14 私達は、三人を知っている。
ミリア隊には、三人の変人がいる。
というか変人が三人になった。
一人は言うまでもなく、ミリア・ローナフ。
黒髪の天使、幼気な顔に頭の悪い笑顔と次に何をするかわからないという、幼女のような好奇心に満ちた瞳を宿したアホ、もとい天才。
これでいて、案外家庭的というか家事全般ができる数少ないメンバーでもある。
服なんて魔導でパッと洗濯して、身体も魔導でパっと拭けば良くないみたいな戦姫が多い中――実際そのほうが効率がいいので何も言えないが――キチンと掃除洗濯、料理までこなす万能選手。
特に料理は、作るものがはっきりしているせいか、食材をどこから錬成しているかわからないという一点を除いて完璧で、普通の少女たちにも何を作っているのか解るというのが好評だ。
最近、そんな家事をシェードがやるようになって、ミリア一人が家事万能という感じではなくなったが、料理はやはりミリアの独壇場だ。
とはいえこれは、ミリアの行動の中で、唯一一般人が理解できる行動だから、周りも安心して任せているというのはある。
ヘタに一人にすると、ミリアは途端に頭がおかしくなる。
雨の中何かに祈りを捧げる、コック帽をヒツジから亀に改造する(鳴き声据え置き)、ローゼ先生に飴を餌に連れて行かれそうになる(シェードとアツミがギリギリで阻止)。
などなど、変な行動には暇がない。
しかし同時に、天才であるということも否定しようのない事実で、そのことをクラスメイトたちはよく突き付けられる。
魔導学園アルテミスは戦姫たちを集める場所で、そこには様々な戦姫がいて、ミリア隊のクラスメイトたちはその中でも優秀とされる部類の戦姫だ。
そんな戦姫たちの中で、さらに天才とされる学年主席、杖がなくても魔導を使えるという、約束されたエリートの道を進む少女。
壁を感じることは、やまほどあった。
基本的なスペック、魔導の行使速度、オドの総量。どれをとっても少女たちとミリアの間には隔絶した差があり、何よりも大きいのはミリアが扱うオリジナル魔導の数々だった。
基本的に新しい魔導というのは、一つ開発するのに一年はかかるという。そしてその上で、有用になるかは賭けである。
そんな世界で、権威と言われるのがローゼ・グランテ先生で、下手をすると年に十や二十も魔導を作り上げるらしい。
だが、ミリアはその日の気分で魔導を作る。
雨の中突然料理を始めて、コック帽(現在は虎になっている)が濡れてしまうからとその場で透明な傘を作り出したときは、いよいよ自分たちはおかしくなったかとクラスメイトたちは嘆いた。
おかしいのはミリアの方だった。
故に、ミリアには勝てないと常々少女たちは思わされている。ソレ故に、どこか近寄りがたい気持ちを持っているのもまた事実。
しかし、それを変えなくてはならない、というのは昨日の初陣実習で強く感じた。
宿痾に襲われかけた、というのもそうだが何より――
キャンプをしたとき、ミリアと一緒に作業をするのは楽しかったのだ。
ミリアは楽しい女の子、一緒にいる人を幸せにしてくれる女の子。たとえ才能の壁で劣等感を感じてしまうとしても、そんなこと気にならないくらい、彼女は周りを笑顔にしてくれる。
そのことを、身にしみて感じたからクラスメイトたちはミリアと仲良くなりたいと願った。
だからまずは、ミリアに構わず声をかけられる存在を観察することにした。
シェードはミリアの友人だが、アレは良くも悪くも空気が読めないからこそできることなので、空気を読んだ上で距離感を掴むのが上手い変人の方を気にすることにした。
――ミリア隊には三人の変人がいる。一人はミリアで、もうひとりはアツミだ。
アツミ。
“院”出身の三人組のまとめ役。体格は中背だが発育がよい。着こなしがルーズでよく胸元が開いているので、更に色気がすごい。顔立ちは整っていて、ボサボサの白髪と、鋭い切れ長の目に、赤い瞳。いつも口をへの字に曲げながら、それでいて人付き合いが非常に良いお人好し。
世界を呪っていますよ、といった態度のように見せかけたフルオープンパーフェクトコミュニケーションガール。もともと院の戦姫とそれ以外の戦姫は、生い立ち故に壁を作りがちだが、アツミは違う。
お互いに触れづらい部分もあるために、キチンと距離は取りつつも、うまい具合に衝突しないようにバランスを取っている。
院でも、こういったバランサーとしての役目を果たしてきたのだろう。
院とは体内にオドを有する戦姫の中でも、特別感覚に優れ、結果として現実に魔導機無しで、無意識に干渉を起こしてしまう者たちをまとめて、暴走しないように調整するための場所。
当然彼女たちに親という概念はなく、また性格も荒みやすい。
アツミも一見そうだが、それは同じ院の仲間たちに合わせているだけではないかと、院出身ではないクラスメイト達は見ている。
アツミも当然ながら、戦姫として優秀だ。院出身の戦姫が使用できる独自の固有魔導、“特異”もクラスの中で一番扱いが上手い。
戦姫としても、最近はシェードがぐんぐんと実力を伸ばしているため、一概にはどちらかが優れているとは言えないが、入学当初は間違いなくアツミがクラスのナンバーツーだった。
とにかく器用な少女なのだ。
見た目はズボラだが、絶対に下着が見えたりはしないし、課題の提出が遅れることはない。一見周りから浮いているようでいて、その実もっともクラスに溶け込んでいる。
何から何まで、生きていく上でお手本のような少女と言えた。
何よりすごいのはツッコミの精度だ。最近はシェードがミリアに感化されてしまって、奇行が増えつつある中、その奇行に対してポンポンとツッコミを入れる。
例のミリアが雨の中で透明の傘を作って料理をする様を、滝行しながら飯を食っていると評した彼女に対する、クラスメイトたちの尊敬はとどまるところを知らない。
そんな素敵なコミュニケーション少女、アツミを参考にミリアと仲良くなろうとしたが、アツミはミリアに辛辣だった。
あんな塩対応、残念ながら少女たちにはできなかった。
だってなんだかんだミリアは可愛かったから。
であれば、考える。
塩対応をしない人を参考にすればいいのではないか。
しかし、残念ながら塩対応をしないミリアの知り合いは変人しかいなくなってしまった。
ミリア隊の変人三人衆、変人になってしまった一般人、シェード。
例の初陣実習で何かが起きてしまったらしいシェードは、人が変わった……というわけではないけれど、色々なことに更に積極的になった。
それまで、不用意に相手に踏み込まないようにしつつ、結局踏み込んでしまっていたディスコミュニケーション担当は、しかし踏み込みを恐れない脅威のおせっかい魔人へと変貌した。
これでいて、本当にただのおせっかいならばよかったのだ。
少なくとも積極的になる前のシェードなら、本当に余計なお世話になっていただろう。しかし、積極性を得たことが程よい変化になったのか、今のシェードはおせっかいではあるが、余計なお世話ではないギリギリのラインを駆け抜けていた。
最悪、ラインを越えてしまったとしてもすぐに別のことで挽回してくる。こうもお世話が余計ではなくなってしまうと、困ってくるのは院出身の子たちだ。
もはやママとしか言えなくなったシェードに、ズボラなアツミ以外の院の子たちは散々に言われつつも、生活態度を改めざるを得なくなっている。
アツミにしても、うまくバランスは保ちつつ院の子たちの見本になれと言われると、反撃できなくなっているようなパワーバランスだ。
代わりに、シェードはミリアに対して過剰なスキンシップが増えていると少女たちは思っている。ミリアが導入したお風呂に入っているとき、別に洗わなくてもいいのにミリアの身体を洗ったり、時折ミリアの布団で一緒に寝たりしている。
恋をしたというのは本当なのではないか、と思うスキンシップのとり方だ。これでいて、周りの目を指摘すると顔を赤くするのだから、クラスメイトたちはシェードがバグっているだけだと睨んでいるが、
変人になってしまったことは否定しようのない事実だった。
ただ、変人になってからのシェードは戦姫として目覚ましい成長を遂げている。それまでは自分たちとそこまで違わない能力だったのに、今ではアツミと同レベルの動きを軽々とこなしてしまう。
とはいえ、それを見ていたローゼ先生は、実戦を経験したからだと言っていたが。
変人と成長の相関性をクラスメイトたちは感じずにはいられないのであった。
ともかくまとめると、ミリアと仲良くなるには自分も変人になるか、うまい具合に距離を置きつつツッコミができるくらいのコミュ力を身につけるか、どちらかが必要らしい。
――無理じゃない?
クラスメイト達は思った。
が、しかし。
残念ながらミリアはそこまで甘くなかった。
そのことを、クラスメイトたちはすぐに知ることになる。
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「ハツキちゃん! ユキちゃん! ルミちゃん!」
ある時、三人はミリアに声をかけられた。
シェードを除く、院出身ではないミリア隊のクラスメイト三名。
それぞれ、発育が良いハツキ。おっとりした雰囲気のユキ。そしてハツラツとしたルミの三人だ。どことなくミリアに壁を感じてしまう三人でもある。
そんな少女をミリアは呼び止めて、ニコニコと笑みを浮かべている。
三人は何事かと目を合わせて、困惑する。
「えっと」
というか、なんだか嫌な予感を覚えた。こういうとき、たいていアツミは被害にあっている。というのを遠くから見てきて知っているからだ。
「これできたからあげますね!」
そういって、ミリアは三人に、
たんぽぽの栞を手渡してきた。
それはたしか――
「皆さんが、たんぽぽを見たことがないと言っていたので、作ってみました!」
どこから!?
そう叫びたかったが、混乱していて三人は突っ込めなかった。
「えへへ、これからもよろしくおねがいしますね!」
そう言って、ミリアはパタパタと駆けて去っていく。
後には、可愛らしいたんぽぽの栞を手にする、三人の少女。
「……なんか、向こうあんまり、気にしてないみたいね」
「ミリアちゃんに我々の常識は通用しないのではないかとー」
「かもね」
なんて、三人は顔を見合わせて笑う。
もらったたんぽぽの栞は、どこか手にしていると心が温かくなる、そんな気がした。




