じられなくても無理はない。
正確には一度、お祖母様が討伐したことがあるのだけど、その時は相手の攻撃を誘導してぶつけることで装甲を破ったそうなので、戦姫の攻撃で装甲を破ったわけではない。
他にも、報告はしてないけど討伐した例が一例あるんだけど、こっちはお祖母様が黙っているので、私は何も言わない。
もう一つは、私ならばやるよなぁ、という諦めに似た感情だった。
ちょっと理不尽過ぎませんか?
なので、会議は概ね、
「ちょっと待ってください、まずその相互円環理論というのが机上の空論だったのでは?」
「ですがミリア・ローナフですよ」
「……それに、もう既に机上の空論ではなくなっているわ。先日ミリアちゃんが使った術式を調整して、本部には正式に報告を上げています」
こんな感じで進んだ。
最後のはローゼ先生である。少し悔しそうだったけれど、まぁそれはそれ。
さて、そんな感じで概ねまぁ最終的に信じるしか無いだろ……みたいな空気で進んだ会議、それが少し風向きを変えた。
信じるしか無い、という結論に達したことで、であればこれからどうするのかという当然の思考に皆がいきついたからだ。
凄まじく端的に言えば――
「ミリア・ローナフならば宿痾を撃滅できるのでは?」
というものだった。
――あまり、良くない傾向だ。それはつまり私に全てを託すということで、同時に人類は、言ってしまえば宿痾への抵抗を諦めるということにほかならない。
「ですがそれでは、人類はただミリア・ローナフが宿痾を殲滅するのを眺めているだけということですか?」
別の誰かが、そんな風に言う。
しかし、あまり旗色がいいとは言えなかった。
「……現状、我々にはアルテミスシリンダーを除いて宿痾の主を討伐する方法がありません」
それは、紛れもない事実だった。
故に、
「それが、我々人類の限界なのです」
そして、そんな風に行き着いた。
全員の意志が、そういう風に私へと向けられる。
お祖母様が言っていたとおりになった。
正直、気持ちは解るので私はそこに口を挟まない。シェードちゃんも、色々と考えている様子だが、黙っている。でも、顔は少し理不尽じゃないか、という思いが滲んでいた。
どうでも良さげなのがローゼ先生。この人は人類より自分の研究を優先したいのかも知れない。
「……というか、皆さん私をなんだと思ってるんでしょう。前提として私なら世界を救えて当然みたいな」
「ミリアちゃん、前にここで色々やらかしたんじゃないっけ? ……それを知ってる人にとってミリアちゃんはもうなんかそういう認識なんじゃないかな」
「誰が前科持ちですか!」
ぷんすこぷん。
なんて話をしていると――
「待ってください!」
そんな、私に全部押し付けられないか、という会議の流れに待ったをかけたのは、意外にもカンナ先生だった。
「……先生?」
思ったよりも早く、そして周囲を黙らせる勢いで叫んだカンナ先生に、思わず問いかける。
でも、そうか――カンナ先生も同じなんだ。屈指の天才として、希望の象徴として、カンナ先生は同じ目を自分に向けられた事があるんだ。
「ミリアさんは、まだ正式な戦姫ではなく、学生としてアルテミスが保護する立場にあります! 彼女に全てを託すのは時期尚早ではないでしょうか!」
「でも、ミリア・ローナフですよ?」
「第一、ミリアさんに全てを任せたとしても、それで全てを解決するとは限りません! 賭けになる以上、慎重になることに越したことはないかと!」
「そうですね。……彼女はミリア・ローナフですが」
「……」
「言っていることは尤もですが、ミリア・ローナフなんですよ、彼女」
「…………ですが!」
せ、先生頑張れ! なんか自分でも否定できなくなってきてるように見えますが、頑張ってください! ミリアちゃんは天才ですが全てを解決できるわけではないですよ!
「それに……ミリアさんは、まだ期待を一身に背負うという経験が、ありません。その一点に関しては、間違いなく段階を踏まなければどこかでミリアさんは、潰れてしまいます」
やがて、それでも言わなくてはいけないことを、ポツリと先生は零したのか、それだけ言って黙ってしまった。待ってください、先生の論理的な反論に対して私だからという理由しか反論がないんですけど、どうして先生は黙ってしまうんですか。
「べ、別に私はそれでも……」
「――ミリアさん」
構わない、と言って先生を慰めようとして、そこでお祖母様のストップがかかった。意図は読めないけれど、間違いなくここは黙っておいたほうがいいやつだ。
お祖母様はこういうところで間違わない。
「まず、お聞きしたいことが二つ。一つはミリアさんに対して、もう一つは皆さんに対して」
お祖母様が発言を始めると、激しく意見を交わしていた人たちは、カンナ先生も例外なく黙ってしまった。お祖母様の声には、それだけの力がある。
「ミリアさん。貴方は一人で宿痾の主を撃滅するとして――どれほどの時間がかかりますか?」
「できるかできないか、ではなく、どれだけ時間がかかるか……ですか?」
私の質問を、お祖母様は首肯する。なので、私は少し考えて、
「分かりません。できるかできないか、で言えばできると答えますけど、それにかかる時間までは、私にはわかりません」
「そうですか……ありがとうございます」
そう言って、お祖母様は今度は会議場全体を見渡した。多くの人たちが、お祖母様の視線にとらわれていく。ああ、これはお祖母様のいつものやつだ。
「では皆さんに質問です。皆さんはいつになったら終わるのかわからない明日を、信じられますか?」
端的に、諭すように。
――お祖母様の言うことは尤もだった。私がいったいいつ宿痾の撃滅が終わるかわからない以上、それを待つ人々は、そのいつになったら終わるかもわからない明日を待つことになる。
もう、明日という概念すら希薄になっているというのに。
「この場にいる人達の中で、明日というものを信じている人はどれだけいるでしょう。私はいないと思っています。私達にそんな余裕はないからです」
今の人類は、今日を生きることしかできない。明日があると思わないほうが、まだ今だけを集中して見ることができるから。
――そこに、不確かな希望があったとしたら。
「もしも、そんな中でミリアさんという希望にすがってしまったら――いつかどこかで、私達には限界がくる。そうではありませんか?」
だとしたら――
「私達に必要なのは、ミリアさんという希望にすがることではなく、私達の限界を越えることだと私は考えます」
そう、お祖母様は締めくくって、
――会議場は、シン、と静まり返った。
不思議な話だ。
それまで、私に向けられていた期待の目が、お祖母様に言われただけで、まさしく鶴の一声。お祖母様は、やっぱりすごい人だ。
「では、本日はコレにて。戦闘の詳細とミリアさんの意志は確認できました。ミリアさんには、今後普通とは違う任務を頼むことはあるかも知れませんが……それは追々、状況によって決めていきましょう」
「異議なし」
「異議なし」
「異議なし!」
私も、それに賛同する。
シェードちゃんも、ぽそっと他の人に合わせて異議なしと言っていた。そういうところで少しでも踏み込もうと思えるのはシェードちゃんのすごいところですよ。
ローゼ先生もやる気はなさそうでしたが、賛同し、会議はほぼ全会一致で終了した。
とはいえ――
――一人だけ、その会議の内容に不満を抱いている人がいる、というのは、ちょっと問題ではあるな、とカンナ先生を見ながら、私はそう思うのでした。